第10話
「せっかくの休日に呼び出したりして申しわけないね」
「いえ、そんなことは……」
五嶋は仕事柄クライアントに都合を合わさなければならないので、土日、あるいは夜になって打合せをすることが多い。
「この前、新しい敷地の測量をすませまして、そのデーターに平面プランを載せてみたのがこれなんですが」
五嶋は図面を岩田の目の前に並べた。
「ほう」
岩田はシニアグラスを掛け直し、両手に一枚づつ図面を持つと、交互に見較べるようにした。その中でも岩田誠介が興味を示したのはパースだった。完成したときの建物のイメージが一目瞭然でわかるからだ。
建物を建てようとする人は、ほとんどが建築に関して無知に近い。いくら平面図を見せたところで、専門家と違って即座に頭の中で三次元に置き換えるような器用なことはできない。それに較べてパースは素人にも理解しやすい。。
五嶋が建築プランを説明しようとしたとき、応接のドアが叩かれて岩田の妻の多美子がトレーにコーヒーを載せて入って来た。
「コーヒーでよろしかったかしら」
上品な言い方だった。
「いえ、お構いなく」
「まあ、先生、お茶でも飲んでからにしましょうよ。……多美子、あとでお前も一緒に話を聞いてくれ」
岩田はコーヒーを置く妻を見ていった。
「はい。そのときには声をかけて下さいな」
多美子はそう返事をして一旦応接間を出て行った。
しばらくコーヒーを飲みながら世間話を交わしていた岩田は、頃合いを見計らって大きな声で妻の多美子を呼んだ。
多美子は部屋に顔を出すなりコーヒーカップを片づけ、岩田の隣りに腰を降ろした。
「いま、ご主人にお見せしたのですが、一応こんな感じでプランニングをしてみました。いかがでしょうか?」
夫人の顔を自信の顔で見ながらいった。夫人は黙って図面に目を落としたままである。岩田は多美子の様子を横目で見ながら、極太の葉巻に火を点ける。葉巻を指に挟んであたりを睥睨する姿はさすがに威圧感があった。二、三口吹かすと、部屋中に葉巻独特の匂いが充満した。
「パパ、テラスでお願い」
「ああ、わかった、わかった」
岩田は返事をすると、渋々巨きな躰を揺らしながら椅子から立ち上がり、背中を向けてテラス出て行った。多美子は葉巻の匂いを好まなかった。煙草を喫うときには何もいわないが、こと葉巻となると異常に神経質になる。岩田もそれがわかっていながら多美子がいても客が来訪したり気分が昂揚したりするとつい手を伸ばしてしまう。多美子はほかのことに関してはは岩田に従順だったが、葉巻だけは自分の存在を無視されているようでひどく嫌った。
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