第8話
エレベーターで駐車場まで降りると、足早に自分の駐車スペースに向かった。
五嶋の車は、つい最近納車されたばかりの、N自動車が技術の粋を集めて開発をした高級車だ。愛車に近づき、生体認証装置に軽く左手の拇指で触れた。ドアロックが解除される鈍い音が聞こえた。。この最新式の乗用車は、キーレスになっていて、開錠は指先による生認証によってできる。しかしいくらキーレスといっても故障しないとは限らないし、駐車中にいたずらされるという可能性もあるため、キーでも開かなくはない。それと、もうひとつは、最近道路交通法が改正され、エンジンとアルコール検知器を連動させるよう義務づけられたので、どの車にでも搭載されるようになったが、この車種のは特に感度がよすぎて、呼気に少量でもアルコール分を含んでいるとエンジンがかからないという迷惑な機能も兼ね備えていた。
五嶋はおもむろにドアを開けて乗り込むと、ブリーフケースと図面ケースをパセンジャーシートに放り投げた。エンジンスイッチを押してしばらくすると、ゆっくリカーナビゲイションが開いて薄いブルーが拡がり、
〈行き先をセレクトして下さい〉
と、赤い文字が浮かび上がった。
五嶋は躊躇することなく登録すみの岩田の自宅である「5」をタッチした。
〈行き先は岩田様でよろしいですね〉
確認のメッセージが音声と共に流れた。「OK」の文字に触れた。
車を出そうとしたとき、透かさず警告のチャイムと同時に音声が室内に流れた。
〈シートベルトを着用して下さい〉
とっさに胸元に手をやる。ちゃんとベルトはしていた。これまで五嶋は同じ過ちを二、三度くり返している。そのたびに自分の不注意さに嫌気がさすのだが、ついつい忘れてやってしまう。きょう家を出るときにもやったばかりだった。
パセンジャーシートに負荷がかかった場合にセンサーが感知をして警告のチャイムと音声が流れ、それと同時にエンジンがかからないようにロックされてしまうのだ。慣れないこともあったが五嶋はいつもそれを忘れてつい荷物を隣りに投げ出すわるい癖があった。慌ててブリーフケースを座席の間から後ろ手にしながら後部座席に移した。
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