第9話 2

 五嶋は首都高速道路3号線に乗って首都十四区(世田谷)にある岩田のマンションに向かった。自動走行車線の交通量は前にも増しているように思えた。

 いま向かっている先の岩田誠介いわたせいすけという人物は、五嶋が以前自社ビル設計をしたある情報関連会社の社長の知人で、つい一ヶ月ほど前に紹介をされた。

 岩田の依頼は、いま住んでいる首都十四区にあるK大近くの住宅地に新しく二世帯住宅を建てたいというもので、敷地は七00平方メートルほどあった。五嶋が岩田夫婦に会うのはこれが三度目なので、まだ本格的なプランニングには入り込んでなく、あくまでもまだアウトラインの段階だった。

 幹線道路から支線に入ると、周囲は一変して住宅地になり、緑が多くなった。街路樹のプラタナスの葉が目映いくらい鮮やかだった。さらに脇道に入り、緩やかな坂を昇りつづけると、やがて右手に白くて大きなマンションが見えはじめた。

 首都十四区の岩田の自宅に着いたのは約束の一時間より少し余分に時間がかかった。岩田が気を利かせて空けておいたくれた駐車場に車を停める。

 マンションは二十階建で、その五階に岩田は住んでいた。フロアーには四件ほどの住居があり、ざっと七十ほどの所帯があった。

 前もって聞いてあった暗証番号で建物の中に入る。岩田の自宅は5LDKのゆったりとした空間で、子供たちが独立してしまったあとの夫婦ふたりには贅沢すぎるスペースだ。

 応接間でしばらく待っていると、細く開けられたガラス戸の隙間からベランダに咲く花がかすかに匂ってきた。思わず目を移してみるが花の名前はわからなかった。

 五階なのでそれほど見晴らしがいいとはいえないが、それでも遮るもののない窓からは遠くの高速道路の姿が見ることができた。

 やがてゴルフウエアー姿の岩田が大きな躰を揺らすようにしてドアから入って来た。

「いやあ、先生、どうも」

 岩田誠介は目元に笑みを浮かべながらいった。

 岩田は『メニロック』という警備会社の社長で、年齢は六十三歳だった。しかし、がっちりとした体躯と色黒で張りのある顔からはとてもその年齢に見られることはない。

「すいません、道路が混んでしまって――思いのほか時間がかかってしまいました」

「いやいや、それはしかたがない。きょうは土曜日だから都心は混んでるだろうからね」

「ええ、けっこう混んでました」

 五嶋は岩田の顔から視線をはずし、開けようとする図面ケースに視線を移した。

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