第18話 climax phase3 ~side ルミ~
一方その頃、ルミたち“レネゲイド災害緊急対応班”は、UGN本部が緊急用セーフハウスとして貸し出してくれた“外交官の家”に逗留していた。
「隊長、テレーズ・ブルム議員から通信が入っております」
「……繋げてくれ」
窓際に凭れ掛っていたルミだったが、それを聞くとすぐに窓から離れ、パソコンの前に腰掛けた。
『ルミ、話は聞いているわ。大変な事態になってしまったわね……』
「あぁ、テレーズ。すまない……僕という者がいながら、これは大失態だ」
深く頭を下げるルミに、画面の向こうのテレーズは神妙そうな面持ちで首を振る。
『大丈夫。それはこちらでもカバーするわ。その為に連絡したんですもの。時間が押してるし、手短に説明するわ』
言うと、テレーズはルミの携帯端末とパソコンにデータを送る。
『“エレウシスの秘儀”とは、あなたも知っての通り“死と再生の儀式”……その伝説の力を持つレネゲイド遺産よ。このレネゲイド遺産は周囲から生命力を吸収し、望む対象に与える事が出来るわ』
自分がかつて所属していた組織がそんな危険な実験をしていたのを露ほども知らず、ルミはただただ驚愕するしかなかった。
『そしてあのレネゲイドビーイングの少女は、“エレウシスの秘儀”がオリジン:レジェンドとして仮の人格を得た存在よ。あの子が強い感情を得る事で能力を発動させられるのは知っているわね? 大量に生命力を与えられた対象は周囲の生命力を奪い取り、自らの生命力とレネゲイドを活性化させる体質を得るわ』
「つまりそれが、疑似的な不老不死の正体なんだね」
『その通りよ。理解が早くて助かるわ、ルミ』
そして、とテレーズは言葉を続ける。
『マスターレギオンのように疑似的な不老不死となり力を得た者は、疑似的だけど“エレウシスの秘儀”の性質を手に入れる事ができるわ。だけどそれは、性質を得ただけで“エレウシスの秘儀”そのものになってはいない。あなた達が観測した“海”のワーディング……あれは“エレウシスの秘儀”でないと発動しない、とても特殊なワーディングなの』
「そうか……だからマスターレギオンは“海”ではなく、血のワーディングしか展開できなかったのか」
『……3年前にレネゲイドビーイングとして目覚めた彼女は、マスターレギオンの手に渡ると不死を望む権力者の手に渡されては暴行を受け、災害を起こしてきたわ』
ここまで早口で言うと、テレーズは小さくため息をつく。
『ルミ、この事態をどうするかはあなたの判断に任せるわ。どんな結末になろうとも、私はあなたを責める事はないでしょう。ルミ……健闘を、祈るわ』
そう言い残すと、悲痛な面持ちのテレーズは一方的に通信を終了した。
「……隊長」
アイシェが声をかけるが、ルミは頭を抑えながら俯いていた。その表情はあまり芳しくなかった。
「浮かない顔を、されておりますね」
ルミは傍に置いてあった手燭を持ちながら答える。
「……まぁね。僕だって何も、“エレウシスの秘儀”をあの子ごと排除する事に、何の躊躇いもないワケじゃない」
手の中の手燭に視線を落としながら、ルミはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「彼女に、言ったんだ……「やりたい事を見つけろ」って」
顔を上げたルミは少し自嘲気味にアイシェに笑ってみせる。
「でもこのザマだよ。もしかしたら……もっと早く気づいていたら、彼女を救う事が出来たのかもしれない」
そう微笑むルミの瞳には、後悔の念が映っていた。
「隊長、貴方は……」
ルミに何て声をかければ良いか一瞬だけ逡巡するアイシェだったが、一呼吸置くと言葉を続けた。
「貴方は世界の悲惨な現状を、幼い頃からその目で見られてきた。だからこそ、貴方はこの職に誰よりも相応しい。けれど、それはきっと誰よりも辛い事なのですね……ご自身の辛い記憶と、いつまでも向き合わなければならないのですから」
「嗚呼……辛いかどうかは、考えた事はあまりなかったけど……でもそうして向き合う事くらいしか、僕にはやるべき事がないからね」
あの日から未来を見なくなった青年は――砂漠で星すら見つける事を諦めた青年は、過去の十字架を自ら背負う事でしか生きる意味を見出せなくなってしまったのだ。
「隊長……お話があります」
アイシェは立ち上がると、刀袋に包まれた一本の刀をルミの前に出す。それは、マリンスノーの時からずっと預かっていたものだった。
「隊長……このマルコ班は、この世界にとって必要なものだと……そう心から信じられていますか」
突然のアイシェの言葉に、ルミは「心から……」と反芻する。
「マスターレギオンは、我々こそ――レネゲイド災害緊急対応班こそ、世界を混乱させているその先鋒なのだと言いました。我々がしてきている事を、貴方はどう思われていますか」
柔和だが、厳しさの混じる目でアイシェはルミを見つめる。
「……確かに僕たちが、常に争いの中にいる事は否定できない。でもきっと、僕たちが動く事で、ほんの少しでも争いや災厄の種を減らしていけてるんじゃないかと、僕は思っているよ」
アイシェはそれにこくりと頷く。
「はい。我々は数々の災害を切り抜け、鎮圧してきました。そして沢山の人々を、確かに救ってきました。私は……レネゲイド災害緊急対応班マルコ、この職務に誇りを持っています。そして、それを率いてきた貴方を――ルミを尊敬しています」
その堂々とした口調に、ルミは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう……アイシェは強いな。君の方が隊長に相応しいんじゃないかと思うくらいさ」
ルミの賛辞に、アイシェは微笑みながら首を振る。
「いえ……私は貴方より悩む事を知らない。私がトップに立ったら、きっと傲慢な決断を下してしまう。だから、貴方をサポートする事が、一番だと考えています」
と、アイシェは一瞬だけ次の言葉を口にするのを躊躇う。だが、軽く深呼吸すると真剣な眼差しでルミに言い放った。
「その上で……ルミ、貴方に相談があるのです」
そう言うと、アイシェは手に持っていたテーブルに刀を置き、刀袋の紐を解いた。
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