第3話 opening phase3 〜side 荒夜&ルミ 共闘〜
少女を脇に抱えながら荒夜は全力で疾走する。その背後には、マスターレギオンと血の従者たちが恐ろしい速度で迫って来ていた。
「うおぉぉ! ドカドカ来る~!」
狭い車内では少人数のこちらが有利かと思っていたが、背後の彼らはそんな事など微塵も感じさせず、凄まじい勢いで荒夜たちとの距離を縮めていた。
その時、逃走している荒夜たちの遥か前方に、荒夜より一回りほど小柄な少女と思わしき人物が姿を現した。
翡翠色の髪に同じ色のワンピース。唐紅色のマントを身に纏った少女は、何故か左肩に鬼の面を身に着けていた。
その只ならぬ雰囲気に、荒夜は敵なのか味方なのか一瞬判断しかねる。
「アンタUGNか⁉」
走りながら荒夜は、愚かにもそんな言葉を少女に投げかけた。
声をかけられた少女と思わしき人物――ルミは、一見穏やかだがその凛々しい眼差しを荒夜たちに向けた。
「そう言う君は、一体――」
「YESかNOで答えろ! 時間がねェ‼」
後ろから迫り来る従者たちを横目で見ながら荒夜が叫ぶ。
「あぁ……その通りだけど――」
「よし、分かった!」
ルミの返事を聞いた直後、荒夜は少女をルミに向かって思い切り投げ飛ばした。
「きゃぁぁぁあああ‼」
いきなり投げ飛ばされた少女は、悲鳴を上げながらルミの元に飛んでくる。
突然の思い切った行動に虚を突かれたが、ルミは困惑しながらもしっかりと少女を抱き締めた。
投げ飛ばされた少女は未だに何が起きたか分かっていない様で、目を白黒させながらルミの腕の中でびくびくと震えていた。
「よしッ! 走れ!」
「――だが遅いッ‼」
荒夜が前を指し示すが、それを嘲笑うかのように荒夜の指差した先を赤い液体がざぁっと埋め尽くしていった。
ルミの後ろにまで血の海が広がり、荒夜たちの前を遮るように血の従者が顕現する。
――挟まれたかッ!
荒夜が軽く舌打ちしながら立ち止まると、マスターレギオンは少女を抱えるルミに視線を向ける。
「お前は……レネゲイド災害緊急対応班、か」
マスターレギオンは、鬼の面の下に隠れている獅子と刀の紋章に気がつく。
「あぁ、その通り。この悪趣味な舞台を用意したのは、君かい?」
ルミが挑発的に冷笑すると、マスターレギオンは鼻で笑った。
「悪趣味、だと……⁉ 忌まわしきレネゲイドが関わる事柄に、悪趣味でない事など果たしてあるのか……⁉ 私もお前達も、同類だろう……!」
同類、というマスターレギオンの言葉にルミは僅かに眉を顰める。
「心外だな。キミの様な人間と同類呼ばわりされるなんて……」
「だがそうだろう⁉ 私達は、最早人間ではない。あまりにかけ離れたものとなってしまった」
マスターレギオンは語気を強め、自分の胸に手を当てる。
「あぁ、そうだね。でも、それが何だって言うのさ」
ルミの言い放った冷淡な答えに、マスターレギオンはぎりっと歯噛みした。
「それが何だ……か。選りによってレネゲイド災害緊急対応班が、そう口にするか……ッ! 世界は、レネゲイドとそれ以外に分かれた。だからこそ、この世界で戦禍が絶えない。その仕組みが分からないのか」
だが、マスターレギオンの主張にルミはふと目を伏せる。
「オーヴァードかそうでないかなんて、些細な問題だよ。レネゲイドなんてものが無くたって、いつだって世界は――戦いに溢れている」
僅かに憂いを秘めたルミの横顔を、少女はまじまじと見つめていた。
「だが、その一端を担っている事は、間違いがない。……その少女を渡せ。それは、私の悲願を達成するために、必要なものだ」
マスターレギオンがルミに手を差し出すと、少女はびくりと身を強張らせる。少女は強く目を瞑りながら、ルミの腕の中で酷く震えていた。
「事情はよく分からないけど、少なくとも生存者を君の様な男に渡すワケにはいかないな」
ルミは少女を抱え直すと、安心させるように銀の髪を一撫でした。
一方、荒夜は先ほどから周囲に目を光らせていた。
どこかに逃げ道はないものかと視線を逸らしていたが、背後の従者たちは武器を構えており、レギオン達にはまるで隙が無かった。
荒夜は打つ手がないとがっくりと肩を落とすと、お手上げと言わんばかりに手を叩き、両手を上に挙げる。
「分かった! 降参だ。今少女をそっちに差し出す」
とんでもない事を言いだした荒夜に、ルミと少女は同時にぎょっとする。
「え……ちょ、ちょっと……?」
「悪ィな、お嬢ちゃん。やっぱりその子、返してくれねェか?」
へらへらと笑いながら荒夜が近づくが、ルミは戸惑いながら少女を庇うように背を向ける。
「いやいや、君が投げて寄越したんじゃないか」
「まぁまぁ、そんな固い事言わずに~」
緊張感のない笑みを浮かべているが、荒夜はルミの耳元に顔を寄せ、マスターレギオンの死角から閃光弾をそっと渡した。
「俺が合図を出したら、すぐにコレを投げろ」
荒夜が耳元で囁くと、マスターレギオンがぴくりと片眉を動かす。
「そこまでだ。見え透いているぞ」
策略を見抜かれたルミは一瞬身構えるが、荒夜は口の端を吊り上げわざとらしく両手を挙げた。
「だよなぁ……!」
直後、荒夜の手の裾から小型の閃光弾が零れ落ち、ルミ達の足元で爆発した。
「くぅッ…‼」
マスターレギオンが腕で顔を覆った直後、列車内が眩い光に包まれる。
「おやおや……」
肩を竦めながらも、ルミは荒夜と示し合わせたかのように装甲列車に駆けて行った。
「ハハッ! 悪ィなぁ!」
白く霞んでいたマスターレギオンの視界が晴れていくと、荒夜たちの背中は既に小さくなっていた。
「いいだろう。大人しく少女を差し出せば良かったものを……! お前たちは、私にとっての禍根だ。将来の禍根は、ここで絶たせてもらうとしよう」
マスターレギオンは右手から生み出した赤い剣を床に突き刺す。すると、列車全体が轟音を立て、震え始めた。
荒夜とルミが次の車両に飛び乗ろうとした瞬間、車両が赤い血に包まれる。
血に包まれた車両は見る見るうちに変容していき、巨大な従者の上半身が姿を現した。
「うぉっと! おいおい、何だよ! もうココでラスボスか⁉」
後ろに飛び退った荒夜が軽口を叩くが、額には僅かに汗が滲んでいた。
血の巨人は巨人の身の丈ほどもある斧を構えると、荒夜とルミにそれを勢いよく振り下ろす。
「嗚呼、やはり簡単には行かせてくれないようだね」
振り下ろされた斧を紙一重で避けながら、ルミはため息をつく。
「さぁ、どうする⁉ UGN!」
少女を抱えるルミに向かって斧が再び振り下ろされるが、ルミはそれを難無く避けながら荒夜に声をかける。
「君、手が空いているようだし、ちょっとお願いしてもいいかな」
「けっこう高くつくぜ⁉ いいのか、嬢ちゃん!」
――嬢ちゃん、じゃないんだけどな……。まぁ仕方ないか、こんな格好だし。
荒夜の軽口に苦笑しつつも、斧の一撃を避けたルミは荒夜の隣に並び立つ。
「望むところだよ」
直後、荒夜たちの頭上に影が出来る。
三人が振り仰ぐと、巨大な斧が今にも振り下ろされそうだった。
荒夜は身を屈めると、一瞬だけ身体が縮みぐにゃりと溶ける。
しかし次の瞬間、荒夜の姿は漆黒の体毛で覆われた巨大な狼に変貌していた。
地を蹴り、高く跳んだ黒い狼が巨人の関節に喰らいつき、噛み千切る。一瞬にして右腕を肩から食い千切られた巨人はバランスを崩し、斧を落としそうになった。
驚異的な咬合力に目を見張るマスターレギオンだったが、彼は漆黒の獣の噂を耳にした事があった。
「その獣……! ケリュケイオンの腕章……! 貴様、まさか“ジェヴォーダン”か!」
「やめろォ! その仇名ァ!」
腕を食い千切った狼がどこか気恥ずかしそうに叫ぶ。どうやら、自分のコードネームが気に入らない様だった。
「米軍“テンペスト”の斥候が、何故UGNに⁉」
「こっちにも色々と事情があるんでね!」
僅かに狼狽えたマスターレギオンに、狼はニヤリと口の端を吊り上げる。
「くッ! まぁいい! まだ左腕がある‼」
マスターレギオンが手を翳すと、血の従者の左腕が大きく膨れ上がる。片手で持っていた斧も大剣に姿を変え、今度はそれを横薙ぎに振るってきた。
「うおおぉぉ! それはナシだろ‼」
空中で身動きが取れず慌てふためく荒夜を他所に、ルミは右手で少女を抱えたまま、懐から手燭を取り出した。
「やれやれ……」
ルミがふっと手燭に息を吹きかけると、それに淡い灯りが灯る。ルミは手燭を高く翳すと、車内に無数の淡い光が現れた。
無数の光は剣に向かって集束していき、光に包まれた赤い剣は、音も無くキラキラと弾け散ってしまった。
「何だありゃ! エンジェルハイロウか⁉」
間一髪、ルミに助けられた荒夜は着地しながら目を見開く。
「おっと……随分と派手な演出だね」
少女を庇いながら、降り注ぐ血を避けるルミの口元には、余裕の笑みさえ浮かんでいた。
「ぬかせェ‼」
マスターレギオンが指を鳴らすと、剣を持っていた血の腕が散開し、数多の血の槍と化す。
ルミが手燭を軽く薙ぎ払うと淡い光が収束していき、頭上に光の盾が展開された。
ルミ達の周りに浮かぶ無数の燐光はまるで螢の光のようで、戦闘中であるにも関わらず、少女は頭上を仰ぎ見、感嘆の息をついた。
血の槍が雨のように三人に降り注ぐ。しかし、槍は光の盾に遮られ、盾の周りに突き刺さった。
攻撃が止み、ルミは再びふぅっと手燭に息を吹きかける。すると、光で作られた一本の刀が姿を現した。
ルミが手燭を薙ぎ払うと、その動きに反応するかのように宙に浮いた光の刀が血の巨人に飛んで行き、巨人の胸に深々と突き刺さった。
光の刀は巨人に突き刺さった瞬間に弾け飛び、巨人の胸に大きな穴を開ける。
「何ッ……⁉」
マスターレギオンが僅かに狼狽すると、荒夜がわざとらしく口笛を吹いた。
「アレを破壊してくれっ!」
ルミが指差した先には、巨人の胸から露出した臙脂色の核があった。
「任せろ‼」
荒夜は光の盾から飛び出していき、右腕を大きく振りかぶる。
踏み込んだ直後、荒夜の右腕は刃のような鋭い爪と、漆黒の毛に覆われた異形の腕と化した。
「チェックメイトだ!」
獣の腕が巨人の核を引き裂く。
一瞬の間。
切りつけられた傷の痕から、どろりと血が流れ出していき、そのまま床に音を立てて流れ落ちていった。
巨人の姿が消えて行くと、遠くで見ていたマスターレギオンが舌打ちする。
「その光……貴様、貴様だったのか……!」
そう悔しそうに呟いたマスターレギオンは、闇の向こうに溶けるように姿を消した。
「逃げたか……追うか? 嬢ちゃん」
荒夜が尋ねた直後、ルミの携帯端末に通信が入ってくる。
『隊長! ご無事ですか⁉』
それは副隊長のアイシェからの通信だった。
「あぁ、無事だよ。そっちの首尾はどう?」
ルミは手燭を懐にしまい、抱えていた少女を床に下ろすと、携帯端末の通話をスピーカーに切り替えた。
『生存者の8割を装甲列車に避難させました! ですが、まだ残っています! そして、今の戦闘で列車のブレーキが故障した模様! 停車出来ません‼ 横浜駅に、突入します‼』
「ハ、ハァ⁉」
「何ッ⁉」
アイシェの報告に、二人は目を見開く。
「突入の対策は、してあるかな」
『この合同作戦では、既に横浜駅でMM支部の支部員が待機しています! 彼らと連絡を取って、早急に対策を進めましょう!』
「そうだね。そちらに期待するしかない」
『分かりました! 通信を繋ぎます!』
するとアイシェの通信が終わらない内に、荒夜はルミと少女の腕を無理やり掴んだ。
「な、何をする気だ!」
「アンタ装甲列車で追っかけて来たんだろう⁉ このままだと、万が一衝突しちまった時にケツから追突されちまう! 追突されても一番安全な真ん中の車両に、早く戻るんだ!」
荒夜は再び狼に変身すると、背に乗るよう二人を促す。
「……あぁ、分かったよ」
ルミは頷くと再び少女を抱きかかえ、狼の背に飛び乗った。
「え、待って……! 私は――」
戸惑う少女を他所に、漆黒の狼は前方車両へ駆け戻っていく。
「大丈夫……」
ルミは不安に震える少女の頭を優しく撫でる。
「君の事は、僕達が守るよ」
そう囁くと、少女は少しだけほっとした表情を見せた。
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