第26話 climax battle 4 ~朝焼けのMM地区~
空から落ちてくる二人を、タワードミナトミライオンが優しく受け止める。
無事にミライオンの掌に着地した荒夜はテティスから手を離すと、大の字になって仰向けに倒れた。
「こ、荒夜? 荒夜!」
「しん、ど……っ!」
テティスが心配そうに荒夜を揺さぶるが、昨晩の夕方が当直明けで一昨日からレギオン戦まで一睡もしていなかった荒夜は、睡眠不足で意識がかなり朦朧としていた。
「大丈夫? 荒夜!」
「けど……何が一番しんどかったかって言うと、なんとかミライオンのGが一番しんどい」
「ハッハッハ。そこかよ」
もはや聞き慣れた快活な笑い声が、荒夜の頭上から降り注ぐ。荒夜が薄っすらと目を開けると、湊がテティスの隣に立っていた。
夜明けの横浜の街に、マリンスノーが降り注ぐ。ひらひらと舞い散るそれを屋上で戦闘していたMM地区支部員の一人が手に取ると、血を流していた腕の傷が見る見る内に消えて行った。
ランドマークタワー直下の地上では昏倒していた一般人が次々と意識を取り戻し、瞬く間に咲いていく花たちを不思議そうに見回していた。
「いやぁ~。色とりどりの花が咲く、賑やかなMM地区になったなぁ」
朝焼けに染まる海と横浜の街を眺めながら、湊が朗らかに笑う。
「花、綺麗だね。荒夜」
タワードミナトミライオンの掌から下ろされた3人はやっと屋上に降り立つ。マリンスノーの影響なのだろうか、植物など何にも植えていない筈の屋上にも蔦が生い茂り、花を咲かせていた。
「……俺ァ空も綺麗だと思うぜ。テティス」
力尽き横たわる荒夜の視界には、秋晴れの空に降る白い雪という幻想的な光景が広がっていた。
「ほら。この物騒なモン返すぞ」
荒夜は仰向けに寝そべったまま、抜き身の刀をルミに差し出す。だが、ルミはその刀を受け取ろうとはしなかった。
「いえ、それは……」
「……あ?」
どこか歯切れの悪いアイシェの返事に、荒夜はやっと身体を起こす。
「それを彼女……いや、テティスだったね」
ルミは改めて名前が付いた少女――テティスに視線を向ける。
「その刀をテティスに渡してくれ。それが、“エレウシスの秘儀”発動の抑制になるんだ」
ルミの口にした“隠し玉”の正体に、湊たちは目を見開く。
「ルミ。それじゃ……!」
「はい」
ルミの傍に控えていたアイシェが、湊たちに重々しく頷いた。
「レネゲイド災害緊急対応班は、それぞれの班がシンボルとなるレネゲイド遺産を所持しています。それは班にのみ所持を許されたもの。それを他者へ渡すという事は、重大な規定違反なのです。最悪……マルコ班の解体すらあり得る」
事の重大さをやっと理解し始めた荒夜も、流石に目が点になった。
「え……え?」
「だから、それをテティスに渡せと言っているんだよ」
ルミが少々うんざりしながらも冷静な口調で荒夜に告げると、荒夜は言われるままにテティスに鞘に納めた刀を渡す。状況を完璧に理解できていない二人は、少しおどおどしていた。
「私が持つと、ルミは困るんじゃないの?」
「困るのは、どちらかと言えばこんな僕について来てくれた優秀な部下たちの方かもしれない」
テティスが不安げにルミを見上げるが、当の本人は苦笑しながら目を伏せた。
「まぁ、僕はどうにでもなるさ」
「ルミ、お前……」
班の解体を覚悟の上で自分たちに協力してくれたのかと、今の湊にはかける言葉が見つからなかった。
湊は少しばかり考え込むが静かに首を振り、テティスに向き直った。
「いや、テティス。ルミが、君の将来やりたい事を守る為に決断した事なんだ。受け取ってやってくれ」
「ぜひ受け取ってくれ」
神妙そうな面持ちで頷く湊とルミの顔を交互に見ながら、テティスは両手で古太刀をしっかりと受け取った。
手に持った太刀を暫く眺めていると、テティスはルミの目を真っすぐ見つめる。
「それが……ルミのやりたい事?」
「嗚呼、そうだね。今は……そうだよ」
青い海のような目の色の少女が尋ねる。その目に、ルミはやんわりと微笑んだ。
ルミの答えにテティスはこくりと頷くとぎゅっと刀を握り直した。
「分かった。私、大事にする」
これはルミの“大切なもの”だったのだ。そんな物を、自分を守る為にルミはくれたのだと思うと、テティスはどこか身が引き締まる思いに駆られた。
「……なァ」
そんな中、胡坐をかいた荒夜が挙手をした。
「つまり、アンタ等のシンボルをテティスが持っちまったんだよな」
「えぇ、そういう事です」
荒夜の質問にアイシェが頷くと、荒夜は暫く小難しい顔で考え込む。
「じゃあよ」
荒夜はルミとテティスを交互に指さし、気軽に言った。
「…………入っちまえば?」
テティスをマルコ班に所属させる――その提案に、荒夜を除く全員が目を瞬かせた。
「私が……ルミと一緒にいればいいの?」
一番目を瞬かせていたテティスが、ルミと荒夜の顔を交互に見やる。
「そしたらこのカタナはアンタ達の手元に残るし、それで……何とか、なんねェか……?」
筋違いな提案だったかと不安に駆られ、荒夜の声が段々と細くなっていく。
「確かに、体裁は何とかなるとは思いますが……しかし隊長、彼女はまだ小さな少女です」
戸惑いつつも、アイシェはルミに判断を仰ぐ。
「……どうかな。テティスがそれを持って僕たちと一緒に来るというのは。僕たちは常に世界各地で起こるレネゲイド災害に対応しなければいけない。勿論危険な戦場ばかりだ。そこに、この子を連れて行くというのは……」
どこか渋っているルミに、荒夜が頬杖を突きながら微笑んだ。
「……些か心配か?」
荒夜の言葉に、ルミは苦笑しなが答える。
「まぁそれもあるし……何よりテティスがやりたい事の邪魔になるんじゃないかと、思うだけだよ」
レネゲイド災害緊急対応班の仕事場はいつだって戦場だ。いつ休めるかも分からない。
「少なくとも僕たちの職場は、食べたい時にクレープが食べられるような職場じゃないんだよ」
「ハッ! 違ェねェや」
そう言いながら少し肩を竦めるルミに、荒夜が肩を揺らして笑う。
「どうしよう。私、どうしたらいいのかな……?」
「そうさなァ……。じゃあ、テティスはどうしたい?」
少し戸惑うテティスに、荒夜は優しく声をかける。
「私……ルミも」
「うん」
「湊も」
「うん?」
「荒夜も」
「うん!」
「皆んなと一緒に居たい!」
「う~ん、そう来たかぁ~!」
にこやかに口にしたテティスの要望に、荒夜は参ったと言わんばかりに豪快に笑う。
しかし、それは叶わない願いだった。MM地区支部の湊の許にいれば、輝生とも一緒にいる事は叶うだろう。だが、ルミとアイシェはレネゲイド災害緊急対応班で世界中を飛び回る身であって、MM地区に逗留するのは不可能だ。そして何より、荒夜はテンペスト――米軍だ。いずれアメリカに帰らなければならない。
この3人の共闘も、一時の夢のようなものだったのだ。
「……テティス」
「なぁに? 湊」
湊は膝を折り、テティスの目線に合わせる。
「いいか。俺たち人間の言葉にはな、こんな言葉があるんだ。“可愛い子には旅をさせよ”ってな」
「かわいい子? 旅?」
湊の言葉にテティスは目を瞬かせながら小首を傾げた。
「君には、沢山の選択肢がある。その為に、俺たちはどんな手段でも取ろう。だけれど、君は誰かの許から、何処かに旅に出なくてはいけない。いつか、いつか皆んなと一緒に居れる日が来るだろう。でもそれまでに君は沢山のものを見て、沢山の事を聞いて……。そうする事が、君がこの世界にいる意味なんだ。――責任なんだ」
今は話の全てを理解できないかもしれない。だが、湊の話を一所懸命に聞きながら、テティスはとある人物の言葉を思い出していた。
それは先日出会ったレネゲイドビーイングの少女――荒絹かれんの言葉だった。
「自分の目で、外の世界を見る……」
その言葉に、湊はこくりと頷く。
少女は暫く考え込むと、何かを決意したように真剣な眼差しのまま顔を上げた。
「私……私、強くなりたい。これが無くても、自分の力をコントロールできるように。そしたら……そしたら、いつでも皆んなと好きな時に会えるよね?」
少女の決意に、3人は同時に頷く。
「それを持ってたって会えるさ。君が望めば俺も、MM地区の皆んなも、俺たちは何処へだって飛んでいく。この2人だって、それはきっと一緒さ」
「そうだよ。君が会いたいと言うなら。そう望むなら」
「うぅ~、難しい!」
今にも煙が出そうなほどに考え込んでいるテティスに、荒夜は声を上げながら少女の頭を撫でる。
「でも、考えてみる。私のやりたい事。私は、もっと色んな事知らなくちゃ……知りたいの!」
今この場で少女に答えを出すのは難しいだろう。だが、自分がどれだけ周りに影響を及ぼすか痛いほど知った少女の決意は固かった。
これから色んな人に沢山の事を教えてもらいたい――その希望に満ち溢れている少女の未来は明るかった。
そんな中、荒夜がわざとらしくルミに向かってため息をつく。
「いっその事さ、テティスがマルコの隊長になっちまえばいいんじゃねェの? そんな自信ないんだったらよ」
茶化すように荒夜がルミを笑うが、その冗談には副隊長のアイシェが眉根を吊り上げた。
「荒夜さん、その冗談は私が許しませんよ」
「おっと。流石に駄目だったかい? アイシェちゃん」
アイシェの不興を買ったか、と荒夜は悪戯っぽく肩を竦める。
「えぇ、勿論です」
毅然とした態度でアイシェが荒夜の前に立ち塞がる。
「隊長は――ルミは行うべき事を悩み、迷うからこそ最良の隊長なのです」
珍しく本気で憤慨しているアイシェに、ルミは目を丸くしてしまう。
「なるほどね……随分と人望が厚いじゃねェか。もっと自信持てよ」
その気安い言葉に、ルミもつい口角が緩んでしまう。
「まぁね。買い被り、と言いたいところだけど謙遜するのも彼女に失礼だからね。その賛辞は有難く受け取っておくよ。ありがとう、アイシェ」
どんな時でも自分を支え、見守ってくれる頼もしい副隊長。今まで自分が隊長をやって来られたのは、アイシェのサポートがあったからこそだろう。ルミは日ごろの感謝も込めて、アイシェに頭を下げた。
「……いつもこうやって躱されてしまいます」
その姿にアイシェはふふっと笑みをこぼした。
「それならいいんじゃねェの? まァ良い部下をお持ちのようで」
羨ましいぜ、と潤沢なマルコ班の人材に、荒夜は笑いながら頭を掻く。
「あぁ、そうさ。このマルコ班を支えてくれる最高の部下たちだよ」
珍しくも自信に満ちたルミの言葉に荒夜は目を丸くすると、なるほど、とにっかりと笑った。
荒夜は改めてマルコ班の隊員を見渡す。レネゲイド災害緊急対応班が辛い職場なのは想像に難くはない。だが壮絶な戦いの後にも関わらず、集っているマルコ班全員の表情は活き活きとしていた。皆、ルミを慕ってこんな危険な戦場まで付いて来たのだ。
ルミ本人は気づいていないようだが、部下に人望がある何よりの証拠だった。
「謙遜どころか自慢だな」
荒夜は愛おし気に、だが少し寂しそうにテティスの頭を撫でた。――彼なら、この子を安心して任せられそうだ。
荒夜の軽口にルミが微笑んでいると、湊がルミの前に手を差し出す。
「此処の近くに来た時には、いつでも俺たちの所に寄ってくれ」
「そうッスよ! MM地区支部は、皆さんを歓迎するッス!」
人の姿に戻った輝生が湊の背後でぴょんぴょん跳ねながら言う。
「あぁ、ありがとう。寄らせてもらうよ」
けど、とルミは差し出された湊の手を握りながら苦笑する。
「出迎えは静かに願いたいものだけどね」
「エッ⁉」
「全くだよな」
輝生が驚く中、荒夜はその意見に全面同意した。
「ミライオンで飛んで迎えに行こうと思ってたのに!」
「そろそろお前ら騒音被害で訴えられるぞ」
こんな街中で轟音を響かせては、空軍基地と大差ない筈だ、荒夜がため息をつく。が……。
「大丈夫だ。この辺りは全て、高島重工業の息がかかった社員たちが住んでいる」
「お前それいいのか⁉」
社会の闇を垣間見た瞬間だった。
「空じゃなくて海なら静かっスかね?」
「確かに、音が伝わりづらいな。それでいこう」
「じゃあ海で迎えに行くッスね!」
「何でそこまでミライオン出撃させたいんだよ!」
どうしてもこのコンビはミライオンで出撃したいのか、と荒夜は頭を抱える。
「君たちの居場所はここにもある。それを忘れないでくれ」
「あぁ、ありがとう」
湊の暖かい言葉に、ルミもつい表情が緩む。
「君も、自分の本当にやりたい事が見つかるといいな」
手を離したルミはその言葉に目を伏せ、つい左肩に手が伸びる――が、その手を降ろした。
「うん、見つけるよ。きっと」
大切な人がこの世に居なくても、自分は歩いて行かねばならないのだ。
たとえ、薔薇を失おうとも。
荒夜の隣で二人の会話を聞いていたテティスは、ふと朝焼けの空を見上げる。
「……あっ。荒夜!」
聳え立つミライオミライオンを、テティスが嬉しそうに指さす。手を引かれた荒夜も振り返り、テティスと一緒にそれを見上げた。
「なァんだ。このミライオン、テティスの目とそっくりの色してるんだな」
朝焼けに照らされたMM地区支部の鋼の守護神は、少女と瞳と似た空の色をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます