第20話 limax phase 5 ~side ルミ&湊~
「その結果、どんなことになっても……私は貴方を信じています」
アイシェから伝えられた“打開策”に暫く耳を傾けていたルミは、ゆっくりと目を開ける。
「ありがとう。アイシェがそう言ってくれると、本当に頼もしいよ」
「尊敬する貴方にそう言ってもらえるなら、私も本望です」
アイシェが微笑むと、外から何度もドアを叩く音が聞こえてきた。
「おーい、俺だ! 湊だ! 開けてくれ!」
全く気まずさを感じさせない湊の声に、ルミは少し拍子抜けと共に何故この場所を知っていたのかとルミの中で疑問が生まれる。
「一体どうやってこの場所を知ったんだ……」
「彼らにも、彼ら専門の情報網があるのでしょう」
アイシェも驚きを隠せないようだったが、苦笑混じりに笑う。
「開けてもよろしいですか」
「嗚呼、仕方ないね。この周りで騒がれても迷惑だし」
「分かりました」
頷いたアイシェは、玄関に向かい客人を招き入れる。
「少々お待ちください。ミスター高島」
アイシェが玄関の鍵を開けると、アイシェを待たずに自ら湊が扉を開けた。
「アイシェさん! 彼は……ルミはいるか!」
「はい。奥でお待ちしています。こちらへどうぞ」
アイシェの案内で、湊は客間へ進んでいく。
「君たちには、無理を言う事になるかもしれないが……どうか聞いてほしい」
「いえ。私も、貴方たちと隊長で話をしてほしいと思っていました」
「そうか……良かった」
アイシェの言葉に湊はにっと微笑むと、大客間にいるルミに気が付いた。
「ルミ、聞いてほしい話があって来たんだ」
「……何だい。さっきと同じ話なら、僕は何も変わらないよ」
「そこを……いや、さっきは済まなかった」
コートを脱いだ湊はルミの前で深く頭を下げる。
「君には君の使命がある事を、俺も重々承知している。君がどんな使命や、これまでの生活、生い立ちでそこにいるのか……俺は何も知らないまま、ただ感情に任せて言ってしまった。まずはそこを、謝らせてほしい」
「……君が謝る事じゃないよ。僕の個人的な事情だしね」
深く頭を下げる湊に、ルミは静かに首を振った。
「僕も……冷たい言い方をして済まなかった」
「あぁ。そこは、お相子って事にさせてくれ」
顔を上げた湊は微笑むと、ルミは奥で心配そうに見守っている隊員達に気が付く。
「……それで? 話というのは?」
ルミは人目がつかないサンルームまで湊を案内する。すると、湊は懐から携帯端末を取り出し、るりが持ってきた資料の画像をルミに見せた。
一瞬ルミは眉間に皺を寄せるが、その数値と画像が何を意味しているのかを知り表情が一変した。
「このデータを見てくれ。まだ……まだ彼女の意思はあそこにあるんだ! まだ、全てが終わったワケじゃない!」
「この数値は……!」
湊から携帯端末を手渡され、ルミは食い入るように画面を見つめる。
「今回の事件を引き起こしている“エレウシスの秘儀”と、彼女の意思は切り離されている。それだけじゃない。彼女はあそこで、今もその災害を止めているんだ!――君たちレネゲイド災害緊急対応班と、同じように!」
「彼女が……!」
湊の言う通り、“エレウシスの秘儀”によるレネゲイド災害は、何らかの意思によって停滞させているのが明らかだった。
「……そうか。彼女が」
「ずっと考えていたんだ。彼女は、“自分のあの力をどうして使ったんだろう”って」
「どうして……? どういう意味だ」
湊の携帯端末を返しながらルミが尋ねる。
「彼女にとってあの力とは、忌むべきものだった筈だ」
「嗚呼、そうだね。他人の命を奪うものだ」
確かに、彼女が自ら進んで“エレウシスの秘儀”を発動させるのは妙だとルミも思っていた。
「――君が、彼女に何か言ったんじゃないのか」
その核心を突く言葉に、ルミは目を見開く。
「素直な子だな……」
そうだ。ルミは確かにあの時、少女に言ったのだ。「自分で考えて、自分のやりたい事をやってみろ」と。
「少し、とりとめのない話をしただけなんだ」
「彼女はその時、何て言ってたんだ」
「人を癒し、死んだ者をも蘇らせるその力を僕の為に使おうか、と。僕が望むなら」
少女のあの屈託のない無垢な瞳を、ルミは未だに忘れられなかった。
「そうか。それで……君は何て」
「僕も正直揺らぐところはあったよ。とても魅力的な力だからね……けどそれは彼女の意思じゃない。今まで彼女は、自分の意思も望みもなくあの力を使ってきたんだ」
だから、とルミは少し俯き言い淀むが、一つ息をつくと苦笑交じりの顔を上げる。
「それが君のやりたい事なのかと、本当にやりたい事があるんじゃないか考えてみろなんて……ちょっと偉そうに、説教なんてしてみたんだ」
「そうか……」
「そんな事、できる立場じゃないんだけどね」
そう言うと、ルミは肩を竦めてみせた。
「だが彼女はそうやって、ルミ……君に言われて考えて、俺達を救ってくれたんだよ。それが……彼女自身が考えた力の使い道だったんだ」
「嗚呼……あれが彼女のやりたい事なのか」
何とも彼女らしい優しい答えだ、とルミはため息をつく。
「今はまだ犠牲者も、ジャームの発生も確かに報告がない。彼女が望んだからなのか」
「……今もまだ、あの子は俺達の事を心配してるんだ」
湊は改めてルミに向き直る。
「あんたにも、レネゲイド災害緊急対応班としての使命があるだろう。だけど、俺達大人は、彼女に何かを教えた……その責任もあるんじゃないのか」
その言葉は、ルミにとって目から鱗だった。
湊は彼女を、レネゲイドビーイングとしてではない――成長を見守るべき、一人の子どもとして見ているのだ。
「そうだな……子どもの戯言に付き合ったつもりが、こんな形で彼女からの贈り物を受け取るとはね」
向き直った湊が、再びルミに深く頭を下げる。
「頼む、ルミ。君の力を貸してくれ! どうしても、君達の力が必要なんだ……!」
先ほどとは違う、謝罪ではなく懇願の意で頭を下げた湊に、ルミはわざと冷たく言い放つ。
「君は……勝算があると思うのかい。彼女だけを救い、“エレウシスの秘儀”を滅ぼす。その勝算が」
頭を上げた湊は苦笑しながら首を振った。
「そりゃ……正直ないよ。だけどな、俺達MM地区支部はこれまでだってそうやって来たんだ。輝生だって、他の皆んなだってそうさ」
だが、その顔はどこか誇らしげだった。
「勝ち目があるから戦ってきたワケじゃない。さっきのマスターレギオンとの戦いを見てりゃ、君にも分かってもらえる筈だ」
「……嗚呼、そうだね」
確かに湊といい輝生といい、彼らMM地区支部は勝算があるから戦うのではない。彼らはたとえ勝ち目がなくとも、守るために戦っているのだ。この横浜の街を。横浜の街に住む人々を。
「無茶をする人間ばかりだ。君の周りは」
「……確かに」
一番無茶をする人間がこの場にいないのが残念だ、と湊たちは苦笑する。ちょうどその時、赤レンガ倉庫に向かっている最中の荒夜はクシャミをしていた。
「今この場で答えを出せとは言わない。だが俺たちは行く。それを伝えに来たんだ。荒夜の奴だって悩んでいる。でも、俺は奴が来てくれると……信じてる」
「……そうか」
赤レンガ倉庫で別れた時の険しい顔つきとは違い、ルミの顔は穏やかだった。その表情に安心した湊は踵を返し、脱いでいたコートを羽織った。
「君は……きっと誰よりもリーダーに相応しいんだろうな、湊」
「それはどうかな」
ルミの心からの賞賛に、湊は肩を竦める。
「君やあのマスターレギオンのように、もっと冷静な判断力があればいいなって、いつも俺は思っているよ。俺に出来るのは、輝生たちと一緒にただ走っていく事だけだから」
だがそんな湊だからこそ、輝生をはじめ多くの支部員やレネゲイドビーイングが彼を慕ってくれているのだ。MM地区に滞在した数日を通して、ルミはそれを痛いほど実感していた。
「ちょいと荒夜を捜してくる。また、何かあったら連絡してくれ」
「あぁ……来てくれてありがとう」
湊はふと視線を携帯端末に落とす。すると、一通のメールが届いているのに気が付いた。
「……荒夜?」
荒夜からのメールを開くと、それは米軍“テンペスト”からの緊急招集命令の転送だった。
「荒夜の奴……!」
こんな機密情報を漏洩してはクビになるぞ、と湊は顔を引き攣らせるが、そこには“エレウシスの秘儀”消滅作戦の決行時刻が記されていた。
「ルミ! “エレウシスの秘儀”消滅作戦は、明日の夜明けだ。それが、彼女を救い出せるまでのタイムリミットだ」
湊はルミに背を向けたまま言い放つ。
「俺たちはそれまでにあの子を“助け”に行く! 君も……どうか、考えてくれ」
「……分かった」
その一言を聞いた湊は、“外交官の家”を後にした。
残されたルミは、テールランプを光らせながら去っていく湊の車をサンルームから眺めていた。
「……アイシェ」
ルミは月明かりに照らされた庭を睨みながらアイシェを呼ぶ。
「はい。何でしょう」
「今この場に居る隊員全員に、客間に集まるよう伝えてくれ。話がある」
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