第6話 episode 1 クライアント 1

 五嶋は窓際にあるブラインドのスイッチを押して少し開き加減にする。

 午後の熟れた陽光が一瞬にしてオフィスの中を駆けた。いちばん手前に坐っているショートカットのヒューマノイドの顔が漫然と浮かび上がった。電源がオフになっているヒューマノイドだとはわかってはいるものの、なかなか慣れない光景にいささか戸惑う。

 オフィスのあちこちに配された観葉植物の鉢が、せめてもの心の憩まりを覚えさせてくれた。

 作業用のデスクに向かい、コンピューターとスキャナ(読み取り機)、それにプリンターの電源をつづけて入れた。軽い電子音と共に一センチほどの厚みを持つ特殊アクリルパネル製ディスプレイが明るくなり、システムが立ち上がったことを報せた。

 その昔、設計図というものは、筆と木片で書かれて以来ずっと両手を使って書かれていた。ところが、ある時期を境にしてコンピューターで図面を起こすようになったが、当時それまで用紙に直に描いていた設計士たちは戸惑い、「機械で細かい設計図が書けるわけがない」とか「そんな機械を使って書いた設計図などは味も素っ気もない図面だ」と口々に洩らし、なかなかコンピューター製図を受け入れようとはしなかった。しかし、時代がすすむと、当然のように躊躇なくそちらに傾倒していくことになった。

 やがてそれが当たり前のこととなると、ソフト制作会社も次にはいかに効率よく設計図を作成するかというテーマに向かって開発をすすめ、いまとなってはフリーハンドで書かれたものをスキャナで読み込ませることによって設計図ができあがるところまで時代が移った。

 五嶋は昨日までかかって拵えた建築プランに目をとおし、わずかに手を加えるとA3サイズの図面を専用のスキャナに載せて読み取らせた。ものの五秒ほどだった。作図ソフトを立ち上げ、スキャナに読み込ませたデーターを取り込んだ。

 しばらくして五嶋が画いたスケッチがきっちりとした要素を保持するデーターとなって画面に浮かび上がった。ラスター(ドットの集合)からベクトル(方向性)に形を変えた建築プランはひとつのプレゼンテーションの資料として化粧を施し、いまにも外出を待つ貴婦人のように見えた。

 画面上でも少し手を加えた五嶋は、しばらく目を細めながら凝視し、充分に納得すると、平面プラン3枚とパース(透視画法による建物外観図)一枚をカラーで打ち出しプリントアウトした。

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