第8話 middle phase4 〜side 高島 湊~
翌日、湊の支部長室には“セントラルスカイ”の支部員たちが集まっていた。
「支部長、輝生は呼ばなくて良かったんですか」
支部員の一人が、デスクに腰掛けている湊に声をかける。
「……いいんだ。そもそも輝生は学校だし、何よりこれからの報告は、先日の会議より血生臭いものになるだろうからな。後で俺が掻い摘んで話しておくよ」
先日のレネゲイド災害緊急対応班との合同会議の後、輝生の具合が悪くなっていたのを湊は見逃してはいなかった。
ミライオンと共に前線で戦ってくれる輝生は心強いが、彼はまだ高校にも進学していない中学生の少年だ。メンタル面もカバーするのが上司の役目と判断した湊は、今回の会議から輝生を外す事にした。
「相変わらず、うちの支部長は輝生贔屓がすごいな」
支部員がわざとらしく肩を竦めると、隣の支部員がその肩を肘で小突いた。
「そりゃそうだ。輝生はいずれこの支部のエースになるんだ。先輩の俺たちが、しっかりサポートしてやらないといけないだろう?」
「ハハッ、違いない」
セントラルスカイの精鋭たちが和気藹々と歓談していると、支部長室に電子音が鳴り響き出した。“リヴァイアサン”――UGN日本支部長の霧谷雄吾からの通信だった。
湊がデスクのパソコンを操作すると、壁のプロジェクターに霧谷雄吾の姿が映し出された。
「お疲れ様です、霧谷さん。お忙しいのにお時間作っていただいて、感謝します」
『高島さん。“セントラルスカイ”の皆さん。先日はお疲れ様でした。本件をそちらに任せきりにしてしまって、申し訳ありません』
霧谷が頭を下げるが、連日MM地区で発生しているレネゲイド災害の対応で、画面の向こう側の彼は少し疲れているように見えた。
『支部員の皆さんもお集まりのようですね。では早速、こちらが調べた情報を開示します』
湊が襟を正すと同時に、支部長室の照明が暗転した。
『レネゲイド災害対応班の方々からも情報は頂いているとは思いますが、確認情報として改めて……。FH“マスターレギオン”――本名ヴァシリオス・ガウラス。彼は“レギオン”と呼ばれる、血液で作り上げられた強力な従者を軍団単位で編成・運用する、恐るべきブラム=ストーカーのマスターエージェントです』
湊は、霧谷が送信した資料を支部員に一斉送信し、情報を共有する。先ほどの和やかなムードとは一転、支部員たちは各々の携帯端末を食い入るように注目した。
『その戦力は、強国の正規軍にも匹敵するとも言われています。また、ヴァシリオスはかつてオーヴァードだけを集めた部隊の隊長を務めており、中東を中心とした地域で長い間大国に利用されていたそうです』
ヴァシリオス・ガウラスの経歴が、湊たちの携帯端末にも表示される。イスラエル軍のオーヴァード部隊隊長だった彼は、部下からの人望が厚かったと報告が上がっているが、国家や政治家には邪魔な存在だった様で、当時の戦闘時の配置先や物資面でも如何に彼らが冷遇されていたのかが容易に窺えた。
「何だ、この酷い扱いは……! こんなカツカツの物資で最前線に配置だなんて、いくら無敵のオーヴァード部隊でも壊滅してしまう……!」
「それにこんな少数精鋭で……酷過ぎる! 部隊を使い潰されたのか……!」
資料を見ていた支部員からも、同情を含んだ悲痛の声が上がる。
一人、また一人と仲間が犬死していく中で、ヴァシリオス・ガウラスはどのような地獄を見たのだろうか。湊たちは想像がつかなかった。
『マスターレギオンは、戦争の最中で亡くなった部下を自身のエフェクトによって蘇らせ、従者として付き従えさせているようです。どのような姿になっても、仲間と共に在りたかったのでしょう……』
「彼があれほどの強大な力を使えるのは、戦死した仲間達と共にいるから、という事か……」
湊の呟きに、霧谷が重々し気に頷いた。
『また、彼は存在を秘匿されたまま法の庇護もなく国家に利用され、最期はジャームとして処理されかけた過去から、オーヴァードと人間の“不平等性”こそが争いを生むという信念の下で動いております。それ故に“エレウシスの秘儀”の力を使い、全人類をオーヴァード化させるのが狙いだそうです』
「全人類をオーヴァードに⁉ そんな無茶な!」
支部員の一人が思わず声を上げるが、霧谷は毅然とした態度で言い放つ。
『ですが実際に、彼は“エレウシスの秘儀”を使って世界各国でレネゲイド災害を引き起こし、鎮圧に当たったUGN各支部を悉く壊滅させています』
霧谷が送信した資料にはヨーロッパを始め、世界各地のUGN支部が廃墟と化した凄惨な光景が映っていた。
「それほどの実力者なのか……!」
「確かに……全人類をオーヴァード化させたいのなら、レネゲイドの存在を秘匿するUGNは邪魔でしかないな」
湊が送信した資料を隅々まで調べていると、霧谷はある興味深い情報を口にした。
『それと、この“エレウシスの秘儀”というレネゲイド災害は、元々何らかの“実験”によって生まれたものだったそうです』
「……実験?」
携帯端末に視線を落としていた湊の眉がピクリと動き、顔を上げる。
『はい。あのレネゲイド災害は、中東を拠点としていたテロリスト集団――通称"竜血樹"によって生み出されたものだと報告が上がっています。彼らはレネゲイドウィルスの研究を積極的に行っていたそうで、かなり先進的な研究も行っていたようです』
「レネゲイドの研究と実験……そのテロ組織は、今も活動中で?」
湊の問いに霧谷は静かに首を振った。
『現在は壊滅したと報告が上がっています。もう少しお時間があれば、メンバーも調べ上げる事も出来ますが……』
湊は唇に指を当て少し考え込むが、マスターレギオンほど緊急性があるとは思えなかった。
「いえ、霧谷さんのお手を煩わせるわけにもいきません。その実験をしていたテロリストの件は、こちらでも調べてみます」
『分かりました。では高島さん、何かあったら遠慮なく連絡を下さい。できる限りの援助は致します』
霧谷からの通信が終了すると同時に、支部長室の照明が再び点き始めた。
「とは言ったものの、気にはなるな。早速だが、“エレウシスの秘儀”を実験していたテロ組織の詳細を調査してくれ。緊急ではないが、恐らく何かの手がかりになる筈だ」
「了解!」
湊に指示を出され、支部員たちがてきぱきと動き出す。
「それと、“キング”は今のところ問題ないか」
「はい。先日の戦闘で損傷は激しかったものの既に修復済みで、本庁舎に勤務している支部員からも「問題なし」と報告が上がっています」
「分かった。だが油断は禁物だ。引き続き、経過観察を頼む」
「了解です!」
指示を出し終えた湊はデスクチェアーに腰掛け、深く息をついた。
「やれやれ。マスターレギオンか……問題は山積みだな……」
体重を後ろに預け独り言ちると、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。湊がちらりと時計を見やると、午後4時を過ぎていた。
直後、支部長室の扉が勢い良く開く。扉の前には今しがた下校してきた学生服姿の輝生と、彼に抱えられて満面の笑みを浮かべている例の少女の姿があった。
輝生に抱えられた少女は、両手にカボチャを模したバケツを持っており、中には煎餅やクッキー等の菓子が大量に詰め込まれていた。
「ただいま、兄ちゃん! 皆んな! いやぁ~、この子が物珍しそうに支部を見て回ってたんで、案内していたッス!」
下校してきたばかりの輝生は、まるで自分の事のように嬉しそうに湊に話し出す。
「行く先行く先でお菓子を貰うもんだから、目を回していたッス! 荒夜の姉ちゃんがこの前買ってきたハロウィンバケツが無かったら、もっと大変だったッスよ!」
「輝生! そうか。その子を案内してくれていたのか。ありがとな」
輝生に労いの言葉をかけると、輝生はニコニコしながら首を振った。
「そんな事ないッス! この子が可愛いから、つい案内してあげたくなっただけッス」
「あぁ。どうやら、そのようだ。MM地区の他の皆んなも、その子にメロメロのようじゃないか」
実際に少女を保護してから数日が経つが、主に女性支部員たちが少女にお菓子を渡していたのを、湊は度々目撃していた。湊がちらりと支部員たちを横目で見ると、湊の視線に気づいた彼女たちが照れ臭そうに笑った。
「そうなんス! 兄ちゃんもきっと、そうなるッスよ」
「確かに、とても可愛い子のようだ。将来が楽しみだな」
嬉しそうに笑う少女を見ていると、眉間に皺が寄っていた湊の表情も、いつの間にか緩んでいた。
「おいおい支部長。彼女にするには、ちと小さすぎやしませんか?」
支部員の一人がからかうように声をかけると、周囲からどっと笑い声が溢れた。
「そりゃそうだ! 俺には無理だよ。だが……どうだ、輝生。お前なんかどうだ?」
「……え、えぇ⁉」
湊が悪戯っぽく輝生に尋ねた途端、話を振られるとは思ってもみなかった輝生の顔が一気に赤く染まった。
「な、なに言ってるんスか! 兄ちゃん! そんな……そんな事になったら俺、荒夜の姉ちゃんに殺されちゃうッスよ!」
「うん。こうして見ると中々お似合いじゃないか。どうなんだ、輝生」
「え、えぇえ⁉ ど、どうって……! 」
両手で抱えている少女と湊の顔を交互に見ながらしどろもどろに反論するが、少女は輝生と湊が一体何の話をしているか全く分からず、小首を傾げながら輝生を見上げていた。
「この子はまだ子どもじゃないッスか! 兄ちゃん!」
「いや? 大人になれば分からないぞ? 将来きっと美人になるに違いない」
「そんな……俺は、そういうのちょっと……よく分かんないッス!」
降参だと言わんばかりに音を上げる輝生に、周囲から再びどっと笑いが起きる。
「ああ。ゆっくりでいいよ。今はただ、それでいい」
「そうだぜ、支部長。輝生に色恋の話はまだ早ぇよ」
目に涙を浮かべるほど笑っていた支部員が湊に声をかけるが、湊は口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「分かってる。今はそういう事よりも、もっとその子と遊んでやってくれ。確か、“美味しい”って感覚も知らないらしいからな」
荒夜から公園での話を聞いていた湊は、兎に角、少女に沢山の事を経験・体験させてやりたかった。
「それなら、お安い御用ッス!」
未だに耳が赤い輝生が胸を張ると、輝生はゆっくりと少女を地面に降ろした。
「ほら、君も兄ちゃんに挨拶するッスよ」
床に降ろされた少女は湊の前でぺこりと頭を下げる。
「どうやら、すっかり元気になったようだな。そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったな」
と言うと、湊は少女の前で膝を折った。
「俺は高島湊だ。よろしくな」
精悍な顔つきをした若き支部長が、少女の前に手を差し出す。少女はその大きく逞しい手をおずおずと握った。
「ミナト……よろしく」
まだぎこちないが、少女は口元に笑みを浮かべた。
「何か困った事があったら、すぐに俺に言ってくれ。何か興味がある事があったなら、それは俺に言ってもいいし、他の誰かに言ってもいい。ここに、君を傷つけるような存在は、どこにもいないんだから」
「誰も……痛く、しない?」
少女が不安そうに湊の手を少し強く握る。湊は、その小さな手にそっと自分の手を重ねた。
「誰も痛くしないさ。誰も、君に危害を加えたりしない」
「私は……皆んなと居て、いいの?」
「ああ! 少なくとも今は君が望む限り、このMM地区が君の居場所だ」
湊がスッと立ち上がり、穏やかに微笑む。湊の後ろでは、MM地区の支部員たちがにこやかに少女を見つめていた。
その頼もしい面々に、少女は思い切って質問してみる。
「皆んなは、どうして私に痛い事しないの……?」
「その必要がないからさ。今まで君は、君の能力を使おうとする奴らに、その能力目当てで色々酷い事をされてきたと思う。だけれど、違うんだ。この世界は、本来そんな場所じゃない。君は、君のやりたい事をやっていい。望むことを望んでいい。それがこの世界の、本来の形なんだ」
今までずっと手酷い扱いを受けてきた少女にとって、湊の言葉の真意など、今はほんの少ししか伝わらないだろう。だが、湊はどうしても伝えたかった。もっと世界は輝いていると。もっと世界は、少女に開かれた存在であるという事を。
「ほんとの……せかい」
「――ようこそ、MM地区へ」
少女は改めて支部長室を見渡す。支部長室に集まっていた支部員は、湊や輝生を含めて、皆笑顔で少女を見守っていた。
「私……ここの人たち、好き」
「なら良かった」
少女の率直な感想に、湊は思わず目を細める。
「皆んな優しくて、たくさんお菓子もくれた」
「そうか。“お菓子”という言葉を、覚えてくれたみたいだな。この街にはお菓子もあるし、他にも美味しい物はたくさんある。恐らく紹介しきれないだろうが、ここにいる間は是非楽しんでいてくれ。ただし、寝る前にちゃんと歯は磨くように」
湊の言葉を噛み締めるように、少女は何度も頷いた。
「ありがとう、湊」
「なぁに。大した事じゃないさ。ここは、そういう場所だからな」
目を輝かせながら礼を言う少女に、湊は軽く肩を竦める。
「やっぱ兄ちゃんは、良い事言うッスね!」
「よせよ、輝生。お前の方が、よっぽど良い事言ってるよ」
湊の言葉に、輝生は目を瞬かせた。
「え? そうッスか?」
首を捻る輝生はだったが、湊は穏やかに微笑んだ。
「その証拠に、ほら。お菓子だってたくさんあるし、この女の子はこんなに元気だ。お前が案内してくれたからだよ」
「そんな……俺は、ただこの子を連れ回しただけッス!」
「それが、今のこの子には必要だったんだよ。これからも頼むぜ、騎士(ナイト)様」
湊に頼られていると分かった輝生は、照れ臭そうに笑ってみせる。
「……了解ッス! じゃ、次は上の階を案内するッスよ!」
と、輝生は少女の手を引き、支部長室を後にした。
「……良い子達ですね」
「ああ。ああいう子たちの未来を守るために、俺たちはいるんだよ」
湊が二人のいなくなった扉を愛おしそうに眺めていると、突如支部長室に警報音が鳴り響き始めた。
「――一体なんだ⁉」
先ほどの穏やかな雰囲気から一転、支部長室に緊張が走る。
「只今解析を進めています! タワー外部のセンサーにレネゲイド反応! 支部長――レギオンです!」
「噂をすれば、か……!」
モニターには、巨大なビルを取り囲む無数の赤い人影があった。生きている人間ではない。血で出来た亡者たち――レギオンだった。
「湊!」
騒ぎを聞きつけたルミとアイシェが、輝生たちと入れ違いで支部長室に駆け込んでくる。
「早く外に出て迎撃しなければ……!」
アイシェがモニターを見つめながら叫ぶが、MM地区の支部員たちは極めて冷静だった。
「いや……大丈夫だ」
湊は緊張気味だが、自信を含んだ声色で返事をする。
レギオンが静かに、だが確実にビルを這い上がってくる。
だが次の瞬間、タワーに設置されたレーザーによって無数にいたレギオンは溶けて消えてしまった。
「……BABEL、正常に作動。レネゲイド反応、完全に消滅しました」
オペレーターの報告に、支部員たちが安堵の溜息をつく。
「すごいな。一瞬でレギオンが消えてしまった。今のは……?」
ルミが感嘆の声を上げると、隣の湊が自信ありげに微笑んだ。
「高島重工の技術の結晶の一つ、自動防護機能"BABEL"さ。タワーの外部に設置してある。まだ試作段階の途中だが、このセントラルスカイを守る砦の一部として、機能させてるんだ」
一瞬にしてレギオンを焼き払った対レネゲイド兵器に、マルコ班の二人は舌を巻くしかなかった。
「ちょっとやそっとのオーヴァードやジャームじゃ、この支部は落とさせないさ」
完全に警報音が消えた支部長室に、再び和やかな空気が流れる。
「何だ、マスターレギオン。恐るるに足らず、だな」
「霧谷さんの報告じゃヤバい奴って聞いてたけど……この程度じゃ、口ほどにもないですね! 支部長!」
オペレーター達が軽口を叩くと、支部員たちもつられて笑いだす。
「おいおい! ちゃんと緊張感は持ってくれ! いつ何があるか分からないんだぞ」
「またまた! 支部長は心配性ですね~」
湊が困ったような口調で支部員たちを咎めるが、ルミとアイシェだけは、彼らと共には笑う事はなかった。
「……やはり失敗に終わったか」
建設途中のビルに潜んでいた影が、双眼鏡でランドマークタワーを監視していた。
「だが、“おおよそ”は掴めた」
男は双眼鏡を、盾を持つ血の従者に手渡す。
「次は防ぎきれるか、見ものだな――UGN」
言うと、男――マスターレギオンは、陽の光から逃げるようにビルの奥へと姿を消した。
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