第11話

 三十分ほど五嶋は設計プランについて夫人に説明をした。やはりまだ実感としてイメージが湧いてこないらしく、多美子は五嶋の話を聞く一方で、ただひと言だけいったのは、キッチンを広くして欲しいという主婦らしい注文だった。

「先生、じつは明日から仕事でバンコクのほうに行かなきゃならんので、もしわし留守の間に何か訊きたいことがあったら、遠慮なく家内に電話して下さい。正直、まったくあたしが口を挟む余地がないんです。すべて家内にまかせてありますから」

 テラスから戻った岩田誠介は、笑みを浮かべながらいった。

「わかりました、ではこの先、社長は何かとお忙しいようですから奥様にうかがうようにいたします。よろしいでしょうか、奥様」

「はい、よろしくお願いします」

 多美子は膝の上で手を合わせ、上品にそっと頭を下げた。よくある金持ちが見せる傲慢さはかけらもなかった。

「多美子、お近づきのしるしに寿司源にでも行ってみんなで寿司でも摘むか」

「そうね。お訊きしたいこともあるから……いかがです、五嶋さん?」

 多美子は微笑いながら椅子から立ち上がった。

「いや、ご迷惑ですから」

「そんな気を遣わないで下さい。これから家族同様にしてお付き合いしていただかなければならないんですから」

 確かに他人の住む家を設計するには、少なくともその家族の生活パターンを頭に入れながら計画をしないと、まったく他所から借りてきたみたいな空間ができ上がってしまう。そうならないためには、必要以上に依頼主に接近するのも大切なことだった。

「はあ、まあ、そうなんですけど……」

 五嶋は、一応手振りを交えて遠慮の仕草を見せた。

「多美子、先生は遠慮されてるんだ。いいからお前、外出の用意をしなさい」

「はい」

 多美子はコーヒーカップを片づけながら急ぐように部屋を出て行った。多美子が出て行く背中を見送った岩田は、すぐに吸い差しの葉巻に火を点けて五嶋の前で燻らした


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