180

 足元が一瞬にして桃色に染まる。


 吹雪の様に花びらが降り注ぎキャロルの髪に絡まった。


 100m程遠くに静かに流れている川が光を反射して輝いている。


 花びらの桃色と草の緑色が鮮やかに視界を染めた。


 横で彩花嬢が息を飲んでいる。


「……おか…さん。」


 彩花嬢の視線を辿るとシートを引いた40代位の男女が桜の下で料理を広げているのが見えた。


 きっとあれが彩花嬢の両親なのだろう。


 彩花嬢が立ち上がろうとした為キャロルは手を握りしめる。


「…これは彩花様の思い描いた言わば幻です。

 会話は出来ませんよ。」


「…そう…だよね。」


 彩花嬢はそれでも食い入る様に両親を見つめている。


 まるで目に焼き付けるかの様に。


 涙を流し目はもう真っ赤である。


「…本当に辛い時は幻にだってすがっても良いと思いますよ。

 彩花様が楽になれるのであれば。

 もう一度前を向けるようになるのであれば。」


「…うん、うん。

 ……ありがとう。」


 最後の方は小さ過ぎて聞こえなかったが彩花嬢は泣きながら何度も頷いていた。


 キャロルは胸ポケットから時計を取り出す。


 そろそろ時間だ。


 キャロルは彩花嬢の幻を少し弄り夜に戻す。


 失敗して地面が草から雪に戻ってしまった。


「…はは。

 夜桜だ。

 雪と夜桜なんて不思議。」


「ちょっと失敗しました。

 すいません。」


「ううん。

 凄く不思議で綺麗。」


 キャロルは彩花嬢の横顔をチラリと見ながら指先を夜空に向ける。


 0時を告げる鐘が鳴る。


 キャロルの指先から放たれた光が夜空に大輪の花を咲かせた。


 それを合図に城のあちこちから魔術師達が打ち上げた花火が上がる。


「うわぁ!!

 綺麗!!

 すっごい綺麗!!」


「そうですか。

 彩花様も学園に行けば教えて貰えますよ。

 後1年以内です。」


 キャロルの言葉にはっとした様に彩花嬢は目を見開く。


「学園では教育を制限されたりしません。

 大丈夫ですよ。」


「そっかあ…そっかあ……。」


 彩花嬢がまた泣き出してしまう。


 キャロルはまた黙って空に花火を打ち上げた。


「ほら、そろそろホールでフィナーレがありますよ。

 聖女様のお披露目なんだから戻らないと。」


「うん。

 そうだね。」


 彩花嬢は目を真っ赤にしたまま笑う。


「キャロルさん、ありがとう。」


「…どういたしまして。」


 キャロルはまた麦酒を煽った。


 彩花嬢は振り返る事なくホールに帰って行ったのだった。

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