第4話 空間転移での追走劇とその末に

 それは、警察の指名手配書の人相と照合したことで証明された。

 やはり、記憶銀行メモリーバンクで一団ごと逮捕したパンチパーマの男は、鈴村アイのバッジと盗った犯人――久川比呂ヒロではなかったのだった。

 その証拠に、そのパンチパーマの男の所持品の中に、バッジはなかった。


「――それじゃ、どうして記憶銀行メモリーバンクのところにバッジが反応したのよっ!?」


 鈴村アイがせまりかからん勢いで問い詰める。

 遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の第一研究室のデスクで悠然と紅茶をすすっている蓬莱院良樹ヨシキを。

 元助手こと窪津院亜紀アキが不承不承の態で淹れてくれた紅茶である。


「――うむ。どうやら実物のバッジではなく、バッジの形状記憶が保存されている記憶銀行メモリーバンクのデータベースに反応してしまったようだ」


 良樹ヨシキは鷹揚にうなずくが、どこか他人事である。


「――それじゃあ、そこにいたパンチパーマの男は、たまたまそこにいただけの人違いで、久川比呂ヒロではなかったのね。バッジの外観形状記憶が記憶銀行メモリーバンクに保存されていたのも」


 それを聞いた観静リンがそのように結論づける。亜紀アキが運んできてくれたパンケーキをほおばりながら。にも関わらず、声は明晰である。


「――いずれにしても、骨折り損のくたびれ儲けだったわ。記憶銀行メモリーバンクの個人記憶情報は入手できなかったし、警察や編集長デスクにはこってり絞られたし、ついに現れたヤマトタケルにはその場ですぐに逃げられるし、もうさんざんよっ!」


 憤慨の声を吐き出したのは下村明美アケミであった。私欲で現場を混乱させたり、事態を悪化させたりしたのだから、警察から叱咤を受けるのは当然の結果である。編集長デスクにしても、節度のない取材に苦情が寄せられているのだから、釘を刺すのも当然である。事件に巻き込まれたリンアイにしてみればいい迷惑であった。幸い、ヤマトタケルのおかげで人質にけが人も出ず、犯人も全員逮捕できたが、一歩間違えたら大惨事になっていたかもしれない。


「……反省の色が全然ないわ、こいつ……」


 腹立ちまぎれに文句を並べる明美アケミに、リンは苦々しく独語する。性格的にはアイと似ているが、反省や節度という文字を知らない分、明美アケミの方がずっと性質タチが悪い。

 それをよそに、良樹ヨシキは持論を述べ続ける。


「――しかし、複数以上バッジが検知ヒットしなかったということは、物体探知装置に入力したバッジの外観情報の精度が、限りなく実物に近かったからに他ならない。これを記憶情報ではなく、三次元物体に限定すれば、理論上、探知は可能だ」

「……本当にそれで発見できるの?」


 アイが不信のまなざしで問う。


「――無論だとも。検知ヒット条件を変更すればいいだけのことなのだから。多少、時間がかかるが、すぐに終わる。それまでゆっくりとくつろいでいてくれたまえ」


 そう言うと、良樹ヨシキは紅茶をデスクにおいて立ち上がる。


「――元助手よ。さっそく調整作業にとりかかるぞ」

 

新たなパンケーキを持ってきた亜紀アキは、驚いた表情で反論する。


「――なんであなたの手伝いをしなければならないのよ。アタシはもうあなたの助手じゃないのよ。あなたとは同格の第二研究室の室長なんだから」

「なにを言うか。ワタシから見ればおまえなどまだまだケツの青い青二才よ。室長なんて地位など、おまえにはまだ早いわ。満足にうまい紅茶を淹れられない分際で」

「それはあなたの舌がおかしいからでしょ。アタシが丹精込めて作ったモンブランだってマズいっていう始末だし」

「ふん。万人に受け入れられる食べ物を作れぬようでは、しょせん、おまえのスイーツの遺失技術ロストテクノロジー再現能力はその程度のもの。いい加減、切り上げたまえ。そんなものよりも再現すべき遺失技術ロストテクノロジーはまだまだあるのだからな」

「それが萌え絵だというなら、そっちこそそんなもの切り上げなさい。あんなものの何がいいっていうのよ」

「くっ。芸術というものを理解できぬ残念なオンナめ。これだから、色気より食い気を優先するスゥイーツなオンナは……」


 そして、両者のやり取りがヒートアップする様を、アイは諦観のまなざしで見やる。「……すぐに終わりそうにはないわね、これは……」と。そのあと、


「――あれ? そういえば、ユウちゃんは?」


 第一研究室にいたはずの幼馴染の姿が、いつの間にかどこかへ消えていたことに、アイは気づいた。




 アイの幼馴染である小野寺勇吾ユウゴは、遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の屋上で、市街区島の景色をぼんやりと眺めていた。

 頭上の陽月が夕日のような薄紅あかみを帯びている。

 初夏のそよ風は心地よいが、それを受けている糸目の少年の表情は、それにはほど遠かった。


「……やはり、おびえていたね。アイちゃん……」


 勇吾ユウゴは悄然とつぶやく。『ヤマトタケル』としてアイと出会うと、その度に、アイはおびえた目で『ヤマトタケル』を見る。今日だけで二度出会ったが、二度ともそうであった。小野寺勇吾ユウゴにとって、それはなによりもつらかった。


「……元をただせば、七年前、僕がアイちゃんを……」


 勇吾ユウゴの表情が悔恨の念にとらわれたそれになる。自業自得といってしまえばそれまでだが。だからといって開き直れるほど、勇吾ユウゴは開き直りのいい人間ではなかった。


「――どうしたの、ユウちゃん」


 そんな勇吾ユウゴの背後から、一人の少女が、親しみのある口調で呼びかけて来た。

 聞き慣れたその声に反応した勇吾ユウゴが、身体ごと振り向くと、ツーサイドアップの髪型をした少女が、煙るような表情で見つめていた。


「……アイちゃん……」


 つぶやくように言った勇吾ユウゴのそばに、アイが並ぶと、さきほどまで勇吾ユウゴが眺めていた景色に、視線をむける。それにつられて、勇吾ユウゴもふたたび市街区島の景色を眺めやる。

 しばらくの間、沈黙のそよ風が吹きわたる。

 それを破ったのは、小野寺勇吾ユウゴであった。


「……ゴメンね、アイちゃん……」


 それも、突然の謝罪で。


「……どうしたのよ、いきなり」

「……七年前……」

「……………………」

「……七年前、僕がアイちゃんを置いて逃げなければ……」


 トラウマを負うことはなかったのにと、勇吾ユウゴは言いたかったが、


「――同じことよ」


 アイに中断させられる。


「……どのみち負っていたわ。その人数が増えただけで……」

「……………………」

「……だから、一人で逃げて正解――とは言わないけど、もう気にしてないわ。幸い、あのあと、ヤマトタケルが助けてくれたし、ユウちゃんも先月の事件の時、身を挺してアタシをかばってくれたわ。だから、ユウちゃんも気にしないで。二人のおかげでアタシはケガを負わずに済んだんだから」


 けど、その代わり精神的外傷トラウマを負ってしまったと、勇吾ユウゴは言いたかった。それも、他ならぬ自分が、七年前の時に。先月の事件の時に身を挺してかばったからといって、凛の精神的外傷トラウマが克服されたわけではなかった。だか、それは言えなかった。言えば自分がヤマトタケルの正体だということがわかり、おびえた目で見られてしまう。それは、憎しみの目で見られるよりもつらいことである。それに、なによりも――


「――専業主夫の道が閉ざされるしまうからね」


 二人の幼馴染の後姿を黙然と見やりながら、リンはため息まじりにつぶやく。元々勇吾ユウゴは専業主夫志望で軍人などの荒事は嫌いだったのだが、厳格な母親の猛反対で、条件つきとはいえ、無理やり陸上防衛高等学校に入学させられたのだ。そしてその条件というのも、学年主席で卒業すれば、専業主夫になってもいいという、矛盾と無茶ぶりに満ちた内容であった。アイに正体を知られたら、強くて勇気のある人間だとわかってとても喜ぶに違いないし、周囲に自慢したがるのは想像にかたくない。その実績なら主席卒業も難しくない。条件を満たした以上、晴れて母親公認の専業主婦になれる――


「……わけないのよね。これが……」


 普通、そんな実績と実力をそなわった人材を、専業主夫などという、誰にでもなれる職業に就くことを、アイを始めとする周囲が許すわけがない。勇吾ユウゴの母親はそれを承知の上であんな矛盾した条件を出したのだ。しかも、その条件を提示したのは勇吾ユウゴの父親である。結局、両親ともども、息子を専業主夫にさせる気なと、さらさらなかったのだった。そして、遅まきながらもそのことに気づいた息子は、そんな矛盾した条件を満たす妙案を思いついた。それが、


「――実戦では役立たずで使えない優等生のフリをする――」


 ことである。これなら、主席卒業して専業主夫になっても、周囲は別に引きとめはしないであろう。むしろ、忌避する人間が大半になる。ゆえに、小野寺勇吾ユウゴにとって、将来専業主夫になるには、ヤマトタケルの正体が自分であることの秘匿は絶対条件なのである。この真実を知っている者は、観静リンただ一人で、しかも凛に知られていることは、勇吾ユウゴ本人は知らない。しかし、


(――でも、僕のこんなワガママで、これ以上、アイちゃんが傷ついてしまうなら、いっそのこと――)


 と、勇吾ユウゴ現在いまそんなことを考えている事までは知らない。テレハックで思考を読み取らない限り。むろん、違法行為なので、実行したりはしないが。

 たしかに、どんな志望であろうとも、それがかなうなら、それに越したことはない。だれだって志望と異なる道を歩まされるのはイヤなのだから、その点においてはなんの問題ない。問題なのは、志望に必要な才能がまったくともなってない場合である。小野寺勇吾ユウゴはまさにそれなのだ。専業主夫に徹底的なまでに向いてないのである。ギアプを用いても。そして皮肉なことに、向いているのは、本人が嫌っている軍人といった荒事なのである。そういう意味では、両親が軍人の道を薦めたのは、まぎれもなく正解だった。才能と志望が不一致な現状に、小野寺勇吾ユウゴは、要らぬ苦難を背負っているのである。そして鈴村アイもまた、ヤマトタケルの正体が小野寺勇吾ユウゴであるという事実も知らずに、幼馴染の将来のために尽力しているが、その方向性が異なっているので、どちらも報われそうにないのだった。極めて不幸なことに。


「――ユウちゃんが素直に軍人の道へ進めば、すべては丸く収まるのに。さて、どうしたものかしら――」


 リンは苦笑まじりに気を揉む。むろん、当人たちからしたら大真面目で、決して笑いごとではないが、すべてを知っているリンから見たら、どうしてもそれに徹することはできないのである。


「……アイちゃん。アイちゃんは、ヤマトタケルの正体はなんだと思う?」


 勇吾ユウゴはかなりためらった末に問いかけたのは、それについてどの程度知っているか知りたかったからである。


「もちろん、知っているわ」


 だが、アイは自信満々な表情と口調で答える。


「知ってるのっ?!」


 問いかけた勇吾ユウゴが驚くのも無理はない。当人にしてみれば、手持ちの能力と仕様スペックのすべてを、自分の正体の隠匿にそそいでいるつもりである。多大な精神エネルギーや技能を要する割には、戦闘におけるパフォーマンスがいまいちな精神体分身の術アストラル・アバターを会得したのも、同じ場に小野寺勇吾ユウゴとヤマトタケルを居合わせることで、ヤマトタケルの正体が、小野寺勇吾ユウゴではないことを、ごく自然な形で演出するためなのだから。


「……な、なんなの? ヤマトタケルの正体って」


 勇吾ユウゴは声を震わせながらもふたたびアイに問いかける。

 ごくりと喉を鳴らして。

 それは遠くから見守っているリンも同様であった。

 そして、返って来たのは――


「――須佐すさ十二闘将最強の戦士にて、小野寺家を影から守る裏小野の一族よ」


 であった。


 ズルッ!


 リンはコけた。

 それも盛大に。


「……融合させやがった。ふたつの中二設定を、強引に……」


 リンはフラフラと立ち上がりながらつぶやいた。


「……………………」


 勇吾ユウゴは口を閉ざしたまま沈黙している。それ以外に反応リアクションのしようがなかったからである。


「……そ、そう、なんだ……」


 困惑しながらもたどたどしく応えたのは、だいぶ経ってからであった。


「……ど、どうしてそう思うの?」


 この質問も、けっこうな時間を経過してからである。


「――だって、それ以外に考えられらないんだもの」


 アイは喜々として答える。中二全開である。ヤマトタケルと対面すると反射的におびえるアイも、こういう時や場合なら、その陰をちらつかせることはないようである。


「……いったいどういう思考回路で構成されていたら、そんな断言ができるのよ……」


 リンはめまいを覚える。

 それとは対照に、勇吾ユウゴは胸をなでおろしている。どちらにせよ、ヤマトタケルの正体を見抜かれたわけではないので、この調子なら、今後もその心配はなさそうだと、判断したからである。


「――あ、いたいた、三人とも」


 屋上に上がったその声は、その階段に続く出入口から聴こえたものであった。

 それを耳にした三人は、そこに視線を集中させると、サイドポニーの少女――下村明美アケミの姿があった。


「――なによ、いったい?」


 リンが眉間にしわを寄せてたずねる。視線を好意のカケラもないそれに変えて。連続記憶操作事件解決後に知り合ってから、一度も抱いたことのない感情である。

 そうとも知らず、明美アケミは無邪気な笑顔を三人に振りまいて答える。


「――蓬莱院|が物体探知装置の調整が終わったって」


 それを聞いて、アイは思い出したかのような表情になる。


「――終わったんだ。物体探知装置の調整が」

「――行こう。アイちゃん」


 勇吾ユウゴにうながされたアイはそのあとに続く。


「――リンさんも行きましょう」

「……ええ」


 リン明美アケミから視線を離さずに応じるが、いつまでもそうしているわけにもいかない。視線を階段の出入口へ向かう勇吾ユウゴアイに転じて歩き始める。


「――くっクッくッ。ついに掴んだわ。ヤマトタケルの正体の確証を。これならスクープ間違いないわ」


 三人の姿が階段の下に消えると、下村明美アケミは邪悪な笑みを浮かべて独語するのだった。




「――うむ、来たか。待っていたぞ」


 蓬莱院良樹ヨシキは、第一研究室に戻ってきた四人を迎える。


「――さっそく物体探知装置に座ってくれないか」


 その中の一人、鈴村アイに頼むが、


「……今度こそ大丈夫でしょうね……」


 と、不審に満ちた表情と口調でにらまれてしまう。しかし、にらまれた方はまったく怯まなかった。まるでその認識がないかのように。


「――心配は無用だ。超心理工学メタ・サイコロジニクスの産みの親、飯塚いいづか佐代子さよこの再来と呼ばれているこのワタシは決して同じあやまちを繰り返したりはしない。だから安心するがいい」


 自己陶酔気味に言ってアイを安堵させるのであった。アイはまったく安堵できなかったが、他に方法がない以上、良樹ヨシキの指示にしたがうしかなかった。


「……初めて会ってから思ってたんだけど、本人の娘の前でよくそんな謳い文句が言えるわねェ……」


 リンが呆れた表情と口調で感想を述べる。


「――飯塚いいづか佐代子さよこの娘にそのように褒められるとは、とても光栄だ。ましてや、公認までされるとは、なんて望外なことなんだ」

「……いや、褒めてもなければ公認もしてないわよ。そんな風に受け止められるアンタの神経に呆れているだけで……」

「――いいから早くしてよっ!」


 車椅子を形どった物体探知装置に座ったアイは、不毛な論争に突入しかけるリンを制して良樹ヨシキを急かす。急かされた良樹ヨシキは、慌てる様子もなく準備作業にとりかかる。


「――一応確認しておくが、バッジの想像イメージは前回とおなじ状態を維持しているか」

「――大丈夫。維持しているわ。記憶銀行メモリーバンクにだってバックアップしてあるし」

「――それはいつ頃したのだ?」

「一週間ほど前よ。それがどうかしたの?」

「――なるほど。前回、物体探知装置が反応したのは貴殿がバックアップしたそれであったか」

「……ええ。本人に返す時になっても、忘れたり劣化したりしないように……」


 次々と質問する良樹ヨシキのそれに、アイは次々と答えたり、反問したりする。


「――それよりも、準備は終わったの?」

「――うむ。終わったぞ」


 良樹ヨシキが答えると、椅子の横にあるボタンに手をかける。

 固唾かたずをのんで見守っている勇吾ユウゴリン明美アケミの三人を背にして。


「――では、押すぞ」


 良樹ヨシキがこの場にいる全員に言ったその瞬間――


「――あぶないっ!」


 突如叫んだ勇吾ユウゴ良樹ヨシキをはねのけ、愛をかばうように押し倒す。

 その直後、物体探知装置が、それとおなじサイズの機材に押しつぶされる。

 上から降ってきたのである。

 その機材が、突然。

 第一研究室の一角にあった機材である。


「……な、なんでそれが……」


 思いもよらぬ突発的な事態に、明美アケミは惑乱する。


「――ヒヒヒヒ。惜しいな」


 聞き覚えのある笑い声を耳にして、勇吾ユウゴアイは迅速に立ち上がる。


「――そこの二人も潰したかったんだが、まさかヘタレに阻まれるとはなァ。やってくれるねェ」


 ぶっそうな事を、愉快そうに言ったその男は、黄色を基調としたハデなデザインの身なりをしていた。

 そして、チョビ髭とパンチパーマにサングラスをかけたその容姿は、


「――久川比呂ヒロっ!」


 であった。叫んだアイにとって、見間違いようがなかった。

 勇吾ユウゴリンにとっても。

 ただ、明美アケミだけが、一瞬だれなのか首をかしげたが。


「――ヒヒヒ、その通りだよん。また会ったなァ」


 比呂ヒロはおどけた表情と態度で親しげに挨拶する。


「――返しなさいっ! アタシのバッジを――」


 アイがふたたび叫びを放つ、腰から光線銃レイ・ガンを抜き取ってかまえる。

 それを聞いて、久川比呂ヒロはやれやれと言いたげにかぶりを振る。

 銃口を向けられているにも関わらず、恐怖の色はどこにもなかった。


「――わっかんねェヤツだなァ。ショッピングモールのところでも言っただろ。返せと言われて返す盗賊がどこにいるんだよって。おなじこと言わせんなよ。バッカじゃねェの」

「うるさいっ! わかっていても言わずにはいられないのよっ!」


 アイは三度さけぶ。


「――なっ、なんだね、君はっ!? ワタシの研究室に無断で入った挙句、ワタシの大切な機材を破壊するとはっ! なんてことをするんだっ!」


 良樹ヨシキがとまどいと怒りの声を上げて非難する。この中で久川比呂ヒロと顔を合わせてないのは良樹ヨシキだけであり、久川比呂ヒロに関してもっとも予備知識がない人物なので、その非難は話の流れからいって的外れであった。


「――アタシたちや警察からの追跡を逃れるためよ。物体探知装置を破壊したのは。いくら空間転移能力者テレポーターでも、こればかりはさすがにやっかいだからね。盗品を持っていたら」


 話の流れにそってそれに答えたのはリンである。どうやら久川比呂ヒロは、自身の空間転移テレポートだけではなく、他の物体も空間転移テレポートさせることもできるようである。でなければ、物体探知装置の真上に機材を突如出現させることなどできない。空中に空間転移テレポートされた機材は、重力に引かれて落下し、物体探知装置を押しつぶしたのだ。


「――ヒヒヒ、そっのとおり。けっこう頭いいじゃん、おまえ。そこのわめくだけのバカっぽいオンナとちがって」


 素直に肯定した比呂ヒロは、あざけりの込めたまなざしをアイに向ける。


「なんですってっ!?」


 アイは激怒する。


「――貴様、なぜこの装置の存在と場所がわかったんだっ! これはワタシをふくめたごく少数しか知らないものなんだぞっ!」


 それに呼応するかのように、良樹ヨシキも怒りの声を上げて問い詰める。長い歳月と甚大な苦労をかけて開発した装置を破壊されたのだから、それはひとしおであった。


「――さァ、どうしてかなァ。ま、オレ一人で空間転移テレポートするには必要不可欠な能力とだけ言っておこう。空間転移テレポート以外のな」


 比呂ヒロは優越感にひたった表情で述べる。


「――いったいなんの目的でバッジを盗んだのよっ!?」


 今度はアイが問い詰める。


「――スリルさ」

「……スリル?」


 比呂ヒロの意外な返答に、勇吾ユウゴはオウム返しで問い返す。


「――そうさ。一周目時代の中高生が万引きをする大体の理由とおなじだよ。オレはそれが欲しくて他人の物を盗るんだよ。もちろん、盗る瞬間を見せつけて。でないと、盗られたことに気づかずに追って来ねェじゃねェか」

「……だからあの時、あえて見せつけたのですね。アイちゃんのバッジを盗る瞬間を……」


 勇吾ユウゴが静かな口調で言う。その表情に怒気がみなぎ始める。


「……それじゃ、あの喫茶店でバッジを盗ったのは……」

「――そ。たまたまさ。コーヒーをすすっていると、なんだか騒がしいから、そこへ行ってみたら、それに目がついて実行に移したってわけさ」

「……そ、そんなぐたらない理由で、バッジを……」


 アイの声が怒気に震える。


「……バッジを返しなさいっ! 返しなさいったらァッ!!」

「――だァかァらァ、何度も言わせるなよォ。返せと言われて返す盗賊が――」

「――なら撃つ!」


 そう叫んだ直後、アイは引鉄をひいた。

 粗点を久川比呂ヒロに定めたままの光線銃レイ・ガンの。

 銃口からほとばしった青白色の閃光は、だが、命中しなかった。

 その寸前に消えたからであった。

 標的に定めていたはずの久川比呂ヒロの姿が、突然。


「――空間転移テレポートっ!」


 リンが叫びを上げる。それしか考えられなかった。第一研究室から忽然と姿を消したのは。入室した時もおなじ能力を使用したにちがいなかった。


「また逃げられたわっ!」


 アイは歯ぎしりする。しかし、


「――大丈夫、対策は打ってあるわ」


 リンがなだめるような口調で述べる。


「いつ打ったのですか?」


 勇吾ユウゴがおどろきたずねる。


「アンタたちが警察に盗難届を出しに行った時によ。さァ、今度は絶対に捕まえるわ。アタシたちの手で」


 めずらしく息巻くリンであった。




「――ふぅ、あぶねェ、あぶねェ」


 久川比呂ヒロは冷や汗に似たひと息をつくが、その声に余裕はあった。

 空間転移テレポートした距離はそう遠くないが、分単位で駆けつけられるようなところではなかった。ましてや、空間転移テレポートした先がわからなければ、なおさらである。


「――さすがに光線銃レイ・ガンに撃たれたらひとたまりもねェぜ。たとえそれが麻痺様式パラライズモードでも――」

「――へぇ、それは言いことを聞いたわ」


 聞き覚えのあるそのセリフを聞いた瞬間、比呂ヒロの表情が凍りつく。


「――げっ、おまえらは――」


 遺失技術ロストテクノロジー再現研究所の屋上で振り返った比呂ヒロの目の前には、三人の男女が横一列にたたずんでいた。


 観静リン、小野寺勇吾ユウゴ、鈴村アイであった。


「――いくらなんでもはやすぎるぜっ!」


 比呂ヒロはすかさずその場から空間転移テレポートして逃走する。

 今度はそこから二○メートルほど離れた路地裏の一角である。

 だが、


「なんだとっ?!」


 数秒も経たないうちに三人がその付近に現れる。

 まるで空間転移テレポートしたかのように。


「くそっ! いったいどうなってやがんだっ!」


 捨てセリフを残して、比呂ヒロは三度空間転移テレポートする。だが、空間転移テレポートした先でも、三人は難なく追いついて来ていた。三人の姿を視認するたびに、反射的に空間転移テレポートする久川比呂ヒロ。その繰り返しが何度も続いた。


「――テレポート交通管制センターの所長に会いに行っていたのは、この時のためだったのですね」


 勇吾ユウゴは感嘆のひびきを込めた口調で、路地裏を並走するリンに言う。


「――ええ。ふたつの施設から支援サポートもなく、独力で空間転移テレポートで逃げる相手を追いつめるには、これしかないからね」


 それに対して、リンは会心の笑みで応えた。

 観静リンたち三人が、空間転移テレポートを繰り返して逃走する久川比呂ヒロに追いつけるのは、テレポート交通管制センターから全面的な支援サポートを受けているからであった。

 支援サポートといっても、テレタクのような、限定的な上に手続きや金銭かねのかかるものではない。

 テレタクで空間転移テレポートするには、まず、国土中に設置されてある無数の防犯カメラに、空間転移テレポートする対象者の姿を、テレポート交通管制センターの管制員に対して映さなければならない。それを、対象者からの精神感応テレパシー通信で管制員が確認すると、対象者が希望する空間転移テレポート先の位置を教えてもらい、その位置を確認してから、対象者をそこへ空間転移テレポートさせる仕組みとなっている。

 しかし、テレタクの利用は有料なので、その料金を支払わなくてはならない。空間転移テレポートに必要な精神エネルギーの確保や、空間転移テレポートする距離に比例した運賃の算出作業とその先の安全確認、そしてその支払いと確保した精神エネルギーのやり取りなどの手続きが必要だからである。そのため、手続きには時間がかかり、順番待ちもあって、移動は一瞬でも、手配してから実行に移すまでの時間は一瞬ではないのである。

 ゆえに、テレタクでは、空間転移テレポートで逃げる久川比呂ヒロを追うことは非常に至難である。

 だが、今の三人の空間転移テレポートは、テレタクのような時間のかかる方式や手続きで実行されているわけではない。

 純然にテレポート交通管制センターの機能で対象者を空間転移テレポートさせるだけなら、料金の支払いや空間転移テレポートする距離に比例した運賃の算出作業は不要である。

 順番待ちも、その気になれば最優先させることも不可能ではない。

 空間転移テレポートに必要な精神エネルギーの確保や蓄積も、事前に実施していれば問題ない。

 これらの依頼を、観静リンが、テレポート交通管制センターの所長に対して、事前に実施していたのだ。

 この事態を予期して。

 結果、テレポート交通管制センターによる空間転移テレポートは飛躍的に円滑スムーズになった。

 逃走する空間転移能力者テレポーターを追えるほどに。

 時の人の上に知名度ネームバリューのある観静リンだからこそ実現した効率的な対空間転移能力者テレポーター追跡法である。

 むろん、余計な手間を省いたからといって、テレタクと同様、費用がかかることに変わりはない。そのあたりはひとまずツケにしている。いずれ警察にこの対空間転移能力者テレポーター追跡システムを提示する予定である。ツケの支払いも。

 あとは、空間転移テレポートの繰り返しで逃走する逃走者の精神エネルギーが尽きるのを、追いながら待つだけである。その前に、テレポート交通管制センターの全面的な支援サポートを受けているこちらの精神エネルギーが尽きることはない。個人とセンターが貯蓄可能な精神エネルギーの量に、雲泥の差があるからである。逃走者の精神エネルギーが尽きれば、空間転移テレポートでの逃走が不可能になる。その状態では、両脚を動かすのもおぼつかない。まさに王手詰みチェック・メイトである。


「――これなら捕まえられるわ。バッシを盗んだアイツを――」


 リンの動きに合わせて急停止したアイは、怒りと勝利に震わせた声で確信する。防犯カメラの視界に映る位置に入ったからである。それをそこの防犯カメラで確認した観静リンたち三人専属の管制員は、久川比呂ヒロの姿が映った防犯カメラのそこへ、三人を空間転移テレポートさせる。そしてリンたちがほどなく久川比呂ヒロを見つけると、三人は追いかける。久川比呂ヒロ空間転移テレポートで逃げるが、それで逃げた先には別の防犯カメラがあるので、管制員が検索機能で久川比呂ヒロの姿が映った防犯カメラを検出すると、そことは別の防犯カメラで姿を確認した三人をそこへ空間転移テレポートさせる。

 このような手順の繰り返しで、観静リンたち三人は、テレポート交通管制センターの全面支援サポートの元、空間転移テレポートで逃げる久川比呂ヒロを追い詰めているのであった。

 むろん、無数に点在する防犯カメラにも死角はあるので、そこに久川比呂ヒロ空間転移テレポートされたら、その姿を捕らえることはできない。だが、久川比呂ヒロ空間転移テレポートできる距離は最大でも二○メートルくらいである。もしそうなっても、最後に久川比呂ヒロの姿が確認された防犯カメラの位置を中心に、半径二○メートルの範囲を三人で捜索すればいい。そのための頭数である。そうなった時、久川比呂ヒロが取れる選択肢は二つである。その場に身を潜めるが、そこから空間転移テレポートが両脚で逃げるか。だが前者はいずれ発見されるだけであるし、後者だとみずから防犯カメラの視界に姿をさらすことになる。そうなれば、ふたたび空間転移テレポートでの鬼ゴッコの再開である。どちらかの精神エネルギーが尽きるまでの。むろん、分が悪いのは逃走者である。


「――あれ? 空間転移テレポートしてくれなくなりましたよ」


 勇吾ユウゴが不思議そうな口調で言う。これまで間断なく自分たちをそれで運んでくれたのに、不意に途切れたのだ。


「――どうやら見失ったそうよ、管制員からの精神感応テレパシー通話だと」


 リンがエスパーダに手を置いて説明する。


「――ってことは、この付近に、久川比呂ヒロが――」


 アイが言いながら周囲をみまわす。

 トラック、ショベルカー、コンクリートミキサー、鉄骨の束、組み立て式の足場、簡易トイレ、プレハブなどがある。

 どうやら建築の工事現場のようである。

 四方五○メートル、高さ一○メートルはある仕切りに覆われているので、地上からでは仕切りの向こう側の様子がわからない。

 仕切りから上の景色も、闇夜の支配下に置かれつつあるため、暗くてよく見えない。


「――いったい、どこに――」

「――二手に分かれましょう。アタシとアイちゃんは向こう。勇吾ユウゴはあっちをお願い」

「――うん、わかった」


 勇吾ユウゴがうなずくと、リンはさらに言う。


「――さっき管制員が通報したから、もうすぐ警察が来るわ。それまで逃がさないように目を光らせて。管制員も、この付近にある防犯カメラでこの一帯を監視しているから」

「――ええ」


 アイもうなずくと、三人はリンが言った通りの二手に分かれた。


「……これで、やっとバッジが戻るわ。ヤマトタケルの……」

「……そうね……」


 そう応じたリンの心境は複雑である。ヤマトタケルの正体を知っているだけに。だが、


(――あれ? 待って。バッジの持ち主が勇吾ユウゴなら、アイちゃんだってそれは知っているんじゃ――)


 その事に考えが至り、首をかしげる。

 その時だった。


「動くなっ!」


 アイが叫びを放ったのは。

 リンとは反対方向に光線銃レイ・ガンを構えている。

 二人は今、鉄骨の束と仕切りの間を歩いていた。

 その途中、アイが背後に気配を感じて振り向きざまに光線銃レイ・ガンを抜いたのだった。


「――待ってっ! 撃たないでっ!」


 叫んだその声に、二人は聞き覚えがった。

 鉄骨の束の陰から両手を上げて姿を現したのは、サイドポニーの髪型をした、これも見覚えのある少女であった。


「――アタシよっ! 下村明美アケミよっ!」

「……なんだ、アンタか……」


 アイは失望をあらわにしたような表情でつぶやき、光線銃レイ・ガンを下ろす。


「……なんてアンタがここにいるのよ?」


 リンも親友と似たような表情と口調でたずねる。


「――なにって決まってるでしょ! 取材よ、取材。アンタたちの。スクープはどこに転がっているかわからないからね。とくにアンタたちは。だから密着取材にしたのよ。なのに、突然テレタクでどこかへ行っちゃう上に、どこにいるのかもすぐに掴めなかったから、テレタクでここへ来るのに時間がかかっちゃたわ」

「――だからってねェ、ここまでついてくる必要はないでしょうに。これじゃ、一周目時代に跋扈していたストーカーと同じよ」


 リンが眉をしかめてたしなめるが、明美アケミの表情に反省の色はなかった。


「――とにかく、どこかへ行って。アンタは邪魔な上に足を引っぱりかねないから。記憶銀行メモリーバンクの時のように」


 アイが冷たいまなざしで明美アケミに言うが、


「――それよりも、あのヘタレはどうしたの? アンタたちといっしょに空間転移テレポートしたみたいだったけど」


 明美アケミはそれを無視して二人にたずねる。二人はムッとした表情で何かを言いかけるが、


「――あ、途中で置いてきたのね。そりゃそうよね。士族の子弟の上に陸上防衛高等学校の生徒のくせに、女子にイジメられるヘタレなんだから、いっしょにいても足手まといにしかならないもんね」

『そりゃアンタだよっ!』


 アイリンは口をそろえて叫ぶ。


「……ほっとこう。こんなヤツ。コイツがどうなろうが知ったこっちゃないわ。ユウちゃんのことを悪く言うヤツなんて」

「――そうね。アイちゃんの言う通りだわ。コイツなんかかまっているヒマなんてないし、無視して捜索を続けましょう」


 リンアイ明美アケミに背を向けて歩き出す。それを見て、今度は明美アケミがなにかを言おうとしたその時――


「――んじゃ、好きにさせてもらうぜ」


 突如、明美アケミの背後から男の声が聴こえた。

 驚いたリンアイが身体ごと振り返ると、パンチパーマの男――久川比呂ヒロが悠然とたたずんでいた。

 だが、さらに驚いたのは、三秒前まで両者の間にいたはずの下村明美アケミの姿がどこにもないことである。

 明美アケミの衣服だけをその場に残して。


「――おまえらもしつけェなァ。いいかげんウザったくなってきだぜェ。だから二度とオレを追う気にさせなくしてやるよォ」


 比呂ヒロの口調は相変わらずだか、声調にはいささか怒気が帯びていた。それを感じ取った二人は、心ならずもひるんでしまうが、それでも立ちなおったアイが、光線銃レイ・ガンを構える――

 ――前にたたき落されてしまう。

 アイとの間合いを瞬時に詰めた久川比呂ヒロによって。

 短距離ショート空間転移テレポートで瞬時に詰めたのである。

 その後、比呂ヒロは迅速にアイの手首をつかみ、続いてそばにいるリンの手首もつかんだ。


「――なっ、なにをする気っ!」


 リンはさけぶように問いかけるが、その表情から完全に恐怖を消すことはできなかった。

 それはアイも同様であった。


「――言ったろう。二度とオレを追う気にさせなくしてやるって」


 比呂ヒロはなぶるような口調で答える。


「――そんなことをしてもムダよ。アタシたちが断念しても、警察は決して断念しないわ」


 リンは強気に言うが、比呂ヒロに堪えた様子はなかった。


「――ヒヒヒ。警察サツになにができるってんだ。盗賊一人つかまえられねェ無能集団に。現にこの前の連続記憶操作事件じゃ、みっともない醜態をさらしたじゃねェか」

「……たしかに、否定できないわ。残念だけど。でも、ヤマトタケルなら――」


 アイも気を強く持って言い返す。


「――そうだなァ。そいつならいい勝負ができるかもしれねェなァ。なんてったって、その事件の解決に導いた謎の功労者だからなァ。もしかしたら、今もオレを追ってるかもしれねェ。ショッピングモールの時のように。だが――」


 そう言って比呂ヒロは一拍を置くと、


「――おまえらは邪魔だ。消えろ」




 三人の少女が久川比呂ヒロと遭遇した場所に、小野寺勇吾ユウゴがやって来たのは、それからほどなくであった。

 そこには、三着の衣服が、上から落としたかのように折り重なっていた。

 それらの衣服に、勇吾ユウゴは次々と手に取る。

 それだけではない。

 エスパーダも衣服のうえに落ちてあった。


(――まちがいない。アイちゃんと凛さんと下村さんの服だ――)


 勇吾ユウゴは内心で断言する。だが、問題なのは、この服の着用者たちの姿が、それを残したままどこにも見当たらないことであった。


(――いったいどこに――)


 そう思って勇吾ユウゴが立ち上がったその時――

 背後に気配を感じ、全身を硬直させる。

 三人の少女の気配なら、このような反応リアクションは取らない。

 ただならぬ、そしてどこかで感じたことのある危険な気配だからこそ取った反応リアクションである。


「――なんだ、まだいたのか」


 その気配を発している者の声は、明らかに男性のものであった。

 パンチパーマの男――久川比呂ヒロの。


「……………………」

「――おまえもいっしょに追っていたのか、このオレを。オンナに追われるのは悪くねェが、オトコに追われるのは好きじゃねェなァ」

「……………………」

「――なァ。いい加減あきらめたらどうだ。あんな子汚ねェバッジのために、そこまで必死になるなんてよォ。はっきりいってバカだし、ものすごくダセェぜ」

「――――――――っ!」

「――ほら、わかったらさっさとウチに帰んな。ヘタレはヘタレらしく。今なら特別に見逃してやっから」


 そこまで久川比呂ヒロが言った時、初めて小野寺勇吾ユウゴは振り向いた。

 久川比呂ヒロに。


「――へェー――」


 |相対した比呂ヒロは感嘆の声を上げる。


「――なんだ、おまえだったのか」


 相手の姿を見て言った比呂ヒロの声が低くなる。


「――また会ったな。ヤマトタケル」


 ツリ目にオールバックの髪型をした少年の呼称を、比呂ヒロは使った。


「……三人はどうした?」


 静かな声で問うた時になって初めて、ヤマトタケルは久川比呂ヒロと向かい合った。


「――安心しろ。こう見えてもオレはフェミニストなんだ。暴力を振るったりしてねェさ」

「……つまり、生きていると」

「――おいオイ。オレはそこまで残虐じゃねェぜ。ひでェ偏見だなァ」


 言いながら比呂ヒロは横にある鉄骨にてを置く。


「――鈴村を物体探知装置もろとも機材で押し潰そうとしたヤツがなにをほざく」


 タケルも言いながら光線銃レイ・ガンの銃口を相手に向ける。


「――へェー、おまえもあの場にいたんだ」

「……………………」

「――ということは、ウワサは本当だというわけか。なら、合点がいくぜ」

「……もう一度訊く。三人はどうした?」

「――そんなに会いたいのかよ。あの状態の三人に。おまえも案外ス――」


 と、そこまで言ったところで、久川比呂ヒロ空間転移テレポートした。

 その直後、一瞬前までいた比呂ヒロの空間を一条の閃光がつらぬく。

 タケルが撃ち放った光線銃レイ・ガンである。

 すんでのところで躱されたのだ。

 と、同時に、タケルの頭上になにかが落ちてくる。

 それは、両者のそばにあった鉄骨の束のうちの一本であった。

 左右にサイドステップするには空間スペースがなく、前後に動いても躱しきれない。

 このままでは押し潰されるそれを、タケルは光線剣レイ・ソードで一刀両断してやり過ごした。

 両断された鉄骨が地響きを立ててタケルの前後でバウンドし、土煙が高く舞い上がる。

 それにより、両者はともに相手の姿を見失ってしまう。

 しかし、ヤマトタケルは、土煙が収まる前から、鋭い目つきで周囲に視線をめぐらしていた。

 いつでも光線銃レイ・ガン光線剣レイ・ソードを繰り出せる態勢で。

 視界は完全に鮮明クリアになる。

 だが、


「――ムダだぜ。そんなことしても」


 タケルの背後に空間転移テレポートした比呂ヒロが告げた。そして、比呂ヒロがタケルに触れた瞬間、タケルの姿は消失した。

 空間転移テレポートされたのである。

 比呂ヒロによって、空高く。

 タケルは二○メートルの高さから地上に叩き落された。

 受け身が取れたとしても、その高さでは、落下の衝撃を完全に吸収するにはほど遠かった。

 さらに、


「――ほら、もう一度」


 比呂ヒロによってふたたび空中に空間転移テレポートされた。

 それは、あと三度ほど繰り返された。


「――ヒヒヒ。他愛もねェ」


 地面に伏したまま微動だにしないタケルを見下ろして、比呂ヒロはあざけりと余裕の笑みを浮かべてつぶやく。


「――空間転移テレポートしかできねェと思ってあなどったな。使い方次第ではこういう戦い方でダメージを与えることだってできるんだぜ。ま、この場合、物に触れないと空間転移テレポートさせられねェが」

「…………………………」

「……おや? 返事がない。もしかして死んじまったかな?」


 比呂ヒロがわざとらしく聞き耳を立てた時、慌ただしい喧騒が仕切りの向こう側から聴こえてきた。


「――チッ、警察サツか。無能のくせに、相変わらずウザってェ連中だぜ」

 比呂ヒロが舌打ちする。

「――それじゃ、さっそく空間転移テレポートでトンズラするか。今度は防犯カメラに映らない場所を選んで」


 そう言って久川比呂ヒロはその場で空間転移テレポートした。

 警察が電灯様式ライトモード光線剣レイ・ソードでその場を照らしたのは、その直後のことであった。

 そこには三人分の衣類しか見つからなかった。

 ヤマトタケルの姿も。

 だが、




「……う、うーん……」


 アイはうめきながら目を覚ました。

 あおむけに横たわっていたアイの視界が鮮明になると、照明が設置された白い天井が見えていることを認める。

 だが、それでも、現在の自分が置かれた状況と事態を把握できてないでいる。


「……たしか、アイツの手首を捕まれた後……」


 ……のところの記憶があいまいであった。右耳に触れると、エスパーダがないことに気づく。なぜ無いのかはわからないが、これでは記憶があいまいになるはずである。そして、意識がぼんやりとした状態のまま上体を起こすと、


「キャアアアアアッ!」


 身に着けていた自分の衣服もないことにも気づき、思わず悲鳴を上げる。


「――どっ、どうして裸なのよっ!」


 叫びながら、これも反射的に両腕で胸を隠す。それにより、ぼんやりとしていたアイの意識が鮮明になる。

 これ以上ないくらいに。


「――アイツに空間転移テレポートされたのよ、この鏡張りの部屋に、アタシたちの衣服やエスパーダを残して」


 それに答えたのはリンであった。アイのそばに座っているリンも、一糸まとわぬ姿であった。


「――この部屋、どこにも出口がないわよ。これじゃ、脱出できないじゃないっ!」


 不満の声を上げたのは明美アケミであった。明美アケミもまた二人の女子とおなじ状態で、鏡張りの部屋の壁を叩いて回っている。監視カメラが設置されてないからなのか、それとも羞恥心というものがないからなのか、大事なところを隠そうともせずに動き回っている。


「――いったいどこなのよっ! ここはっ!」


 結局、出口が見つからなかった明美アケミは、憤慨の声を鏡張りの壁にぶつける。ついでに拳もぶつけようとしたら、


(――ヒヒヒヒ。いい光景だぜ)


 突如ひびいた下品な男の声に、思わず急停止する。

 聞き間違えようのないその笑い声は、久川比呂ヒロ以外の何者でもなかった。

 それも、音声ではなく、精神感応テレパシーによるものであった。

 テレハックではないので、思考を読み取られる心配はないが。


(――やっぱいつ見ても一〇代のオンナのハダカは最高だなァ。ものすごく興奮するぜェ――)

「――やっぱりアンタだったのね。アタシたちをこんな姿で監禁したのは」


 リンが叫びながらも、肌の露出を少なくしようと身を縮こませる。アイも身を縮こませながらリンと身を寄せ合い、少しでも隠し合う。明美アケミもさすがに見られていることを悟って慌てて二人に合流する。だが、どこから見ているのかわからない。カメラの類はどこにも見当たらないが、自分たちの姿が比呂に見られているのはたしかである。おそらく、何らかの能力で。


(――ヒヒヒヒヒ。いいねェ。その仕草。ますます興奮するぜェ。このためだけに作ったオレ特製の部屋なんだからな)

「――この変態っ!」


 アイが当然の感想をさけぶ。


「――はやくアタシたちを解放しなさいっ!」


 続いて明美アケミも要求する。

(――いいのか。それだけの要求で。もしオレが素直にしたがったら、おまえたら公衆のど真ん中で開放することになるんだぜ。全裸で――)

「――あ、待ってェッ! その前に着るものを寄こしてっ!」

(――うーん。どうしようかなァー。オレとしてはこのままがいいんだけど――)


 比呂ヒロの口調は明らかに相手をもてあそぶそれであった。


「お願いよっ!」


 そうとわかっていても、もてあそばされざるをえない明美アケミの姿は、いっそあわれであった。


(――そうだな。二度とオレを追いまわさねェって約束するんなら、要求をのんでやってもいいぜ――)

「うん、わかった。二度と追いまわさないっ! だから服と開放をお願いっ!」


 明美アケミは即座に承諾するが、


「ちょっと待ちなさいよっ! なに勝手に一人で話を進めてんのっ!」


 アイが制止をかける。


「アタシはイヤだからね。こんなヤツに屈するなんて。バッシを返さないかぎり、絶対に許さないんだからっ!」

「こんな時になに言ってるのよっ! そんなものよりも服と開放が最優先でしょうがっ!」

「そんなものってなによっ! アレはアタシにとってとても大切なバッジなのよっ! アンタにとってはただのバッジでもっ!」

「いいから黙っててっ! ジャーナリストとして数々の難しいインタビュー承諾の説得を成功させてきたアタシの交渉力で、なんとか事態を好転させるんだからっ!」

「――ムダよ、そんなことをしても」


 達観とも諦観ともつかぬ口調で断言したのはリンであった。


「――アイツにそんな気なんてないわ。最初ハナっから。操り人形のように限界までもてあそばれるのがオチよ」

(――おおぉっ、わかってるじゃねェか。さすが超心理工学メタ・サイコロジニクスの産みの親の娘だぜ――)


 比呂ヒロが悪びれもなく言ってのける。


「ええェ~ッ! そんなァ~ッ……」


 それを聞いて、明美アケミは激しく落胆する。


「――それじゃ、アタシたちはいつまでこんな姿でここに監禁されていればいいの? まさか死ぬまでっていわないよね」


 リンが嫌悪のこもった声で問いかける。


(――ははっ。まさか。オレはそこまで無慈悲じゃねェぜ――)


 比呂は笑いまじりに言う。


(――そこで裸踊りをすれば服つきで開放してやるぜ。それも、全身がくまなく見えるような激しいダンスをな――)

「……正真正銘のクズね、アンタ。どうりで武士の道をはずすわけだわ……」


 リンは嫌悪に加え、怒気を混合した声で吐き捨てる。


(……テメェ、調子にのんなよ……)


 そのあと、比呂ヒロの口調が一変する。


(――オレを怒らせねェ方がいいぞ、オイ。その気になれば、これまで見聞記録ログで録画していたそこの部屋の様子を、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークにバラ巻いてもいいんだぜ。それでもいいのか、ええ――)

「……………………」

(――あと、オレを元士族扱いすんな。オレは好き好んで士族に生まれたわけじゃねェんだ。なのにオレを士族扱いして、他の士族と比較してなにかと優劣をつけやがる。はっきりいってうんざりなんだよォ。おちこぼれ士族としてはなァ――)


 今度は嫌悪を込めて吐き捨てる。


(――だから士族の称号を剥奪されて、むしろせいせいしてんだ。好き放題しても口うるさく言われずに済んで。それに加えて、口うるさい両親おやもくたばったから、思いっきり羽根を伸ばせるってもんだぜ……)

「……………………」

(――士族ってホント不自由な身分だぜ。やりたいこともできず、武士道なんていう、守る意味も必要もない無意味な自分ルールに縛られ、エンジョイすることも知らねェなんてよォ。あのヘタレも、そんな武士道なんか捨てて自由に生きりゃいいのに、よっぽど両親おやが怖いんだろうな。まったく、オレと同様、かわいそうなヤツ――)

「――ユウちゃんをアンタといっしょにしないでっ!!」


 激昂の声をはり上げたのはアイであった。


「――ユウちゃんは士族の家として、ユウちゃんの両親の間で生まれたことを一度だって後悔したことはないわっ! むしろ誇りだと思って頑張っている。身分や両親に嫌気がさして道をはずしたアンタと比べたら、ユウちゃんの方がはるかに立派だわっ!」

「――ちょ、バカ、鈴村。アンタなに相手を刺激するようなマネを。止めなさいって」


 明美アケミアイを制止しようとその口をふさぎかけるが、思いっきり振りほどかれてしまう。


「――それに、ユウちゃんは須佐すさ十二闘将の一人なのよ。そして、ヤマトタケルは、その中では最強の戦士っ! いくらアンタでも勝ち目は――」

(――あったんだな、これが。ほれ――)


 比呂ヒロが語を継いだ直後、鏡張りの部屋の隅に一個の人体が突如出現した。

 久川比呂ヒロ空間転移テレポートで転送したものである。

 その人体はオールバックの髪型をした――


「――タケルっ!」


 であった。

 アイは自分の裸体状態であることも気にせず、横たわっているオールバックの少年に駆け寄る。


「――タケルっ! しっかりしてっ! タケルっ!」


 そして声をかけながらタケルの身体をゆするが、反応はない。


(――ヒヒヒ。ホント、他愛もなかったぜ。空間転移テレポートで上から落とすのを繰り返したら、そのザマさ――)


 比呂ヒロ嗜虐的サディスティックな笑いを交えて説明する。


(――残念だったな。最後の希望が断たれて。なにが須佐すさ十二闘将最強の戦士だ。この中二オンナが――)

「……………………」

(――いずれにしても、これでようやく専念できようになったってわけだ。テメェらのようなウザい邪魔者を気にせずにな――)

「――専念? 今度はいったいなにをする気っ!?」


 リンが鋭い声で問いかける。


(――盗賊なら一度はやってみたい事さ。オレも前々からやってみたかったんだ。警察との鬼ゴッコはさすがにもう飽きてきたし――)

「……要は新たなスリルを求めてのことなのね。それって……」

(――そうさ。最初は生きるためだったが、そのうちだんだんと楽しくなってな。もう止められなくなっちまったのさ。ましてや、超常特区の恩恵のおかげで、空間転移テレポートなどの能力が開花したんなら、なおのことだ。これで警察に捕まる心配はなくなっちまったんだからな。超常特区さまさまだぜ――)

「……………………」

(――だからオレは新たなスリルを味わいに行ってくるぜ。それまでここでおとなしくしてるんだな。それも、今度はどんな辱めを受けるか楽しみにしながらなァ。ヒヒヒヒヒ――)


 下品な笑い声を残して、比呂ヒロ精神感応テレパシーを切った。


「……アイツめ、今度はなにを……」


 リンは低い声でつぶやくが、引き続き意識不明なヤマトタケルを呼びかけるアイの声が耳に入り、そのことを思い出すと、リンもヤマトタケルの元へ駆け寄る。そして、脈と呼吸をはかるが、


「――これは――」


 と、おどろきの声を漏らす。


「――どうしたの? リンちゃん」


 ただならぬ反応に、アイが息をのむが、


「……ちょっと。アンタなにやってるのよ……」


 タケルの頭に手を置こうとしている下村明美アケミに、不審と嫌悪を混合した声で問いかける。


「――もちろん、ヤマトタケルの正体を『接触接続タッチアクセス』であばこうとしてるのよ。こんなチャンス、滅多にないからね」


 答えた明美アケミは、タケルの頭部に置こうとしている手をあらためて二、三度開閉させる。


「――さァ、本当はどんな人なのかなァ――」


 そして、好奇心にうずかせた声で言いながら手を置いたその時、


 バシッ!


 アイに頬を思いっきりはたかれ、転倒する。


「――なっ、なにをするのよっ!」

「それはこっちのセリフよっ! タケルが死にかけているっていうのに、そんなことをするなんて、不謹慎にもほどがあるわっ!」

「……よくも手を上げたわねェ。ジャーナリストであるアタシに。もう許さない。今のこと、記事にしてやるっ! それもトップで。パパでさえ上げたことない手を上げたことを後悔させてあげるわっ!」

「ええ、好きにしなさいっ! 記事にでもなんでもっ! こっちも好きにするからっ!」


 叫んだ愛はふたたび手を上げるが、


(――大丈夫よ、アイちゃん――)


 リンのなだめるような精神感応テレパシーの声を聞いて、その手を止める。


(――大丈夫ってなにを? リンちゃん――)

(――タケルのことよ。彼は無事よ――)

(……無事って、その状態じゃ、とてもそうには……)

(――これはちがうわ――)

(……え!?)

(――これはタケルじゃないわ。タケルが精神体分身の術アストラル・アバターで作り出した精神アストラル体よ――)

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