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「…ごめんなさい。」


 必死で喉から声を絞り出す。


 この女性は今夜死んでしまう。


 だが分かっていながら助ける事は出来ない。


 助けた事で何が起こるか分からないからだ。


 それは来る前にルシウスと約束した事。


 絶対に手は出さない。


 魔術師を見て、禁術をかけた時に何があったか見るだけ。


 それ以外はしない。


 魔術師の標的がキャロルから他者に代わるだけかもしれないからだ。


 だから自分はこの光景を見ても彼女の死を待つ事しか出来ない。


「…本当に…ごめん…なさ…い。」


 誰に謝っているのかも分からず繰り返すキャロルの頭を優しくアルブスが撫でる。


「大丈夫ですよお嬢様。

 儂もこの屋敷の皆がお嬢様の味方にございますからの。

 よく来て下さいました。

 ずっと苦しかったのでしょう?」


「なんで…。」


「生まれた時から知っておりますからなあ。

 儂には分かりますとも。」


 キャロルは唇を噛み締める。


 自分は今夜この自分を愛してくれていた屋敷の皆から恨まれる様になるのだ。


 それが分かっているからこそアブルスの言葉が突き刺さる。


 アルブスはしゃがみこみキャロルの目線と合わせる。


「良いですかなお嬢様。

 お嬢様に何があるのかは分かりませぬ。

 何か理由があって未来からいらっしゃったのでございましょう?

 理由は聞きませぬ。

 言えないのでしょうから。

 けれども儂は必ずキャロルお嬢様を愛しておりますよ。

 それが10年後でも20年後でも。

 それだけは信じていて下さいませ。」


「…もし…私が…母を…殺してもですか?」


 キャロルの言葉にルシウスが目を見開く。


 キャロルも慌てて口を抑えた。


 なんて事を言ってしまったのか。


 顔が青ざめるのが自分でも分かった。


 だが予想に反しアブルスの表情は変わらない。


「……それでもですよ。

 あれだけ仲の良い母娘なのですから。

 お嬢様にその様な意思があってしたとは思えませんからなあ。

 だから安心して下さいませ。

 そして知っておいて下さい。

 お嬢様は本当に皆に愛されていらっしゃる事を。」


 目の奥から熱い濁流が押し寄せてくる様でキャロルは天井を睨み付けた。


 未来ではアルブスの言う通り皆に愛されているとは到底言えない。


 けれどこの過去の愛情は嘘ではないのだ。


 それだけで救われた気がしてならない。



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