第5話 怪盗比呂

 ――その頃、ヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴは、現場に駆けつけてきた警察に保護され、警察署の取調室で事情聴取を受けていた。


「――つまり、おまいら三人が久川容疑者を追うておったら、勝手についてきた下村はんも含めて、現場で消息を絶ってもうたっちゅうわけか。おまいをのぞいて」


 ひととおり勇吾ユウゴから説明を聞き終えた龍堂寺イサオは、そのように要約する。


「――はい」


 勇吾ユウゴはややあってかあらうなずく。


「――リンのヤツめ、そのためにテレポート交通管制センターの所長に話をしに行っておったんか。ワイら警察には話さずに」


 そうぼやいたイサオの表情は不満と不平にまみれていた。三人の消息が絶ったその後、逃走する久川比呂ヒロをナビゲートしていたテレポート交通管制センターの管制員は、その現場を最後に見失ってしまった。おそらく変装したのであろう。これでは、一周目時代にあった顔認証システムでも使わないかぎり、再捕捉は困難である。むろん、現在の技術では再現できていない。


「――せやから久川に返り討ちに遭うんや。こういう時こそ警察の出番やっちゅうのに」

「……………………」

「――せやけど、おまいはよう久川に返り討ちに遭わへんかったのう。そないに戦闘技能があるわけでもあらへんのに」

「……う、運がよかっただけです。本当に、それだけです……」


 勇吾ユウゴは繰り言のように答えた。

 現場で久川比呂ヒロと遭遇した時、小野寺勇吾ユウゴは、この状況と条件では比呂ヒロを捕まえられないことを、遅まきながらも悟った。久川比呂ヒロ空間転移テレポートは、自身だけでなく、自分以外の人間や物体も転送することが可能だと、物体探知装置に機材を落とした第一研究室や、衣服だけを残して三人が消えたその現場でわかったからである。もし機材を落とした要領で、自分を空間転移テレポートで空高く転送させられたら、とても落下の衝撃には耐えられない。かといって、その場から背を向けて逃げ出しても、空間転移テレポートで先回りされてしまう。リンが構築した対空間転移能力者テレポーター追跡システムを使っても、振り切ることは不可能である。それなら、精神体分身の術アストラル・アバターで具現化した精神アストラル体を身代わりに、やられたフリをしてやり過ごし、仕切りなおした方が賢明だと判断したのだ。小野寺勇吾ユウゴは、久川比呂ヒロとの戦闘中に、相手の隙を見て|それを実行したのだった。


「――それよりも、アイちゃんたちの行方は――」

「――残念ながらわからへん。なんせ空間転移能力者テレポーターや。どないなところに監禁されておるんか、見当もつかへん」


 イサオの返答に、勇吾ユウゴは肩を落とすが、


「――そうだっ! 物体探知装置を使えばっ!」

「――せやっ! それがあったわっ!」


 勇吾ユウゴの名案に、イサオが指を鳴らす。しかし、


「――残念ながら、それは不可能だ」


 水を差すような声が、二人の耳に聴こえた。

 勇吾ユウゴイサオは同時に、声が聴こえた取調室の出入口に視線を動かす。そこには、白衣を着たボサボサ頭の男性が、そのポケットに手を突っ込んで立っていた。

 遺失技術ロストテクノロジー再現研究所第一研究室室長の蓬莱院ほうらいいん良樹ヨシキであった。


「どういうことなんやっ! 良樹ヨシキはんっ!」

「――アイちゃんたち外見的な記憶情報なら僕が鮮明に覚えています。これを使えば――」

「――それでも不可能なのだよ、勇吾ユウゴくん」


 沈痛な面持ちでかぶりを振った良樹ヨシキは、その理由を説明する。


「――人間のように発見対象に物理的に可変する要素があっては、どんなに外見的に鮮明な記憶情報で精神波を撃っても、探知はできないのだ。撃った時に入力していた外見的記憶情報の精神波が、探知したい対象のそれがつねにその形状を保持しているとはかぎらないのだからな。バッジのような無機質な固体とちがって」

「……ど、どういう意味や?」


 イサオが理解できずに首をひねると、良樹ヨシキはわかりやすくかみ砕く。


「――同一人物の顔でも、喜びと怒りだとその形状は異なるだろう。喜びの表情で精神波を撃っても、発見したい対象の表情が怒りの状態だと、符号せずにスルーしてしまう。つまり、そういうことだ」

「……な、なるほど、わかった、ような、気がする……」


 イサオはとまどいながらも理解を示す。


「――第一、物体探知装置はその盗賊に破壊されてしまっただろう。いま助手たちが修理しているが、いつになることやら」

「……あ、そうだった……」


 思い出した勇吾ユウゴはつぶやく。


「……打つ手なし、ですか……」

「――向こうから姿を現さんがぎりはな」


 イサオもにがにがしく応じる。だが、


「――そのことなんだ、イサオどの。ワタシが警察署まで足を運んだのは」


 良樹ヨシキは速足で立ち上がったイサオの前まで来ると、白衣の胸ポケットから一枚のカードを出し出す。


「――こんなものがワタシの家に届いてあったのだ」

「――なんや、これ?」


 受け取ったイサオはカードを凝視しながらたずねる。


「……読めばわかる……」


 良樹ヨシキの言葉を聞いて、勇吾ユウゴもそれをのぞき見る。

 そのカードには、ゴシック体の文体フォントでこう書かれてあった。

 曰く――



  明日の夜八時、遺失技術ロストテクノロジー再現研究所にある『萌え絵』をもらい受ける。

                                ――怪盗比呂ヒロ――



「……こ、これは……」

「……犯行、予告……」

「――そうだ。二人とも」


 良樹ヨシキは鋭い声で言う。


「――ヤツは苦労して作り上げた物体探知装置を破壊しただけでは飽きたらず、今度は『萌え絵』まで盗もうとしているのだ」


 そして近くにある机に手を叩きつける。


「――あれは数ある遺失技術ロストテクノロジーの中でもっとも再現に労力を費やした人類の宝なんだ。それを、怪盗の初心者なんぞに奪われてなるものかっ!」

「おのれっ! 犯行予告やとォツ!? 警察をなめくさりおおってからにっ! 絶対に逮捕したるわっ!」


 イサオも憤慨の声を上げて同調する。


「――頼むぞ。龍堂寺警部。ぜひ怪盗から守り通してくれ。甚大な労力を費やして再現したあの萌え絵を」


 良樹ヨシキが熱烈な眼差しと声で頼み込むと、


「――労力といっても、そのほとんどはあなたの助手が払ったものでしょ」


 冷ややかな声が、良樹ヨシキの背中にかけられた。


「――黙れ、元助手。労力を払ったのはワタシの助手でも、着想にいたったのはこのワタシ自身だ。どちらがより貢献したかは、口に出すまでもなかろう」


 肩越しに振り向いた良樹ヨシキは、尊大な口調で、背後にたたずむセミロングの女性――窪津院くぼついん亜紀アキをたしなめる。


「――とにかく、警察に研究所の警備を要請しなさい。まったく、アタシが付きそって正解ね。でないと、話が本題からそれてしまうところだったわ」


 だが、たしなめられた方は、痛痒を感じさせない口調でぼやいた。


「――それを言うなら、そういう貴様はどうなんだ。怪盗比呂ヒロの犯行予告を聞いた瞬間、スイーツ関連の情報もついでに奪われるのではないかとあたふたしておったくせに」

「――なっ、なに言ってるのよ、良樹ヨシキ。アタシはだだ、所長の代理として警察署に行くあなたが、ちゃんとこちらの意向を伝えられるかどうか心配して――」

「――わかったわかった。お二人さんの言いたいことは――」


 言い争う良樹ヨシキ亜紀アキの間に、イサオが仲裁に入る。


「――ただちに遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の警備を手配するさかい、痴話ゲンカはこのくらいに――」

『だれが痴話ゲンカ』「だっ!」「よっ!」


 良樹ヨシキ亜紀アキは声をハモらせてイサオに言い放つ。

 最後の一文字をのぞいて。


「――と、とにかく、あんさんの『萌え絵』は絶対に奪わせへん。警察の威信にかけて」

「――うむ。たのむぞ、イサオくん。アレを奪われてしまっては、第二日本国の文化にとって重大な損失となる。必ずや人類の宝を守ってくれ」

「任せときい。あんなごっつうべっぴんな絵を、ワイは今まで見たことはあらへんからな。萌え絵を守りとおせたら、記憶情報でもええから、何枚かそれをワイに譲ってくれ」

「――案ずるな。功績に見合った対価は十分に払う所存だ」

「おおきに。これで萌え絵は安泰だな。ガハハハハハハ」

「ハハハハハハハ」


 イサオ良樹ヨシキは口を大きく開けて声高に笑う。しかし、


「……怪盗比呂ヒロは捕まえなくていいのですか?」


 勇吾ユウゴが不安げな表情で指摘する。


『……あ』


 意表を突かれたような反応リアクションをする二人を見て、亜紀アキは深いため息をつく。どうやら失念していたらしい。エスパーダを装着しているにも関わらず。


「……ハァ、まったく、もう。これだからオトコは……。ねェ、小野寺くん」

「えっ!?」


 亜紀アキに同意を求められて、勇吾ユウゴは困惑する。亜紀アキとちがってオトコなので。


「――え、あ、うん、も、もちろんやとも。あんなインスタント怪盗は必ずワイラ警察がとっ捕まえたるわ。せやから安心せい」


 取ってつけたようなイサオの宣言に、亜紀アキの不安はますます募るが、口に出してはなにも言わずに、二人のやり取りを見守る。


「――ほな、さっそく警備に回せる警官を動員させるわ。可能なかぎりの数をな。あと遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の見取り図も提供してくれへんか。的確な位置に警官を配置したいさかい」

「――うむ、わかった。萌え絵を守るために、こちらも協力は惜しまない。再現に成功した一周目時代のセキュリティシステムの試験もかねて導入する。助手よ、ただちに準備しろ」

「――だから、アタシはもうあなたの助手じゃないって」

「――いいから行け」


 良樹ヨシキの尊大な命令に、亜紀アキは不満げな表情を浮かべながらもしたがった。


「――それと、テレポート交通管制センターの所長に、リンが依頼したような対空間転移能力者テレポーター追跡システムの稼働要請もしておこう。逃走など絶対させへんけど、万が一っちゅうこともあるからな」

「――こちらも物体探知装置の修理を急がせよう。何かの役に立つかもしれん。怪盗比呂ヒロがわざわざこれを破壊しにきたということは、それだけこれを恐れているわけなのだかな」


 亜紀アキが取調室を退室した後も、イサオ良樹ヨシキの打ち合わせは続いている。


「――怪盗比呂ヒロは捕まえたら、消息を絶ったアイちゃんたちの行方を聞き出さないと。無事でいてほしいのですが……」


 それに勇吾ユウゴが加わる。比呂ヒロ性質タチから見て、無傷タダですむとは思えない。一刻も早く三人を助け出さないと、なにをされるかわかったものではない。


「――安心せい、勇吾ユウゴリンたちは必ずワイら警察が助け出すさかい」


 イサオは胸を張って宣言する。


「……………………」


 だが、勇吾ユウゴの表情から不安は消えなかった。


(――仕方ありません。陸上防衛高等学校から、アレらを無断で調達しましょう。先生に見つかったら怒られますけど――)


 そして、そのように決意することで、不安を打ち消すのだった。




「……うう、どうなっちゃうんだろう。アタシたち……」


 明美アケミは今にも泣きそうな表情と声で、鏡ばりの部屋のすみでつぶやいている。当初こそスクープのことばかりを楽しげに考えていたが、裸体の状態で丸一日も監禁されていたら、楽観的で現実感覚にとぼしい明美アケミでも、悲観にかたむくものである。

 そんな明美アケミに励ましの声をかけたのは、犬猿の仲であるはずのアイであった。


「――大丈夫よ。ユウちゃんとタケルがきっとなんとかしてくれるわ。だって二人は須佐すさ十二闘将に選ばれるほどに強いんだもの。それに、二人は強固な信頼関係で結ばれた主従でもあるしね。小野寺の一族と裏小野の一族との。そうでしょ、リンちゃん」

「えっ!?」


 明美アケミを元気づけようとしていたアイに突如同意を求められて、リンはとまどう。だが、アイリンの返答を待たずにまくしたてるように続ける。


「――特にタケルの強さは尋常じゃないわ。それは、この前の連続記憶操作事件で行動と共にしたリンちゃんが一番よくわかっているわ。ユウちゃんだっていざとなったらやる子だし。だから希望を捨てないで」

「……そんなこといったって無理よォ。タケルは強いとはいえ、神出鬼没で何を考えているかわからないし、小野寺にいたってははヘタレを絵にかいたようなヤツで全然頼りないし、これでどう希望を持てというのよォ……」


 だが、アイの努力は実を結びそうになかった。明美アケミは涙でくしゃくしゃになった顔で悲観的な見解を述べると、その場でうずくまってついに泣き出す。


「――ほっときなさい、アイちゃん。そんなヤツ」


 冷たい声で言い放ったのはリンであった。


「――好奇心で何でもかんでも見境なく首を突っ込んだ下村の自業自得よ。おかげでどれだけアタシたちに迷惑をかけたか。その上、アンタのことを悪く言うし」

「……………………」

「――ましてや、勇吾ユウゴのことまで悪く言っていたそいつを、アンタがはげましてあげる義理や人情なんてないはずよ。なのにどうしてそこまで尽くすの?」


 中二まじりなのはちょっとどうかと思いながら、リンアイただす。


「……たしかに、アタシはユウちゃんを悪く言う明美アケミのこと、大嫌いよ。それは今でも変わらないわ。でも……」

「……でも?」

「……もし、ユウちゃんだったら、必ずこうするって。たとえ、どんなに自分を悪く言った相手でも……」

「……………………」

「……ユウちゃんは自分がイジメられてもイジメた相手を恨んだりなんかしなかったわ。それどころか、許してくれた」

「……………………」

「……そんな自分を許してくれたアタシが、以前のアタシのようにユウちゃんを悪く言う下村を許さなかったら、ユウちゃんに許してもらう資格なんて、それこそないわ」

「……アイちゃん……」


 リンはそう言ったきり、なにも言えなくなる。ヤマトタケルの正体と、それを隠す真意を知ったことで、アイに対して心理的優位に立ったと思っていた自分が恥ずかしくなった。付き合いの長さと、想いの深さは、必ずしも比例するものではないと言われているが、それはあくまでも『必ずしも』であることを、リンは思い知ったのだった。


(……もう、アタシなんかのためにつらい思いをさせたくなんかない。だれひとり。だから、アタシのためにつらい思いをしている人とふたたび出会えたら、今度こそ言うわ。あの時にいうべきだった、あの言葉を……)


 そう誓ったアイの瞳は、決意に満ちた光を宿していた。




 遺失技術ロストテクノロジー再現研究所は、設立以来、物々しい雰囲気に包まれていた。

 施設の各所に配備されている警察官の表情はとても厳しく、けわしいまなざしで周囲を光らしている。

 施設の関係者は安全を考慮して、幾人かをのぞいて退避済みである。

 怪盗比呂ヒロが予告した犯行時刻の五分前。その本人はいまだ現れていない。


「――現れたとしても、一瞬やろうからな」


 標的ターゲットにされた萌え絵のある第一研究室で、龍堂寺イサオはそれを見つめながら独語する。


「――せやけど、現れたその瞬間こそが怪盗比呂ヒロの最期や」


 そのセリフをそばで聞いていた蓬莱院良樹ヨシキは力強くうなずく。

 第一研究室の中央に展示されてある萌え絵には、ある仕掛けが施されているのである。

 正確には、萌え絵の額縁に。

 これに触れると、全身が麻痺して動けなくなるのだ。

 光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガン麻痺様式パラライズモードと同じ精神エネルギーが、額縁に帯びているのである。

 電気を流した鉄条網のように。

 怪盗比呂ヒロは必ず萌え絵の手前に空間転移テレポートアウトして、即座にその場で空間転移テレポートインするであろう。

 萌え絵も持って。

 その瞬間、額縁に仕込んだ麻痺様式パラライズモードの精神エネルギーで全身が麻痺し、空間転移テレポートができなくなる。空間転移テレポートインしようとしていた怪盗比呂ヒロの意識が飛ぶことで。そして意識が回復する前に怪盗比呂ヒロを拘束し、空間転移テレポートで逃げられないように処置をする。あとは、バッジを始めとする盗難品を発見すれば、事件は解決したも同然である。

 仮に、まんまと萌え絵を盗み出すことに成功しても、こちらには観静リンの依頼で構築された対空間転移能力者テレポーター追跡システムがある。前回の観静リンたちの追跡は三人だけだったのでたやすく返り討ちにあってしまったが、その百倍の警察官なら、その心配はない。あとは相手の息切れを待つだけである。


「――警察をなめくさりおおってからに。今までさんざん空間転移テレポートで煮え湯を飲まさせまくられてもうたが、今回はちがうで。怪盗気取りで萌え絵に手を出したことを骨の髄まで後悔させたるわっ!」


 イサオは腕まくりをしかねない勢いで息をまく。


「――そろそろ時間や。怪盗比呂ヤツを取り押さえる準備はええか」


 そして、第一研究室の周囲の機材や調度品の陰に隠れている部下たちに言うと、イサオ良樹ヨシキとともに身を潜める。

 全員、萌え絵から一瞬たりとも目を離さずに。

 勝負は一瞬で決まるのだから。

 犯行予告の時間は刻一刻とせまる。

 三分前、二分前、一分前……

 時間が経つにつれて、室内の緊張が高まる。

 そして、秒読みの段階に入る。

 五秒前。四、三、二、一――


「――ゼロッ!」


 犯行予告の時間と同時に、室内の緊張感は頂点に達した。

 その瞬間――

 第一研究室に一個の人影が突如現れた。

 黄色を基調としたハデなデザインの衣服に、チョビ髭とパンチパーマにサングラスをかけたその容姿は――


「――怪盗比呂ヒロっ!」


 イサオは叫んだ。予告どおりの時間に現れたのだ。正直、時間通りに来るとは思ってなかったのだ。犯行予告時間よりもわざと遅れて警察こちらをじらじ、集中力が低下したところで不意を突くのではないかと危惧していたのだが、どうやらそんな小細工を用いる必要性は感じなかったようである。


「とことん警察をなめくさりおおってっ! かかれっ!」


 上司の号令に、物陰に潜んでいた部下たちは一斉に躍り出た。

 だが、この時になって、イサオはある違和感に気づく。

 空間転移テレポートアウトした怪盗比呂ヒロの位置が、標的の萌え絵の手前よりもある程度距離を取ったところであったのだ。


「――空間転移テレポートアウトする目測を誤ったのか?」


 と、イサオは疑念に思ったが、すぐさまそれを脳裏から追いはらう。第一研究室に怪盗比呂ヒロ空間転移テレポートアウトした以上、この室内にいる警察官たちがやることに変わりはない。萌え絵に触れて麻痺した怪盗比呂ヒロを確保するということに。

 そして、イサオの部下たちは、怪盗比呂ヒロに飛びかかる。

 その直前、怪盗比呂ヒロの姿が突如消失する。

 空間転移テレポートしたのだ。

 萌え絵に触れる前に。


「なんやとっ?!」


 おどろきの声を上げたイサオをよそに、飛びかかった部下たちは、一瞬前までいた怪盗比呂ヒロの床に折り重なる。


「萌え絵はっ!?」


 イサオは慌てて視線を転じる。

 だが、そこにあるはずの萌え絵は消えてなくなっていた。

 怪盗比呂ヒロが盗んだとしか考えられなかった。


「――せやけど、どうやって」


 イサオは考えるが、そんなことをしている場合ではないことに、即座に気づき、


「――怪盗比呂ヒロが萌え絵も盗んで逃走したっ!。ただちにテレポート交通管制センターと連携して追跡しろっ!」


 室外や研究所外にいる部下たち命令し、イサオもそれに加わるのだった。




「――ヒヒヒヒ。バカなヤツゥ。萌え絵に罠を仕掛けてることくらい、お見通しだっつんだよ。ナメんじゃねェぜ、オレを」


 怪盗比呂ヒロはゲラゲラと笑いながら空間転移テレポートでの逃走を続けていた。

 右わきに萌え絵を抱えて。

 事前にそれを看破していた比呂ヒロは、第一研究室にある萌え絵に誤って触れないよう、距離を取った位置に空間転移テレポートアウトすると、首にかけてあるマフラーを鞭のように投げつけ、萌え絵に巻きつかせた瞬間、即座に空間転移テレポートインしたのである。

 自身と萌え絵を、同時に。

 マフラーをバイパスに物理的に萌え絵と繋がっていれば、直接手で触れなくても一緒に空間転移テレポートすることができるのだ。

 ――というより、できないと論理的に色々と矛盾が生じる。

 もし空間転移能力者テレポーターが『自身』にしか空間転移テレポートすることができないと、身に着けている衣服は置き去りにして全裸で空間転移テレポートアウトすることになる。比呂ヒロ空間転移テレポートしてもそんなことにならないのは、テレタクのように、衣服といった物体も一緒に空間転移テレポートすることができるからである。『自身』以外の物体転送はその応用なのだ。そして、観静リンたち三人が衣服を残して消息を絶ったのも、比呂ヒロによって『自身』だけ空間転移テレポートされたからであった。


「――うん、『アレ』で何度か見たけど、やっぱ肉眼で見るのが一番だぜェ」


 とあるビルの屋上に空間転移テレポートアウトした怪盗比呂ヒロは、両手で萌え絵を持ってまじまじと鑑賞する。萌え絵の額縁に流れていた麻痺様式バラライズモードの精神エネルギーは、空間転移テレポートした際、その供給源とバイパスしていたケーブルが外れたので、直接手で触れても問題はなかった。


「――いたぞ、あそこだっ!」


 だがそのあと、怒声に似た声が背後から聴こえた。

 警官らしきの声であった。

 テレポート交通管制センターの対空間転移能力者テレポーター追跡システムを使って追ってきたのである。


「――ちっ、もう追いついてきやがったぜ」


 怪盗比呂ヒロは舌打ちすると、即座にその場で空間転移テレポートインする。だが、その先で空間転移テレポートアウトしても、ほどなく別の警官に見つかり、追ってくる。


「――なんだよ。昨日と同じじゃねェか。どうしてなんだよ」


 比呂ヒロは苛立ちの声を上げる。昨日もそうであったが、物体探知装置を破壊したにも関わらず、なぜこちらの位置がわかるのか。仮に位置がわかっても、テレタクでは、ここまで迅速に駆けつけられるものではない。手続きに時間かかかるから。自分のような空間転移能力者テレポーターでもないかぎり不可能である。


「――クソッ! ウザってェぜェッ!」


 空間転移テレポートしてもすぐに空間転移テレポートでおいつく警察に、比呂ヒロは舌打ちする。そして、とある路地裏に空間転移テレポートアウトした比呂ヒロは、路上にある防犯カメラに注目する。


「――いずれにしても、オレみたいなヤツがそうゴロゴロといるわけじゃねェんだ。テレポート交通管制センターの機能を、警察が全力フルに利用しているにちがいねェ。なら――」


 そう言って比呂ヒロ空間転移テレポートインする。その直前に、二人の警官が空間転移テレポートアウトするが、すんでのところで取り逃がしてしまい、地団駄を踏む。


「――どこやっ! ヤツの位置はっ!」


 その頃、龍堂寺イサオは、端末テーブルで操作している自分より年少の少年にたずねる。


「――ここです。ここに空間転移テレポートしました」


 少年は答える。この|少年は、昨日も、観静リンたち三人をナビゲートした、テレポート交通管制センターの管制員である。


「――よし、保坂はここに。楢原はそこに空間転移テレポートさせるんや」


 警官である龍堂寺イサオ警部の指示に、管制員はしたがう。|萌え絵を盗まれた後、イサオ遺失技術ロストテクノロジー再現研究所から直接テレポート交通管制センターに空間転移テレポートしてもらったのである。

 犯人追跡の指揮を執るために。

 それには、テレポート交通管制センターの機能が不可欠なのである。

 空間転移テレポートを駆使して逃走する空間転移能力者テレポーターを追いつめるには、これしか方策がなかったのだ。

 これは、警察には告げずに独自に活用したリンの発案であった。

 それを採用したテレポート交通管制センターの所長が、この管制員に運用を一任したのである。

 前回はこの管制員の判断で観静リンたち三人をナビゲートして久川比呂ヒロを追跡したが、今回は警官である龍堂寺イサオの判断にしたがって三○○人の警官をナビゲートして怪盗比呂ヒロを追い詰めているのだった。

 むろん、このシステムの使用は、テレポート交通管制センターの所長から許可を得ている。


「――また消えおおったっ! 今度はどこやっ!」

「――少しお待ちください」


 あどけなさが残っている管制員は端末を軽やかに操作する。


「――ここに空間転移テレポートしました。警部が空間転移テレポートで配置した警官の近くに」

「――よっしゃ、じょじょに追いつめてきたでっ!」


 イサオは高揚した声を上げる。怪盗比呂ヒロ空間転移テレポートする先々で、すでに先回りする形で空間転移テレポートアウトしていた警官たちの待ち伏せを受けるようになってきている。精神エネルギーも、そろそろ底を尽きるころである。そうなれば、空間転移テレポートによる逃走は不可能になる。両脚で逃げるしかない。そして、三○○人の警官たちがひしめく中からそれで逃げ切るのは、これも不可能である。


「――年貢のおさめ時やな、怪盗比呂ヒロっ!」


 イサオは肉食獣に似た笑みを浮かべる。


「――あれ、待ってください」


 そこへ、管制員が水を差すような声をかける。


「――怪盗比呂ヒロの動きが一変しました」


 これまでは、行き当たりばったりの不規則な動きで、超常特区の市街区島中を空間転移テレポートしてまわっていた怪盗比呂ヒロが、不意に直線的で規則的な動きに変化したのだ。まるで目標に向かってまっすぐ行くように。

 管制員の報告に、イサオは眉を曇らせる。


「――どこへ向かっとるんや」

「――この方向は……まさか――」


 管制員がおどろきの声を上げかけたその時――


「――やっぱ警察サツがからんでやがったか」


 その声は突如二人の背後から投げかけられた。

 イサオと管制員の二人しかいない第五管制室内に。

 二人は同時に背後を振り向くと、


「――怪盗比呂ヒロ


 が立っていた。

 だが、その姿はすぐに消失する。

 怪盗比呂ヒロ空間転移テレポートしたからではない。

 怪盗比呂ヒロ空間転移テレポートさせられたからである。

 テレポート交通管制センターの屋外に、二人とも。

 どちらも三階の位置からそのまま落下し、地面に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 二人とも何とか受け身を取ったが、それでも激突の衝撃は計り知れなかった。全身に激痛が走り、管制員はそれで意識を失い、イサオも数秒後に気を失った。


「――これでオレを追いまわしてやがったのか。ウザってェもんを作りやがって」


 一人となった第五管制室で、比呂ヒロは吐き捨てるような口調で怒りをあらわにする。そして、第五管制室の設備を、そこらへんにある機材を使って、機材もろとも破壊しまくった。機材を設備の上に空間転移テレポートさせて落下の衝撃を加えることで。追跡できないようにするための処置であるのは確かだが、あまりにの警察の追跡のしつこさにフラストレーションがたまり、それの発散もかねていたのは否めなかった。

 ――こうして、警察は怪盗比呂ヒロの行方を見失った。

 テレポート交通管制センターの第五管制室でその姿を確認したのを最後に。




「――よし、もう追って来ねェな」


 とあるビルの屋上で、警察の追跡がなくなったことを確認した比呂ヒロは、ようやく安堵の息を漏らした。変装はすでに済ましてある。といっても、サングラスをはずし、ハデな黄色の服装を地味な藍色のそれに着替えただけである。だが、それだけで防犯カメラの映像をごまかせられるので、けっこう重宝している。犯行に及ぶ時だけハデな黄色の服装にするのは、わざと警察や目撃者の目を引かせることで、追走劇に一層のスリルをもたらせるためであった。だが、


「――はァー、疲れたァ……」


 大きく息をはいた比呂ヒロの表情に疲労の色が濃く刻まれている。傲岸不遜な比呂ヒロにしてはめずらしく。ここまで連続して空間転移テレポートを使ったことはないので、さすがに精神エネルギーがつきかけているのだ。


「――これじゃ、スリルを味わう余裕がねェぜ、まったく」


 比呂ヒロはぼやくが、よくよく考えてみたら、それだけが欲しくて盗みをやっていたわけではなかった。追ってくる盗難者や警察を空間転移テレポートで翻弄するのがおもしろく、また、それにいらだち、悔しがる盗難者や警察の表情カオも見たくてやっていたのだ。


「――けど、それ欲しさに盗みをやるには、ワリが合わなくなってきだぜ。こんなにしんどいんじゃ……」


 引き続きぼやく比呂ヒロは、今後について思案をめぐらす。だが、名案が思い浮かびそうもないので、


「――しかたねェ。とりあえず、しばらくの間、大人しくしているか。ほとぼりが冷めるまで」


 結局、ごく無難な案に落ち着く。

 消極的とも言える。


「――しかし、その間ヒマになるなァ。なにして遊ぼうかァ……」


 夜空を見上げながらふたたび考える比呂ヒロ。すると、


「――そうだ。あのオンナどもがいたじゃねェか。ヒヒヒヒ」


 思いついた比呂ヒロは、そのニヤニヤが止まらない。


「――せいぜい楽しませてもらおうじゃねェか」


 そう言って音を立てて舌なめずりする。

 しかし、


「――そんなことはさせませんよ」


 聞き覚えのある声が比呂ヒロの背中に投げつけられた。

 それを聞いた比呂ヒロは、慌てて背後を振り向くと、一人の少年が、屋上の階段のドアのそばに立っていた。

 マッシュショートの髪型に糸目をしたその容姿は、


「――なんだ、てめェか。おどかしやがって……」


 小野寺勇吾ユウゴであった。比呂ヒロは安堵の息をつく。


「――よくわかったな。ここにオレがいることを――」

「――あそこの展望台から望遠鏡で捜していたら、偶然あなたを見つけたのです。そして――」

「――テレタクでここへ空間転移テレポートして来たというわけか」


 比呂ヒロ勇吾ユウゴの言いたいことを先取りする。テレポート交通管制センターの第五管制室を破壊したといっても、センターの機能のすべてが停止したわけではない。対空間転移能力者テレポーター追跡システムを一時的にマヒさせただけである。運用者と指揮者をシステムから離したことで。警察が事態を把握する前に雲隠れするつもりだったのが、


「――まさかおめェのようなヘタレに見つかってしまうとはなァ」


 自嘲気味に述べる比呂ヒロであったが、その表情に余裕は失われていなかった。小野寺勇吾ユウゴのことなら多少は知っている。先月の連続記憶操作事件の重要参考人として保護され、観静リンの助力者として、感覚同調フィーリングリンク生放送で出演したことのある少年である。だが、その実態は落ちこぼれもいいところのヘタレということが、その際の取材の報道で明らかになったのだ。ちなみに明らかにしたのは、鏡ばりの監獄に囚われている下村明美アケミなのだが、その事実を両者は知らない。


「――で、そのあとはどうするんだ? オレを捕まえるのか? 捕まえられるのか。おまえごときのヘタレに。そんなオレとでも思っているのか?」


 比呂ヒロのおどけた問いかけは明らかに勇吾ユウゴを挑発していた。だが、挑発された方は、その認識がないような表情で口を開く。


「――べつに構いません。捕まえられなくても。今はあなたを捕まえることよりも、囚われたアイちゃんやリンさんや下村さんを助けることが先決ですから」

「――ほほう。それはそれは、ご立派なことで」


 比呂ヒロは嘲笑まじりに応じる。


「――それで、今度はどうやってその三人を助けるんだ? 居場所すらつかめてねェっつうのに。おまえにそれができるのか?」

「――その必要はありません。なぜなら、ヤマトタケルさんが三人を助けますから」


 勇吾ユウゴがそのように断言した瞬間、


「ヒャハハハハッハハハハハッ!」


 比呂ヒロがあざけりを込めた笑い声を上げる。

 これ以上ないくらいに。


「――おまえ、そんなヤツにそんなこと期待しているのかよ。ホント、ヘタレなヤツだぜ。期待するだけムダだっつうのに」

「――どうしてですか?」


 勇吾ユウゴが問うと、比呂ヒロの嘲笑は一層ひどくなる。


「――それはな、あいつも三人といっしょに囚われているからだよ。瀕死の状態でな。このオレがそうしたんだ。ムダな期待、ご苦労さまだったな」

「――そんなことないですよ。現にヤマトタケルさんはこうしていますよ。ねェ、タケルさん」


 比呂ヒロの余裕が吹き飛んだのは、勇吾ユウゴの呼びかけで現れた人影を認めた、その瞬間であった。


「――なっ?!」


 比呂ヒロは激しく驚愕する。

 オールバックの髪型にツリ目をしたその人影は、まちがいなくヤマトタケルだった。


「……そ、そんなバカな?! どうしてお前が、ここに」

「……………………」

「……い、いや、その前に、お前は瀕死の重傷だったはずだ。オレの空間転移テレポートで何度も地面に叩きつけられたんだから」

「――感覚同調フィーリングリンクで確認しなかったのか? 本当に瀕死の重傷だったのかどうかを」


 ヤマトタケルが問いただす。問いただされて、比呂ヒロは自分のツメの甘さを呪うような表情になる。もっとも、もし感覚同調フィーリングリンクしていたら、地面に何度も叩きつけたヤマトタケルが、瀕死の重傷うんぬん以前に、精神アストラル体であることがバレてしまうのだが。

 だが、混乱の極に達している比呂ヒロに、それを看破する余裕などなかった。そのほかにも、まだ謎があるからだ。


「――それよりも、お前はどうやってあそこから脱出したんたっ!? あそこは地下深くにある上に出入口もないんだぞ。なのに……」

「――だったら自分の目で確かめてみたらどうだ。そんなに信じられねェってんなら」

「――チッ!」


 音高く舌打ちした比呂ヒロは、その場で空間転移テレポートする。そして、数回の空間転移テレポートを経て目的地に到着すると、すぐさま足元の地面から周囲の地面へと視線をめぐらす。


「……変だ。何度見直しても脱出した痕跡がねェ」


 時間をかけてそれを終えた比呂ヒロは、今度は両目を閉じ、探るような表情になる。すると、


「……三人はいるが、やはりタケルがいねェ。いったいどうやって脱出を……」


 茫然とつぶやいた比呂ヒロの顔に混乱の色合いがさらに濃くなる。

 と、その時、


「――ここだったか」


 その声に、比呂ヒロの心臓がドキリと鳴り、息をのむ。


「――服だけが残されたこの工事現場の地下に監禁されているんだな。鈴村たち三人は」


 その声の主――ヤマトタケルは、あわてて身体ごと振り向いた比呂ヒロと正対する。


「――なっ?! なんでおまえがここにっ!」


 比呂ヒロがおどろくのも無理はない。対空間転移能力者テレポーター追跡システムは、比呂ヒロがテレポート交通管制センターに乗り込んでつぶしたのだ。再構築には時間がかかる。それまでは変装した比呂ヒロの行方をつかむことはできない。念のため、この工事現場にある防犯カメラは全部破壊してある。ゆえに、テレタクで直接ここへ空間転移テレポートするのは不可能なはずである。久川比呂ヒロを発見することも。


「――どうしてわかったんだっ!」


 比呂ヒロはさけぶようにタケルを問いただす。


「――おまえが抱えてあるものをよく見るんだな」


 そのように答えられた比呂ヒロは、右脇に抱えてある萌え絵を両手で持ち、入念にあちこちを見まわす。すると、額縁の裏に、ボタンのようなものを発見し、取り出す。


「……こ、これは、まさか……」

「――そうだ。精神波発信機さ」


 タケルは淡々と答える。


「――おまえがそれを盗んだ時から、おまえの位置は丸わかりだったのさ。オレには」


 ヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴは、陸上防衛高等学校の武器庫から、ひそかにそれを拝借し、これもひそかに萌え絵に取りつけたのである。

 ちなみに、さきほどのとあるビルの屋上にいる比呂ヒロを見つけることができたのは、展望台の望遠鏡ではなく、精神波発信機のおかげなのである。

 勇吾ユウゴにとっての最優先にすべきなのは、行方不明になっている鈴村アイ、観静リン、下村明美アケミの三人を見つけ出すことである。勇吾ユウゴはそのために警察とは別行動をとっていたのである。その結果、比呂ヒロは自らの手で三人の居場所を勇吾ユウゴに教えたのだった。


「――クソッ!」


 そのことに気づいた比呂ヒロは叫ぶように舌打ちし、精神波発信機を握りつぶして投げ捨てる。


「――それじゃ、三人を開放してもらおうか」


 ヤマトタケルは要求する。事実上の降伏勧告である。


「――ケッ、バカがっ! だれが開放するかよっ!」


 しかし、比呂ヒロは吐き捨てるように拒絶する。


「そんなに助けたきゃ、自分で助けろっ! 必死こいて地下深く穴を掘ってなっ! オレは空間転移テレポートでトンズラさせてもらうぜっ!」


 そう言い残して比呂ヒロ空間転移テレポートで逃走しようとする。だが、


「……なんだ? 見えねぇぞ、オイ。どうなってんだっ!?」


 そのまえにすべきことができず、激しくうろたえる。


「――ムダだぜ。空間転移テレポートで逃げようとしても。ここの工事現場一帯にはESPジャマーが散布してある。だから『遠隔透視リモートビューイング』は使えねェぞ」


 そんな比呂ヒロに、ヤマトタケルはその理由を述べる。空間転移能力者テレポーター空間転移テレポートも、テレタクと同様、空間転移テレポート先を視認する必要がある。それが遠隔透視リモートビューイングなのである。比呂ヒロ空間転移テレポートだけではなく、その能力も備わっているのだ。遠隔透視リモートビューイング空間転移テレポート先を視覚的に確認せずに空間転移テレポートすると、どこに空間転移テレポートアウトするか、空間転移テレポートした本人もわからないのだ。しかも、チェスや将棋のような二次元空間ではないので、地面や床の上にちょうどよく空間転移テレポートアウトするとはかぎらない。空中に空間転移テレポートアウトしてしまうのならまだいい。地中になんかに空間転移テレポートアウトしてしまったら目も当てられない。圧死は確実である。比呂ヒロがその場から遠く離れているにも関わらず、その場の様子がわかるのも、ひとえに、遠隔透視リモートビューイングを使っているからである。

 それを看破していたヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴは、精神波発信機のついでに陸上防衛高等学校から拝借したESPジャマー発生装置を、久川比呂ヒロが地面を見回している間に付近に設置し、作動させたのだ。


「――もっとも、空間転移テレポートしたくても、もう限界だろ。精神エネルギーが切れる寸前で。さっきまで警察から空間転移テレポートで逃げまくっていたんだから」


「……くっ……」


 次々と図星を突かれ、比呂ヒロは歯ぎしりする。


「――さて、これで王手だな。さァ、どうする」


 問いながら、タケルは光線銃レイ・ガン光線剣レイ・ソードを腰から抜き放つ。


「……………………」


 それに対して、比呂ヒロはうつむいたまま黙り込む。


(――けっ、バカめ。それでオレの空間転移テレポートを封じたつもりかよ――)


 しかし、内心ではあざけりのつぶやきを発していた。うつむいたのは、あざけりの笑みを相手に見られないよう隠すためであった。


(――どんなトリックを使って監禁部屋から脱出したかわからねェが、どうやら全然しらねェようだな、あいつは――)


 ヤマトタケルは、遠隔透視リモートビューイングなしでは安全で的確な位置での空間転移テレポートは不可能だと見ているが、実は遠隔透視リモートビューイングなしでも安全で正確な位置に空間転移テレポートすることは可能なのだ。

 肉眼での目視による空間転移テレポートなら。

 遠隔透視リモートビューイングのように遮蔽物のむこう側を視認することは無理だが、それがないこの状況なら、相手の目の前に空間転移テレポートするくらいのことはできる。それも短距離ショート空間転移テレポートで。これなら、正確な位置に空間転移テレポートすることが可能な上に、その距離が短い分、精神エネルギーの消耗が少ない。今の比呂ヒロの精神エネルギー量でも十分に足りる。ヤマトタケルの目の前に空間転移テレポートしたら、相手に触れて空間転移テレポートで飛ばす。むろん、地中にである。前回は空中に空間転移テレポートアウトさせて落下の衝撃を繰り返し加えた上に監禁部屋に閉じ込めたが、結果的にそれは誤りであった。今回はそれでなぶり殺さず、確実にそれで殺す。そして、そのあとは今度こそ雲隠れし、ほとぼりが収まるまで、活動を控える。その間、監禁した三人の女子に色々なことをして時間ヒマをつぶす。色々なこととは――言うまでもない。

 比呂ヒロは注意深くヤマトタケルの足元を見やる。その位置に自身を空間転移テレポートするつもりなのである。

 ヤマトタケルが構えを取り終える前に。

 空間転移テレポートは予備動作がまったくないので、事前に察知することは不可能である。


(――もらったぜ――)


 内心で叫んだ直後、比呂ヒロ空間転移テレポートした。

 ヤマトタケルの目の前に。

 そして、ヤマトタケルの胸に手を当てると同時に、ヤマトタケルの姿はそこから消失した。

 比呂ヒロ空間転移テレポートによって。

 それと同時に、付近の地面がボコリと盛り上がる。

 おそらく圧死しているであろう。

 地中に空間転移テレポートすることは、自らプレスの中に飛び込むようなものだから。

 比呂ヒロの狙い通り、地中に空間転移テレポートさせたのである。

 ヤマトタケルの人体を。

 どのぐらいの深さなのかは、目視による目測では正確にはわからないが、ありったけの精神エネルギーを込めて深く飛ばしたのだから、仮に生きていても、自力で這い上がるのは不可能な上に、それまで息が持たない。


「……ヒヒヒ、やった。殺ったぜ……」


 比呂ヒロはひきつった笑いと声でつぶやく。


「……何度も同じ手に引っかかりやがって。ザァまぁ見ろってんだ」


 そのあと、吐き捨てるように罵倒するが、ひきつった調子は引きずったままであった。

 そしてふたたび笑い声を上げようと口を開けかけたその時――


「――そっちこそ何度も引っかかるなよ」 


 その喉元に青白色の光刃がそえられた。

 光線剣レイ・ソードである。

 ブレード様式モードの。


「……な、なんで……」


 比呂ヒロはその声がした方角に横目で見ると、ツリ目にオールバックの髪型をした少年――ヤマトタケルがいた。


「――動くな。そして空間転移テレポートで逃げようともするな。もし少しでもその素振りがしたら即座におまえの首をねる」

「……なんでだよォ。なんで地中に空間転移テレポートさせたのにそこにいるんだよォ?」


 その姿を確認した比呂ヒロは、鳴き声に等しいひびきで問いかけるが、


「――そんなことはどうでもいい。それよりもこれを転送しろ」


 ヤマトタケルは取りあわず、左手にある三日月状の小型機器を比呂ヒロに投げわたす。比呂ヒロが地中に空間転移テレポートさせたのが、精神体分身の術アストラル・アバターで作り出したヤマトタケルの分身、精神アストラル体であることを、わざわざ教えやるほどお人好しではない。


「……これを鈴村たちのいる地下の監禁部屋に転送しろ。連絡がしたい。ESPジャマーの散布ならもう止めた。おまえはできるんだろう。自分の手に触れた人や物体を任意の位置に空間転移テレポートさせることが。オレ(の精神アストラル体)をさんざん空間転移テレポートさせたんだから」

「……………………」

「――むろん、三人は無事なんだろ。もしそうじゃなかったら――」

「もちろん無事だっ! すぐにエスパーダをそこへ転送させるっ! だから殺さないでくれェッ!」


 比呂ヒロはあわてて実行に移す。青白色の光刃が喉元に食い込んだので。もはや比呂ヒロ空間転移テレポートで逃げる気や気力なかった。精神エネルギーが残り少ない上に、何度も危険なところに空間転移テレポートさせても無事なヤマトタケルに恐怖を覚えたからであった。比呂ヒロの表情は泣きべそをかいた子供のそれにすっかり変わっていた。下劣で傲岸不遜な久川比呂ヒロの面影はどこもなかった。


「……お、送ったぞ。エスパーダを。いまオンナの一人が装着した」


 比呂ヒロがおびえきった口調と表情でタケルに報告する。


「――OK。三人の無事を確認した。もうおまえに用はない」


 そう言い捨てて、タケルは光線剣レイ・ソードを持つ右手をひるがえし、比呂ヒロの首筋にたたき込んだ。比呂ヒロは白目をむいて倒れこむが、首をつながったままである。麻痺様式パラライズモードに切り替えたからである。だが、比呂ヒロは自分の首を刎ねられたと勘違いして気絶してしまった。おまけに失禁まてしている。

 怪盗比呂ヒロはその姿のまま警察に逮捕された。

 敗因はヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴ精神体分身の術アストラル・アバターであった。

 最後までそれの駆使を看破できなかったのだから、是非もなかった。




「――ありがとう、タケル。また助けてもらったわね」


 リンは満面の笑顔でヤマトタケルに礼を述べる。

 地下の監禁部屋から、テレタクで脱出したのである。

 監禁部屋には防犯カメラはないが、その代わり比呂ヒロが転送したエスパーダの感覚同調フィーリングリンク機能を利用したので、テレタクの運用に支障はなかった。

 アイ明美アケミも同様に脱出した。

 ただ、三人とも全裸の状態だったので、その前にタケルが工事現場にあった三枚のきれいなビニールシートを調達し、三人の裸体をおおい隠してあげた。

 また、テレタクを要請する際、その管制員は女性でおこなってもらうよう要請したので、男性の管制員に三人の裸体を見られずにすんだ。

 おかげで、これ以上男性に裸体を見られる事態はさけられた。

 その上、テレタク代はヤマトタケルが持ってくれた。このあたりの配慮と行動は、比呂ヒロと比較するのも失礼な紳士ぶりであった。


「――困ったことがあったら、また駆けつけるよ」


 タケルはそう応じるが、彼は知らない。観静リンに正体を知られていることを。だが、そのことをリンはふれず、口元をほころばせることで応えたのだった。


「――それじゃあな」


 そう言ってタケルは踵を返す。そろそろ警察が駆けつけてくる頃なので、居合わせてしまうと、なにかと不都合なのだ。前回もそうだが、今回の事件も警察を利用する形で解決したので、その功労者とはいえ、どこの馬の骨とも知らぬヤマトタケルを快く思ってないのは想像にかたくない。軽く見ても重要参考人として連行されるのは目に見えているし、それによって、自分の正体をバレれてしまうのを、ヤマトタケルこと小野寺勇吾ユウゴは恐れているのだ。ゆえに、ヤマトタケルにふんしている時は、可能なかぎり警察と接触はしたくないのである。それは観静リンもわかっているので、引きとめはしなかった。


「――まってっ!」


 だが、それでも引きとめた者がいた。

 それは、そんな事情を知らないツーサイドアップの少女――鈴村アイであった。

 一度は踵を返したタケルであったが、その声を無視せずに立ち止まり、身体ごとアイに振り向いて正対する。タケルの表情にはおどろきと意外さが混合していた。三人を救出してから、アイと顔を合わせなったのは、おびえた表情で見られたくないからである。先月や七年前の事件の時もそうたったし、今回の事件もそうだった。それはタケルこと勇吾ユウゴにとってはなによりもつらかった。だから顔を合わせずに立ち去ろうとしたのだが、まさか他ならぬアイに呼び止められるとは思いも寄らなかった。

 その両者を、リンは傍らで見守る。タケルに駆け寄ろうとする明美アケミの襟首をひっつかんで。


「――邪魔しないの」

「そんなァ~。せっかくの独占インタビューのチャンスなのにィ~」


 明美アケミは不満をこぼす。タケルに助けられるまで泣きべそをかいていたのに、その面影はどこにもない。立ち直りのはやい少女だと、リンは内心で思った。

 その間、アイとタケルは無言で見つめあうが、先に切り出したのは鈴村アイであった。


「……あ、あの、その……」


 しかし、思うように言葉が紡げない。決然とした表情でタケルを引きとめたものの、いざ対面すると、過去のトラウマが足を引っ張るのだ。


「…………………………」


 タケルは引き続き無言でアイを見つめている。自分の正体を明かすわけにはいかない勇吾ユウゴは、どんな心境で大切な幼馴染を見つめているのだろうか。


「……あ、ありがとう、タケル。助けて、くれて……」


 ようやくそれだけが言えたが、それでも多大な気力と精神力を要した。そんなアイの心情を察したヤマトタケルは、安堵の一息をつくと、


「――無事でよかったよ」


 そう言って表情を喜びにほころばせる。無骨な笑みだが、それを見た途端、アイは、


「――それだけじゃないわ。先月の時も、七年前の時も、アタシを助けてくれた。なのに、礼を言うどころか、邪険にしてしまって――」


 自分でも驚くほどなめらかに語る。


「――ゴメンね。本当に。命の恩人なのに、今までお礼と謝罪が言えなくて……」


 そして、涙まじりに謝罪し、うつむく。


「――鈴村」


 苗字で幼馴染の名を呼んだタケルは、ズボンのポケットをまさぐると、その手を差し出す。

 その掌の上には、鈴村アイにとって今回の事件の発端となったものがあった。

 それは、鷹のバッジであった。


「――そこにいるヤツが持っていたよ」


 タケルは気絶しているパンチパーマの男を見やって告げる。


「――これ、おまえにやるよ」


 思いもかけぬ言葉に、アイはおどろく。


「――どっ、どうしてアタシにっ?! それは元々タケルの――」

「――今まで大事に持っていてくれてたんだろ。これはその礼だ」


 タケルは嬉しそうに答える。


「――でも、それはあなたにとっても大事なものじゃ……」


 しかし、アイは困ったような表情で問いただす。


「――ああ。大事なものだ。だからこそおまえに持っていて欲しいのさ」

「……………………」

「……………………」

「……あ、ありがとう、タケル……」


 礼を言った愛の表情はうれし涙にあふれていた。


「……じゃ、またな――」


 ダケルは再会を約束する別れを告げると、今度こそ工事現場から立ち去って行った。


「……ヤマトタケル……」


 それを最後まで見送った愛の瞳には、感謝の念以外のなにかが宿っていた。


「……やっぱり覚えてなかったですか……」


 しかし、工事現場の出入口を通過したその付近で足を止めたヤマトタケルは、髪型をオールバックからマッシュショートに、両目の形状をツリ目から糸目に戻すと、悄然とつぶやく。工事現場一帯の防犯カメラは、比呂ヒロがすべて破壊したので、元に戻すところを見られる心配はなかった。


「……あの鷹のバッジ、アイちゃんからもらったものなのに……」


 それは一○年前、六歳の誕生日のプレゼントとして、アイからもらったものなのだった。幼馴染の初めてのプレゼントに、当時の勇吾ユウゴは大喜びし、七年前の誘拐事件で落とすまで、肌身離さず大事に身につけていたのだが、プレゼントした当の本人は、どうやら覚えてないらしい。当時はエスパーダを始めとする超心理工学メタ・サイコロジニクス関連のインフラはおろか、その基礎理論の確立すらまだだったので、忘却はまぬがれなかったようだ。もっとも、もし覚えていたら、アイにトラウマを植えつけたのが勇吾ユウゴであることが、当人にわかってしまうので、複雑な気分であったが。

 それでも、自分が失くした鷹のバッジを今まで大事に持っていてくれたことはとてもうれしかった。『ヤマトタケル』としてそれに最も報いるには、アイがくれた鷹のバッジを、アイにプレゼントするより他になかった。これはもうアイのものなのだから。たとえ本人が覚えていなくても。


「――別にいいですか。アイちゃんが覚えていなくても。バッジよりも大切なものが、こうして無事でいるのですから」


 気を取りなおした勇吾ユウゴは、自分の現在の容姿が『小野寺勇吾ユウゴ』であることを確認すると、ふたたび鈴村アイたち三人の前に現れたのだった。


(……やれやれ。大変ねェ、勇吾ユウゴも。アタシに正体を知られていることも知らずに、懸命にそれを隠すのは……)


 と、リンに思われていることも知らずに。

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