第2話 opening phase2 〜side ルミ〜

 レネゲイド災害の報告を受けた豪華寝台列車“マリンスノー”に向かうべく、ルミは装甲列車の中にいた。


 主に東南アジア・オセアニア圏のレネゲイド災害を担当するUGNレネゲイド災害緊急対応班“マルコ”隊。彼らが所有している対レネゲイド災害用装甲列車の車内で、マルコ班隊長ルミは静かに突入の時を待っていた。


「隊長! 例の列車を捉えました! あと180秒後には接触できそうです!」

 モニターで監視していた隊員の報告を受け、眼鏡をかけた女性がルミの隣に立つ。

「隊長。あと30分ほどで横浜駅に到着します。予定では横浜駅に強制停車させ、包囲いたします。この装甲列車を使う事なく、無事に終わればいいのですが……」

 マルコ班副隊長アイシェ・アルトゥウが声をかけると、ルミはゆっくりと瞼を開ける。


「……そうだね。こんなモノを使わないに越した事はないからね」

 モニターとランプ以外に灯りを発するものがない薄暗い車内で、ぼんやりとルミ達の姿が照らし出される。


 マルコ班隊長ルミ――翡翠色の長髪に翡翠色の瞳を持つ、一見可憐な美少女ではあるが、その実ルミは男性であった。


「はい。その通りです」

 日本刀を支えに立つ凛々しいルミの横顔を見ながら、アイシェがふと微笑む。

「ようやく、隊長らしい顔になってきたんじゃないですか?」

 アイシェの問いに、ルミは少し困ったように笑った。

「そうかな……僕には、過ぎたポジションだと思っていたけれどね」

「いえ、貴方以外に適任はいないでしょう」

 以前ルミの過去を聞かされていたアイシェは、力強く断言する。

「この日本から遥か離れた土地でも、世界中が戦禍に溢れている。その最たる火種と言われた地で育った貴方だからこそ、レネゲイド災害を食い止める、その旗頭に相応しい」


 ルミの目を真っ直ぐ見つめながらアイシェは言い放つが、ルミは目を伏せ左肩の真蛇の面に触れる。

「ありがとう。まぁ、レネゲイド災害を放置しておくのは碌な事にならないだろうしね。それはよく分かっているよ」


 その時、マリンスノーを監視していた端末から警告音が鳴り始める。

「隊長! マリンスノー車内でトラブル発生! モニターに出します!」

 作戦用の大型モニターに映ったのは、ドーム状に広がる薄青色の膜だった。

「ワーディング発生!……え⁉ 空気中の塩分濃度、3.8%⁉ 他に塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム等が検出されています! そんな馬鹿な!」

「これは、一体……⁉」

「――まるで海だね」

 すると、ワーディングと共に出現した怪物が、画面の向こう側で列車内の乗客たちを襲い始めた。

「これは……海の様なワーディングが展開され、正体不明の怪物が一般乗客を襲っています!」

「何だ、アレは……⁉」

一見トドや大型のアザラシ等の海獣にも見えるが、“四肢を持った馬面の鯨”という表現が一番しっくりくる怪物の出現に、マルコ班は愕然とする。

 モニターに映し出された見たこともない怪物の出現に、ルミ達も驚きを隠せなかった。

「わ、分かりません……! 倒れた人々から、高レネゲイド反応! 襲われた人々がオーヴァードに覚醒! さらに、ジャーム化している模様! 隊長、これは--レネゲイド災害です!」

 大型モニターにジャームを示す赤い点がぽつぽつと出現すると、それは瞬く間に広がり始めた。

「レネゲイド災害……嗚呼、最悪の事態になったようだね」

ルミは目を伏せ、ため息をつく。


ルミの脳裏には、故郷シリアでかつて所属していたテロリスト集団“竜血樹”、その崩壊の引き金となった災害が浮かんでいた。

行き過ぎたレネゲイドウィルスの研究。それによって生まれた諍いと欺瞞。欲望の果てに起きてしまった惨劇。そして、還らぬ人となった大切な人。

瞼の裏に焼き付く凄惨な光景に、ルミは未だに目を背ける事は出来ないでいた。


「レネゲイド反応は、マスターレギオンがいると思われるスイート客車部分が最も強くなっています! 突入されますか、隊長」

 アイシェの提案にルミは眉間に皺を寄せる、

「そうだね。でも、とにかく列車を止めなければ……」

「分かりました。では、この列車を寝台列車マリンスノーへ追突させます」

「あぁ。きっとまだ生存者はいるだろうから、人死にが出ない程度に頼むよ。少し怪我をさせるくらいは仕方がない」

 ルミの指示にアイシェは「了解しました」と答える。

「レネゲイド災害緊急対応班”マルコ”、出撃します! 装甲列車、速力最大! 衝撃に備えて下さい!」


 アイシェの号令を合図に隊員が手前のレバーを引くと、装甲列車が急加速を始め、見る見る内にマリンスノーに近づいていく。

列車の最後尾と装甲列車の先端部分が衝突した瞬間、ルミ達の身体が僅かに宙に浮いた。

「隊長、生存者の捜索と保護は我々部隊員が行います。隊長は、マスターレギオンの許へ!」

「あぁ、頼むよ。ありがとう。それと……コレを頼んだよ。今はまだ、使うべきではないからね」

 ルミは手に持っていた刀をアイシェに託すと、外へと飛び出していった。


 地続きとなったマリンスノーの最後尾は、先ほどの追突の衝撃で拉げてはいたが、何とか潜りこめそうだった。

「さて……行くとしようか」

10月の夜風に唐紅色の外套をはためかせ、ルミはマリンスノーに飛び移った。

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