第23話 climax battle 1 ~皆の決意~

 午前五時の夜明け前。湊の携帯端末が鳴り響いているのに早く気づいたのは荒夜だった。

「おい、湊! 通信入ってるぞ!」

 画面に映し出されていたのは“着信 霧谷雄吾支部長”。その表示に荒夜はぎょっとした。

 しかも一回ではない。おそらくミナトミライオンで出撃した時からずっと鳴りっぱなしだったのだろう。画面の着信履歴は“霧谷雄吾”で埋め尽くされていた。

「どうしますか、高島支部長!」

「あぁ、出してくれ」

 支部員の声に湊が頷くと、ミライオンのモニターに霧谷の姿が映し出された。

『お待たせしました、皆さん。“エレウシスの秘儀”消滅作戦の準備が整いました。間もなく作戦開始となります。集結地点へ向かい、参加する部隊との合流をお願いします』

 早口で湊たちに言うが、いつもと何かが違う事に気付き、霧谷は僅かに眉間に皺を寄せる。

 何故、別部隊である筈のテンペストの荒夜と、レネゲイド災害緊急対応班のルミがこの場に居るのか。そして何故画面の向こう側の彼らは、飛行機のような座席に座っているのか。そして、何故さっきからずっとゴーというジェットエンジンのような音が聞こえてくるのか。

『こ、この音は一体……⁉』

 まさか、と霧谷のやつれた顔に冷や汗が流れる。

『その振動と揺れの音は……! 一体どういう事ですか、皆さん! 皆さんは一体、今何処にいるんですか!』

 強い口調で言及する霧谷に、ルミはあまりの居たたまれなさに視線を逸らす事しかできず、荒夜は乾いた笑いしか出なかった。

「霧谷さん、申し訳ない……!」

「ミスター霧谷。俺達……今ランドマークタワーの真下にいるぜ?」

 ふてぶてしい荒夜の一言で全てを理解し、霧谷は目を大きく見開く。

『ランドマークタワーに⁉ それはつまり……! 皆さんは今ミライオンに⁉』

 そんな馬鹿な、と霧谷は一瞬唖然とするが、頭を振り毅然とした態度で言い放つ。

『いけません。それは危険すぎます! 皆さんだけで“海”へ向かうなど、自殺行為に等しい!』

 皆さん、と霧谷は再度3人に告げる。

『皆さんの命を守る為に私はこう言います。これは日本支部長としての“命令”です。皆さんだけで“海”へ向かうのは許可できません! 今すぐ引き返してください』

 霧谷の真摯な表情に、3人も沈黙する。

『あなた方が辛い立場に立たされているのは、私もよく理解しているつもりです。無理に作戦に参加しろとも言いません。だから……!』

 霧谷雄吾が“命令”などという言葉を使う事は殆どない。それだけ、荒夜たちを心配しているのだ。

『高島さん。MM地区の支部員を守る使命が、あなたにはある筈だ。日本支部長として、あなたに命じます。MM地区支部長、高島湊。周りのエージェントを、一時的に拘束してください!』

 だが霧谷の命令に、湊は静かに首を振った。

「すまない、霧谷さん。俺たちは……俺たちだけであの子を助けに行く」

『何故ですか。それは自殺行為だ! 勇気と蛮勇は違う事くらい、貴方ならば分かる筈!』

「分かってる……分かってるんだ。これが危険な事だっていうのは、重々承知の上だ」

 でもそれが、と湊は言葉を続ける。

「あの子に助けられた、MM地区支部員の総意なんだ!」

 精悍な瞳が霧谷を射抜く。

 湊の心には、全てを守り抜くという堅い意志があった。支部員も、この街も、そして――少女の命までも。

その断固たる決意に、霧谷は強く目を瞑り眉根を寄せた。

『……ルミさん。レネゲイド災害の鎮圧を使命としてきたあなたなら……レネゲイド災害で大切な人を喪ったあなたなら、分かる筈です。レネゲイド災害緊急対応班の使命を思い出してください』

 その言葉に、ルミは眉間に皺を寄せながらゆっくりと目を閉じる。

 かつて自分を守ってくれた、唯一の居場所だった大切な人。彼をレネゲイド災害で喪ったあの時から、全てが闇に閉ざされたようなものだった。

「そうだね……僕には使命がある。これまで、レネゲイド災害から人々を救ってきた誇りもある」

 だが今は違う。今のルミには、自分を信頼してくれる仲間がいる。自分は今――一人ではない。その彼らの期待に報いるために、ルミは毅然とした態度で言い放つ。

「そして、レネゲイド災害がどんなに多くのものを奪っていくかもよく分かっている」

 そう、とルミは翡翠色の目を開けた。

「これは“レネゲイド災害”なんだ。だから僕はUGN中枢業議会アクシズ直属の特殊部隊・災害緊急対応班マルコ班の隊長として、MM地区支部に協力を要請し、これより“エレウシスの秘儀”排除に――いや、排除ではない」

 その力強い言葉に、霧谷はまさかと目を見開く。

「彼女を“救出”し、そして災害を食い止めに行きます」

 レネゲイド災害緊急対応班の“彼”にその決断を下されては、霧谷は何も言えなくなってしまう。

 霧谷は辛そうな表情で何かを言いかけようとするが、その言葉を呑み込んだ。

『……神縫荒夜さん』

「……ん?」

 まさか話しかけられるとは思っていなかった荒夜は、コックピットに足を投げ出しリラックスしていた。

『あなたが、あの少女と仲良くしていた事も聞きました。ですが……このままあなた達が、ただむざむざ現場へ向かうだけでは、何も解決はしないのです。このままでは何の罪もない多くの人々がただ犠牲になってしまう。その可能性が高すぎる! それでもあなたは……彼女を助けに行くというんですか』

 その霧谷の問いに、腕を頭の後ろで組んでいた荒夜は一瞬だが目を伏せる。

『米軍所属のあなたがそこまでする理由は……一体何故ですか』

 だがいつもの調子で口の端を吊り上げるように笑いながら、荒夜は隣に座るルミに視線を移す。

「なァ、マルコの隊長」

 話しかけられるとは思ってもみなかったルミは少しどきりとする。

「アンタ、勝算あるんだろ。何か隠し玉があるな」

 正直なところ、直感だった。だがこういう時の荒夜の直感はほとんど当たると、隊内でも有名だった。

 その野性的直観に、ルミの口からついため息が漏れる。

「……嗚呼。単純な考えナシかと思ったら、妙なトコロで鼻が利くんだなぁ。君は」

 荒夜は得意げに鼻を鳴らした。

「という事だ。何も向こう見ずじゃねェよ」

「勝算が無ければ、大切なものと引き換えてまでこんな所まで来たりはしないよ」

 そう言いながら、ルミは手に持っていた太刀を無意識に握りしめた。

『そう……ですか』

 そう霧谷雄吾は呟き一瞬空を仰ぐと、ルミに向き直る。

『ルミさん、あなたがこれから行おうとしているその“隠し玉”は、人とレネゲイドと、その両方を助けられる手段なんですね』

 その問いにルミはこくりと頷いた。

「そうだね。少なくとも、今この時においてはそう断言できる筈だ」

『……分かりました』

 霧谷の神妙そうな面持ちに、荒夜が気安く声をかける。

「こいつも広く言やァ、アンタの部下だろ? ちったァ信じてみろよ」

『いや、部下どころではないんですよ。荒夜さん』

 滅相もないと言わんばかりの口調に、荒夜は眉間に皺を寄せる。

『今この時、このレネゲイド災害に対応すべき状況下においては、ルミさん――彼は日本支部長である私以上の権限を持つ事が、中枢評議会の取り決めによって明記されています』

「……え?」

 霧谷が教えてくれた事実に、荒夜の目が思わず点になる。

『ですから、ルミさんが意地でも“海”へ向かうというのならば、本来私には止める術は無いのです』

 だからこそ、霧谷は先ほど「マルコ班の隊長として少女の救出に向かう」とルミに断言され、何も言えなくなってしまっていたのだ。レネゲイド災害緊急対応班の権威と権限を改めて知った荒夜は今までの数々の無礼を思い出し、サーッっと顔が青ざめていく。

『ですが、私も謝らなければなりません。どうやら私は、UGNとしての実務と責務に忙殺されるあまり、本来の理念を忘れていたようだ』

 霧谷は改めてルミに向き直る。

『私達UGNはレネゲイドと人の共生を目指す為の組織。マスターレギオンが言うような、全てをレネゲイドで塗り潰す……そのような方法では、本来の平和は決して訪れない。私は人々の命を思うあまり、その中心にいるレネゲイドの少女の事を切り捨ててしまうところだった』

 霧谷は俯き加減で苦笑しながら言うが、改めて顔を上げる。

『“エレウシスの秘儀”消滅作戦は、定刻になれば中枢評議会の意思も含めて推し進められてしまうでしょう。ですが、それまではまだ時間がある! 皆さんが独自に先に“海”へ向かう事を、私が許可します』

 そして、深く頭を下げた。

『どうか“エレウシスの秘儀”を……いえ、彼女を助けてあげて下さい』

 3人の突入を許可してくれた霧谷に、ルミは胸をなでおろす。

「ありがとう、霧谷さん。必ず、責任をもって彼女を救出します」

 その涼しい顔に、荒夜がばつが悪そうに文句を言う。

「お前そんなすげェポジションだったのかよ。それなら早く言えよな~」

「まぁ、役者不足だけどね」

 文句を言う荒夜に、湊が声をかける。

「そう言うな、荒夜。彼にも彼の使命があって、立場があって、そしてそれを投げ売って、今ここに来てくれたんじゃないか」

「ま、そう言われちゃそうだな」

 湊のもっともな言葉に、荒夜はいつものようにふてぶてしい笑みを浮かべる。

「ちなみにミスター霧谷。こういう時は“許可”するんじゃなくて“黙認”が大事だぜ」

 悪戯っぽくウィンクする荒夜に、霧谷は思わずクスっと笑ってしまった。

『あなたらしい言葉ですね』

「うちの隊長にもしょっちゅう黙認してもらってるからな」

 まるでこれから悪戯をする子どものように荒夜が笑うが、それには珍しく湊とルミが頷いた。

「あぁ。この作戦は俺達MM地区支部と、それを許可したレネゲイド災害緊急対応班の独断のようなものだ。あなたが全てを背負う必要はない」

 彼らなりの気遣いを受け取った霧谷の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。

『あなた方はどこまでも優しい。だが、これだけは言わせてください。私は日本支部長“リヴァイアサン”ではなくただの霧谷雄吾として、あの少女の事を頼みます』

「……必ず!」

 霧谷の心からの願いに湊たちは力強く頷いた。

「そういやミスター霧谷。何でここまでやるかってさっき質問したな」

「……? はい」

 目を瞬かせた霧谷に、荒夜は口の端を吊り上げてニッと笑う。

「――守りてェモンがあるからだよ」

 そう言うと荒夜はボタンを押し、霧谷との通信を切った。


「……さぁ、今度こそ行くぞ!」

 ミライオンが空へと飛び立つ準備も整った。あとはランドマークタワーの頂上を目指すだけだ。

 だがそんな中、誰にも気付かれないようにミライオンを降りようとする人物がいた。

「おっと。何処に行くんだい?」

 ルミに呼び止められ、ぎくりと身を竦める荒夜。

「いや……やっぱ俺、ランドマークタワーの中から行こうかな、と」

「中から行ったら迷子になりそうになったんだろう? さっき自分で言ってたじゃないか」

「往生際が悪いぞ、荒夜」

 冷や汗を掻きながらルミに口答えする荒夜だったが、仕方なしに湊が立ち上がり改めて荒夜のシートベルトをきつく締め直す。

「いや、ちょっと待て! これから飛ぶんだろ⁉」

「そりゃそうだ」

「一体地上から何メートルあると思ってるんだ! あのエレベーターも実は苦手なんだぞ!」

「大丈夫だ。アレよりももっと早く着く」

「何が大丈夫なんだ! おい、湊!」

「君、自分で上るのは良くて何で乗り物は駄目なんだい」

 無理やり座らされた荒夜の返事を待たずして、最高分速750メートルの数値を叩き出すランドマークタワーのエレベーターを遥かに超える速度で、ミナトミライオンは空へと飛び立った。

「だからこのG何とかなんねェのかぁぁああ!」

 荒夜の悲鳴をBGMに、ミライオンは怪物が潜むタワーの屋上へあっという間に辿り着いたのだった。

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