第2話
中国奥地の砂漠から偏西風に乗って吹き流れてくる
そのまま首都高速道路に乗り入れ、三十分ほどで前方に分岐点が見えはじめた。やや速度が緩慢になると、自動的にステアリングがゆっくりと左に切れた。白く塗られたばかりの防音壁が春の光を反射して眩しいほどだった。
五嶋は首都十区(渋谷区)にあるオフィスに向かっている。
(二十年前に、全国的に住所の簡素化から、都市の区分名称が数字化されることになり、東京都はアイウエオ順で足立区の一区からはじまり二十三区目の目黒区に数字が割り当てられた。昔の渋谷区は現在の十区に相当する。)
土曜日ということでオフィスはクローズされていたが、新しいクライアントとの打合せがあるために必要な書類と設計図を揃えるための出向きである。
五嶋は四十歳で独身。一見すると五、六歳は若く見えるのだが、仕事柄あまり若く見えるのも考えものだ。この仕事はどちらかというと顔で仕事をしている部分が少なくないので、若く見られるのは不信感につながる。
長身痩身で雄偉な顔立ちは女性にもてないこともなかったが、七年前にひとつ年下の大学の後輩である
開設以来、幸いにもいいクライアントに巡り会えたのと、大学の友人たちの協力があって仕事の切れ間がなく、いまになっては官庁の仕事も手掛けるようになった。
現在はこれまでの蓄積もあって、渋谷三丁目にある建てられたばかりの高層ビルの三十七階にオフィスを構えている。六本木通りの南側で、高速道路がすぐ横を走っている場所だった。
五嶋はビルの地下四階に契約している駐車スペースに車を滑り込ませた。シルバーのブリーフケースを提げて車を降りると、後ろ手にドアを閉める。土曜日だからか車の姿がまばらで、駐車場は不気味なほど静まり返っていた。ただ五嶋の床を叩く足音だけがフロア全体に反響していた。
エレベーターを三十七階で降りると、左に折れて突き当たりにあるオフィスの前に佇んだ。ドアの横に取り付けられた艶消しのステンレスパネルに、『株式会社 G&Tスペースクリエイト』と社名が刻まれてあった。
そのプレートの下に取りつけられた生体認証装置に右手の人差し指を翳した。軽い音を確認する。オフィスのロックが解除された音だ。背中のほうで廊下を歩く女性の靴音がした。五嶋は気にすることもなくドアのノブを廻して室内に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます