第4話 opening phase4 〜side 高島湊withキングミライオン〜
横浜市のUGNの戦力を集中させていた高島湊は、UGN職員と共に横浜駅で待機していた。
金曜の夜を迎えたばかりの横浜駅。本来であれば、駅前は沢山の人々で賑わっている筈だが、駅の周辺は物々しい雰囲気に包まれており、一般人立ち入り禁止の規制線が貼られていた。
そこにいるのは、MM地区及び周辺の支部から応援に駆け付けたオーヴァード達。
その中心に立つのは、UGN横浜市MM地区支部支部長――高島湊。UGNと協力し、MM地区の開発を主導した高島重工の若き会長である。
艶のある焦げ茶の髪を持つ精悍な顔つきの青年は、金属製の特殊なパイロットスーツを身に纏い、真剣な面持ちで腕を組んでいた。
「兄ちゃん、マスターエージェントってそんなに強いんスか?」
駆け寄ってきたUGNエージェントの少年、大賀輝生が湊に尋ねる。
「あぁ。聞いたところによると、俺達が寄ってたかっても勝てないぐらいの強さだ、っていう話だ」
「えぇ⁉ そんなヤツいるんスか⁉」
「さァて……それは戦ってみない事には、俺にも分からないな」
湊の話に驚く輝生だが、湊は自信に溢れた笑みを浮かべていた。
「けど……兄ちゃんと俺がいれば、どんな敵が来ても大丈夫ッスよ!」
「その通りだ、輝生! 俺達で、やってやろう!」
互いに熱いガッツポーズをする二人だったが、慌てた様子の支部員に呼ばれ、作戦本部のあるテントに戻る。
「どうかしたのか」
「高島支部長! こちらをご覧ください!」
二人はモニターに映るマリンスノーに注目するが、その状況にぎょっとした。
マリンスノーのスピードは全く衰えず、しかもモニターはレネゲイド反応で赤く染まっていたのだ。
「え、ちょっとこれって……」
焦りを覚えた二人に、更に通信が入ってくる。通信を取った輝生が報告を聞くと、真っ青な顔で叫んだ。
「兄ちゃん! あの列車、全く減速してないどころか……車内でレネゲイド災害が発生して、すんごい事になってるらしいッス!」
列車を止めるどころか、考え得る以上の最悪の事態に、流石の湊も渋面を作る。
「おいおいおい。荒夜の奴、上手い事やりやがるんじゃなかったのかよ」
泣きっ面に蜂とはこの事か。いやそれ以上だ。何故かサムズアップしている荒夜の笑顔が夜空に浮かんでいる気がした。
全く勢いを止めない豪華寝台列車“マリンスノー”が、UGNが待機している横浜駅へ向かって全速力で向かってくる。その先頭の姿が見えてきた。
「君達は一時退避だ!」
テントから飛び出した湊が、周囲にいるオーヴァード達に指示を与え、線路に走って行く。
「おいおい、何かあった時に集まったとはいえ……!」
「これは流石に……‼」
暴走する全長150mの鉄の塊。それに為す術もなく、待機していた歴戦のオーヴァード達は狼狽えながら湊の指示に従い避難していく。
だが、その列車の前に進み出る影があった。
“ブレイブルー”高島湊。そして、“サイレントアサルト”大賀輝生。
「“ミラリオ”‼」
湊が左腕を翳し、声高に叫ぶ。
「兄ちゃん! やるんスね!」
「ああ! 今やらなくてどうする!」
湊が笑みを浮かべると、獅子を模した腕輪が光を放ち出した。
「うおおぉぉぉ! 俺も、行くッスよ‼」
輝生が叫ぶと、絶滅した史上最大級の哺乳類――メガテリウムへと変貌する。その15mほどもある巨大な獣の身体に、金属の装甲が装着された。
「――“ミライオン”‼」
腕を高く掲げた湊が叫ぶのを合図に、MM地区本庁舎“キングの塔”が機械のモーター音と共に光を放ち、機械の腕と脚に変形していく。直後、巨大な機械の手足は、一直線に横浜駅へと飛んでいった。
「兄ちゃんッ!」
輝生がレシーブの構えをすると、湊は輝生の掌に足を掛け、高く跳んだ。
空中で変形した“キング”が音を立て、湊の全身を覆っていく。
機械の装甲に覆われた湊が目を開けると、薄暗いコックピットと外界を映す幾つものモニターの光が、視界に飛び込んできた。
湊が操縦桿を掴むと同時に、眩いばかりの金の光がコックピット内の回線を駆け巡り、胸に金の獅子を模した鋼の巨人が両目に強烈な青い光を宿す。
『キィィング! ミライオン‼』
避難していたオーヴァード達が足を止め、その神々しい姿に目を見張る。
「あれが “ミライオン”‼」
「MM地区の……守護神!」
白く輝く鋼の巨人へと変貌を遂げたキングの塔と湊――否、MM地区の守護神“キングミライオン”は、横浜の地に降臨した。
『輝生! 俺が正面に立つ! お前は俺の援護を!』
「分かったッス! 任せるッスよ!」
輝生が離れた直後、身構えたキングミライオンがマリンスノーの先頭と激突する。
周囲に金属がぶつかり合う音が響いたかと思うと、火花を散らしながらマリンスノーは目の前のキングミライオンを蹴散らそうと突き進む。
――流石にこれでは止まらない、なッ‼
湊は右手で緑色に光るランプを押し操縦桿を引き、キングミライオンの背中に装着されているブースターをフル稼働させる。
『うおおおおぉぉぉぉ‼』
17m以上もある巨体に押され、一瞬だけマリンスノーの速度が衰えたかに見えた。だが、それでも鉄の塊は暴走を止めない。
『ダメだ! 俺一人だけじゃ耐え切れない!――輝生‼』
「分かったッス! 兄ちゃん‼」
拡声器越しに湊が叫ぶと、輝生が地響きを立てながら地を駆け、マリンスノーにしがみつく。
「ぐっぬぬぬぬぬ……‼」
輝生が無理な態勢でしがみついたせいか、足の装甲が列車に接触し僅かに歪むと、それは一瞬で吹き飛んでいった。
『輝生! 無理をするなァ!』
輝生は装甲の剥がれた足で踏ん張るが、ぎゃりぎゃりと足の爪の削れる音が湊の耳にも届く。
ついに足の爪も剥がれ、痛々しい血の跡が線路に一直線に走っていく。
「いや‼ この街は……この街は俺達が守るッス‼」
『……あぁ! 俺達で、必ず守る‼』
輝生の熱意に押されるように、湊は左手にある青いランプと操縦桿の横のボタンを押す。すると、脚部の装甲が開き、中から一対のブースターが現れた。
湊は背中と脚部のブースターを全開にし、凄まじい音を辺りに響かせながら列車を徐々に減速させていく。
『輝生! 横浜駅までは!』
キングミライオンのモニターは赤く染まり、エクスクラメーションマークと共に警告音を出し始めていた。
「あ、あと……!」
足の痛みに耐えながら輝生は僅かに振り返り、頭部の装甲に搭載された小型スクリーンに目を凝らす。だが、横浜駅までの距離を測る数値は目まぐるしい速さで減っていくだけで、何と伝えたら良いのか輝生は混乱してしまう。
「えぇと、えぇと……! あぁ、もういっぱいいっぱいでよく分からないッス‼」
『畜生オォォ‼』
「ごめぇん! 兄ちゃん‼」
キングミライオンのブースターが臨界点にまで到達し、機械の身体から白い煙が吹き出す。
キングミライオンも限界だと理解した周りのオーヴァード達から「もう駄目だ」と悲鳴が上がった。
辺り一帯に煙が立ち込める中、マリンスノーがギギギギという軋んだ音を響かせる。
音が徐々に止んでいき、白い煙が晴れた先には、横浜駅に衝突する僅か1m手前で止まったマリンスノーと満身創痍の輝生、そして装甲が僅かに欠けたキングミライオンの姿があった。
「た、助かった……のか」
静まり返った鉄の塊をモニター越しに確認するが、湊は汗で滲んだ操縦桿から手を放せなかった。
「あぁ……駅は――無事ッス‼ やったッスよ兄ちゃん‼」
安堵に震えた輝生の声を聞き、湊もやっと大きく息をつく。
『あぁ輝生! 俺達で……俺達でやったんだ‼』
「俺と兄ちゃんは、やっぱりMM地区で最強ッス‼」
諸手を挙げて喜ぶ輝生の肩を、キングミライオンが優しく叩く。
『ああ! 俺とお前がいれば、このMM地区は必ず守る事が出来る!』
安全の確認を取った湊たちは応援に駆け付けたオーヴァードを呼び寄せる。
『すぐに救助を! 車内に生存者がいる可能性がある!』
避難していたオーヴァード達は斜めに横転しかけた列車のドアを抉じ開け、生き残っている人々の救助活動を始めた。
「……ん? この反応は……」
モニターを確信していた湊は、荒夜に渡していたインカムの反応が真ん中の車両にあるのに気がつく。
キングミライオンのブレード型装甲で列車の天井を器用に剥がすと、そこには巨大な狼が横たわっていた。
ふかふかの黒い毛皮に身を埋めた二人の少女が、ぷはっと顔を出す。
「……ふぅ、何とかなったよ。君、まるで天然のエアバッグだね」
「そりゃ良かったな。お陰でこっちは全身打撲だよ」
犬の姿になった荒夜が憎まれ口を叩くが、ルミは銀髪の少女を立ち上がらせ、服に付いた黒い毛を叩いてあげていた。
「その声は、“ジェヴォーダンの獣”――」
と誰かがが呟いた途端、荒夜の犬耳がぴくぴくっと動いた。
「おい誰だ! 今ジェヴォーダンって呼んだヤツ‼ 食い殺してやろうか‼」
相も変わらずコードネームで呼ばれるのが大嫌いな荒夜はがばりと起き上がり、吹き抜けになった車内から顔を出す。
『その声は、荒夜だな?』
湊が呆れ果てたようにため息をつき、鼻面に皺を寄せて唸っている荒夜に声をかける。
『おい、俺だよ。湊だよ』
「あぁ、湊か……って何だこりゃ! パシフィック・リムか⁉」
我に返った荒夜が見上げた先には、SF映画に出て来そうな巨大なロボットが立っていた。
「荒夜の姉ちゃん! 無事だったんスね!」
負傷した足を引き摺りながら、メガテリウムの輝生も荒夜たちのいる車両に駆け寄る。
「おぉ! その声は輝生だな。相変わらずデケェな」
「当たりッス! 荒夜の姉ちゃん!」
自慢げに胸を張る輝生の身体には新型の高島重工製の金属装甲が光っており、荒夜がそれに目敏く気がつく。
「……ってお前、何だそのアーマー! もしかしなくても湊の特注だろ! テンペストの支給品よりカッコいいじゃねェか! ズルいぞ!」
「へへー、いいでしょー! めっちゃカッコいいでしょー。俺のお気に入りッス」
そう照れ臭そうに頭を掻く姿は、年相応の少年にも見えた。
『ああ。高島重工業の技術の粋を結集させて作った……“強化装甲”!』
自信に溢れた湊の声が拡声器越しに響き渡るが、荒夜は白い目でキングミライオンを睨んでいた。
「なァ……これ、お前の趣味全開だよな⁉ 一体いくらかけたんだ!」
荒夜が吠えると、湊は少しの間沈黙する。
『いいか。荒夜……金は、使うためにあるんだ』
「こンの金持ちがァ‼」
この一言で、予算度外視のものが作られたというのはやんわりと伝わった。
『で、荒夜。首尾はどうなんだよ。どうやら、俺の知らない顔もいるみたいだけど』
湊が車両から出てきたルミと少女に視線を向ける。少女は、おどおどした表情でルミの陰に隠れていた。
「ん~、駅に着いたと思ったんだけど……動物園か遊園地だったのかな?」
ルミが周りを見渡しながら皮肉を交えて言う。そこには巨大なロボットと、鎧に覆われた巨大ナマケモノ、そして車両から飛び出した大型の狼が、ルミ達を取り囲んでいた。
キングミライオンの胸部が開き、中から姿を現した湊がルミ達の前で着地する。
「俺はMM地区支部長、高島湊だ。よろしくな」
シュルシュルと音を立てて縮んでいき、メガテリウムから少年の姿に戻った輝生も湊の隣に駆け寄る。
「同じくMM支部の“サイレントアサルト”大賀輝生ッス! よろしくッス!」
「う~ん、何だか元気な人達だね……」
二人の元気に気圧されながら、ルミは差し出された湊の手を握る。
「そういうあんたは、一体何者だ。見た所、オーヴァードなのは間違いないようだが」
「……僕は、レネゲイド災害緊急対応班マルコ班の班長をしているルミと言います。よろしく」
ルミは湊に自己紹介をするが、口元には妖艶な笑みを浮かべていた。
「成程。あんたが、レネゲイド災害緊急対応班の……! この件に絡んでいたとは知らなかったよ。意地が悪いな、情報をくれても良かったのに」
湊が軽くため息をつくと、一人の女性がヒールの音を響かせながら湊たちに歩み寄って来た。
「すみません。事は急を要したので、適切に連絡する暇もなく」
そこにいたのは、眼鏡をかけた怜悧な印象を受ける美女――マルコ班副隊長アイシェ=アルトゥウだった。
「あぁ。別に責めているワケじゃないんだ。取り敢えず、今のところの情報を共有したいな」
ふと、湊はルミの陰に隠れている少女に気がつく。湊がにこりと微笑みかけるが、少女は湊の視線を感じると、気恥ずかしげにそそくさと隠れてしまった。
「アイシェ。無事だったんだね」
「えぇ。隊長のお蔭で」
ルミに声をかけられたアイシェは、やんわりと笑みを浮かべる。一見冷たそうな印象を受けるが、よほど隊長のルミを信頼しているのだろう。その眼は優しさで溢れていた。
「……あれ? 荒夜の姉ちゃんは?」
輝生はふと、後ろにいたはずの荒夜がいなくなっているのに気がつく。輝生がきょろきょろと辺りを見回すと、何と人の姿に戻った荒夜が電光石火の速さでアイシェの手を取っていた。
「初めまして美しい御嬢さん。良かったら、この後二人で素敵なBarにでも行きませんか」
「え、えぇ……え⁉」
突然目の前に現れ、低音ボイスで口説き始めた荒夜にアイシェは目が点になる。
一見男のように見える荒夜は、身も心もれっきとした女性ではある。だがその恋愛対象は、男性ではなく女性だった。
「いやなァに! 今回の事件を解決したのも、ほぼほぼ俺のお蔭と言っても過言じゃない!」
アイシェが呆然としているのを良い事に、荒夜は今回の一件をさも自分の手柄のように雄弁に語り出す。だがその結果は、マスターレギオン襲来とレネゲイド災害発生による甚大な被害と、JRが保有する豪華寝台列車マリンスノーの大破だった。
断じて自慢できるものではない。
「ちょっと、やめてくれないか。うちの部下に」
熱烈なラブコールに唖然としているアイシェだが、見るに見かねたルミが間に割って入る。
「隊長……あの、この方は……?」
「さぁ……僕もさっき会ったばかりだからよく知らなくて」
二人がほぼ同時に首を傾げると、背後の湊が咳払いをした。
「MM地区支部に協力してくれている“テンペスト”のオーヴァード、神縫荒夜だ」
テンペスト、という単語にアイシェの目が鋭く光る。
「荒夜は一見男に見えるが、こう見えても“女性”だよ」
湊に種明かしをされ、荒夜は観念したようにがっくりと肩を落とす。
「あのなァ、湊……この国じゃまだ同性愛者は厳しい目で見られるんだぜ? それを知ってて――」
「隠し事をして誰かと交際するだなんて、それはあまり良い形だとは、俺は思わないな」
正論を突かれた荒夜はぐうの音も出なかった。
「まぁまぁ。荒夜の姉ちゃんはカッコいいんだから、そんな気にする事ないッスよ!」
輝生が荒夜をフォローしようとするが、論点がずれている慰めに荒夜は溜息をつくしかなかった。
「……少々面食らいましたが、貴方が男性か女性かというより、今は緊急事態の最中です。そのようなお誘いは、お断り申し上げます」
「Okay。分かった、Honey」
アイシェにはっきりと断られたにも関わらず、ウィンクを決める荒夜は全く懲りていない様だった。
「アイシェの言う通りだね。そんな事言ってる暇は、無いんじゃないのかな。この有り様じゃ……」
ルミは背後で大破しているマリンスノーに目を向ける。
横浜駅そのものは無事だったものの、車内で発生したレネゲイド災害やマスターレギオンの犠牲となった乗客等、被害は甚大だった。
「ああ。車内の事や今回の件、そしてレネゲイド災害緊急対応班が絡んできた事……是非、話を聞かせて欲しいな」
「確かに……マルコ班と言やァ、テレーズ・ブルムの子飼いの部下じゃねェか。何であんた達が出て来たんだ」
湊と荒夜が尋ねると、ルミは軽く息をつきながら微笑んだ。
「……まぁ。その話も含めて、そちらの支部でお話しするとしようか」
ルミの答えを聞いた途端、輝生の顔がぱぁっと明るくなる。
「皆んな来るといいッス! めっちゃ眺めが良いんスよ! ねっ、兄ちゃん!」
「あぁ。MM地区はこの周辺の地区でも、最高の展望を持つ事で有名だ」
湊は右手を大きく広げ、背後に聳え立つMM地区の象徴をルミ達に紹介する。
「我が支部――“セントラルスカイ”へようこそ」
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