第8話 死闘と想いの果てに
鈴村
気まずい
それは、無縫院
それは観静
とはいえ、内心でどう思おうとも、永遠に黙り続けるわけにいかないのは、両者とも承知している。にも関わらず口を開こうとしないのは、言い出す
だが、永遠に続くと思われた気まずい沈黙は、ついに破られた。
拘束作業の手を休めずに、それは紡がれた。
「――鈴村、アンタが小野寺を嫌ったり憎んだりする気持ち、わからないでもないわ。イジメたくなる気持ちも。でも、それは裏を返せば――」
「わかってるわっ!」
それを合図に、二人の拘束作業の手が止まる。
「……わかってるわよ。そのくらい……」
「……………………」
「……でなければ、一度目の記憶操作をされるまで、ずっとイジメ抜いたりしないわ」
「……鈴村……」
「――そうだよね。もし七年前のあの出来事で、本気で小野寺のことを見放したのなら、そんな事しないもの。アタシなら、その時点で幼馴染の縁を切って、永遠に無視するわ。最初から存在なんてしていなかったかのように」
「――イジメる事で、あの時のウサを晴らすと同時に、うながそうとしてたのね。小野寺の成長と勇気を――」
端から見れば決してほめられたやり方ではないが、効果が望めないわけではない。女にイジメられる事は、男のそれよりもはるかに屈辱的なことである。そうすれば、それをバネに克服しようと一生懸命努力する。そして、いつかはそれで自分の汚名を返上すると思っていたのだが……
「……でも結局、今回も返上しなかった。事が済んだあとにノコノコとアタシの前に現れただけで。そして、それに対する言い訳も、成長の兆しや勇気を振りしぼった様子もなかった。これじゃ、七年前とおなじじゃない……」
「……どうしてなにも言わないのよ。どうしてイジメられてもなにひとつ抵抗しないのよ。アタシにいじめられるのがイヤなら、アタシから逃げればいいじゃない。その機会はいくらでもあったのに、どうして自分からアタシに近づこうとするのよ。陸上防衛高等学校の入学にしたって……」
そして、胸中にわだかまる疑問が次々とわき上がる。それに対して、
「――アンタを元気づけるためよ」
と、静かな口調で答えた。
「……アタシを、元気つける、ため?」
「――そう。アンタのことについては、小野寺から聞いてるわ。一度目の記憶復元治療で、アンタの記憶を元に戻す際ににね。アンタが小野寺をイジメる理由も、その時に知ったわ。そして、それを黙って受け続ける真意も」
「……………………」
「――アンタから離れたら、アンタは一人で苦しむことになる。七年前の事件に巻き込まれた一連の
「――――っ!」
「――アタシ、疑問に思ったわ。記憶操作のおかげでせっかくアンタからの風当たりが弱くなったのに、アタシに出会うまで、アンタの記憶を元に戻そうと奔走していたのよ。どう考えても双方にとって不幸にしかならないのに、どうしてそんなことをするのか、その理由を小野寺にたずねたら、こう答えたわ」
「……どう答えたの?」
「――
「――――――――っ!!」
「――例えそれがどんなにつらくて苦しい記憶でも、そこから目を背けたらいけないって。それは、自分が犯した罪を認めない事と同じ意味だって。だから、そこから逃げずにむき合って生きなければならないって」
「……あいつが、そんなことを……」
「――ま、考えと姿勢は立派だけど、だからといって女の子を見捨てて一人で逃げたのは、やはりどう考えてもいただけないわね。それまで仲良くしていた反動で、アンタが小野寺をイジメたくなる気持ちは、アタシにもわかる。だから、あいつを許してあげてとは言わない。けど、せめてわかってあげてはくれないかな」
「……………………」
「――観静は、どうして協力したの?」
「――協力?」
「アタシの記憶を取り戻そうと奔走してた小野寺に対してよ。どんな
「……………………」
今度は
十日ほど前、観静
自分の母親の研究成果と名誉を、無縫院
母親と離婚した父親とは折り合いが悪く、この事を話しても無関心であった。
他に頼るべき人もなく、その事に頭がいっぱいだったこともあって、二桁の年齢にすら達してなかった観静
それでも、有力な
それは、中学の時に知り合った龍堂寺
説得に失敗した観静
だが、情報漏洩防止のためとはいえ、記憶操作装置の使用は、母親から研究成果を盗んだ卑劣な『犯人』と同じムジナになることを意味していた。観静
(……相手さえこっちの話を信じてくれたら、こんな事する必要はないのに……)
そのようなわけで、母親の名誉をとりもどすために取った観静
その間、無縫院家は、栄華をほしいままにし、それは『犯人』である無縫院美佐江が死去しても続いた。後を継いだ娘の無縫院
むろん、彼らは無縫院
陸上防衛高等学校に入学した観静
だがそれは、同じ高等学校に入学した小野寺
それに、なによりも、記憶復元治療装置の存在を知ったら、訊かずにはいられなくなるであろう。どうして観静
だが、小野寺
鈴村
それに対して、小野寺
むろん、それで納得する観静
だが、これに対しても、小野寺
「――だって、とてもいい名前だから。記憶復元『治療』装置って。そんな名前をつける人が、悪い人だなんてとても思えないよ」
と、答えたのだ。
その言葉に、観静
いずれにせよ、
「――ねェ、どうしてなの、観静」
「……手が止まってるわ。続けるわよ」
だが、
「ええェ~ッ。そんなこと言わないで答えてよォ」
「――それよりも、アンタ、今度小野寺と対面したら、どういう態度で接するつもりなの?」
強引に話題を変えて来た観静
「――これまで通りイジメ続けるの? それとも、あの事件が起きる前までの仲に戻るの?」
「……そ、それは……」
言いよどむ
「――ま、ゆっくり考えることね。今回の事件が終わったら――」
「……う、うん……」
(……どうしたらいいんだろう、アタシ……)
だが、その脳裏では、幼馴染である糸目の少年のことで揺れに揺れていた。
頭がいっぱいとも言える。
ゆえに気づかなかった。
「――鈴村っ!」
「――さぁて、もう逃げ場はねェぜ、無縫院」
ヤマトタケルは、目の前にいるストレートロングの少女に宣告する。
部屋の中央には、人間のおよそ一〇倍の体積はある直方体の
それを背に、無縫院
遠距離射撃戦に適した間合いである。
「――あいつを傷つけたあの野郎にもうらみがあるが、
タケルは憎悪と怨念を丹念にすりつぶした声調とまなざしで無縫院
「――それはわらわのセリフじゃ! よくもわらわの『天皇簒奪計画』を邪魔立てしてくれたな。そちこそ
だが、
「――はんっ! なにが『天皇簒奪計画』だ。笑わせるな。鈴村みてェなネーミングセンスしやがって。てめェのどこにこの国の支配者としてふさわしい資格があるってんだよ」
それに対して、ヤマトタケルはせせら笑う。
「なにを言うかっ! わらわには
「――功績が聞いてあきれる。
「~~なんじゃとォ~~」
「――しょせんてめェは中身がカラッポの人間なんだよ。
ヤマトタケルのさらなる毒舌と挑発に、無縫院
「~~殺してやる。殺してやるぞ。わらわを否定する輩は、みな殺しにしてやるゥ~~」
「――やれやれ。さっそく不殺から必殺への方針転換かよ。ブレまくりだな、オイ。そんなんで今後の第二日本国を統治できるとでも思ってんのか。感情にまかせて物事を決定するのは、オンナの悪いクセだぜ」
「だまれっ! このクソガキがっ! いい加減にしねェとマジぶっ殺すぞっ!」
「――そっか。なら、オレも必死に抵抗しねェとな。でないと殺されてしまう」
わざとらしく言いながら、ヤマトタケルは右手に持つ
無縫院
「――白兵戦でこのオレに勝てるとでも思ってるのか。もっとも、遠距離戦を仕掛けても結果は同じだと思うけど」
それを見て、ヤマトタケルはあざけりの調子を込めて忠告する。
「――たしかに、白兵戦では、おぬしや久島に遠く及ばぬ。ギアプを用いても。わらわとおぬしでは身体能力に差があり過ぎるからのう。じゃが――」
含みのある事を言って、
端末孔を相手に向けて。
(――
タケルは推測するが、危機感は抱いていなかった。こちらには
だが、そこまで考えたところで、タケルの脳裏に不吉な警告音が鳴りひびく。
ましてや、ヤマトタケルが逃走した無縫院
ヤマトタケルの予感は的中した。二本の端末が、無縫院
「――!?」
ヤマトタケルは声のないおどろきの声を上げると、同時に、その場からバックステップして離れる。一瞬前までいた空間を、二条の青白い閃光が、別々の方角からそれぞれ貫く。
その軌跡は十字を描いていた。
「――『
無縫院
だが、それだけに、使用者に要求される
「――
タマトタケルは疑問の声を発する。別々の方角から発射して来る二基の
「――それはのう、これのおかげじゃ」
そう言って
それは、
それを見て、タケルは瞬時に気づく。
どうやら無縫院
「――あとは
「――だから中央端末室では使わなかった、いや、使えなかったんだな。そこにはそんな機能がある機器は設置されてねェから」
「――そうじゃ。だからおぬしをここにおびき寄せたのじゃ」
「……なるほど。つまり、オレはまんまと
相手の攻撃をしのぎながら、タケルは自嘲気味に得心する。自分自身をエサに、ヤマトタケルを
しかし、それでも、ヤマトタケルは、一瞬にしてこの罠を噛みやぶる方法を思いつく。
「――アレと一体化してるってことは、そこを狙えば――」
言いながら、ヤマトタケルは、二基の
だが、タケルが撃ち放った青白色の閃光は、相手にとどくその直前、八方に拡散・消滅する。
まるで不可視の壁に衝突したかのように。
「――ビーム
タケルは思わずさけぶ。これを張られては、相手に光学兵器系の攻撃はいっさい受けつけない。しかも、その範囲は
「――フフフフフ。残念じゃったのう。この程度のことは想定の範囲内よ」
「――ちっ、まいったなァ、これは――」
タケルの表情と声にあせりの汗がにじみ出る。噛みやぶるにはあまりにも硬い罠だった。
「――じゃが、反撃する余裕があったとは、少し意外であったわ。なら、わらわも少し本気を出すとしようかのう」
余裕に満ちたつぶやきを漏らすと、無縫院
「――げっ!? まさかっ?!」
新たに追加された
「――いけっ!」
「……くそっ、このままじゃジリ貧だぜェ……」
タケルは焦慮と苦悶をないまぜたつぶやきをこぼす。いくら複数の動作を同時に実行ができる
「――フフフフ。どうじゃ。六基の
「――恐れ入ったかえ。この第二日本国の支配者となるわらわの実力に。これで思い知ったのなら、大人しくわらわの支配下に収まるがよい。そして、前言を撤回するのじゃ。わらわには何もないという前言を。そうすれば、命だけは助けよう」
「――はんっ! 誰がてめェの支配下になるかよっ! 中身カラッポのてめェなんざにっ!」
タケルは吐き捨てるような口調で、相手の降伏勧告を、前言撤回の要求もろとも拒絶する。網目のように射出される六基の
「――なにが『
「だまれっ、下郎がっ!」
「――キサマに何がわかるっ! 『偉大な母の娘』としかわらわを見ぬキサマにっ! わらわだっておのれを高めるために懸命に努力をしたのじゃっ! じゃが、愚民どもは、わらわが偉大な母の娘だという理由だけで、わらわの努力を全否定する。わらわが立派な人間になれたのは、わらわ自身の努力ではなく、親譲りの才能と血筋のおかげじゃと、愚民どもは信じて疑わぬのじゃ。これまでわらわを褒め称える人々と接し続けて来て、それがよくわかったわ。わらわの真価はそんな親の七光りではないというのに……」
「……このままでは、わらわは未来永劫、偉大な母の影から逃れられぬ生涯と死後を送ることになる。後世の歴史家も、偉大な母の七光りを受けただけの、ごくありふれた名家の娘としてしか、わらわの名は歴史に残さぬじゃろう。偉大すぎる母の光彩に惑わされて。じゃが、母をうらむ気は毛頭ない。うらむのは、わらわを理解せず、わらわ自身を見ようとせぬ愚民どもじゃ!」
激しさが増した
「――この屈辱を晴らすには、わらわ自身の偉大さを思い知らせるのが一番じゃ。じゃが、わらら自身がそのように努力しても、だれもそうは思わぬ。わらわが偉大な母の娘だと記憶しておる限り。なら、その記憶を変えてしまえばよい。母から受け継いだ記憶操作装置を使って。そして、その
それはもはや、六基の
「――この計画が達成すれば、二度とわらわをそんな目で見なくなる。そして今後、天皇となったわらわの権威や名誉を汚すような記憶は、記憶操作で容赦なく消去する。愚民どもはただわらわのみ崇拝しておればよい。わらわの母ではなく。崇拝せぬ者は、これも記憶操作で無理やり崇拝させる。わらわは支配者なのじゃ! 気に食わぬ記憶を所有しておる者は、一人残らず書き換えてくれるわっ!」
「――けっ! なにが支配者だっ! 何度も笑わせるなっ!」
それに対して、タケルが負けじと言い返す。相手の攻撃を次々とさばきながら。
「――結局てめェも、てめェの言葉を借りれば、歴史上よく現れる典型的な独裁者じゃねェかっ! 支配の方法が恐怖ではなく記憶操作なだけでっ! はっきり言って陳腐なんだよっ! その視点から見ればなァッ!」
タケルは六基の
「――それに、そういった都合の悪い記憶は、忘れたり消したりするもんじゃねェッ! 克服するもんだっ! どんなに悲しくても、死ぬほどつらくても、それを背負って生きていく。それが人間のあるべき生き方なんだよっ! 少なくても、オレはそのように実践している。そのオレが、自分のつらい記憶や現実から逃げた臆病者なんかに負けるわけねェだろうがっ!」
左右からせまり来る青白色の二閃を弾き流したヤマトタケルの心に、過去の記憶が去来する。
七年前の辛い記憶が。
「――第一、てめェのお袋は、卑劣にも、観静のお袋さんが挙げた成果を奪った只の盗っ人じゃねェかっ! そいつのどこが偉大なんだよっ! その娘にいたっては、その程度のことで努力を放棄したあげく、
「だまれェッ!」
「だれが黙るかよっ! そんなヤツは
タケルはそれ以上の声で言い返す。
「黙れ、だまれ、ダマれぇっ! その長講なへらず口、二度と叩けぬようにしてくれるわァッ!!」
ヒステリックに叫んだ無縫院
「――うおぉっ! さすがにその数はさばき切れねェぞ、オイ」
一ダースとなった
「――だが、だいたいの間合いはつかめたぜっ!」
回避や防御の手を休めずに、タケルは隙を見て後退し、相手との距離をさらに取る。
そこへ、
しかしそれは、ヤマトタケルが展開した
「――へっ! やはりな」
タケルは確信した。タケルが
「――片手で事足りる分、もう片手が空いたぜっ!」
タケルは
「――愚かよのう。ビーム撹乱幕の前には、
タケルが放った閃光は、一基の
まぐれではない。しっかり狙って
「――なっ?!」
驚愕する
「――前方しか展開しなくなった分、
タケルは歓喜に似たさけびを放つ。
というわけで、タケルは前方から降りそそがれる青白色の
「――くっ!」
「――ならァッ!!」
「――なっ?!」
難なく貫通され、右肩に命中する。その衝撃でヤマトタケルの身体は後方に吹き飛び、背中から背後の壁にたたきつけられる。だが、そのまま床にずり落ちず、何とか両足でダメージのある身体を支えたのはさすがである。
「……くっ、なぜだ……」
負傷した右肩を、
「――さすがに『
「……『
それを聞いて、ヤマトタケルは理解する。無縫院
「……さて、わかったのはいいが、これからどうするか……」
壁から背中を離したヤマトタケルは、ふらつく身体をどうにか支えながら
「――しぶといのう。じゃが、これで終わりじゃ。さァ、死ぬがよい。ヤマトタケルっ!」
それを見て、ヤマトタケルは走り出す。
一点に集中させた青白色の火箭は、標的の移動によって狙点を外されてしまい、そのまま空を切って背後の壁を貫く。それでも、一本の火箭だけは標的の射線上にあったが、それは
「――しまったっ!」
無縫院
タケルは空中に制止したままの
「――あまいわっ!」
無縫院
「――もらったぁっ!」
「――なんじゃとっ?!」
今度は驚愕の声を、
「――てめェが張ったビーム撹乱幕だろうがっ!」
タケルはさけび返す。タケルはすでに
「――こっちこそもらったぜっ!」
タケルは勝利を確信した咆哮を上げると、十手
「――ビーム撹乱幕の中で
それを見て、
「――さァ、これでどうやってわらわをたお――」
だが、その後に続く問いかけのセリフは、最後まで言い終えることができなかった。
顔面を殴打されたからであった。
ヤマトタケルの右フックで。
無縫院
同時に、ヤマトタケルの背後に展開していた六基の
「――だったら物理で殴るまでさ」
命よりも大切な少女の顔面を殴った右拳をさすりながら、ヤマトタケルは言ってのける。
「――命よりも大切な記憶をメチャクチャにした報いだ。ざまァみろ」
そして、唾でも吐きかけるかのようにつけ加える。
「――終わったな。すべてが……」
しばらく経ってから、感慨にふけるようにつぶやいたその時、
(――タケル――)
オールバックの少年を呼ぶ声が脳内に響いた。
観静
だがそれはエスパーダによる
(――どうした、観静。わざわざ
(――したくてもできないのよっ! エスパーダを奪われてっ!)
(――奪われた? いったいだれに――)
(――いいから早く来てっ! 中央端末室にっ! 今ヤバいことに――)
そこまで言った後、
(――オイ、どうしたんだ? オイ――)
ヤマトタケルは返事をうながすが、応答はない。
「……なにかあったな」
深刻な表情でそのように判断した時には、すでにその場から駆け出していた。
なお、
中央端末室は、手足を縛られた黒ずくめの少年たちが、室内中に散乱していた。
大半は気絶しているが、中には目を覚ました者もいる。さいわい、その者は手足を縛られているので、身動きが取れずにもがいている。
だが、一人だけ、気絶してもいなければ、手足を縛られてもいない者がいた。
「……てめェ、おとなしくお寝んねしてなかったのかよ。そのまま永眠すればよかったのに」
中央端末室へ駆けつけて来たヤマトタケルは、苦々しい表情と口調で問いかける。
室内の中央で立っている、覆面をしていない黒ずくめの少年に。
「――だれが永眠なんかするかよっ! この腐った世の中を変えるまで、オレは何度でもよみがってやる。地獄の底から這い上がってでもなァッ!」
『――タケルっ!』
「――さァ、起動
「――さァ。渡せっ! でないと、こいつがどうなっても知らねェぞっ!」
「――ちっ。またかよ。よく人質を取る連中だぜ。
タケルは嫌悪をこめて舌打ちする。しかし、要求された起動
「――よくやったぞ。久島。さすがわらわが見出した優秀な部下じゃ」
タケルの背後から賞賛の声が上がった。
タケルが肩越しに振り向くと、ストレートロングの少女が中央端末室の
左頬にヤマトタケルが殴打した拳の跡がくっきりと残っている。
「――ちっ。もう目を覚ましやがったのかよ」
タケルはまたもや舌を鳴らす。
「――久島、そのままにしておれ。その間に、わらわがあの端末デスクに、この起動
無縫院
中断させされたからであった。
「……な、なぜ、じゃ……」
その手に持っていた起動
「――口ほどでもねェからさ。それに、オレは士族以上に華族を憎んでるんだ。そしてオンナもな。それにさえ気づかないんじゃ、たかがしれてるぜ」
「動くなっ!」
「――油断のならねェヤツだ。さすが『
「『
「――うわさで聞いたことがある。小野寺の道場の門下生だった頃に。小野寺家には、戦国時代から代々仕える影の一族が存在することを」
「影の一族? それってもしかして――」
「――ある時は当主を守り、ある時は主命を果たし、ある時は影武者となる。そこに立っているそいつはその一族の末裔なのさ」
「なんですってェッ?!」
「――無論、影ゆえにその存在は学籍にはおろか、戸籍上にさえ残ってない。そいつは当主の息子である小野寺
「……それで、陸上防衛高等学校の学生服を着ているのに、そこでの在学の痕跡がないのね」
「――このご時世、そんな
「……………………」
「――そして、そのバケモノとは、てめェのことじゃねェのか。ヤマトタケル」
「――えっ?!」
今度は鈴村
「――オレを一度倒した後、てめェは言ってたよな。小野寺流
「…………ああ、そうだ…………」
ヤマトタケルが静かに答えたのは、しばらくの間を置いてからであった。
「――やはりそうか。てめェが小野寺
「……あの時、暴漢をボコボコにしたあの
「――まァ、任せたくなるのも無理もねェか。当時オレよりも年下の、それも、二桁にすら届いてないあの
「……………………」
「――そんなヤツ相手にガチで闘うのは愚かというものだ。結束バンドで拘束しても、簡単に引きちぎりそうだし、かといって
そう言って
ヤマトタケルはもんどり打って背中から倒れた。
喉笛に命中したためか、うめき声すら漏らさなかった。
『――タケルっ!?』
「――そう。殺すしかねェ。今まで
「~~アンタってヤツはァ~ッ~~」
「――悔しいか。なら、手始めに、『天皇簒奪計画』の記憶操作で、オレのことを彼氏として好きになるように記憶操作してやる。自分を助けに来たオトコを殺したヤツを好きになる。くっくっく。このほどの屈辱はあるまい」
『~~~~~~~~っ!!』
「――ふんっ。待ってろ。今すぐやってやるぜ」
そこには、あお向けに横たわっているヤマトタケルの遺体――
――ではなかったっ!
ヤマトタケルの遺体があるはずのそこには、消失しつつある青白色の人体しかなかった。
青白色の人体――
「――
「――ってことは――」
同様の場所に注目していた
そして見た。
タケルが右拳を振り上げて
その方角は、鈴村
「――やったァッ!!」
と、
「――あまいわァッ!!」
その身体はトラックにはねられたかのように吹き飛び、壁際に積まれたデスクに突っ込む。その衝撃でデスクの山が四散し、崩落したその下に埋もれる。
「――ふぅ~っ。今のは
「――残念だったな」
と、
「~~~~~~~~っ!」
その科白を聞いた瞬間、
結束バンドで両手を後ろ手で縛られた状態で。
だが、その自棄的な体当たりは、
「……ううっ……」
あえなく迎撃された
「――ムダな抵抗をしやがって。よし、わかった。そんなに死に急ぎたいんなら、誰よりも真っ先にあの世へ送ってやる」
そう宣言した
「……あ、ああっ……」
「――死ね」
横合いから飛び込んできた人影によって、それは阻まれた。
その人影は鈴村
鈴村
「――ちっ。小野寺か。邪魔しやがって」
「――死ね。今度こそ――」
そこで立ち止まった
自分の身体ごと。
久島
木の棒が倒れるかのように。
その両眼は白目を剥いていた。
「――はァ~ッ。間に合ったァ……」
肺が空になる程の安堵の一息をついたのは、
「――二人とも気絶してるだけで大丈夫みたいだし」
続いて拾ったエスパーダの
「――それにしても、終わったのね。ついに……」
――間もなく、
「――いけないっ!? タケルのことを忘れてたっ!」
慌てて崩れたデスクの山へ向かい、それを取り払う。結構重い上に、デスク同士で絡まっているので、随分と手間取ったが、何とか全部どかしきった。だが、
「――いないっ!?」
その背後で、床に倒れ伏している
「……いったい、どういう……」
そこまでつぶやいて、ある事に気づく。
それにより、昨日からずっとひっかかっていたことが、ようやく取れた。
「――そういうことだったのね、ヤマトタケル。アンタはや――」
その後に続いたセリフは、サイレンによってかき消された。
「……う、うーん……」
小野寺
地平線はおろか、天地さえもない、白一色の世界である。
だが、目が覚めたというのに、意識がはっきりとせず、ボンヤリとしたままなのだ。
まるで、夢でも見ているかのように。
上下感覚もなく、自分が立っているのかも横たわっているのかもわからない。
「……こ、ここは……」
辺りを見回しながら言った小野寺
「――アンタの脳内仮想空間よ」
突然、背後から声をかけられた。
「……観静、さん……」
「――悪いけど、アンタの脳内仮想空間に、アタシの意識を
「……な、なんですか? 話って……」
「――単刀直入に訊くわよ。だから、アンタもはっきりと答えなさい」
「――アンタ、ヤマトタケルなんでしょ」
「………………………………………………」
「……そうなんでしょ、小野寺」
「…………うん…………」
かなりためらった末に答えたそれを聞いて、
「――ありがとう。正直に答えてくれて……」
そして礼を言うと、不思議そうな表情に変えて語を継ぐ。
「――けど意外だったね。少しはとぼけると思ってたんだけど」
「……これ以上、ごまかせそうになかったから……」
「――それじゃ、変身して見せて。『ヤマトタケル』に」
「――どう?」
「……ホント。別人ね。アタシのような観察力と洞察力の高い人間でもないかぎり、アンタの正体を見抜くことなんで不可能だわ」
なにやら自画自賛まじりの感想を述べるが。
「……でも、どうしてわかったのですか?」
髪型と目つきと声質を元に戻した
「――最初に怪しいと思ったのは、無縫院のマンションで
「……………………」
「――それに、小野寺がいる時はヤマトタケルはいないし、ヤマトタケルがいる時は小野寺がいなかった。そんなことが何度も続けば、いやでも気づくわよ」
「……それじゃ、
「――ええ。もうとっくに見当がついているわ」
「――『
「……………………」
「――あの能力と
「……………………」
「――その後、久島に襲い掛かって返り討ちにされたヤマトタケルも、実は
「……………………」
「――どう。頭脳明晰なこのアタシの推理。当たってる?」
「……はい、当たってます……」
「……さすが、
そして、これも率直に称賛する。他人の不幸をあざ笑う観静
「やぁねェ。おだててもなにも出てこないわよ。出てくるのは数々の疑問とツッコミの嵐なんだから。だから覚悟してね」
だが、
「……アンタ、戦いが嫌いじゃなかったんじゃないの?」
「……はい、嫌いです。でも、苦手というわけでは……」
「……久島が言っていた『
「……はい。門下生の間では、いつの間にか噂として浸透してしまって……」
「……アンタは『
「……はい。七年前の事件が起きる前から流布してましたけど、結果的には好都合でした」
「……どうしてそこまでして自分の強さや正体をひた隠しにするの? 鈴村の中二設定の流布の黙認はともかく、こんな手の込んだ一人二役の演技までするなんて。どう考えてもアタシにはメリットが見いだせないわ。――っていうか、デメリットしか見いだせない……」
「……………………」
「――それに、デメリットなのはそれだけじゃないわ。それが原因で、アンタ、鈴村や他の女子たちにまでイジメられてるのよ。ヘタレで卑怯な男だと思い込んで。本当は勇気のあるとても強い男の子なのに。それは誰よりもアンタ自身が一番よく知ってるはずよ。アタシが指摘するまでもなく……」
「……………………」
「――さらに言えば、七年前の事件で、男としてアンタが犯した失態は、その日のうちに挽回したじゃない。それも独力で。なのにどうしてその事も言わなかったの? 言わなかったばかりにアンタは七年間も鈴村にイジメ抜かれたのよ。助けてくれたのがアンタとは知らずに……」
「……………………」
「……別に責めているわけじゃないのよ、アタシは。だけど、このままじゃ、いたたまれなくて……。もし良ければ、教えてくれない? その理由を」
それを感じ取ったのか、それに答えた
「――怖い人間だと見られたくないからです」
「――怖い人間?」
「――七年前、僕は暴漢が怖くて、鈴村さんを置いて、一度は逃げてしまいました。ですが、なんどか暴漢を振り切った後、鈴村さんが心配になって、その暴漢の後を小屋まで尾いて行ったら発見したのです。暴行を受ける寸前の鈴村さんを、そこで」
「……………………」
「――その瞬間、僕の頭はまっしろになって……。気がついたら、暴漢は全員血まみれで倒れてました。僕の顔やこぶしも暴漢の返り血で濡れていました。多分、僕が殴り倒したんだと思います」
「……………………」
「――僕はその姿で鈴村さんに近づいてしまったのです。それも、笑顔で。それは安堵から来たものだったのですが、鈴村さんは……」
「……なるほどね。そこから先はおおよその見当がつくわ……」
うなずいた
つまり、
「――鈴村さんは悲鳴を上げてその場にうずくまりました。暴漢に暴行を受けそうになった時よりもおびえた姿で……」
「――でも、幸いなことがふたつありました。ひとつは、肉体的にはなんの異常もなかったこと。もうひとつは、暴漢を倒したのは
「……………………」
「――それを知って、僕は安堵しました。僕と会うたびに鈴村さんがおびえた表情を僕に見せるのは、何よりもつらいですから」
「――でも、その代償に、アンタは鈴村からイジメられるようになったわ。自分を捨てて逃げたと思い込んで。つらくなかったの?」
「――つらくない――と言えばウソになります。けど、鈴村さんにおびえた目で見られるくらいなら、憎しみの目で見られた方がはるかにマシです」
「……小野寺……」
「――ですから、この事は鈴村さんには黙っていてもらえませんでしょうか。お願いしますっ! 観静さんっ!」
「――ちょ、ちょっと待って、小野寺」
頭を下げて必死に懇願する
「……そ、それは大丈夫なんじゃない。だって七年前の話でしょ。鈴村の
「……いえ、克服なんてしていません。中央端末室での戦いで、鈴村さんはおびえていました。鈴村さんを人質に取った
「……そう言えば一人だけいたわね。そんな状態のヤツ。それってアンタがやったんだ……」
「……はい。本当はあんなヒドい事をするつもりなんてなかった。けど、あの
「……………………」
「……だから、あらためてお願いします。鈴村さんには僕の正体を明かさないでください。いえ、できれば、鈴村さんにかぎらず、だれにも言わないで欲しいのですが……」
「……それってどういう意味かわかってて言ってるの?」
「――アンタの正体を隠し続けるってことは、今後も鈴村にいじめ続けられるという意味なのよ。記憶操作される以前までと同様。それでもかまわないっていうの?」
「……かまいません……」
「……………………」
それに対して、
「……それに、僕はヘタレですから。鈴村さんや皆さんの言う通り。僕は単にそれにふさわしい報いを受けているだけです」
だが、
「なに見当違いなこと言ってるのっ?! アンタのどこにヘタレの要素があるって言うのよっ?! 本当にヘタレなら、暴漢に立ち向かったり、警察すらも完全に翻弄した
「……あれは、勇気ではありません……」
「……あれは、ただの、怒気です……」
「……怒気?」
「……そうです。怒りで我を忘れたり、
「……………………」
「……それだけではありません。僕は怖いのです。自分自身が。怒りで我を忘れると、何をするのかわからなくなってしまう自分が。それによって自他ともにもたらしたのは、恐怖とおびえだけです。だれ一人幸せになれない強さなんて、強さではありません。ただの暴力です……」
「……小野寺……」
「……普段、稽古をイヤがる僕に、父さんがよく言ってくれていました。『強くなれなくてもいい。けど、勇気のある人間になって欲しい』って。けど、現実はこのありさまです。……僕は、強くもなければ、勇気もない、異常な人間なのです……」
そう言って小野寺
「――それは違うわ、小野寺」
だが、
「……アンタが怒りで我を忘れてしまうのは、それだけ鈴村のことを大事に想っているからよ。むしろアタシには、それが
「……………………」
「――それに、アンタに勇気がないなんて、アタシには思えないわ。もし本当にないのなら、あの時、久島から身を挺して鈴村をかばったりすることなんかできないわ」
「――!」
「――アンタは強いよ。そして、勇気もある。ただ、
「……で、でも、僕は……」
「――もし、仮に全部アンタの言う通りだとしても、このままでいいとは思ってないんでしょ」
「――!!」
諭すような口調で言った観静
「…………はい…………」
静かに、力強くうなずく。暗く沈んでいた
「――観静さんの言う通りです。父さんが僕に陸上防衛高等学校への進学を勧めたのも、その『心』を鍛えさせるためでした。なら、その期待に応えませんと。僕自身のためにも」
「――そうそう。それでいいのよ。アンタの辛気くさい
「はいっ! 僕、頑張りますっ!」
「――うん。いい返事ね。それを聞いたら、アンタの両親もさぞ喜ぶでしょうね」
「――僕、一生懸命『心』を鍛えます。そして、陸上防衛高等学校を首席で卒業して、誰よりも立派な専業主夫になります。子供の頃からの夢だった、あこがれの職業に――」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……あの、どうしたのですか? 観静さん」
「……アンタ、自分の天職は専業主夫だと思い込んでいるけど、アタシから見たら軍人こそアンタの天職よ。今回の一件を通して、それがよくわかったわ。だから悪いことは言わないわ。専業主夫はあきらめて、素直に軍人の道に――」
「ヤダッ!」
「僕は専業主夫になるんだっ! だれがなんて言おうがっ! 絶対にっ!」
それも、
「……そ、そうは言っても、どうやってなるつもりなの。首席で卒業したら専業主夫になってもいいっていう、明らかに専業主夫にならせない気マンマンな条件を、アンタの両親は出しているのよ。こんな矛盾した条件を満たすような、奇蹟的な方法なんて……」
「あります」
「あるのっ?! そんな方法がっ!?」
「――いったい、どんな方法なのよ。それって」
「――はい。それは、『実戦ではまったく使えない優等生』を演じるのです」
「……実戦ではまったく使えない優等生ィ?」
口に出して反芻する
「――はい。よくいるじゃないですか。成績は優秀だけど、実戦となると怖気ついて使い物にならない、机上の空論のようなタイプの優等生が。これを演じ続ければ、首席で卒業しても専業主夫になることも不可能ではありません」
「ええェェ~ッ……」
「――幸い、僕は女子にいじめられるような、ヘタレな男子生徒として、陸上防衛高等学校の校内中に知れ渡っています。こんな男子が実戦で使い物にならないのは、誰が見ても明らか。たとえ首席の成績を取って卒業しても、その認識は変わらないはずです」
「……………………」
「――どうですか、この方法。この事に気づかずに入学してからずっと考えた末に思いついたのですけど……」
「…………うん…………まァ…………いいんじゃない…………その方法…………」
観静
(……そこまでしてなりたいの。専業主夫に……)
という思いを胸中に強く抱きながら。これもまた、なんとも言えない気分であった。
「――ですから、
「…………ええ、いいわ…………」
観静
「――ありがとうございますっ! はァ~ッ、よかったァ~……」
「――観静さんがいい人で本当によかったです。そして、あの時に出会えた事も。もし観静さんに出会えなかったら、僕も鈴村さんも事件の被害者の皆さんも、みんな不幸のままでした」
「……………………」
「――あ、いえ、違うかな。別に僕と出会えなくても、観静さんならみんなを救えていました。僕と違って観静さんは――」
「――違うわっ!」
「――アンタじゃなきゃ、絶対に救えなかった。アンタと出会ってなければ、誰も救えなかった。アタシ自身さえも……」
「……み、観静さん……?」
「……アンタと出会ってよかったのは、アタシの方よ……」
そう言ってうつむく
「……観静さん、もしかして泣い――」
「――
「えっ?!」
「――とにかく、ありがとう、
「――えっ、ちょ――」
それにともない、
「――ご気分はどうですか」
十代後半の少女が、
「――あれっ!?」
目が覚めた糸目の少年――小野寺
「――大変でしたね。あの連続記憶操作事件に巻き込まれて。ですけど、大したケガがなくてよかったです。寝ている間に見舞いに来ていた方々も心配していましたよ」
十代後半の少女は、安堵を込めた声調で言う。
「……ここ、は……?」
おもむろに、だがたどたどしい口調でたずねる。
「――警察病院の病室です。昨夜、
白一色の
「……………………」
それを聞いた
「……どうかされました?」
「……いえ、だれかと話していたような気が……」
その返答を聞いて、看護師は微笑を浮かべる。
「――きっと夢の中ででしょう。つい
そう応じると、看護師は患者の身のまわりをテキパキと片づけ始める。
「……………………」
その間、
引き戸のそれはいま開いている状態なので、上体を起こした
その廊下の病室側の壁際には、一人の少女が、エスパーダに触れたまま寄りかかっている。
「……………………」
そして、ややあってからエスパーダに置いた手を離すと、小野寺
ショートカットの髪を揺らしながら。
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