187

「いや、何でもないよ。

 部屋に虫がいた気がしたけれど勘違いだったみたいだ。」


「はっ。

 畏まりました。」


 ルシウスがゆっくりと口から手を外す。


「大きい声出さないの。

 見つかったら本当に痴女扱いされるよ?」


「…すいません。」


 大きい声を出す羽目になったのはこいつのせいなのに酷い言い草である。


 だがしかしキャロルとて不名誉なイメージを持たれるのは嫌だ。


 納得いかないながらも渋々謝る。


「忍び込むならもう少し腕の筋肉を鍛えた方が良いね。

 それで?

 通路でも探しに来たの?」


「…はい。」


 全て見透かされているのも気に食わないが見つかった以上諦めるしかない。


 ルシウスがキャロルの手を握り立ち上がらせる。


「私もようやく夜早めに寝る時間が出来てね。

 今日行く予定だったんだよ。

 一緒に行こうか。」


 やけに簡単に連れて行ってくれるというルシウスにキャロルは訝しげな視線を送る。


「そんな簡単に連れて行って良いんです?

 通路の事は極秘なんですよね?」


「連れて行く気がなかったらそもそも通路の存在を教えたりはしないよ。

 私だってそこまで意地悪なつもりはないからね。」


「…はあ。

 ありがとうございます?」


 意地悪じゃない奴は死か下僕かなんて2択を迫ったりしないだろうと声を大にして言いたい。


 だがそんなキャロルの手を引きルシウスは寝室に併設された扉を開ける。


「衣装部屋ですか?」


「そうだよ。

 ちょっと待ってね。」


 ルシウスは何も無い壁に手を付き目を閉じる。


 一瞬魔力の流れを感じたかと思うと突然目の前に石造りの扉が現れた。


「この通路は王族の魔力に反応してその姿を現すんだ。

 だからキャロルが通路の場所を知っても1人では行けないんだよ。」


 卑怯である。


 禁書コーナーに行ける通路の存在を教えながらもルシウスに頼まねば結局行けない仕組みになっていたのだ。


 賭けだなんだと言いながら卑怯極まりない。


「さっほら行くよ。」


 ルシウスは扉を開けて既に階段を降りようとしていた。


 キャロルも慌てて毛玉を抱き抱え扉の中に飛び込む。


 背中で音を立てて扉が閉まる。


 閉まった途端つい今まであった扉は消え去ってしまった。


 扉だったはずの場所はただの石壁になっている。


 キャロルは思わず壁に手を当てしげしげと観察してしまう。


 魔術師としては仕方ないだろう。


「ほら、調べる時間もいるんだしさっさと行くよ。」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る