第8話 偏心的な博打

 革命の日を明日に控え、サイカは小隊ごとの最後の作戦会議を終えたところだった。サイカはオフトゥの小隊だけではなくもうひとつ特別なメンバーとの会議にも参加した。見知らぬ大人が二人、明るく人当たりがよさそうな男性と女性に見えたが、どうもその明るさは本質ではないようだった。彼らはサイカの手足となり、剣と盾となり、壁となるために呼ばれた精鋭の戦士だという。

 人間が乗るローブはどうしても意識を外に飛ばしてしまう。

 ゆえに作戦を立てることがむずかしい。末端にまで作戦を綿密に伝えてしまうとローブに乗って歩いているだけで作戦を漏らしてしまう可能性がある。そのため、サイカの乗るヘスデネミィが首都の鍵だという情報は一部の人間にしか知らされていない。また、首都を攻める各員が知る作戦は、結果として成果を得られるようにレクが過程を分解し、偽装したものになっている。

 つまり、それぞれの小隊は、結果としてレジスタンスに勝利をもたらすことを願い、目的が嘘かもしれない作戦を信じて行動するしかないのだ。

 先程あった二人もヘスデネミィが鍵となっていることは知らない。ただ、サイカを守り、従うようにとだけ指示を受けた。本来のローブ同士であれば不要な無線も装備し、ジェネルが操るヘスデネミィからサイカの言葉通りに動くということになっていた。

 そうしてサイカが首都の門を開くのだ。

 オフトゥたち小隊のメンバーは、鍵の情報を知ってしまっているため、最初の戦闘には参加することができない。代わりに作戦の全貌を聞いた。チェストーガ三艦と複数のローブによる首都への侵攻を行う。それぞれには壁を破壊するためという名目でいくつかの爆弾を用意していた。しかし、そんなものでは壁は壊せない。だから突入はできず軍のローブとの戦闘がはじまる。そうして、そのような陽動のスキをついて、サイカが鍵で門を開くのだ。

 陽動にも門をあけることにも協力できないオフトゥたちは、門が開いてから一番に議会場までの突入と占拠を実行する重要な小隊としてチェストーガの中で控えていることが決まった。

 門が開けば他の小隊も雪崩込むだろうけれど、事前に作戦を伝えることもできなければ、陽動に動かすローブを減らすわけにもいかないレジスタンスとしてのリソースの厳しさからこのような作戦となった。

 会議室の外で、二人と軽く挨拶をする。

 男性の方はメントリオンと言い、女性の方はファフォという名前とのことだ。サイカは、この二人に指示を出すことになる。もしものときは、門をあけるために二人を犠牲にする覚悟も持たなければならない。そのような話を会議で突きつけられた。

 それなのに、どうして二人はこんなに素敵な笑顔でいられるのだろうか。

「じゃあな」ファフォが言った。

「またね」メントリオンが言った。

 ミスリルを通さなくてもわかる。笑顔の裏に隠しているものがある。それはいやらしいものではなく、真剣な願いと覚悟のようなもの。

「よろしくお願いします」

 サイカは頭を深くさげた。



   §


 夜。チェストーガの上部、人のあまりいないところに腰掛けて、サイカは星を見ていた。そんな趣味があるわけではない。ただ外にでたかった。一人になりたかったので、カクテラルにも着いてこないようにお願いをした。なのになぜか、目の前にオフトゥが立っていた。

「隣いいか?」

 嫌だと言ったらどうなるのだろうか。素直に去ってくれるのか。

「一人になりたいと思ってます。この場所が必要ならどきますけど」

 オフトゥが苦笑する。

「まあ、そう言うな。場所ではなくお前に用があって来たんだ。いま、ライやメイとも話してきたところだ。なんていうか決戦前だしな。寒くないか? 風邪をひいても明日は休めないぞ」

 オフトゥが少し離れて隣に座った。

「どうだ、不安か? 戦力的にはかなりきびしい。それでもかき集めたほうだが、これ以上は難しい。作戦だって、練ったとは言ってもでたとこ勝負だ」

 どうだろう。不安を感じていないわけではない。負けることは大いにありうると思う。だから逆に、それについては考えていなかった。

「もし勝ったら、どうなるのかが不安です」

 サイカは説明する。革命とは、クーデターとは、つまりは犯罪行為にほかならない。武力で制圧し、望むとおりに国の行く末を変えようとする。正当な手続きではない。正当な手続きで変えられないからイレギュラーな方法を選ぶ。それはほんとうに許される行為なのかと。

 この国が厳しい状態にあるのは知っている。

 みんなが自らの利益のためだけに動いているわけではないこともわかっている。

 本当に国のことを考えてのことなのだ。

 しかし、疑念は消えない。

 サイカは下っ端とは言え盗賊の一員だった。厳しい生活から悪事を働いた。あのときは利己的な目的だった。今は、国のことを……。否、サイカは結局、利己的な目的でレジスタンスに参加している。この国がよくなってほしいとは思う。けれど、そのために参加しているわけではない。単にレジスタンスに加わったほうがまともな生活が望めそうだったからというだけだった。

 だからだろうか。周りのみんなのように自分たちの行いを信じることができず、疑念に押しつぶされそうになるのは。

「勝ってもきっとそんなに幸せになんてならないだろうな」

「えっ?」

「その瞬間はきっと喜びにあふれてるさ。でも、そのあとに国を作り直すという大仕事が待っている。大変だろ? ローブでどんぱちなんてレベルじゃない。自分たちの命だけ賭けるんじゃなく、もっと大勢の人間の命がかかってるんだ。大忙しになるぞ」

 そういうことか。

「そうですね」サイカは笑った。

 明日の戦いが最後ではない。勝利はスタートラインに立つことでしかない。目的はこの国を作り変えることなのだ。

「ひとつ賭けをしよう。俺が勝ったら、サイカ、お前はこの国のために全力で戦い続けろ。明日の戦いが終わってからもずっと、ローブでの戦闘でなくてもいい」

「僕が勝ったら?」

「俺が、この国のためにずっと働いて、素晴らしい国を作ってやる」

 どういうことかわかった。

「いいよ。賭けの対象は、明日、勝てるかどうか、でしょ?」

「そうだ。俺は勝つ方に賭ける」

「僕も同じ」

 ゆえに、賭けは成立する。賭けに勝ったとき、それはつまり未来を共に作るということだ。自分のためだけではない未来を。

「しかし、縁起が悪いな」サイカが脱力して言った。

「どうしてだ?」

「オフトゥって賭け事弱いんでしょ? ライたちに聞いたよ。弱いくせに賭けたがるとか、ギャンブルの借金で夜逃げしてレジスタンスに加わったとか」

「借金は嘘だ。夜逃げしたこともない。ただ、ギャンブルに弱いというのは、まあ、否定はしない……」

「やっぱりだめじゃん。負けちゃうよ」

 オフトゥが気まずそうな顔を見せる。

「勝った後の心配なんてできなくなってきた」

「なんとかなるだろ」

「雑だなあ」

 サイカは笑いながらオフトゥの方へ体ひとつ分近づいた。手を出し、握手を求める。オフトゥが実は繊細な人間であることは知っている。ライやメイに対しては、オフトゥはもっと近い距離で話す。呼びかけるときも気軽に肩をたたいて親しい様子を見せる。しかし、サイカに対してはそういったことをしない。まず声をかける。それから少し距離をとったところで立ち止まる。別に嫌っているということではないだろう。はじめは女になったからかな、と思っていた。しかし、男に戻ってからもそれは変わらなかった。

「握手してください」

 オフトゥが一瞬顔をこわばらせてから、しかしすぐに笑顔を作って、手を握り返してきた。大きく硬い手だ。

「なんだよこれは」

「さあ? 気持ちを高める儀式みたいな。なんとかするための」

 手を離す。立ち上がる。星を見る。サイカは言った。

「勝とう」



   §


 戦いははじまっている。

 戦況は敗北へ傾いている。

 クーデターは、首都を囲む三ヶ所からの同時攻撃ではじまった。多くのローブで侵攻し、壁に爆弾を設置しては、轟音の後、煤けただけの壁を確認する。そして、やってきた軍のローブとの戦闘が各地で勃発していた。

 サイカは少し遅れて、メントリオンとファフォとともに出撃した。ふたりともレジスタンスが一番多く所持するジッカ型とは違う特殊なローブに乗っていた。それだけ能力が高く、作戦にとっても重要な人員だとわかる。

 しかし、軍のローブは強かった。そして、数が桁違いに多い。

 サイカたちは、争いを可能な限り避けつつ、正門をめざしていた。サイカはローブの操作をカクテラルに任せているため、考えが外に漏れることはない。ゆえに、軍のローブたちはサイカの乗るヘスデネミィが首都を開く鍵であるとは気付いていない。それでも門の周辺を守るローブは数が多かった。鍵があるかどうかに関わらず、正門は特別に守るべき場所ということだ。周囲の壁とは違い、予め門を守るローブが多数配置されていた。

 レジスタンスの他のローブも戦いはしたが、能力も数も劣っているのだから勝ち目はない。メントリオンの乗るローブは、もうサイカたちの近くにはいなかった。途中、足が止まり、三体のローブを押さえつけるために残った。

「大丈夫、先にいって」とメントリオンから伝わってきた。

「もうやばいかもしれない」とメントリオンから伝わってきた。

 どちらもメントリオンの抱えている気持ちであることに違いはない。大丈夫という言葉の方が、サイカの頭に強く響いた。だけど、やばいかもしれないという言葉の方がサイカの心に深く残った。

 門を開けなければならない。

 門に近づかなければならない。

 首都に入れば、住民が暮らす街中で激しい戦闘はお互いにしにくくなる。だからはやく門をあけて、戦場を移す必要があった。それは、住民を人質にとるような卑怯とも言える作戦かもしれない。首都で裕福に暮らしているバチだという思いがないとは言わない。どちらもやはり、サイカの本心であった。

「どうする?」ファフォが楽しそうな響きを発した。

「切り札が到着するまで逃げます」

 嘘だ。切り札などというものはない。強いて言えばヘスデネミィが持つ鍵のことだ。それ以外に、形勢を逆転できるようなものを知らない。それでも本当のことを伝えるわけにはいかない。伝えれば、それがファフォを通して敵にも伝わってしまうのだ。

 今は、時間を稼いで逃げている。

 逃げる方向がたまたま門の方だったというだけだ。

 はやく来てくれと幻に切り札に向かって願うしかない。

「それってあの天使の声ってやつ?」ファフォが敵のローブの顔を後ろ回しで蹴りあげる。

「似たようなものです」

 天使の声についてはファフォに説明した。だから敵がそれを警戒して近づきにくいと判断することに期待していた。ファフォには、嘘と本当を話すと伝えてある。けれどサイカは本当のことを話すつもりはなかった。レクにそう指示されていた。

「あそこのローブを助けてください」

 レジスタンスのローブが近くで戦闘していた。より門に近い位置だ。爆弾の投擲担当のローブで、壁に投げつけるためにここまで進んできたのだろう。厚そうな壁よりも可動部のある門を狙っているのだ。

 ファフォがサイカからの無線の指示通りにすぐに軍のローブを蹴飛ばした。そして倒れたローブの上に飛び降り、ジェネルが乗っているだろうコアを踏み潰して貫いた。

 ファフォのローブは武器を持っていない。武器を持つ手を持っていない。ただバランスを取るための腕があり、長い足で敵を蹴って戦う。足の各所にいろいろな蹴り技のための工夫が凝らされていた。硬いところ、鋭利なところ、他にも体に比べて小さな足に、多くの違いが含まれているとのことだ。

「門までの道をあけてください」サイカはファフォに命じた。「無理はしない程度に」

「もう無理しかないけど」ファフォが笑った。「やるけどさ」

「ありがたい」レジスタンスのローブから声が届いた。

 爆弾を届けようという意志が伝わって、手助けしてもらえると考えているのだろう。そう考えるのはわかる。そう考えるような指示を出した。

 でも、本当はおとりだった。

 門に近づく。そして、より危険なものをもっている。ならばより狙われるのは爆弾を持つローブだ。悪いとは思う。しかし、目的のためだった。レジスタンスの一員ならば目的は同じはずだ。

 たとえ知らされていなくとも。

 敵を潰しつつ、逃げ回りつつ、正門が近づいてきた。門の前には見たことのないローブが立っている。周りには量産されたジッカもいた。

「あいつの相手は任せる」

「あいつってまさにローブって感じだよな」

 ウィザーズ・ローブとは魔法使いが着る服という意味で付けられた名前だ。だからローブは物語の魔法使いのような見た目したものが多い。そんなローブの中でも、今、向こうに見えるローブは、まさに魔法使いのローブというような姿をしていた。腕も足も羽織った長い布の下に隠しているようなデザイン。布ではなくミスリルなので、それなりの硬度があるはずだが手などは出せるのだろうか、とサイカは思う。

「僕は周りのジッカを抑えるから、爆弾を頼むと伝えて」

「了解」ファフォが言った。

 さらに伝言を飛ばす。爆弾を持つローブからも考えが伝わってきた。覚悟と緊張を添えて。

「それじゃあ行ってきます」ファフォのローブが高く飛び上がった。「できるだけはやめに頼むよ。長くは持ちそうもない」

「こっちも行くぞ」ジッカが進む。

 サイカはカクテラルに指示を出す。カクテラルがヘスデネミィを操り、敵のジッカを最小の攻撃で機能停止に追い込んでいく。しかしそれでも時間辺りに倒せる数には当然限界がある。追い詰められ、囲まれた。

「ここが限界だ。爆弾を投げるから少しでいい守ってくれ」

 その願いに敵のジッカの視線が集まった。ヘスデネミィを動かせば爆弾にスイッチを入れて投げるぐらいの時間は容易に作り出せるだろう。しかし、サイカは指示を出す。

「カクテラル、正門へ」

 ヘスデネミィが敵に攻撃をするふりをして囲いからすり抜ける。急げ。味方からの驚きが伝わってきた。急げ。背後でどうなるかも予想できる。急げ。しかし、振り返る余裕はない。正門へ辿り着いた。

 ヘスデネミィが手を門へ添える。

 サイカはカクテラルを通してヘスデネミィの操縦を得る。ここで、サイカの意識が周りに伝わる。

「鍵をあける」

 門の鍵は、少なくともヘスデネミィに関して、ジェネルの操るローブだけでは開かない仕組みとなっていた。逆に人間だけが操るローブでも開かない仕組みとなっていた。だからサイカがカクテラルと共にヘスデネミィを動かさねばならない。

「なんだよ。鍵あるんじゃん」ファフォが言った。「見つからなかったとか言ってたのに」

 サイカの念じた願いによって、門の手を当てていた位置がへこんでいく。ヘスデネミィの手の平、ミスリルが流れ、鍵が形作られていく。へこんだ壁の方に鍵穴が空いていくのもみえた。しかし、どちらもあまりにゆっくりとしている。

 ファフォの意識が伝わってきた。

 敵のあのローブがファフォを振り切ってヘスデネミィの背後へ迫っているらしい。応戦はむずかしい。今、ここから手を引き抜くことはできない。いくらか攻撃を食らっても耐えて鍵をあけるしかない。はやく。もうちょっと。覚悟を決める。

 まだ攻撃はこない。

 鍵が固まった。

 そのまま鍵の頭を握り込み、奥に空いた鍵穴へと差し込む。鍵をひねった。重く粘性の高い油の中を回すような感触。半分回したところで、何かにカチリとはまったのを感じた。

 そして門が開かれていく。

 白い門がゆっくりと首都の中へと開いていく。

 鍵からは手を離した。

「首都が開いた!」

 サイカは強く強く念じる。できるだけ仲間に届くように。多くの仲間がここに集まるように。サイカの意識が、近くで戦っていたレジスタンスのメンバーに届き、そこから連鎖するように歓喜が広がっていく。伝播した喜びの声は、それぞれの想いを載せて、返す波のようにしてサイカの元まで伝わってきた。

 ヘスデネミィを動かして振り返る。どうしてあのローブからの攻撃がなかったのか。ファフォが倒してくれたのか。しかし、そんな声は聞こえてこなかった。鍵に集中していて聞き漏らしたのだろうか。

 サイカが見たものは、体の中央に大きな穴の開いたファフォのローブだった。

 ファフォのローブは代わりに相手ローブの胸を蹴り貫いていた。

 どちらも停止している。

「やったじゃん……」

 弱々しく、しかし澄んでいるファフォの声が頭に響いた。

 サイカは言葉が浮かばなかった。なんと言えばいいのかまったくまとまらない。ぐるぐるとした気持ちの悪い概念だけが頭の中に溜まっていくのを感じた。

「これが天使の声ってやつ?」ファフォが笑う。「たしかに気色悪い」

 違う。違う。なんて言えばいいんだ。

「そう。違う」ファフォが言った。「言葉じゃなくて、中に入らなくちゃ。せっかく開けたんだから」

 開けた。首都の門を。ずっと閉ざされていた正門をあけた。

「もうすぐみんなやってくる。オフトゥたちだって全力で向かってるはずだ。ついでに敵も集まってくるだろう。だからここはさ、私が見とくから」

 ファフォのローブが、停止している相手のローブからゆっくりと足を引き抜いた。地面に両足を下ろしたがふらついている。立っているのがやっとな病弱な人間のように見える。周りにはまだ敵のジッカが何体かいる。味方もいるが、敵の数のほうが多い。

 残って一緒に戦うべきだ。

 ヘスデネミィならジッカは倒せる。

 オフトゥたちを待って、それからみんなで攻め込めばいい。

「だから違うって言ってるんだよ! 中に入れって!」

 ふいに操作の抵抗が軽くなった。

「いいね、猫ちゃん……」

 カクテラルがヘスデネミィの操縦を奪ったのだ。ヘスデネミィが開ききった門の方へ体を向ける。それから首都へ向かって飛んだ。

 サイカの目から涙がこぼれる。

 ありがとうございました。

 感謝の言葉はもう伝わらない。

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