第7話

 五嶋はその印刷された図面にもう一度目をとおす。画面で見るのと印刷された図面とではどうしても視野が違うからである。いくら画面で満足したつもりでも、印刷をしてペーパー上で見直すと必ずといっていいほどミスがある。まるで印刷をする瞬間に浮かび上がってくるのではないかと疑うくらい頻繁なのだ。

 今回の打合せはまだ取っ掛かりなのでそれほど気を遣わなくてもいいのだが、設計士としてあまり中途半端な図面をクライアントに見せたくはなかった。

 五嶋は何度もうなずくようにすると、それらを丁寧に揃えて図面ケースに納めた。

 おもむろに席を立つと、事務所の隅にある冷蔵庫の扉を引き開けて、中からミネラルウォーターのボトルを取り出し、封を切って旨そうに咽喉を鳴らした。二、三口飲んだ五嶋は窓際に佇んで外の景色を眺めた。

 正面に新宿副都心の高層ビルが林立し、右手には六本木ヒルズが見え、その向こうには汐留の高層ビルが見える。古く老朽したそれらはまるで背を伸ばす機会を覗っている老人のようだった。

 前にも増して首都のすべてが薄い絹布でおおわれたように白く霞んでいる。

 眼下に首都高速道路が東から西に無表情のままのびていた。自動走行車線になっているので相変わらず車がつながっている。まるでビーズで拵えた首飾りのようだった。その首飾りが左手の渋谷の出口あたりでもつれているのが見えた。

 窓から離れた五嶋は、デスクの電話のダイヤルボタンをゆっくりと押す。しばらくしてテレビ電話の画面に岩田夫人が映り上がった。

「G&Tの五嶋でございます」

「ああ、いつもお世話になっております。ちょっとお待ちください、いま主人に代わりますから」

 突然保留画面に切り替わり、犬が跳びまわるアニメーションと軽やかなメロディが流れはじめた。しばらく待たされた。

 やがてメロディが途絶えると、男の野太い声と同時に岩田の日に焼けた顔が映った。

「五嶋さん、岩田です、この度はお世話になります」

「いえ、こちらこそ。それでですね、これからそちらにお邪魔しようと思うのですが、ご都合のほどはいかがでしょうか?」

「ええ、構いません。約束した時間はちゃんと空けてありますよ」

「じゃあ、一時間ほどでお邪魔できると思いますのでよろしく」

「はいはい」

 画面が切れるのを待って受話器を置いた五嶋は、カバンと図面の入ったファイルケースを手にすると、室内をひととおり見廻し、照明を消して事務所を出た。

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