第10話 自明的な決壊
サイカは体を取り戻していた。
しかし、また女の体になっていた。
ヘスデネミィと混ざり合い、ア・トを食べ終わったところで、ヘスデネミィはゆっくりと元の形に戻っていった。ア・トに切られたはずの体も瞬時に元通りで、カクテラルも黒猫に戻った。あのときのことはよく覚えていない。カクテラルと混ざったせいで、頭の回転もおかしくなっていた。すべてを高速で計算でき、すべてを理解でき、すべてを発想できるような、そんな多幸感だけを覚えている。
サイカとライはふたりで議会の建物を走り回っていた。メイはオフトゥの看護となにかあったときにローブで戦うためにとで外に残っていた。
建物の中にもやはり人はいない。
お偉方は逃げ出したのだろうか。
それともここは仮初めの建物で、使われていないのかもしれない。この国で、まともな政治は行われていなかったのだ、とサイカは思う。中央の議会場へたどり着いた。とても広い。何百人分かの椅子が階段状に中央を向いて並んでいる。しかし、人はひとりもいなかった。使われているような様子もない。埃を被っていないところを見ると掃除だけはされているようだと感じていた。
「おい、あそこ」ライの声。
議会場の中央に人影らしきものを見つけた。
サイカとライは階段をかけおりていく。
人影に見えたものは人間ではなかった。
人間の形をしたジェネルだった。
ジェネルが言葉を発す。
「こんにちは、私はポリモーです」
「これはどういうことだ。首都の人間は、政治家たちはどこにいった」
「ずっと昔にみんな死にました」
サイカの頭の中で、さまざまな考えが駆け巡る。
「ふざけるな。でたらめな選挙で当選したやつらがどこかにいるんだろ。隠してるんじゃねえ」
「あれは私達が考えた政策パターンに沿って用意されたデータです」
ライがポリモーに掴みかかる。
ポリモーはそんなライの様子に気にするそぶりも見せず、話を続けた。
「ある年、首都に疫病が流行り、大勢の人間が亡くなりました。そうして残された我々は、政治を補助するジェネルとして役目を真っ当しました」
「それでこんなでたらめな国を作ったのか、首都の外がどんだけ大変なことになったのか知っているのか」
ライがポリモーを転がした。ポリモーはゆっくりと起き上がる。
「いいえ、選んだのはあなたがたです。そしてもちろん首都の外についてもデータは集めています」ポリモーが話す。「我々は考えられるいくらかのパターンを政党、政治家として作り出し、その上で選挙を行いました。ジェネルに選挙権はありません。我々は考えただけなのです。与党も野党も、あなたがたが嫌う政治家も好む政治家もどちらもデータであり、選んだのはこの国の住民たちです」
首都を囲って、欲望のままに私腹を肥やすような人間たちはいなかった。
考えていた悪者はどこにもいなかった。
この弱々しいジェネルたちが、作り出したデータによって、この国は動かされていた。
そのデータを選択したのはお前たちの側だと。
「武力によって、この場所を制圧するというのもあなた方の選択です。あの神官の残したア・トを倒したものになら、我々の方式を作り変える権利もまた発生するでしょう。ギロチンにかけるための王様はどこにもいませんが、王様の座る席はどこにでも残されているものです」
ポリモーが問いかける。
「あなたがたはどうされますか?」
ポリモーが問いかける。
「我々に任せて今まで通りの国を望みますか?」
ポリモーが問いかける。
「我々と手を組み、自らの仲間内で自由に国を作りますか?」
ポリモーが問いかける。
「この事実を公表し、人間とジェネルで手を取り合って、新しい国を作るのでしょうか?」
ポリモーが問いかける。
「それとも自分たちだけで……」
銃声が響いた。何発も、何度も。ライがポリモーを撃ったのだ。頭に、体に、何発も銃弾を撃ち込んでいく。
「ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな」
銃声に混じって取り乱したライの声が響く。
「おまえたちのせいでどれだけの人が死んだと思ってるんだ。どれだけ苦しんだ人がいると思ってるんだ。俺達は何のために……」
壊れて、正確な音を出せないポリモーが、最後にノイズだらけの声をあげた。
「これも……、あなた方の選択です……」
§
真実は公表された。
首都に人がいないこと、政治家がデータだったこと、すべてはいくらかのジェネルたちが行っていたこと、わかったことはすべて国民に伝えられて、この国は大きな困惑に包まれていた。それでも人は生きていく。暫定の政権として、真実を勝ち取ったレジスタンスの人間たちが国を運用することになり、当初の予定通り、正しい形での選挙を目指して、皆が忙しく働いていた。
喜び。
喜びはあっただろうか。
ア・トを倒した瞬間のことはあまり覚えていない。
ポリモーを壊したときのことはあまり良い記憶ではない。
それでも仲間の元に戻り、困惑しながらも、革命を達成したという声があがったときに嬉しいと感じていたかもしれない。なんだかよくわからないような宴が一晩だけ開かれて、みんなで大騒ぎした。それはそれで楽しかったように思う。
「どうかしたのか?」
オフトゥが杖をついて近寄ってきた。あのときア・トの攻撃を受けて気を失ってはいたが、幸い死ぬまでには至らなかった。それでも足を痛めたため、杖をついて生活している。怪我人なのだから仕事を減らしてほしいとぼやいているが、レクは問答無用でオフトゥに書類仕事を振り続けていた。
「こうゆう仕事は学のない僕には向いてないかなって」
政治などはよくわからない。それでよくレジスタンスなんてしていたものだと思うが、雇われ兵隊のようなものだったのだ。活躍の功績とかで、上等な役割と仕事を与えられていたが、自分がそんな仕事に向いているとはまったく思えなかった。レジスタンスでの戦闘員と政治に関する仕事というのは求められる能力が違いすぎると感じる。
「じゃあ、どっか逃げ出すか?」
「勝ったら国のために働くって約束でしょ」
逃げ出したいような気持ちはあったが、それは一緒に戦って、生き残れなかった仲間たちに失礼であるように感じられた。今はまだ、そんな感傷が残っている。いつまで残っているかはわからない。
サイカは女の体のままだった。
足元ではカクテラルがじゃれついている。
カクテラルは体の戻し方を知っているような感じではあったが、どうもカクテラルにとってサイカは姫様でなくてはならず、男の体にもどすのだけは、どんなにお願いしても、命令しても聞いてはくれなかった。あげくの果てには自殺するとまで言い出した。そこまで言われるとどうしようもない。
ギリィンがいれば戻し方もわかりそうだが、情報を募っても見つからない。もう隣国へ帰ったのだろうか。それなら、この仕事を続けて、はやく鎖国を解くしかないなとサイカは考えていた。国交を作ることができれば、ギリィンを呼び寄せることもできるだろう。どうもあまり素直に来てくれないような気もするけれど。
どちらにせよ、そういうことで、サイカは仕方なく女のままでいた。
不便はさほどない。もう慣れたということもある。ただ、性別に関する施設を使用するときなどに戸惑うだけだった。
「この国はよくなってるのかな?」サイカはオフトゥに問う。
「さあな。できることをやっていくしかないさ。そういう道を選んだのだから」
ジェネルに用意された道から選ぶのではなく、人間が道を考えるところからはじめることになった。それでも政治を補助するポリモーのようなジェネルがいないわけではない。レクも自分だけで考えが及ばないところの手助けとしてジェネルを使用している。みんな、ジェネルを嫌っているわけではない。嫌いだから戦ったり壊したりしたわけではないのだ。
慌てている人間が、廊下を走り、サイカとオフトゥの横を駆け抜けた。レクの部屋へと向かっているようだ。どうもただ事ではない様子を感じ、サイカはオフトゥと顔を見合わせたあとで、その人間のあとを追った。
オフトゥがレクの部屋の扉をノックする。
「オフトゥだ。どうした? なにかあったのか?」
「入ってくれ」レクが言った。
オフトゥが扉をあける。
サイカも顔を覗かせた。出ていってほしいと言われたら出ていこうと思ったが、目が合うとをレクは黙ってうなずいた。サイカは中に入って、扉をしめる。
「どうしたんだいったい?」
オフトゥの問いかけに、青ざめた表情の人間が震えながらに声をだす。
「クーベイトとドクカが攻めてきた」
説明が続く。
今までは軍隊を指揮するジェネルが国境の高い壁を防壁として小さな衝突はありつつも、互いに攻め込まない関係を続けてきたのだという。それが革命によって代わり、指揮する者が人間になった。ジェネルが操るローブはいるが、すべてを指揮できるようなことは人間の計算速度では足りない。革命の成功とこの国の抱えていた真実は国外にも当然伝わっている。今までは様子を伺っていたのかもしれない。そうして、勝ち目をみたことによって、攻め込むことを決めたのか、それとも反対側の国からの情報を得て、遅れてはいけないと考えたのか。
「すまない……」レクがサイカの目をまっすぐに見て言った。
続けて、なにを言いたいかはわかった。今度は内戦ではない。奇襲をかけることもできない。国家間の戦争だ。避けられなかったのか、考えが足りなかったのか、サイカにできることはあまりない。するしかないのだろう。
「待て、もうサイカを戦いにだすつもりか。軍がいるだろう」
それが統率できないのだ。人間には。ポリモーをはじめ、そういった中枢に関わるジェネルはすべて壊してしまった。今いるのは、もっとおとなしく制限され、手助け程度の目的に沿ったものばかりだ。
そういった道を選んだのだ。
人が自ら考えるという道を。
たとえそれが地獄へしか繋がっていない道だとしても。
「それに戦うなら俺がでる」
サイカはオフトゥの怪我している足を蹴った。オフトゥが呻き声をあげる。そんな足で、まともに席もないローブで戦えるわけないじゃないか。
「仕方がない。行くよ」
ヘスデネミィは動かせる。
「サイカ!」オフトゥが悲痛な表情で声をあげた。
「約束でしょ」
§
クーベイト王国との国境にやってきた。首都のときよりもさらに高い壁がそびえ立っている。それでも時間をかければよじ登れないこともない。ローブは短時間なら飛ぶこともできる。
ドクカ帝国の国境にはライたちが向かったとのことだった。その他にもいくらかの戦える人間が、ジェネルの操るローブを率いて、国境に駆り出された。実際としては、ジェネルのローブをまともに指揮することなんてできないのだけど。
それでもサイカたちは別だった。
ヘスデネミィにはカクテラルが乗っている。カクテラルならジェネルのローブへ高速に指示を出すことができる。代わりに、ヘスデネミィの操作に割くリソースが減るので、個別の戦闘としてはサイカの比重が増えるのだけど。
壁の内側に見慣れない型のローブたちがいた。一体の肩には紋章らしきものが入っている。あれは、前にメイの講義で見たことがある。クーベイトの王家の紋章だ。そのローブがこちらを見ていて、他のローブが内側から壁を開けようとしているようだった。
既に侵入を許している。
「そこ、もしかして、人間が乗ってる? というかそれヘスデネミィってやつ?」
ミスリルによる声が伝わってきた。男だ。
「おっどろきー。いまどき、俺たち以外にも人間を乗せるやつらがいるなんて、人間で革命を起こしたとか本当なんだな。あれだろ、ア・トっていうすごいローブに勝ったんだろ? 人間なのに」
驚いたのはこっちだとサイカは思う。紋章のローブに人間が乗っているようだった。
サイカはヘスデネミィで攻撃をしかける。バグズナイフで斬りつけた。しかし、かわされる。まったく武器で受け止めようという動きは見られなかった。
「知ってる知ってる。ミスリルをさくっと切っちゃうナイフでしょ。それ」
気付かれている。攻撃するよりはやく考えが漏れ伝わっていたのだろうか。考えが伝わることについて当然わかっていた。だから途中で伝わり、相手に意識させ、それによって判断を鈍らせることができればいいと考えていた。しかし、そんな逡巡は少しも見られない。あらかじめ、知っていたようだ。なぜ?
「ギリィンから見つけたら連れてこいって言われてるんだよな。半殺しというか、死んでさえいなければいいとかで。まさかこんなにはやく出会えるとは」
「ギリィンを知っているのか?」
「そりゃあね。あいつ、俺ら儀典局付きのエンジニアだし。このローブもあいつが作ったんだよ。だからさ、強いよ」
はやかった。気付いたときには攻撃をくらって浮いていた。さらに追撃を受ける。ふっとばされる。
竜になったア・トもはやかったが、あれは透明であることが視認しづらさをあげていたし、動きだけみれば直線的だった。こいつは違う。戦いに意味を持ってはやい。格闘技のプロの考えがたとえ読めても、素人には勝ち目がない、そういったはやさとつよさだった。
「おとなしく着いてくるか? それなら攻撃しない。痛いのはいやだろう?」
「着いていくと言ったら、この国への侵攻をやめてくれるのか?」
「真面目に答えるならノーだな。俺はお前を連れて帰るけど、他の奴らは残って戦うだろう。ドクカにいいようにされても困るしな」
それなら答えは決まっている。
戦うしかない。
自らを奮い立たせるめに、宣戦布告の声をはりあげようとしたところで、視界が塞がった。相手のローブが瞬時に目の前まで詰めてきたのだ。
「じゃあ死ねよ。死なない程度にな」
§
夢をみていた。
とても怖いローブと戦っていた。
否、戦っているのではない逃げていた。
あのローブには人間もジェネルも乗っていない。
乗っているのは神様と天使たち。
否、あのローブ自体が神様なのだ。
だから勝ち目なんてなかった。
目をさますとベッドの上だった。あまり見たことのない様式の家具に見える。そしてここはかなり豪勢な部屋のようだ。ベッドも部屋もとても広かった。体を起こす。周りを見るがカクテラルはいない。窓の外を見ると建物の様式も今まで見てきたものとは違っていた。
ここはクーベイト王国だ。
戦いに負けて、連れて来られたのだ、とサイカは推測した。
扉がノックされる。入室していいかの確認を求める声は聞き覚えのあるものだった。
扉が開く、よく知っている厚かましい笑顔が見えた。ギリィンだ。足元にはラジニアもいる。ギリィンは汚れのない白衣を来ていた。
「久しぶり。元気だった?」
怒りが湧き上がってくるのを感じた。しかし、その怒りがなぜなのかを考えると吐き出さないほうがいいように思えた。
「そう、それがいい。僕は、君の命の恩人なのだから」
国境での戦いで、サイカは死にかけていたのだという。そこからヘスデネミィごと連れてきて、回復させたのがギリィンだとの話だった。
「お前が、そうするように命令したんだろ」
「お願いはしたかな」
ギリィンが笑う。
「でも、君が戦った彼、おもしろかったよ。大怪我させた君の姿を見て、大慌てで僕の元に連れてきた。半べそだったね」
なにを言っているのだろうか。意味がわからない。しかし、ギリィンはそういう人間だったなと過去の短い付き合いを思い出す。
「ラウド共和国はどうなった?」
「君の国ならクーベイトとドクカの戦場になっているよ。あの国には資源はないけれど、過去のローブがある。貴重なんだ。今では作れないようなレベルのものもあってね。奪い合いだ」
サイカは心が冷えていくのを感じた。
「僕らがやってきたことは間違いだったのか? 国を変えるだなんて言って、国を開こうとしたのは誤りだったのか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。なぐさめるわけではないけど、君たちが作ろうとしていた新しい国がそんなに悪いわけではないと思う。ただ、ジェネルたちが作っていた以前の国もそんなには悪くない」
サイカは、ギリィンを睨みつける。
そんなには悪くない国で、サイカは辛い目にあってきた。
しかしギリィンは、微笑みを絶やさない。
「あの国はもう限界だった。資源が少なく両隣を大国に囲まれている。昔はね、北の大国と縁があって、支援を受けていたけれど、三百年前にそれも潰えた。だから誰がやっても遅かれ早かれ決壊するしかない国だったんだよ。まあ、君たちの行動が結果としてそれをはやめたとは言えるだろうけれど」
あの戦いはなんだったのか。
命がけの戦いは。
そんな簡単に無駄だったと言われてしまうものだったのか。
サイカの頬に涙が流れる。
「紹介したい人がいるんだ」
ギリィンが楽しそうに笑った。この人はいつでも笑ってばかりだ。
「僕や君の戦った彼の所属するクーベイト儀典局の長で、この国のお姫様」
どうぞと部屋の外に向かって声をかける。
ドレスの裾がまず目に入る。それから体が遅れてはいってきた。胸のところで猫を抱いている。カクテラルだ。どうやら眠っているらしい。しかし、それ以上の驚きがあった。
サイカは、お姫様の顔を見た。
サイカは、鏡に映ったように自らの顔そっくりのお姫様の顔を見た。
「やっぱりよく似ている」
お姫様の目も驚きに見開かれていた。
彼女も知らされていなかったのかもしれない。
「今日から君の仕事はお姫様の影だ。三百年前にヘスデネミィに乗った者がそうしたように。お姫様のふりをして前に立ち、ときに戦い、かわりに傷つく。こうなってほしいと望んでいたけれど、こうなるとは思っていなかった。おもしろいオーダーだ」
ギリィンが笑い声をあげた。
「ようこそ、クーベイト儀典局へ」
<第一部完>
automatic eden - 選択という命題について - 犬子蓮木 @sleeping_husky
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