第21話 climax phase 6 ~side 荒夜&湊~

 赤レンガ倉庫で湊の帰りを待っていた輝生は、広間に停車した湊の車のドアを開ける。

「兄ちゃん! ルミの兄ちゃんと話は……?」

「あぁ! 話はつけてきた。後は彼の事を信じるだけだ」

 車から降りた湊は早足で倉庫に戻る。

「準備は進んでいるか」

「勿論ッス! いつでも出撃できるッスよ!」

 湊の隣に並びながら歩く輝生。それは、MM地区支部のいつもの光景だった。

「だが、あの“海”を掻い潜って俺たちのランドマークタワー“セントラルスカイ”に近づくのは、容易じゃない」

「分かってる。でも……でもやるしかない! そうッスよね、兄ちゃん!」

 輝生の自信に溢れた声に湊は力強く頷く。

「そうだ、輝生。俺たちは、そうやって困難を乗り越えてきたんだ」

 言うと湊は倉庫の手前で立ち止まり、黒い海に視線を向ける。


「だが輝生。あそこに“一番近くまで”行く方法は……何だと思う」

「近くに行く方法、って……え?」

 輝生は目を瞬かせながら、湊の視線とは反対方向のランドマークタワーを見上げる。

「と、徒歩くらいしか浮かばないけど……」

 輝生が振り向くと、湊はニッと笑う。湊がこういう顔をする時は、決まって秘策がある時だけだった。

「ランドマークタワーのその横に、一体何があるか覚えているか」

 湊がヒントを出してくれたが、輝生は未だに首を捻っていた。

「あそこの一番近くまで行くのは線路じゃない。バスや車でもない」

 今、ランドマークタワーは“海”に囲まれているのだ。ならば、ランドマークタワー直下に建設されている“アレ”が使えるのではと湊は推測したのだ。


「あそこにあるのは――ドックヤードガーデン」

日本に現存する最古の石造りの船渠の一つ――ドックヤードガーデン。


「ふ、船⁉」

 その意外ともいうべき答えに輝生も目を丸くする。

「“ミナトミライオン”の3形態の一つ“ジャックホエール”こそが、あそこに行く一番の近道だ!」

「そうか! 全然思いつかなかった!」

 したり顔の湊は輝生と共に倉庫に入ると、テーブルに広げてあった地図で位置を確認する。

「擁壁を崩せばあそこも水で埋まる。そこから、セントラルスカイに向かうんだ」

「なるほど……そうだった。陸、海、空……ミナトミライオンには、3つのロボがついてるッスもんね!」


 陸を司る神奈川県庁の“キング”、海を司る横浜市開港記念会館の“ジャック”、そして空を司る横浜税関の“クイーン”。それら“横浜三塔”は各々の形態で戦えるのだ。


「あぁ。では……大さん橋のデッキ、解放だ!」

「了解! 大さん橋デッキ、解放します!」

 湊の号令と共に、支部員たちは連続してスイッチを入れる。

すると、横浜を代表する観光地“大さん橋”のデッキの部分が爆発し、地下のデッキが姿を現した。

 高島重工業しか知らされていない“出撃用”のデッキだったには、既に“ミナトミライオン”の水中特化型形態“ジャックホエール”が鎮座していた。

「あそこにさえ辿り着ければ、"アレ"が使える筈だ」

「……! "アレ"だね、兄ちゃん!」

 MM地区の最終決戦兵器が眠るその場所を目指し、湊たちは着々と準備を進めていた。

 するとランドマークタワーをモニターで監視していた支部員が異変に気付いた。

「ん? この反応は何だ」

「一体どうした」

 すぐに気づいた湊が支部員に声をかける。

「支部長、ランドマークタワー目標“海”の周囲で、既に戦闘が開始されています」

「何だと⁉ 一体誰だ!」

「今、画像を拡大します。こ、これは……!」

 そこに映っていたのは、獅子と二振りの刀を模した腕章を付けた集団。

「――レネゲイド災害緊急対応班!」

「ルミのヤツ……! あんな事言って、先に突っ込むたぁ……やってくれるぜ!」

 意外にも意気軒昂な彼らに、湊はつい口角を吊り上げ笑ってしまう。

「ルミの兄ちゃんも、やっぱり来てくれたッスね! 俺達も遅れてらんないよ、兄ちゃん!」

「あぁ。ミナトミライオン、出撃だ!」

「了解! ミナトミライオン“ジャックホエール”、出撃準備に入ります!」

 湊の号令にミナトミライオンの機体が徐々にせり上がっていく。

 湊たちが大さん橋に到着すると、暗闇の向こうから誰かが全速力で駆けて来るのが見えた。

「荒夜!」

「荒夜の姉ちゃん!」

「……お前らには色々言いたい事があるが、これだけは言わせてくれ」

 肩で息をしながら立ち止まった荒夜が、湊たちに向かって全身全霊を込めて叫ぶ。

「お前はト○ー・スタークか!」

 大さん橋のデッキからせり上がっているミナトミライオンを指さしながら、全力の突っ込みを入れる荒夜。

「何だよコレ! 今まで何にも知らずにヨコハマに住んでたが、こんなモノあるなんて聞いてねェぞ!」 

在日米軍にすら知らされていなかった横浜の秘密に、荒夜はただ唖然とするしかなかった。

「しかも俺を置いてきぼりで出撃する気か! 寂しいだろ!」

「何言ってるの! 姉ちゃんは、何も言わなくてもあそこに来ると思ってたよ!」

 駆け寄ってきた輝生と共に、荒夜は大さん橋のデッキを上って行く。

「あぁ。既に席は用意してある」

 デッキで待っていた湊が親指で指したミライオンには、既に続々と支部員たちが乗り込んでいた。

「湊! で、現状はどうなってんだ」

「見てみろよ」

 湊は手に持っていた携帯端末でランドマークタワーのライブカメラを荒夜に見せる。

「もう先におっぱじめてやがる奴がいるよ」

 そこには、暗闇に染まったランドマークタワーに突入していくマルコ班の姿があった。

 その光景に荒夜は目を見開く。ルミと赤レンガ倉庫で別れた時、彼は「少女の消滅作戦に同意する」と言っていたではないか――!

「ば、馬鹿野郎! あいつらあの子を殺す気じゃねェか!」

「いや、それはどうかな。あいつも……悩んでる様子だった」

 そう言葉を返す湊には、焦りは微塵も見えなかった。その予想外の表情に荒夜も落ち着きを取り戻す。

「湊兄ちゃんはルミ兄ちゃんと話しに行ったんだ」

「そういう事か……で、何だ。上手く交渉できたのか」

 ぶっきらぼうに荒夜が尋ねると湊は目を少しだけ伏せる。

「俺に出来るのは……ただ情に訴える事だけだったよ」

 デッキに腰掛けていた湊は降りると、荒夜を真正面に見据える。

「だが彼の……ルミの言葉で、この少女はこの事態を引き起こした」

 自分で考え、やりたい事をやってみろと助言をしたのは他ならぬルミだ。

「彼女に守られている事を、彼は良しとしていないようだった」

 湊の目には、ルミはそれに責任を感じているように見えた。

「だから俺は、あいつを信じる」

 一切の迷いもない湊の目に、皺が寄っていた荒夜の眉間も微かに緩む。

 彼は人を信じる事を恐れず、そして迷わない。だからこそMM地区の支部員は安心して彼について行っているのだ。荒夜の目から見ても、彼はまさにリーダーに相応しい人格者だった。

「お前こそどうなんだ。荒夜」

「あぁ、何とか吹っ切れたよ」

 可愛い同居人のお蔭でな、と荒夜も湊に応えるように口の端を吊り上げる。

「じゃあ、お前も一緒に来てくれ!」

「あぁ、分かった!」

 と二つ返事をしたはいいものの、荒夜はそこではたと我に返る。


「……て、ちょっと待て。どうやって行くんだコレ」

 ミライオンが鎮座しているデッキには、既に水が張られていた。

「そりゃあ……コレに乗ってだよ」

 何当たり前の事を聞いているんだと言わんばかりに船に姿を変えたミライオンを指さす湊に、荒夜は白い目をしてしまう。

 あまり乗り物が得意ではない荒夜は背筋に嫌な予感が走り、思わず回れ右をした。

「いや、俺やっぱ走って行くわ。あっちで合流しよう――」

 ぜ、と言いかけた直後、背中から肩を掴まれバランスが崩れる。次に視界に映ったのは綺麗な夜空だった。

「いいからとにかく乗れ!」

「うおあぁぁぁ⁉」

 湊に投げ飛ばされ、背中からミライオンに着地した荒夜は呻く余裕も与えられないまま、支部員たちに手足を抱えられ荷物のようにコックピットに運ばれていく。

「行くッスよ! “ジャックホエール”、発進ッス!」

 最後に乗り込んだ輝生の号令がかかると、轟音と共にミライオンの目の前が開かれていく。

 大さん橋のデッキから出撃したミライオンは、水上にも関わらず荒夜の全身に凄まじいGをかける。

「おわああぁぁぁ!」

 やっぱり合流するんじゃなかったと後悔するが時すでに遅し。赤レンガ倉庫とコスモワールドの横をあっという間に通過し、国際橋を潜り抜けたミライオンの目の前には、怪物たちが蠢くランドマークタワーがすぐそこまで迫っていた。

「まもなく擁壁です!」

「怪物たちの姿、確認!」

 支部員たちの報告が続々と上がってくる。

「よし! ミサイル発射だ!」

 湊の命令の直後に甲板からミサイルが発射され、エレウシスの怪物が撃破されていく。

――親愛なるアリーへ。俺はMM地区で戦っていた筈なんだが、何故か第二次世界大戦顔負けの攻防戦が目の前で繰り広げられているんだ。

 全てを諦めた荒夜の口元には、涅槃のような穏やかな笑みが広がっていた。

――今まで俺たちが見ていた横浜の建物が、何とロボットに変形して怪物たちと戦ってるんだ。驚くだろ?

「擁壁、崩れました! ワーディング“海”の損傷を確認。これなら突入できます!」

「よし! 予定通り突入だぁ!」

 崩された擁壁から海水が一気になだれ込み、ジャックホエールがドックヤードガーデンに突入する。

 すると、ミライオンの姿が音を立てて変形し、翼の生えた“クイーンスカイ”モードへと切り変わった。

――自分でも、何を言っているのかよく分からねェ。

 強烈なGに襲われながら、荒夜は悟ったような顔を上げる。すると、視界の隅に何かが反射した。

 荒夜は咄嗟にシートベルトを外し、窓から身を乗り出す。

「荒夜の姉ちゃん⁉」


「おい! 飛ぶのは一旦待て!」

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