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 二の腕に爪を立てられる。


 目の前にいるルシウスが奥歯をガリっと噛み締めた。


 痛みで眉間に皺が寄る。


 チラリとルシウスを見るとその顔は以前見た狂気を帯びていた。


 聖龍の言葉をふと思い出す。


 あぁ、この男は今まさに自分の中の狂気に呑まれかかっているのか。


 本人が恐れている未来になってしまうのにこんな所で己に負けようとしているのか。


 これだけ何でも出来て性格に難があり喰えない男が目の前で負けるのを見ろと。


 …それは何だか面白くない。


 キャロルは軽く舌打ちをして二の腕を掴んでいる手を引き剥がす。


 ルシウスが虚をつかれた顔をした。


「…殿下。

 正直何に怒られているか分かっていない私が言う事ではありませんが怒りを治めて下さい。」


「…。」


 ルシウスは無言でキャロルを睨んでいる。


 狂気の色がより濃くなった気がするが構っていられない。


 こいつの狂気の原因は分からないが引き金はなんとなく分かっているつもりだ。


「こんな所で自分に負けるつもりなんですか?」


「…何が言いたい?」


「こんな所で負けたくないですよね?

 だから怖がってるんですよね。」


「…君に何が分かる。」


「分かりませんよ。

 でも殿下が負けたらもう一緒にいられなくなるのは分かります。」


 彼が世界を憎んでいるとするならば狂気に呑まれた彼は全てを拒絶するだろう。


 キャロルにも何となくその感情は分かる。


 全てが憎く自分さえも消したくなる様などす黒いあの感情。


 ルシウスの瞳から少しだけ冷たさが消える。


「せっかく…と、友達になったんだから一緒にいましょうよ殿下。」


 レオンの真似して友達などと言ってしまったが少々恥ずかしい。


「…一緒にいたいと思ってくれるの?」


「そっそりゃまあ友達ですから。」


 友達という言葉の破壊力に羞恥で死にそうになるがキャロルは内心の大暴れしている感情を抑えつつ返す。


 自分の気持ちを偽るのは説得する時には仕方ないだろう。


 心の中で羞恥心で首を吊りたくなっていたとしても仕方ないのだ。


 下を向いて爪先で砂をほじくり羞恥心を紛らわす。




 そんなキャロルをルシウスの体が包んだ。


 肩にルシウスの頭が置かれ頬をルシウスの柔らかい髪がくすぐってくる。


 身を捩ると腰と肩に回されたルシウスの腕に力が入った。


 これは所謂ハグと言う奴では?と気が付くのに大分遅れたキャロルは大混乱に陥っていたと言えるであろう。

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