第7話 激突前の駆け引きと激突

「――どうじゃ、われら黒巾党ブラック・パースの真の戦いぶりは」


 無縫院真理香マリカは、勝利と優越感に浸った声調と表情でたずねる。

 一室に監禁されている鈴村アイに。


「……そ、そんな、警察の精鋭部隊である強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズが、こうもあっさりと……」 


 アイは絶望のつぶやきを口からこぼす。黒巾党ブラック・パースの視聴覚に感覚同調フィーリングリンクして、両者の戦いを視聴していたが、まさかここまで一方的にやられるとは思いも寄らなかった。


「……廃寺のときは強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズが圧倒していたのに、どうして……」


 その疑問に、真理香マリカ量感ボリュームのある胸をそらして答える。


「――それはのう、わらわが『マインドサイバー攻撃』をしかけたからじゃ。テレハックやマインドウイルスといったものを駆使してのう。警察はその攻撃を黒巾党われらとの交戦中に受けて全滅したのじゃ」

「――マインドサイバー攻撃ですってっ?!」


 アイは驚愕の声を上げるが、それはすぐに疑問のそれに変わる。


「――でも、それって違法行為じゃないっ! A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局が黙っていないわ。すぐに利用者を特定されて、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークの利用を停止させられるわ。利用規約にだってそのことが載ってあるし……」


 だが、それを聞いた真理香マリカは、首を横に振って否定する。今度は薄笑みをたたえた表情で。


「――それはない。絶対にのう。なぜなら、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局は、われら黒巾党ブラック・パースが占拠し、システムを掌握しておるのじゃから」

「なんですって!?」


 アイはふたたび驚愕の声をはり上げる。真理香マリカは続ける。


「――だから黒巾党われらは気兼ねなくマインドサイバー攻撃を仕掛けることができるのじゃ。相手のマインドセキュリティのレベルを無視して。じゃが占拠した際、多少の不具合が生じて、一時的にA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークが機能不全におちいったが、それも回復した。だから、管理局の異変にはだれも気づいておらぬ。むろん、警察もな」


 真理香マリカの説明を聞いて、アイは全身を震わせながら深くうなだれる。


「……そ、そんな……。テレポート交通管制センターだけでなく、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局まで黒巾党ブラック・パースに占拠されていたなんて……」

「――ここへ連れて来られる際、おぬしは目隠しされておったから気づいておらぬじゃろうが、ここはA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の一室じゃぞ」

「ええっ?! ウソッ!?」


 アイはまたもやおどろきの声を上げる。


「――おぬしにウソを言うてどうする。なにもできぬ無力なおぬしに。言うておくが、チュウニビョウなどという怪しげな妄想では、わらわは倒せぬぞ」

「……くっ……」


 痛い所を突かれて、アイはうめく。この時ほど自分の無力さを心から呪ったことはなかった。どうして現実は妄想の通りにはいかないのか。それに一歩でも近づけるための努力だって、陸軍防衛高等学校の実習や訓練を受けることで、一生懸命実現しようとしているというのに。その際、戦闘系のギアプに適合しない事実が判明した事といい、ままならぬ事この上なかった。鈴村アイが陸上防衛高等学校に入学した理由のひとつがそれであった。


「……アンタ、いったいなにをするつもりなの? A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局を占拠して、何をしようっていうのよ」


 そして、現在いまアイにできることは、一連の事件の首謀者である無縫院真理香マリカから、目的と真意を聞き出すことくらいしかなかった。


「――空きビルアジドでも言うたであろう。現在いまの天皇にかわって第二日本国の支配者として君臨することじゃと。国民どもを記憶操作することで。これはそのための一手、それも王手じゃ」

「――でも、それは無理だって観静が言って――」

「――わらわも言うたはずじゃぞ。ある施設を使えばそれは可能じゃと」


 真理香マリカの繰り言を聞いて、アイはあることに気づき、戦慄する。


「……ある施設って、まさか、それが――」

「――そう、このA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局のことじゃ」


 満面の笑みを浮かべて答えた無縫院真理香マリカの表情に、禍々しいまでの陰翳が彫り込まれる。


「――A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局は、その名称の通り、精神界アストラルに張りめぐらせた情報網ネットワークを管理する施設。エスパーダでの精神感応テレパシー通話や感覚同調フィーリングリンクなどの精神感応テレパシー通信はすべてA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを介してやり取りされておる。つまり、管理局ここさえ押さえれば、全国のエスパーダの利用者の使用動向が把握できるのじゃ」

「……そ、そんな……」

「――そして、本来なら危険が伴うマインドサイバー攻撃も、管理局ここからなら誰にも探知されずに安全に実行ができる。エスパーダの利用者からとはちごうて。その前に、マインドセキュリティはまったくの無力。それは先刻のテレポート交通管制センターでの戦いで実証ずみじゃ」

「……………………」

「――むろん、それはマインドサイバー攻撃のひとつ、記憶操作も例外ではない。黒巾党われらは記憶操作装置を組み込んだA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局のシステムを使って、警察の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズに記憶操作を施したのじゃ。A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを介してのう。結果は――おぬしが目にした通りじゃ。黒巾党われらの五感に感覚同調フィーリングリンクしておったのなら、わかるじゃろう」

「……………………」


 アイは口を閉ざしたままなにも言わない。否、言えない。無縫院真理香マリカの深慮遠謀ぶりに、自分のような和風中二病患者が対抗するなど、不可能にひとしいと、心の底から思い知ったのだ。うつむいたまま黙りこむアイに、真理香マリカは満足げな表情で話を続ける。


「――これなら、わざわざ一人一人に記憶操作装置をかぶせる必要はない。この施設からの記憶操作だけですむ。それも一瞬でのう」

「……………………」

「――あとは国民どもに、第二日本国の天皇が、現在いまの天皇ではなく、わらわであるという記憶に書き換えるだけ。その際、現実に対して生じる矛盾は、この管理局で検出し、修正する。飯塚佐代子の研究所から超心理工学メタ・サイコロジニクスに関する研究資料を取り除いたようにのう」

「……で、でも、それは無理だと、観静が……」


 アイがようやく口を動かして指摘するが、真理香マリカは微塵も動じなかった。


「――管理局の機能を使えばそれも可能じゃ。操作した記憶と現実が矛盾しておる人物を、管理局の機能で特定し、その人物の環境を変えてしまえばよいのだから。記憶操作で獲得した天皇の権威を駆使すれば、造作もない」

「……………………」

「――むろん、『天皇簒奪計画』を実行するにあたって最大の障壁となるのは、超心理工学メタ・サイコロジニクスの科学者や技術者どもじゃ。その技術的知識・情報ノウハウ黒巾党われらの計画の看破と阻止をされたら元も子もないからのう。現にそれを有する観静に看破された上に、操作された記憶を元に戻す装置まで開発しておったしな。だから黒巾党われら超心理工学メタ・サイコロジニクスの科学者を片っ端から襲いまわっては、それに関する記憶を消去したのじゃ。それが保存されておった記憶銀行メモリーバンクからもな」

「……………………」


 アイは口をつぐんだまま立ちつくす。真理香マリカは得意満面の、だが邪悪な笑みをつくって、アイの蒼白な表情をのぞき込む。


「――フフフ。どうじゃ。わらわの立てた計画は。やはり壮大で完璧であろう」

(――ええ、確かに壮大だけど、やはり完璧とは言いがたいわね。その計画は――)


 その声はアイが発したものではなかった。精神感応テレパシー通話に乗せて伝えられた声である。


「――観静っ!?」


 アイが顔と声を上げる。無縫院真理香マリカだけではなく、鈴村アイにも聴こえたのである。


(――話は聞いたぜ。観静のテレハックで鈴村の視聴覚に感覚同調フィーリングリンクして。もっとも、話は『あとは国民どもに』からしか聞いてないけどな――)

「――日本武尊やまとたけるのみこと様っ!?」


 アイの発した声は、今度はうれしさに輝いていた。


「……そう言えば、おぬしたちが残っておったのう。すっかり失念しておったわ……」


 ボソリとつぶやく真理香マリカの表情から、余裕の笑みが消えてむっつりとなる。


(――そういうこった。だからおまえの計画は完璧とは言えねェのさ――)


 ヤマトタケルが言う。


(――首を洗って待ってな、無縫院。テレポート交通管制センターで。そこをてめェの墓場にしてやるぜ――)

「――はっ!? 待ってっ! タケルっ!」

(――安心しろ、鈴村。お前はオレが助ける。絶対に。てめェら、鈴村にかすり傷でもつけてみろ。絶対に許さねェからな――)

「――そうじゃないわっ! 無縫院がいるのは、テレポート交通管制セン――」


 だが、そこまで言ったところで、精神感応テレパシー通話は途絶した。真理香マリカが強制的に遮断カットしたのである。鈴村アイにテレハックして。


「――残念じゃったのう。伝え損ねて」 


 そう述べる真理香マリカの表情に余裕の笑みが戻る。


「――そこへむかっても、黒巾党われらの計画は阻止できぬというのに」


 真理香マリカがあざけりをまじえて言うと、エスパーダの精神感応テレパシー通話で黒巾党ブラック・パース首領リーダーを呼び出す。

 アイに聞かせるように口に出して。


「――久島。そっちに空きビルアジドを脱走した観静リンと、それを手助けしたヤマトタケルが向かっておる。鄭重ていちょうにもてなすがよい」

(――はっ――)


 久島健三ケンゾウがみじかく応じてから精神感応テレパシー通話を切ると、真理香マリカアイを顧みる。


「――これで彼奴きゃつらはテレポート交通管制センターに張りめぐらせた黒巾党われらの罠にわざわざ飛び込むことになる。終わりじゃな、ヤマトタケルと観静リンは。仮に黒巾党われらの罠をかみ破ったとしても、黒巾党われらの真意に気づかなければ意味がないし、そこで黒巾党われらの真意に気づいても、時すでに手遅れ。それは黒巾党われらの計画が達成した後じゃ」

「……で、でも、今このことに気づいたら、間に合うかも。テレタクだってあるし……」

「――それは無理じゃよ、鈴村。テレタクの利用に必要な施設――A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局とテレポート交通管制センターの機能はどちらも黒巾党われらが掌握しておる。だから空間転移テレポートによる瞬間移動は不可能じゃ。その程度のこともわからぬのか」

「……そ、そんな……」


 アイは愕然となる。


「――残念じゃったのう。最後の希望が絶たれて。だから大人しく待つがよい。わらわが第二日本国の天皇として君臨する瞬間を。その時になれば、おぬしは自分の意思に関係なく――否、自分の記憶にしたがってわらわを崇めるようになる。わらわが書き換えた記憶にしたがってのう」

「……………………」

「――ではその時が来るのを待っているがよい。『大神十二巫女衆』の筆頭巫女とやら」


 そう言って真理香マリカが退室した後、そこに残ったのは鈴村アイと重苦しい沈黙だけであった。

 アイはその場で両膝をつくと、両手もついて四つん這いになる。

 全身にのしかかる絶望の重圧に、今にも押しつぶされそうであった。




 テレポート交通管制センターの内外に散らばっていた強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの隊員は、その隊長リーダーも含めて、一人残らずその一室にまとめて放りこまれた。施設制圧の際、そこで勤務していた管制員が監禁されている一室に。彼らは全員、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズ隊長リーダーのような内容で記憶を操作されているので、彼らが目を覚ましても、一体なにがどうなっているのか、なにひとつわかってない状態になっている。赤子同然といっても過言ではないだろう。いずれにせよ、武装解除された強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズは、管制員と同様、黒巾党ブラック・パースにとって脅威ではなかった。

 その作業の指揮を執っていた久島健三ケンゾウは、無縫院真理香マリカから受けた命令にしたがって、テレポート交通管制センターで迎撃の準備を整えていた。相手はヤマトタケルと観静リン黒巾党ブラック・パース隠れ家アジトからの脱走と、その手助けをした二人である。一緒に脱走したはずの小野寺勇吾ユウゴだけが二人と行動を共にしていない。おそらく警察に通報して、そのまま保護してもらっているのだろう。


「――ふんっ! ヘタレなヤツらしい行動だ。同じ士族の子弟でも、龍堂寺の方がまだ立派に見えるから困るぜ」


 テレポート交通管制センターの一室に潜んでいる久島健三ケンゾウは、そのように吐き捨てる。


「――それにしても、バカなヤツらだぜ。たった二人でなにができるっていうんだ。こっちは四十人はいるっていうのに。しかも、計画を阻止するのにこんな見当違いなところへ来るとは。てめェら、せいぜい遊んでやるがいい。警察の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズのようにな」


 黒巾党ブラック・パース首領リーダーは、精神感応テレパシー通話で、施設の各所に配置した部下たちの士気を、粗野な口調で鼓舞する。酷評と嘲笑をまじえたそれは、たしかに効果があった。最大の障害と目されていた警察の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズはすでに全滅し、黒巾党ブラック・パースの動向を掣肘できる組織は、もはや超常特区には存在しなかった。むろん、特区外の本土には存在するが、事態に気づいて出動しても、距離があるため、到着した時には、すでに手遅れである。テレポート交通管制センターがおさえられている以上、瞬時に駆けつけることもできない。どう考えても黒巾党ブラック・パースの勝利である。そして、ヤマトタケルと観静リンの二人を片づければ、それは完璧なものとなる。


「……フフフフ。ついに、ついにこの時が来た。この世から身分制度と男卑女尊が一掃される日が。オレの人生がバラ色に変わる日が」


 健三ケンゾウの声に感慨のひびきがこもる。その後、久島健三ケンゾウの脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のようによぎり始める。

 久島健三ケンゾウは、鈴村アイや観静リンと同じく平民の家に生まれた平凡な少年であった。だが、幼い頃、身分の差が原因で女子にイジメを受けたときから、皇族、華族、士族、平民の四階級に分けられた第二日本国のあり方に疑問を抱くようになっていた。それは年齢を重ねるにつれて次第に憎悪に変わり、ついには今回の事件と計画に加担する暴挙に出たのだった。

 そして、久島健三ケンゾウにとって、その象徴となっているのが、自分と同じ出身地の小野寺勇吾ユウゴであった。

 第二次幕末の動乱で武名を挙げた士族の子弟として生まれ、なにひとつ不自由なく育ち、特権をむさぼりながらの将来を約束されている勇吾ユウゴに対して、平凡な平民の家に生まれた自分は、誰にも確約や保証もされてない不安定な人生を、寿命が尽きるまで歩まなければならないのだ。不公平ではないか。生まれながらにして差別があるなんて。一周目時代の日本では、二十世紀の中頃まで続いていた法制度上の身分制度は廃止され、憲法上の平等が約束されていたというのに。二周目時代の第二日本国では、そこだけが飛躍的な文明の進歩に追いついていなかった。

 しかし、それだけなら、久島健三ケンゾウも、そこまで小野寺勇吾ユウゴを憎悪したりはしなかった。

 平民の上に立つ士族の子弟にふさわしく、強くて立派な人間になろうと努力しているのなら。

 だが、小野寺勇吾ユウゴは、士族の子弟であるにも関わらず、闘いを嫌がるヘタレな男子であった。小野寺家の当主であり母親でもある師範の稽古を嫌がり、趣味の家事に没頭する様は、当時そこの門下生であった健三ケンゾウにとっては許しがたい行為であった。これから歩む自分の人生の可能性を少しでも広げようと、その一環として道場に入門して努力しているというのに、その道場の跡取り息子は、それをいい事にあぐらをかいているのだ。しかも、高等学校への進学は、親のコネと士族の特権で、無受験無面接で第二日本国国防軍陸上防衛高等学校の入学を果たしたのだ。猛勉強したのに、そこを普通に受けて普通に落ちてしまった自分とは大違いであった。

 将来立派な軍人になって、豊かな人生を送りたかった健三ケンゾウにとって、それは衝撃ショック以外の何物でもなかった。

 そしてトドメとなったのが、中学を通して超常特区で送っている、勇吾ユウゴの生活ぶりであった。

 実家の道場で過ごしていた時とほとんど変わりがなかったのだ。

 その気になれば、エリート軍人として周囲から羨望の眼差しで見られる人生を送れる、非常にめぐまれた身分と教育環境に身をおいているのに、それを喜ぶどころか、悲しんでいるのだ。

 将来、専業主夫になりにくくなってしまうと言う理由で……。

 それを勇吾ユウゴ記憶掲示板メモリーサイトで知った瞬間、健三ケンゾウの憎悪は頂点に達した。どうしてこんなヤツが士族の家に生まれ、自分は平民の家に生まれたのか。これが逆だったら絶対によかったのに。すべては身分制度のせいである。久島健三ケンゾウは、小野寺勇吾ユウゴだけではなく、法的に制度化された第二日本国の格差社会に対しても、身体中の血液が沸騰するような憎悪を抱いた。その腹いせに、勇吾ユウゴと同じ中学や高等学校に在学している士族の子女たちに、勇吾ユウゴの名を騙って、彼女たちの悪口を、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを通して吹き込み、勇吾ユウゴを間接的にいじめたり。それに先立ち、去年の高校一年の春、自分が在学する八王高等学校の不良たちを集めて結成した、のちに『黒巾党ブラック・パース』と呼ばれる少年犯罪組織カラーギャングを率いて、万引きや暴行などの軽犯罪的な反社会的行動を取ったりしていた。だが、それで世の中が変わるわけではなかった。こんな世の中を変えるには、実力行使しかなかった。第二次幕末の動乱で二周目の旧時代を変えたように。

 その行動を開始したのは、そんな最中であった。


「――あの時、無縫院の話に乗ってよかったぜ。まさかあんな方法でこの世の中を変えられるとはなァ」


 健三ケンゾウ真理香マリカと初めて対面したのは、去年の夏ごろであった。それまでは無縫院美佐江の娘を、偉人の知名度ネームバリューを利用して芸能界を泳ぎわたるだけの凡庸なアイドルとしてしか見ていなかった。だがある日、自分と同じ境遇の人間が他にいないかと、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークのワード検索専門記憶掲示板メモリーサイトに、『世の中を変えたい』という検索ワードを、たわむれに入力した結果、ヒットしたその中から、無縫院真理香マリカの個人用記憶掲示板メモリーサイトが引っかかり、興味を覚えたのだ。それを契機に、久島健三ケンゾウは、数度のテレメールを経て、無縫院真理香マリカが所属する芸能事務所プロダクションで本人と秘密裏に顔を合わせると、今の世の中について語り合った。そして、世の中を変えるのに具体的な手段まで語り終えると、両者は意気投合し、その場で握手を交わしたのだ。もし話が合わずに終わったら、無縫院真理香マリカは、記憶操作装置で、この時の対談を、久島健三ケンゾウの記憶から消去していたらしい。これまで話が合わずに終わった対談相手のように。外部にこの事が漏れたら非常にまずいからである。そうでなくても、芸能人にとっては、宿命以外の何物でもない、マスコミの存在になやまされているのだから。


「――つまり、無縫院は探していたんだ。自分の目的を達成させるのに必要な手足を。そして、オレはそれに選ばれたんだ」


 おそらく、少年犯罪組織カラーギャングを結成し、纏め上げられるだけの組織力と統率力を買われたのだろう。いくら資金と策謀能力があるとはいえ、無縫院真理香マリカ一人で、『天皇簒奪計画』を実行するには、どう考えても無理がある。だが、組織的な勢力と手を組めば、決して不可能ではない。その後、健三ケンゾウが結成した少年犯罪組織カラーギャングは、『天皇簒奪計画』の下準備として超常特区を暗躍し、連続記憶操作事件の犯行組織として存在が明るみになってからは、いつしか『黒巾党ブラック・パース』と呼ばれるようになった。その首領リーダーである久島健三ケンゾウは、無縫院真理香マリカとの関係を偽装カムフラージュするために、無縫院真理香マリカが所属する芸能事務所プロダクションのマネージャーとして雇われ、学業と職業と犯罪活動の三重生活を送りながら現在にいたるのである。

 ――すべては、現在いまの第二日本国の世の中を変えるために――


「――さて、無事『天皇簒奪計画』が達成したら、オレはなんになろうかなァ」


 健三ケンゾウは愉悦にゆがんだ表情で自分の将来を想像する。結論から言えば、なんにでもなれるのだ。天皇でさえ記憶操作ひとつでけるのだから。以前は軍人を志望していたが、こうも簡単になれると思うと、今まで自分の可能性や選択肢を広げようと務めた努力や苦労がバカバカしく思えて、その気が失せてくる。ギアプをエスパーダにインストールするかのように。可能性や選択肢が少ないのは困るが、逆に多すぎるのも考えものである。むろん、いい意味で。


「――まァいい。それは後でゆっくり考えよう。今はあの二人を片付けるのに専念しねぇと」


 もはや、久島健三ケンゾウの念頭には、小野寺勇吾ユウゴの存在はどこにもなかった。あるのは観静リンとヤマトタケルという――


「――ヤマトタケル?」


 健三ケンゾウはふと、無縫院真理香マリカのマンションや廃寺の袋小路で顔を合わせた、ツリ目でオールバックの少年の姿を思い浮かぶ。


「……あいつ、どこかで見たような……」


 むろん、それは昨日までの間のことではない。もっと昔――そう、七年前、小野寺の道場の門下生としてそこで過ごしていた、あの時に起きた事件で――


「――いかん。今はそんなこと考えてる場合ではない。っていうより、そんなこと考える意味がねェ。どうせオレには関係がなくなるんだから」


 健三ケンゾウは現実に意識を戻すと、エスパーダに手を置いて、精神感応テレパシー通話で呼びかける。


(――どうだ。ヤツらは来たか?)

(――いや、まだ来ていない――)


 施設の各所にいる黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちは異口同音にそう答える。


(――確かに、まだ来る気配はねェな……)


 健三ケンゾウは一人一人の部下の視覚に感覚同調フィーリングリンクして確認する。全員窓際に待機しているので、いつどこから来ても視認できる配置になっている。施設外にある防犯カメラは、占拠する際にすべて破壊してしまったので、使えないが。


「……そろそろ到着してもいい頃のはずだが……」


 不審そうにつぶやいたその時、


(――久島さんっ! ただちに管理局へお戻りくださいっ!)


 それは、無縫院真理香マリカの直近の党員メンバーからの精神感応テレパシー通話であった。


(――なにがあったっ!?)


 健三ケンゾウは問い返す。


(――はいっ! 実はヤツらが――)

(――なんだとっ!?)


 その党員メンバーの報告を聞いて、黒巾党ブラック・パース首領リーダーはおどろきの声を心中で上げる。


(――わかった。今すぐ部下たちを連れて戻る。それまで持たせるんだっ!)


 健三ケンゾウがあわてて応じると、テレポート交通管制センターの各所に待機している自分の部下たちに、その旨を精神感応テレパシー通話で伝え、命令するのだった。




 久島健三ケンゾウが無縫院真理香マリカの直近の党員メンバーから急報を受ける、その少し前……。

 それを出した張本人である無縫院真理香マリカは、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の中央端末室の中央席で、無意識のうちに貧乏ゆすりをしていた。

 いっこうにテレポート交通管制センターに現れないヤマトタケルと観静リンに対して、いらだちを覚え始めていたのである。

 『天皇簒奪計画』は順調に進捗している。あと少しで完了するであろう。にも関わらす、あの二人が気になるのだ。特にに観静リンが。

 無縫院真理香マリカからしてみれば、それは無理からぬことであった。

 なぜなら、このショートカットの少女こそ本当の超心理工学メタ・サイコロジニクスの産みの親の娘だからである。

 むろん、その事実はすでに知っている。自分の母親がその時に遺した数々の発明や挿話エピソードは、すべて、観静リンの母親が遺したものである。そのことも真理香マリカは知っていたが、熟知していたとは言いがたかった。リンがタケルの手助けを得て勇吾ユウゴとともに空きビルアジトから脱走したところで、なにができようか。その知らせを受けた当初は、そのようにタカをくくっていた。だが、時間が経つにつれて、その認識は甘かったのではないかと、今では思いなおしている。なにしろ、あの年齢で記憶復元治療装置の独自開発や、記憶操作装置の小型化を実現させたほどの頭脳や腕前の持ち主なのた。ただ技術的知識・情報ノウハウを継承した自分とちがい、既存の技術をさらに発展させる応用力があるのだ。超常特区特有の恩恵を受けている事実を差し引いても。だがそれは自分も同じなので、比較する意味はない。もしかしたら、自分では想像もつかない方法で計画を阻止するかもしれない。そう思うと、次第にあせり始め、いまだテレポート交通管制センターに二人が現れない状況が、それを増幅させていた。


「……なかなか来ぬのう。どうしたのじゃろうか?」


 真理香マリカが焦慮ににじませた声でつぶやく。その後、自分が貧乏ゆすりをしている事に気づき、それを止める。その足元には、結束バンドで拘束された鈴村アイが床に転がっている。捕虜に対して、自分が焦慮しているところを見せるわけにはいかなかった。アイを一室から中央端末室に連れて来たのは、人質として役に立ちそうな事態に備えるためであった。人質は手元に置いて刃を突きつけてなければ意味がない。敵がそれを目の当たりにすれば、うかつな行動はとりにくくなり、無力化がはかれるのだ。それは正しい認識と判断だが、そのような事態を恐れるようになったこと自体、真理香マリカが現状を焦慮している、なによりの証左であった。


(――二人の行方は?)


 真理香マリカ精神感応テレパシー通話で問いかける。壁に向かって座っている黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちの一人に。その席は壁にそって設置してある、ボタンやスイッチしかない操作端末が一列に並んでいて、通常はA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを管理する端末として、管理局専用のエスパーダとあわせて管理局員が使用している。だが、現在は『天皇簒奪計画』を推進するための機材として黒巾党ブラック・パースに使われ、むろん、外部にこの事を悟られぬよう、管理局としての本来の業務も並行して実施している。

 ちなみに、施設の管理局員は黒巾党ブラック・パースによってまとめて一室に監禁されている。


(――わかりません。A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークで二人の行方を探してますが、いまだつかめません)


 党員メンバーの一人が首を横に振って答える。ケーブルで席の端末に接続した管理局専用のエスパーダに手を置いて。その左右では、自分とおなじ状態の部下たちが、端末を前に作業を続けている。その半数は『天皇簒奪計画』の推進作業者である。残りの半数は管理局の通常業務に従事している。無縫院真理香マリカに問いかけられた党員メンバーも、後者の方に専念していたのだが、さきほど、それを中断して二人の行方を探索するよう命じられたのである。


(――非接続状態オフラインにしてA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークからの位置特定をくらましたのじゃろうか――)


 真理香マリカがそのような疑念を抱いた、その時であった。


(――はァイ。どう。『天皇簒奪計画』の進捗状況は――)


 聞き覚えのある声が、精神感応テレパシー通話に乗って脳内にひびいたのは。


「――観静っ!」


 思わず声に出す真理香マリカに、聞き覚えのあるもう一つの声が聴覚神経を刺激する。


(――その様子じゃ、まだ達成はしてねェようだな――)


 それは、ヤマトタケルであった。


(――そりゃそうよ。もしすでに達成していたら、とっくにアタシたちの記憶からこの件が削除されているわ。どう考えても、黒巾党ヤツらにとっては都合のわるい記憶だからね。現在の天皇を書き換えるついでに、アタシたちの記憶もそうするつもりなのよ。そうでしょ、無縫院――)

(……観静、いったい、どうやってわらわのエスパーダに精神感応テレパシー通話を……)

(――テレハックよ――)


 リン真理香マリカの疑問に答える。


(――アタシがそれをアンタに仕掛けて、強制的にその状態にしたのよ。先刻さっき精神感応テレパシー通話のように。テレハックするのは得意でも、されるのは苦手みたいね。無縫院――)

「……くっ……」


 真理香マリカは歯ぎしりしながらも、探索していた党員メンバーの一人に目くばせする。ややあってからそれを察したその党員メンバーは、すぐに作業に取り掛かる。


(……それで、いったいなんの用で精神感応テレパシー通話をかけて来たのじゃ?)


 内心の動揺を鎮めて、真理香マリカは平静をよそおった口調でたずねる。


(――なに、たいしたことじゃねェさ。目的の施設に潜りこんだっていうのに、出迎えがまったくなくてな。肩すかしを喰らったところなんだ。こっちこそいったいどういうことなんだい?)


 これはヤマトタケルの返答と反問であった。


「なんじゃとっ?!」


 その内容に、無縫院真理香マリカは思わずおどろきの声を上げて立ち上がる。足元に転がっているアイが、その声と動作に驚いて顔を上げるが、真理香マリカは意に介さない。――というより、気づかない。


(――そんなバカなっ?! すでにテレポート交通管制センターに潜入したのなら、そこで待ち受けている黒巾党ブラック・パースと交戦していているはず。なのに遭遇すらしておらぬなど、ありえぬっ!)

(――へェ、そうなんだ。でもそんなこと言われても、いねぇもんはいねェんだけど――)

(……で、では……)

(――ま、それならそれでいいさ。それに越した事はねェしな。今からでも鈴村アイを無事解放する気があるのなら、とりあえず痛い目に遭わせずにすませてやる。さァ、どうする――)

(……………………)

(――返す気はなしか。わかった。もし少しでも傷つけていたら、死ぬよりも痛い目を遭わせてやる。絶対にな。それまで覚悟を完了しておけ――)


 脅しには聞こえないセリフを残して、ヤマトタケルは精神感応テレパシー通話を切った。


「……くっ、彼奴きゃつらの現在位置はっ?」


 真理香マリカはさきほど合図を送った党員メンバーに報告を求めるが、期待には程遠い返答だった。


「……だめです。A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークで現在位置を探索しましたが、特定できませんでした」

「そんなはずはなかろうっ!、精神感応テレパシー通話をして来た以上、接続状態オンラインになったのじゃから」


 真理香マリカは声を高めてさけぶ。テレハックとはいえ、精神感応テレパシー通話などの精神感応テレパシー通信を使用すると、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局に対して接続状態オンラインになるので、その使用者の現在位置が特定できるようになるのだ。にも関わらず、それができないなど……。


「……おそらく、直接接続ダイレクトアクセス精神感応テレパシー通話をかけてきたのでは……」


 べつの党員メンバーが告げたその推測を聞いて、考え込んでいた真理香マリカはハッとした表情になり、


「――しまったっ! それがあったわっ! わららとしたことがっ!」


 くやしげな声を上げて机をたたく。A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク接続アクセスが不要なその通信方式なら、管理局に精神感応テレパシー通信の発信源を探知される事はない。相手はそれでテレハックによる精神感応テレパシー通話をして来たのだ。その事に気づいた真理香マリカは、さらにあることに気づき、ふたたびハッとなる。

 直接接続ダイレクトアクセスによる精神感応テレパシー通信が可能な距離は、個人差はあれど、それほど長くはない。最大でも、半径一〇〇メートル程度。だとすれば、結構至近である。つまり――


「――彼奴きゃつらはすでに潜入しておる。センターの方ではなく、この管理局にっ!」

『――――――――っ!!』 


 その瞬間、黒巾党ブラック・パースが占拠しているA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の中央端末室に戦慄が走る。


「――いかんっ! 黒巾党ブラック・パースの戦力のほとんどはテレポート交通管制センターに振り向けておる。ここだけの戦力では対抗しきれぬっ! 急ぎ久島たちを呼び戻せっ!」

「はいっ!」


 指示を受けた党員メンバーは、あわてて黒巾党ブラック・パース首領リーダーに連絡する。


「――ふふふふふ。もう終わりね、無縫院」


 真理香マリカの隣から笑い声が立った。真理香マリカは見向きもしなかった。それがだれなのかわかっていたので。

 ツーサイドアップの少女――鈴村アイである。


「――だから言ったでしょ。タケルなら必ず助けに来てくれるって。須佐すさ十二闘将の中で最強の戦士という謳い文句はダテじゃないわ。これでアンタもおしまいよ。ざまァ見なさいっ!」

「……………………」

「――さァ、わかったんなら今すぐ降伏しなさい。これ以上の抵抗はむ――」


 アイがそこまで言いかけたその時、


「――フ、フフフ。うふふふ。ふふふふっ! ふははははははははははっ!!」


 突然、真理香マリカが笑い出す。気でも触れたかのように、大声で。


「――なっ?! なにがおかしいのよっ!?」


 言葉をさえぎられたアイは、それにひるみながらも問いかける。


「なにがおかしいじゃと。当然であろう。わかっておらぬのは、鈴村アイ、おぬしなのだから」

「なに言ってるのよっ! さっきまで激しく狼狽してたくせに、強がってんじゃないわっ!」

「――あれは演技じゃ。忘れたのか。わらわの表の本職を」

「……………………」

「――思い出したようじゃのう。脳内記憶の完全保存機能のあるエスパーダを装着しておらぬから、忘れてもうたのかと思うたぞ」

「……また、もてあそんだのね。アタシを……」

「――ひっかかる方が悪い。こんな見えすいた演技に」


 真理香マリカはあざけりの表情を浮かべて言ってのけるが、アイは屈さなかった。


「……それでも、アンタと計画がおしまいなことに変わりはないわ。タケルが強いことにも。主力をテレポート交通管制センターに置いてきた少数の黒巾党アンタたちに、勝ち目なんて――」


 と、そこまで言ったところで、


「――なっ?!」


 喉を詰まらせたように絶句する。

 無縫院真理香マリカの背後に、驚愕の光景を見出して。

 黒ずくめの少年たちが、突如そこに出現したのだ。

 その数、およそ四十人。

 アイが知るかぎりにおいて、テレポート交通管制センターにいる黒巾党ブラック・パースの、ほぼ総数だった。


「……どっ、どうしてこいつらが管理局ここにいるのっ!? ついさっきまでテレポート交通管制センターにいたはずなのにっ!」


 アイは驚愕の表情で疑問の声を上げる。


「――なに、簡単なことじゃ。そのテレポート交通管制センターの機能を使って、そこにおる全員を管理局ここ空間転移テレポートさせたのじゃ。もっとも、その準備が整うまで時間がかかるだろうと思ったおったから、内心あせっておったが、思いのほかはやく終わって安堵したぞ」


 真理香マリカが答えると、空間転移テレポートして来た党員メンバーたちの中央に立つ一人の男を顧みる。


「――久島。テレポート交通管制センターの機能は無力化したか?」

「――はい。我々が管理局ここ空間転移テレポートした直後に。これで残りの警察や、それ以外の治安組織が、管理局ここ黒巾党われわれの存在を嗅ぎつけたとしても、空間転移テレポートでの急行はできなくなりました」

「――少なくとも、『天皇簒奪計画』が完了するまでの時間は稼げたというわけじゃな」

「――はっ」


 健三ケンゾウが会心の笑みを浮かべて一礼すると、真理香マリカも唇の片端をつり上げる。


「――では次の命令をおぬしに下す。このA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局に侵入したヤマトタケルと観静リンの両名も無力化せよ。場合によっては手荒な真似をしてもかまわぬ」


 真理香マリカはおごそかな口調で黒巾党ブラック・パース首領リーダーに命令する。


「はっ!」


健三ケンゾウがふたたび一礼してそれを受けると、背後にいる部下たちを率いて中央端末室を後にする。

 それを見送った真理香マリカは、床にへたり込んでいるアイを肩越しにふり返る。


「――終わりなのは、どうやらおぬしらのようじゃのう」

「……………………」


 アイは反論できなかった。相手の顔を見上げることなく、虚ろな瞳で床を見下ろしている。


「――強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズの壊滅に続いて、またひとつイヤな思いを記憶してしまったのう、鈴村」

「……………………」

「――これでも、記憶は命よりも大切なものだとのたまうのか。おぬし」

「……………………」

「――記憶など、しょせんは玉石混合じゃ。いい記憶とイヤな記憶が、覚えた数だけ混在する。価値だってそれによりけりじゃ。そのすべてを覚えておく必要など、どこにあるのじゃ」

「……………………」

「……心が折れたか、ついに。では、そんなおぬしにこれをくれてやろう」


 そう言って無縫院真理香マリカは、三日月状の小型機器を取り出して、鈴村アイの右耳に装着してある、感覚同調フィーリングリンクしか機能のないエスパーダと交換する。

「――観静が自作したというエスパーダ型の記憶操作装置じゃ。これで好きに自分の記憶を操作するがよい。わらわにはもはや不要じゃからのう」

「……………………」


 アイは応えない。タイル張りの床を、ただただ、虚ろな瞳で見つめ続けるだけであった。




「――どうやら来るみたいわよ。黒巾党ブラック・パースの主力が」


 観静リンが、先を歩くヤマトタケルに、緊張のはらんだ声で伝える。テレハックで感覚同調フィーリングリンクした鈴村アイの五感からの情報である。これで中央端末室の会話を盗聴していたのだ。直接接続ダイレクトアクセスによる精神感応テレパシー通信なので、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを掌握している黒巾党ブラック・パースに探知される心配はない。


「――警察の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズを撃破した連中か」


 タケルはリンを顧みずに応じる。二人はA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の廊下を静かに歩いている。それも、施設の奥深くまで進んでいた。それまでの間、黒巾党ブラック・パースの一味とはいっさい遭遇していない。ここまでは二人の想定内である。


「――でも、いいの。黒巾党ブラック・パースにアタシたちの現在位置を知らせるような真似をして。そんなことをしたら、黒巾党ブラック・パースが殺到してくるわよ。事実、そうなっちゃったけど」


 リンが懸念材料を提示するが、タケルはうろたえたりしなかった。


「――こっちが知らせなくても、いずれ殺到してくるさ。だったらこっちの想定内で動いてくれた方がやりやすい。現にこっちの狙い通り、テレポート交通管制センターの機能を無力化しれくれたんだ。黒巾党ヤツらにして見ればあちこち移動する必要がなくなったからな。特区外の本土の治安組織に利用させないための措置だったんだろうが、それは同時に、黒巾党ヤツらの戦術レベルでの機動力を自ら削いでしまったことになる」


 タケルの説明を聞いて、リンはそれに触発されたかのように、現状における自分たちの優位性アドバンテージを見出す。


「――その点、こちらが有利になったわけね。強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズのように、空間転移テレポートによる奇襲を受ける心配がなくなって」

「――その通り。これでオレたちは二本足で移動する敵にだけ集中できるようになったわけだ」


 タケルが不敵な笑みを浮かべて応えると、


「――よし、ここだな。迎撃に適した場所は」


 そう言って足を止める。


 A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の中庭中央付近で。

 闇夜に浮かぶ陽月ようげつの月明かりが薄暗く照らしている。


「――んじゃ、手はずどおり頼むぜ」

「ええ」


 リンがうなずくと、その場から背を向けて走り去っていった。

 なにか言いたげな一瞥を残して。


(――やはり、どう見ても似ているわ。小野寺に。けど――)


 一人で中庭にたたずんでいるタケルは、後腰から二種類の武器をそれぞれの手で取り出す。

 光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガンである。


「――この状況、この条件なら、遺憾なく発揮できるな。無縫院のマンションの時とちがって」


 左右の手に握った二種類の武器をだらりと下げて、ヤマトタケルはつぶやく。すると、


「――来たか」


 こちらに殺到しつつある気配を感じて、それに向かい合うのだった。




「――また会ったな、ヤマトタケルとやら」


 黒巾党ブラック・パース首領リーダー、久島健三ケンゾウは肉食獣の笑みをたたえて、中庭の中央でたたずむヤマトタケルに言い放つ。なかなかの美少年イケメンだったその顔は、ガンを飛ばす粗野な不良のようにゆがんでいた。


「――黒巾党オレたちの前に全然出てこねェからしっぽ巻いて逃げちまったんじゃねェのかと思ってたぜ」


 あざけりをふくんだその挑発に、ヤマトタケルを取り囲む黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちからも下品な笑い声が上がる。だが、タケルはそんな独創性のない挑発に乗るほど、沸点は低くないようである。眉間にしわを寄せたツリ目で、静かに、だが、怒気のはらんだ声でたずねる。


「――鈴村は無事か?」

「――鈴村? ああ、とりあえず人質として連れてきた中二病女のことか。これもとりあえず無事だぜ。少なくとも、肉体的にはな」

「――肉体的?」

「――精神的にはどうなっているかわからねェってことさ。無縫院になにか色々と言葉責めを受けていたようだからな」

「……そうか。なら、なおさら許せなくなってきたな。てめェら、楽に倒されると思うなよ」


 憎悪と怨念をこめた声調で言って、タケルは左手に持つ光線銃レイ・ガンの銃口を久島健三ケンゾウに向ける。ツリ目で相手をにらむ眉間のしわが一段とふかくなる。


「倒すだとっ!? ふっ、この人数かず相手に勝てると思ってんのか。黒巾党オレたちはあの強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズを壊滅させた強者なんだぞ。しかもこの地形だ。昨日のマンションのようにはいかねェぜ」

「――ふんっ! なにが強者だ。どうぜ戦闘系のギアプによって得た即席インスタントな力なんだろ。それに依存し切ってるくせに、強者と称するなんて、腹筋が超異変レベルで崩壊するぜ」

「うるせェっ!! それはてめェだって同じだろうがっ!」


 健三ケンゾウは激昂のさけびを放つと、口調を変えてヤマトタケルに問いかける。


「――ところで、もう一人の女はどうした? てめェと一緒に管理局へ潜入したはずだが」

「――さぁな。そんなに会いたいんなら自分で捜せば。本人は会いたがってねェけど」


 タケルは凄みのある表情で黒巾党ブラック・パース首領リーダーに答える。


「――そうか、ではそうしよう。てめェを倒してからなぁっ!」


 言い放つとともに、健三ケンゾウ光線剣レイ・ソードを振り上げて突進する。

 同時に、ヤマトタケルを包囲している一人の党員メンバーも、相手の背中めがけて駆け出す。

 前後からの挟み撃ちである。

 タケルは正面から向かって来る健三ケンゾウに狙点を定めて光線銃レイ・ガンを連射する。だが、その弾道はすべて見切られ、ことごとく躱される。動かずに包囲している黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちも、流れ弾に当たることなく、全弾光線剣レイ・ソードの青白い光刃で弾き流す。


「――弾道見切りのギアプを装備インストールしている黒巾党オレたちにそんな飛び道具が通用するかァッ!」


 健三ケンゾウが咆えた時には、タケルとの距離は剣の間合いに入っていた。もはや拳銃ハンドガンでは対処が困難な距離であった。


「――もらったァッ!!」


 健三ケンゾウ光線剣レイ・ソードをタケルに振り降ろす。

 タケルの背後からせまり来ていた黒巾党ブラック・パース党員メンバーも、同時に。

 黒巾党ブラック・パースが得意とする戦術、複数同時攻撃である。

 しかも、前後からの挟み撃ち。

 仮にヤマトタケルが、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズに匹敵ずる戦闘のギアプをインストールした二刀流の使い手だとしても、対応は困難に近い。一合か二合かは凌げ切れるだろうが、そこまでである。健三ケンゾウは勝利を確信した。テレポート交通管制センターで繰り広げた二度目の強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズとの戦いのように。

 ヤマトタケルは前後からの複数同時攻撃を個別にしのぎ続ける。

 光線剣レイ・ソードと十手様式モード光線銃レイ・ガンで。

 二種類の得物で、二人に対してそれぞれ斬り結んだその数は、すでに一〇合を越えていた。


「――なんだとォッ?!」


 健三ケンゾウは激しく動揺する。高級マンションや廃寺の戦いぶりから見て、ヤマトタケルの実力は、強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズより多少は上だが、それでも黒巾党ブラック・パースの複数同時攻撃を凌げる程ではない。にも関わらず、くずれる気配が微塵もない。二人がかりなのに、まるで一対一タイマンのような感覚である。


「……くっ……」


 健三ケンゾウはいったんバックステップして後退する。だが、攻め続けていたもう一方の党員メンバーは、光刀を受け止めれられると同時に振るって来たタケルの胴薙ぎで倒されてしまう。

 タケルが受け止めたのは十手様式モード光線銃レイ・ガン。胴薙ぎは光線剣レイ・ソードによってである。


「……な、なんだ、こいつは……」


 一人の党員メンバーが相手に瞬殺されたのを目の当たりにして、久島健三ケンゾウの動揺は更に増大する。強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズよりも格段に速くもなければ、反射神経も常人離れしているわけでもない。膂力も中の上である。集団で襲い掛かれば倒せない敵ではない。なのにどうして倒せないのか。

 その場で立ち尽くす首領リーダーの動揺は、ヤマトタケルを包囲している党員メンバーたちにも伝播する。

 その隙を、タケルは見逃さなかった。

 またたく間に三人の黒巾党ブラック・パースが撃ち倒された。

 ヤマトタケルが三連射した光線銃レイ・ガンで。

 銃撃様式シユーティングモードに切り替えて撃ったのだ。

 ヤマトタケルは、相手たちの攻撃が届かないのをいいことに、遠距離から次々と撃ちまくる。茫然としていたら、いくら弾道見切りのギアプを装備インストールしていても、宝の持ち腐れである。


「……か、数で押しつつめっ! 撃たれても死にはしないっ! 構わず突っ込むんだっ!」


 あわてて下した首領リーダーの命令に、党員メンバーたちはこれもあわててしたがった。包囲を縮めながら殺到してくる黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちを、タケルは八方に乱れ撃つ。だが、一人で全方位からせまり来る相手を、一個の火箭で全員をなぎ払うには、あまりにも火力不足であった。多少の犠牲を払いながらも、黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちは相手に肉薄する。そして二人の党員メンバーが、別々の方角から、光線剣レイ・ソードの刀身を相手に振り下ろす。二人同時に。タケルはせまり来る二本の光刀を、一方は光線剣レイ・ソードで、もう一方は十手様式モード光線銃レイ・ガンで、それぞれ受け止める。二本同時に。受け止められても、二人の党員メンバーは次々と斬撃を打ち込み続ける。だが、それでも、ヤマトタケルの巧みな剣さばきの前に、一撃も入れられない。さきほどと同様に。それどころか、逆に次々と斬り倒されていく。ヤマトタケルは、射撃と斬撃。攻撃と防御。移動と回避を同時にこなして、相手の複数同時攻撃を柔軟に凌ぎつつ、銃撃や剣撃で反撃する。銃弾の弾道を見切るギアプも、斬撃を織り交ぜた相手の銃撃の前には十全に発揮できず、これもまた次々と撃ち倒されていく。三人同時に攻撃したくても、相手がそれを許さない。それだけタケルの位置取りポジショニングが巧みなのである。


「……な、なぜだ。どうして倒せない。同時に攻撃をかけているというのに……」


 ヤマトタケルの闘いぶりを、離れた位置から見て、健三ケンゾウの動揺は臨界を越えていた。確かに、実力なら、タケルの方が上である。質のいい戦闘系のギアプを使っているのだから。だが、二人同時に攻撃を掛ければ、単体での実力は劣っていても、倒すことは可能である。事実、テレポート交通管制センターに突入した強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズは、その戦法の前に、自分たちよりも弱いはずの黒巾党ブラック・パースに敗れ去った。なのに、タケルは複数同時に相手どっても、対応速度スピードが落ちないのである。単数の時となんら変わりがないのだ。両手にそれぞれの得物を持っている事実を差し引いても。健三ケンゾウはヤマトタケルという謎の少年の実力を計りかねていた。


「……いったい、どうなっているんだ……」


 健三ケンゾウが茫然とつぶやいたその時、


(……『並列処理マルチタスク』……)


 その脳内に女子の声が響いた。

 うめくようなそれは、無縫院真理香マリカが発したものであった。

 精神感応テレパシー通話で語りかけて来たのだ。

 無縫院真理香マリカも、久島健三ケンゾウの視覚に感覚同調フィーリングリンクして観戦しているのである。


(……『マルチタスク』? 何ですか、それは)


 健三ケンゾウがいぶかしげにたずねる。


(――『超脳力』のひとつじゃ。脳内記憶の完全保存と同じく。彼奴あやつは複数の――二個の思考コアを脳内に有する希少な超脳力者、『デュアルタスクラー』なのじゃっ!)


 無縫院真理香マリカは答えたそれは、動揺と驚愕を交えた口調そのものであった。

 『並列処理マルチタスク』とは、複数の動作を同時に実行することができる情報処理能力のひとつである。これがあると、ある動作をしながら、別の動作を同時にする事ができる、言わば『ながら動作』が可能になるのだ。廃寺での戦いで、ヤマトタケルは、二刀流の黒ずくめの少年の斬撃をかわすと同時に零距離射撃ゼロレンジシュートで倒したが、これはひとえに並列処理マルチタスクを使ったからである。

 この超脳力の特筆すべきところは、複数の物事や動作を同時に実行しても、その処理速度スピードが、単数のそれよりも、ほとんど落ちないという点である。通常の人間――シングルタスクラーとちがって。ヤマトタケルは、それを戦闘に応用しているのた。


(……では、ヤツが複数を相手に互角以上に闘えているのも……)

(……並列処理マルチタスク能力を駆使しているからとしか考えられぬ……)


 真理香マリカが苦々しく推論を下す。でなければ、ヤマトタケルの闘いぶりに説明がつかない。射撃と斬撃。攻撃と防御。回避と移動を同時にやってのけるなど。それは、一周目時代に存在していたコンピューターRPGに例えるなら、一ターンに二回行動ができるようなものである。これでは、複数同時に攻撃をかけても通用しない。それどころか、ヤマトタケルの力量の方が上である分、黒巾党ブラック・パースの方が雑魚ザコのように次々と倒されて行く。


「――いかんっ! このままでは全滅してしまうっ!」


 健三ケンゾウは悲鳴に似た声を上げる。


(――白兵戦はやめて、光線銃レイ・ガンでの遠距離射撃戦に切り替えるのじゃ。それならいくら並列処理能力者マルチタスクラーでも対応はできぬ。相手とおなじ土俵でたたかうのは不利じゃ――)


 真理香マリカは指示を下すが、


(――無理です。相手を包囲した状況では、同士討ちになる可能性が――)

(――ええぃっ、おのれぇっ! なら、わらわがマインドサイバー攻撃をかけるっ! 貴様らはその効果が表れるまで防戦に徹するのじゃっ!)


 叫ぶように言い捨てて、無縫院真理香マリカはヤマトタケルに対してテレハックを仕掛ける。だが対象がA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークに対して非接続状態オフラインにしている以上、その通信方式では不可能である。ゆえに、残る手段は直接接続ダイレクトアクセスしかなかった。さいわい、長くもないその射程距離に、その対象は収まっている。それを確認すると、早速テレハックを開始する。それが成功したら、幻覚のマインドウイルスを流すつもりである。どんなに強くても、五感を通した入力情報があやまっていたら、適切な判断はできないし、最適な行動も取れない。現に強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズはそれで半ば自滅した。ヤマトタケルも例外ではないはずである。ワクチンウイルスくらいは所持してあるかもしれないが、それを自己投与する前に党員メンバーが倒してしまえばいい。


「――よしっ! ハックに成功したっ!」


 真理香マリカは冷汗で濡れた唇の片端を釣り上げて叫ぶ。そして幻覚のマインドウイルスを対象に流し込もうとしたその時、


(――うっ!?)


 突如頭部に激痛が走る。頭を抱え、両膝と片手を床につく。


「……な、なんじゃ? この頭痛は……」


 激しい頭痛に苦しみながらも、真理香マリカは周囲に視線をめぐらす。だが、自分がいる中央端末室に変わった様子はない。端末席に座っている黒巾党ブラック・パース党員メンバーにも。こちらの異常にすら気づいてない。物理的なものによる痛打ではないのは明らかであった。


(……ただの頭痛ではないな、これは……)


 もうろうとする意識の中、思考もめぐらす。そして、ついに気づく。


(……まさか、これは……)

(――そう、幻痛のマインドウイルスよ――)


 真理香マリカの脳内に冷徹な声がひびいた。


(……観静、リン……)


 ショートカットの少女の名を、真理香マリカは口にする。


(……おぬしの、仕業か……)

(――ええ。アタシのマインドサイバー攻撃よ。さっきも易々とテレハックされた事といい、ホント、攻撃は得意でも、防御は苦手のようね――)


 リンは嘲笑のひびきをこめて評する。リンA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局のどこかに潜みながら、情報の収集や戦況を管制する一方、真理香マリカがマインドサイバー攻撃を仕掛けてくる事態にそなえて待機していたのだ。その結果、真理香マリカ直接接続ダイレクトアクセスでタケルにテレハックする機会が訪れた。それは同時に、真理香マリカが相手のマインドサイバー攻撃に対して無防備になる時でもあった。その精神波を発信したことにより、真理香マリカの位置を特定・捕捉できたリンは、すかさず直接接続ダイレクトアクセス真理香マリカにテレハックしてその隙を突いた。そしてそれが成功すると、これもすかさず幻痛のマインドウイルスを注入して、タケルに対するマインドサイバー攻撃を阻止したのだ。

 なお、無縫院真理香マリカのマンションや鈴村アイを連れ込んだ空きビルで、相手にマインドサイバー攻撃を仕掛けなかったのは、散布されたESPジャマーの影響で使えなかったからである。

 むろん、これはエスパーダなしではできないので、黒巾党ブラック・パースに捕えられた時には、それを取り上げられていたため、使用は不可能であった。第一、違法行為なので、そう気軽には使えない。


「~~おのれェ~~」


 真理香マリカは憎悪をたぎらせた声でうなる。これではマインドサイバー攻撃を掛けるどころではない。自分のマインドセキュリティに精神力のすべてを注がなくては、逆にこちらがリンのマインドサイバー攻撃にさらされてしまう。ここは防御に徹して態勢を立てなおさなければ。逆攻勢をかけるのはそれからである。

 その間にも、ヤマトタケルと黒巾党ブラック・パースとの戦闘は続いている。

 黒巾党ブラック・パースは再三にわたってヤマトタケルに攻勢をかけているが、倒すことはおろか、掠ることすらできないでいる。

 むしろ、黒巾党ブラック・パースの方が逆に全滅の危機に直面していた。このままでは時間の問題である。


「――くっ。いったん退けっ! 中央端末室まで後退するんだっ!」


 そのように判断した黒巾党ブラック・パース首領リーダーは、残存の党員メンバーたちに命令を下す。無縫院真理香マリカの状態や状況を、感覚同調フィーリングリンクで確認した上での決断であった。


(――普段上から目線で言っておきながらこのザマかよっ! 口ほどにもねェッ!)


 内心で自分の資金提供者スポンサーを批判しながら、久島健三ケンゾウはゆっくりと歩き始める。

 駆け足で撤退する党員メンバーたちの流れに逆らって、ヤマトタケルの銃撃の間合いに踏みこむ。

 両の手には二本の光線剣レイ・ソードがそれぞれ握られている。首領リーダーみずから殿しんがりを務めるようである。


「――あと少し、もう少しなんだ。こんなヤツに天皇簒奪計画を邪魔されてたまるかァッ!」


 健三ケンゾウがさけびを放つと、相手にむかって疾走する。

 その時、ヤマトタケルは、長剣の間合いで、一人の黒巾党ブラック・パース党員メンバーを斬り伏せていた。そして、こちらに向かって来る久島健三ケンゾウを、視界ではなく、気配で察すると、光線銃レイ・ガンを握る左腕だけを動かして引鉄を引く。

 健三ケンゾウを見やらずに撃ったそれは、無狙点射撃ノールックショットであった。

 こちらを見ずに連射してくる青白い光線を、健三ケンゾウ光線剣レイ・ソードで弾き流したり躱したりしながら徐々に接近する。

 その間、ヤマトタケルは、右手に持つ光線剣レイ・ソードで、新たに襲いかかってきた黒巾党ブラック・パース党員メンバーと斬り結んでいる。


「――ちっ、どっちもしぶといぜ」


 タケルは舌打ちするが、その声に余裕は失われていなかった。だが、正面の黒ずくめの少年にてこずっている間に、背後からせまり来る健三ケンゾウに接近を許してしまう。無狙点射撃ノールックショットの連射をくぐり抜けて来たのだ。タケルはすぐさま光線銃レイ・ガンを十手様式モードに切り替え、健三ケンゾウとの白兵戦に備える。片腕で正面の黒巾党ブラック・パース党員メンバーと闘いながら。

 両者の戦いは接近戦による二対一となった。

 健三ケンゾウの片手唐竹からたけを、ヤマトタケルは左側面を向けたまま、十手様式モード光線銃レイ・ガンで受け止め、下段に流す。タケルの上段がガラ空きになったところへ、健三ケンゾウの振るったもう一刀が、袈裟けさ切りの軌跡を描いて襲い掛かる。タケルは光線剣レイ・ソードの刀身でそれを受け止める。

 と、並行して、黒巾党ブラック・パース党員メンバーが振り下ろした斬撃を、右足のかかとを軸にした体さばきで躱す。

 防御と回避の並列実行である。二個の思考コアを持つ並列処理能力者マルチタスクラーならではの攻防である。

 タケルと向かい合った健三ケンゾウは、次の攻防に備えてバックステップする。だが、タケルは逃さなかった。タケルが放った中段前蹴りが、健三ケンゾウ鳩尾みぞおちにめり込む。


「ぐぼぉっ!」


 健三ケンゾウは唾と胃酸の混じったうめき声を吐き出し、身体を折った姿勢でたたらを踏む。

 その間、蹴り足を戻したタケルの背後から、黒巾党ブラック・パース党員メンバーがふたたび襲いかかる。頭上に振り上げた光線剣レイ・ソードが、タケルの脳天へと振り下ろされる。だが、タケルは後ろ向きのまま十手様式モード光線銃レイ・ガンでその斬撃を挟み込む。

 と、同時に、光線剣レイ・ソードを握る右の横肘打ちで、黒巾党ブラック・パース党員メンバーの顔面を、黒のハンカチ越しに陥没させる。鼻っぱしをへし折られた黒巾党ブラック・パース党員メンバーは、鼻血をまき散らしながら倒れる。

 だが、その黒ずくめの少年はただでは倒れなかった。腕を伸ばし、ヤマトタケルの右耳に装着してあるエスパーダをむしり取ってから倒れたのだ。


「――ふふふ、油断したな。オイ」


 鳩尾みぞおちをおさえながら静かに立ち上がった久島健三ケンゾウは、舌なめずりをするような口調で言う。


「――エスパーダさえ、戦闘のギアプさえなければ、並列処理マルチタスクもへったくれもねェ。てめェは強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズ隊長リーダーと同じ状態になったんだ。戦闘の素人の状態に。終わりだな。ついに」


 そして、ヘラヘラと笑いながら、これもゆっくりと相手に近づき、長剣の間合いに入る。


「――さんざんてこずらせてくれたが、勝負あったな。それじゃ、念仏でも唱えながらくたばりやがれぇっ!」


 咆えると同時に振り上げた光線剣レイ・ソードを、久島健三ケンゾウはヤマトタケルに向かって逆袈裟さかけさに振り下ろす。戦闘のギアプを失ったヤマトタケルにとって、対応不能な鋭い斬撃である――

 ――はず、なのに――

 ――タケルはこれまでと変わらぬ動きで、相手の斬撃を光線剣レイ・ソードで受け止める。それどころか、同時に撃ち放った光線銃レイ・ガン零距離射撃ゼロレンジシュートで、健三ケンゾウ鳩尾みぞおちを再び衝撃で貫いたのだ。


「……ば、バカ、な……」


 健三ケンゾウは信じられないといった表情でうめきながら、うずくまるようにその場に倒れこむ。

「――残念だったな。エスパーダのギアプに頼るほど、もろくはないんだよ。オレと『ケン=ジュウ』は」


 地面に伏している健三ケンゾウの頭上から、タケルが見下ろして告げる。


「……『けん=じゅう』、だと……?」


 健三ケンゾウが苦しげに問い返すと、タケルは自信満々の口調で答える。


「――剣と銃を同時に駆使して闘う小野寺流光学兵器ビームウエポン全距離マルチレンジ型戦闘術さ。こいつはギアプなしで会得した戦闘技法でな。それがなくても戦闘力は落ちないんだよ」

「……な、なんだとっ?! では、てめェの、強さ は……」

「――そ。日頃の修練で身につけたものさ。強襲攻撃部隊アサルトアタッカーズ黒巾党てめェらとちがってな」


 タケルが告げた衝撃の事実に、健三ケンゾウは驚愕しながらも、胸中から湧き出た疑問を述べる。


「……なら、どうして無縫院のマンションでは、それで闘わなかったんだ……?」

「――地形的に無理があったからさ。『ケン=ジュウ』は一対多数で闘うことに特化した戦闘術なんでな。狭い廊下では発揮しようがない」


 タケルは悠然とした態度と表情と口調で答えるが、それが言い終わると、途端にそれらを一変させる。


「――あそこで鈴村を撃ったお前を、オレは絶対に許さねェ。本当ならもっとてめェをなぶりたいところなんだが、そんな時間ヒマはねェから、このくらいで勘弁してやる。今回はな」

「……今回は、だと……?」

「――ああ。だから、次回が到来することを切に願うぜ。この程度ですむと思うなよ。アイツが名づけたこの戦闘術は、まだこんなもんじゃねェからな」


 そう言い残して、ヤマトタケルはその場から走り去って行った。

 戦闘中に外された自分のエスパーダを忘れずに拾って。

 健三ケンゾウは遠ざかるタケルの後ろ姿を、うつ伏せの姿勢で恨めしにながめながら、オールバックのツリ目の少年が言っていた一連の科白を反芻していた。


「……小野寺流、光学兵器ビームウエポン式、全距離マルチレンジ型、戦闘術……。小野寺流――まさかっ!?」


 すると、脳内の奥底に沈んでいたある記憶が、意識の水面に急浮上する。


「……そうか、あいつは、あの時の……」


 健三ケンゾウは震える脚に力をこめて立ち上がる。苦しげな表情には、理解の笑みがひらめいていた。

「……なら納得が行く。あいつは、小野寺家の……」


 これも苦しげな口調でつぶやくと、たどたどしい足取りで、部下である黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちの気絶体が散乱する中庭を歩き始めた。

 姿を消したヤマトタケルの後を追うかのように。




 A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の中央端末室では、残存の黒巾党ブラック・パースが集結しつつあった。

 その数は二十人を割り込み、劣勢に立たされていた。

 わずか二人を相手に。


「――久島はどうしたのじゃっ!? やられたのかっ!?」


 無縫院真理香マリカは端末席に座る党員メンバーに叫ぶように問いかける。


「――わかりません。どうやらエスパーダを装着していないようです。おそらく、戦闘中にはずれたと思われます」

「……やはりやられたようじゃな。おのれぇっ! ようやく準備が完了したというのに、この役立たずがっ!」


 真理香マリカは吐き捨てるようにさけぶ。たった今、管理局の端末に組み込んだ記憶操作装置の調整が完了したのだ。後は、自分の手に持っている起動キーを、奥にある端末デスクに差し込み、回すだけである。それだけで『天皇簒奪計画』は完了するのだ。その瞬間、無縫院真理香マリカは、第二日本国の最大の支配者として、日本史上初の女性天皇として、そして、国民的アイドルとして、国民から崇められるようになる。幼少のころから抱いていた夢の地位に、ついになれるのだ。

 それなのに、あと一歩というところで、思わぬ障害が現れたのだ。

 その一人であるヤマトタケルは、A ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワーク管理局の中央端末室の出入口に到達しようとしていた。撤退する黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちを追って。残存の黒巾党ブラック・パースは、光線銃レイ・ガンをかまえて、唯一の出入口である中央端末室の両開きのドアを半包囲している。黒巾党ブラック・パースはこの状態と態勢でヤマトタケルに対抗するつもりなのである。マインドサイバー攻撃をかけても、観静リンに妨害される以上、これしか反撃手段がなかった。いつ襲来するかわからないこの状況では、安心して起動キーを端末デスクに差し込むこともできない。先に相手を片づけないことには。最終実験の時、全国規模の記憶操作だと、それが完了するまで、いささか時間を要することが判明した上に、『マルチタスクラー』だとこの記憶操作を受けつけない可能性に気づいたからである。これでは、いますぐ起動キーを回しても、相手から交戦の意思が喪失しなければ、意味がない。いずれにしても、相手の無力化を最優先にしなければならないと、真理香マリカは判断したのである。


「――ヤマトタケルの『ケン=ジュウ』は、並列処理マルチタスク能力を基礎ベースに、剣と銃を同時に駆使することで、多数の相手を並列対処する戦闘技法。じゃが、遠距離からの一斉射撃には対処しきれないはず。一発を撃つ間に、二〇発も同時に撃たれれば、さすがの『ケン=ジュウ』もひとたまりもないはずじゃ。弾道見切りのギアプを装備インストールしておっても。接近戦だと、同時に襲い掛かれる人数はどうしてもかぎられてしまうからのう」


 半包囲している党員メンバーたちの背後で、真理香マリカはそのように分析する。中庭でのヤマトタケルの戦いぶりを、感覚同調フィーリングリンクした首領リーダーやその部下たちの五感を通して観察した結果である。


「……………………」


 真理香マリカのそばに座りこんでいる鈴村アイは、なにも言えずにただ黙っている。精神感応テレパシー通話の機能があるエスパーダを装着されてないので、仲間にこの事を知らせることもできない。中二の世界では絶大な力を誇る鈴村アイでも、現実の世界ではまったくの無力な住人であった。


「――来ますっ!」


 党員メンバーの一人がうわずった声を上げて仲間に知らせる。半包囲している両開きのドアの把手ノブが、かすかな音を立てて動いたのだ。

 黒巾党ブラック・パースは一斉に狙点を定める。

 室内は静まり返り、緊張感が高まる。

 そしてそれに耐えきれず、号令を待たずにだれかが引鉄を引こうとした刹那――


「ぎゃあっ!」


 突如上がった悲鳴によって緊張の沈黙は破られた。

 悲鳴を飛ばしたのは、引鉄を引こうとしていた一人の黒巾党ブラック・パース党員メンバーであった。

 背後から殴り倒されたのだ。

 青白色に発光する人体を形取ったものに。


「――なっ?!」


 真理香マリカは仰天する。青白色の人体はさることながら、一体どこからそれが現れたのか。テレポート交通管制センターの機能は停止してある以上、空間転移テレポートはまず考えられない。だが、青白色の人体ついてはすぐに見当がついた。人間の精神エネルギーで具現化させた『精神アストラル体』というものである。光線剣レイ・ソードから青白色の刀身を具現化させるのと同じ要領で。すなわち――


(――何者かが精神アストラル体として作り上げた自身の分身――『精神体分身の術アストラル・アバター』――!)


 である。

 そして、それを具現化させた人物が操作しているのは疑問の余地はない。さらに、その人物というのも、考えるまでもない。ヤマトタケルである。観静リンにあのような真似ができるとは考えにくい。だれにでも使える術ではないからである。ギアプを用いても。やはりこれはヤマトタケルが遠隔操作リモートコントロールしている精神アストラル体なのだ。


(――じゃが、これで彼奴あやつの現在位置が絞れたわ。そして、無防備の状態であることも――)


 精神アストラル体が素手で暴れまわる光景をながめながら、無縫院真理香マリカはほくそ笑む。精神エネルギーは、本来不可視で、光線剣レイ・ソードの刀身や精神アストラル体を具現化させるほどの濃度にまでそれを高めないかぎり、物質には干渉せず、そのまま透過する性質を持つ。現に精神感応テレパシー通信に使用されている精神波もそうである。おそらくヤマトタケルは、中央端末室の隣室から、壁越しに精神アストラル体を具現化させて、ドアを注視している黒巾党ブラック・パースの背後を襲わせたのだ。

 だが、精神体分身の術アストラル・アバターにもふたつの欠点がある。

 ひとつは、遠隔で具現化させることが至難なことである。仮にできても、短時間では無理である。少なくても、久島健三ケンゾウとの通信が途絶してから、精神アストラル体の奇襲を受けるまでの間の二分では。幽体離脱よろしく自分の身体から抜け出るように具現化させないかぎり。おそらくそれで隣室の壁際からむこう側の中央端末室の壁際へと迅速に具現化させたのだ。そして、具現化した精神アストラル体を遠隔操作リモートコントロールするにも、黒巾党ブラック・パースA ・ S アストラル・スカイ・・ Nネットワークを掌握しているので、それに必要な精神感応テレパシー通信手段は、その距離が短い直接接続ダイレクトアクセスしかない。ゆえに、本体のヤマトタケルが、ひとつしかないドアから室内に侵入した形跡がどこにもない以上、この中央端末室の側背の壁の向こう側に面したどこかの隣室の壁際から、自分の分身である精神アストラル体を、直接接続ダイレクトアクセス遠隔操作リモートコントロールしているのだ。むろん、そこからすでに離れている可能性は十分に考えられるが、精神体分身の術アストラル・アバターを解かないかぎり、それはないと、無縫院真理香マリカは判断している。

 それがふたつめの、そして致命的な欠点である。

 精神体分身の術アストラル・アバターの使用中は、本体の意識は喪失状態になってしまうのである。本来、一人の人間が動かせる身体は一人分だけで、二人以上だと、操作の負担が著しく増大するのだ。無理に本体の意識を保とうとすれば、今度は精神アストラル体の操作がおぼつかなくなるし、本体の意識も鮮明にはほど遠い。そんな泥酔のような状態では、本体も分身も、戦闘はおろか、身体を動かすことすら至難である。そして、タケルの精神アストラル体の動きにぎこちなさがない以上、それに意識を集中させている一方、本体の意識が失っているのは明らかであった。


(――よし、精神アストラル体の行動範囲から、本体あやつの位置が特定できた。中央端末室のドアとは正反対側の壁のむこう側にある隣室じゃ――)


 無縫院真理香マリカが、精神感応テレパシー通話で、戦闘中の黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちに伝達する。音声でそれをしないのは、相手に精神体分身の術アストラル・アバターの弱点と本体の現在位置を看破したことを悟らせないためであった。黒巾党ブラック・パース党員メンバーは、精神アストラル体と交戦している数人の党員メンバーを残して、中央端末室のドアに殺到する。むろん、真理香マリカが教えてくれた場所に潜むヤマトタケルを倒しに行くためである。いささか回り道になるが、本体の意識が喪失している状態なら、それは容易なはずである。


(――愚かよのう。わらわがそんな重大な欠点を知らぬと思うておるとは。伊達にあの母の娘ではないのだぞ。そんな欠陥能力で勝てると考えておるその甘さ、身を以てあがなうがよい)


 党員メンバーたちがドアに殺到するその様子をながめながら、真理香マリカはあざけりの笑みを浮かべて独白する。

 両開きのドアに到着した黒巾党ブラック・パース党員メンバーの二人が、それぞれのノブを握ってそれを開け放つ。そして、完全に開いたその時、

 両開きのドアを開いた党員メンバーの二人が、突然、突き飛ばされたかのように吹っ飛び、後続の党員の数人を巻き込む。そして、その開け放たれたドアから、一個の人影が躍り出て、出入口付近に殺到していた黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちに襲いかかる。

 光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガンをそれぞれの手に持っているその人影は――


「――ヤマトタケルじゃとォッ?!」


 真理香マリカが驚愕の声をはり上げる。無理もない。精神体分身の術アストラル・アバターの使用中は、本体は動くどころか、意識すらないはずである。なのに、本体も分身も単身の時と変わりない動きを示しているのだ。まるで二人がそれぞれの意思で動いているかのように。


「……いったい、どんな方法で、こんな芸当を、一人だけで……」


 それぞれの場所で、黒巾党ブラック・パースと交戦している精神アストラル体と、ヤマトタケルを交互に見やりながら、真理香マリカは疑問のうめきをこぼす。一瞬、これは観静リン精神体分身の術アストラル・アバターではないかと考えたが、すぐにかぶりを振ると、自分のうかつさを呪う表情になる。エスパーダを装着しているにも関わらず、失念してしまっていたのだ。ヤマトタケルが『並列処理能力者マルチタスクラー』である事実を。ヤマトタケルはそれを駆使して、本体である自分の身体を動かしながら、自分の分身である精神アストラル体を遠隔操作リモートコントロールしているのだ。その証拠に、本体のヤマトタケルは、並列処理マルチタスク能力が必須のケン=ジュウで闘っていない。闘えないのだ。精神体分身の術アストラル・アバター並列処理マルチタスク処理能力リソースを割いているから。


「――二つの動作を同時に実行しても、その速度スピードが一つのそれよりも落ちぬ並列処理能力者マルチタスクラーなら、本体も分身も通常通りに動かせてもなんら不思議ではない。これでは、欠陥能力どころか、おあつらえむきではないか。彼奴きゃつ精神体分身の術アストラル・アバターはっ!」


 真理香マリカは歯ぎしりするが、その直後、あることに気づく。ケン=ジュウが使えない状態なら、中庭の戦いでは通じなかった二人同時攻撃戦法が通じるはずである。ここは戦力を本体に集中させるべきだと、無縫院真理香マリカは判断し、命令を下す。


「――精神アストラル体の方はよいっ! 本体ヤマトタケルに攻撃を――」


 だが、その命令は遅きに失した。タケルはすでに精神体分身の術アストラル・アバターを解いて、ケン=ジュウの方に並列処理マルチタスク処理能力リソースを振りむけて闘っていた。最初から精神体分身の術アストラル・アバターで闘い抜く気など、ヤマトタケルにはなかったのだ。中央端末室に立てこもっている黒巾党ブラック・パースの態勢を精神アストラル体で攪乱し、その隙を突いて室内に突入する目的で使用したのである。それが果たされた現在、それ以上その能力で闘う必要はなくなった。このまま闘い続けていたら、二人同時攻撃戦法に対処できずに倒されていただろう。


「~~おのれェェッ!」


 真理香マリカはまた歯ぎしりするが、これも長くは続かなかった。半数近くまで減った党員メンバーたちに、真理香マリカは再度命令する。


「――相手から離れて、光線銃レイ・ガンによる遠距離攻撃に徹しろっ!」


 それは、ヤマトタケルの奇襲を受ける前に、あらかじめ下していた命令であった。だが、その時とちがい、現在の黒巾党ブラック・パースの態勢は崩されているので、実行に移すのは容易ではなかった。それでも、さらに半数近くの犠牲者を出しながらも、残り半数の黒巾党ブラック・パース党員メンバーは、整然と光線銃レイ・ガンの有効射程距離まで後退することに成功した。そして、相手に狙いを定め、引鉄トリガーを絞った。

 七本の青白い火箭がヤマトタケルに水平に降りそそぐ。

 これでは、どんなに質のいい弾道見切りのギアプでも、複数の動作を同時に実行ができる並列処理能力マルチタスクラー者でも、全弾を同時に躱し切るのは不可能である。


(――やったっ!)


 と思ったのは、無縫院真理香マリカだけではなく、射撃した黒巾党ブラック・パース党員メンバーたちも同様であった。

 だが、ヤマトタケルは、誰もが予想もつかない方法で火箭の集中豪雨を防いだ。

 青白色の刀身を螺旋状に変化させたのだ。鞭様式ウィップモードにした光線剣レイ・ソードの端末を回すことで。

 ヤマトタケルにむかってほとばしった青白色の閃光は、すべて、『螺旋円楯スパイラルシールド』という、螺旋を描いた円状の楯に弾き流された。


「――なっ?!」


 驚愕する黒巾党ブラック・パース党員メンバーたち。だが、その半数以上は、驚愕する間さえ与えられずに、全員くずれ落ちた。

 タケルの反撃で撃ち倒されたのだ。螺旋円楯スパイラルシールドの隙間からほとばしった光線銃レイ・ガンの閃光によって。

 ……こうして、黒巾党ブラック・パースは壊滅した。


「――あいつは――」


 ヤマトタケルは焦慮に似た表情で中央端末室をみまわす。だが、彼が探し求めているその者の姿はどこにも見当たらない。

 その時――


「――動くなっ!」


 何者かがさけびを放った。

 タケルは声が放たれた方角に身体ごと振り向く。

 そこには、頭部がむき出しになっている黒ずくめの少年が立っていた。


「――助けてっ! タケルっ!」


 タケルが探し求めていた鈴村アイ矢面ぜんめんに立させて。

 アイは男の腕に首を絞められている上に、光線銃レイ・ガンの銃口を側頭に押し当てられている。

 明らかに人質兼楯として使われていた。


「――武器を置いて手を上げろっ! でないと、人質の命は保障しないぞっ!」


 人質を取った者としては、至極当然の要求を、頭部をむき出しにした黒巾党ブラック・パースはする。

 月並みとも言える。

 人質を取られた側としては、相手の要求にしたがうと見せかけて逆転の機会をうかがうのが定石セオリーである。

 もっとも、昨日の無縫院真理香マリカのマンションでは、タケルはその定石セオリーを無視してしまったが。

 だが、ここでのヤマトタケルは、殺人的な眼光で相手をにらみながらも、定石セオリー通りにしたがった。それぞれの手に握っている光線剣レイ・ソード光線銃レイ・ガンを自分の足元に静かに置くと、相手と向かい合ったまま、そこからゆっくりと遠ざかり、両手を上げる――

 ――フリをして左手を迅速に動かした――

 ――その直後、


「いダァッ!」


 黒ずくめ男が声を上げた。人質の首を絞めている自分の手に、噛まれたような痛みが走ったのだ。

 鈴村アイが自分の歯で思いっきりそれを噛んだのである。自力で脱出するために。

 痛みで相手がひるんだ隙に、アイは自分の首を絞めていた黒ずくめの少年の腕を強引にはずし、一目散にヤマトタケルの元へ駆け寄ろうとする。だが、


「――このヤロウっ!!」


 黒ずくめの少年が、怒号とともに撃ち放った光線銃レイ・ガンによって、途中で倒れてしまう。

 左手で指弾を撃とうとしていたヤマトタケルの目の前で。


「――ナメたマネしやがっ――」


 そして、黒ずくめの少年が、第二射を、怒声に乗せてほとばしらせようとした矢先、顔面にとてつもない衝撃を受けて思いっきりのけぞった。

 頸椎くびが折れたのではないかと思うほどに。

 ヤマトタケルが渾身の力を込めて叩きこんだ右ストレートであった。

 正確には、空手でいうところの右上段正拳逆突きである。

 顔面を殴られた黒ずくめの少年は、折れた歯と血をまき散らしながらその場で一回転する。だが、それが止まらないうちに、タケルが振り上げた右上段回し蹴りを横っ面にもらい、さらに回転の速度スピードをくわえて吹き飛ぶ。背中からデスクの角にたたきつけられ、その衝撃と反動で上がった顔に、狙いすましたかのような右正拳突きが、間髪入れずに打ち込まれる。再度デスクに叩きつけられ、宙に浮いた黒ずくめの少年の身体は、今度は後ろ回し蹴りによってふたたび宙を飛ぶ。


「……あ、ああ……」


 アイは自分を人質にしていた黒ずくめの少年が、まるでピンボールのように宙を跳ねまわる様を見て、恐怖に似た嗚咽をもらす。さいわい、黒ずくめの少年に撃たれたダメージは、ほとんどなかった。外傷はおろか、麻痺すらない。おそらく、腕を噛んだ際、光線銃レイ・ガンの出力調整機能が狂ってしまったのであろう。だが、今の鈴村アイに、それに考えをめぐらす余裕はなかった。アイの視界で起きている惨劇に、ただただ打ち震えるだけであった。

 そんな鈴村アイの目の前の床に、宙を舞っていた黒ずくめの少年が、鳩尾に踵落としを喰らってたたき落とされる。その姿はボロ雑巾よりも無惨であった。その上に、ヤマトタケルが、飛び乗るように、マウントポジションでのしかかる。そして、右腕を大きく振りかぶり、血とアザにまみれた相手の顔面に更なる打撃を加えようとする。その拳は相手の血で汚れていた。

 ヤマトタケルの顔も。

 鬼の形相そのものであった。

 それらを認めた瞬間、アイの脳裏に七年前の出来事がフラッシュバックする。

 自分を誘拐、監禁した四人の暴漢が、その小屋で全員ズタボロにされた記憶が。

 現在いまの黒ずくめの少年とおなじ状態であった。

 四人の暴漢が折り重なって倒れているその上に、一人の少年が立っている。

 雷光で一時的に照らされたその両拳と顔は、暴漢の返り血で半ば染まっていた。

 現在いまのヤマトタケルのように。

 ――七年前の光景と、現在いまのそれが重なったその時、アイの中でなにかが弾けた。


「イヤァァァァァァァァァァァァァーッ!!」


 断末魔に等しい悲鳴が、中央端末室にとどろいた。

 この声に、黒ずくめの少年の顔面に打ち込もうと振り下ろされたヤマトタケルの拳が、その寸前で急停止する。半ば焦点の失ったツリ目の瞳に、自我を取り戻したような光が戻る。そして静かに立ち上がると、悲鳴を上げたその主を見やり、歩み寄ろうとする。


「……こっ、来ないでっ! お願いっ! イヤァッ!!」


 アイはふたたび悲鳴に似た声を上げる。その場で身体を限界まで縮こませ、相手を直視しないよう目を背けている。まるで、これから虐待を受ける幼児のような、それは様子であった。


「……………………」


 その声で歩みを止めたタケルは、仔ウサギのように身体を震わせているアイに対して、かける言葉もなく、無言で立ちつくしている。


(……また、やってしまったか……)


 内心で無念そうにつぶやきながら。

 どのくらいの時間が経過しただろうか。

 アイがおびえきった表情で顔を上げた時には、タケルの姿は中央端末室のどこにもいなかった。

 代わりにヤマトタケルが立っていた位置には、記憶にある人物が立っていた。

 マッシュショートと糸目をした少年――小野寺勇吾ユウゴであった。


「……鈴村、さん……」


 勇吾ユウゴはおそるおそるといった態で声をかける。


「……だ、大丈夫ですか? いま、結束バンドを――」

「――触らないでェッ!!」


 アイが放った声は、今度は怒号にひとしかった。さきほどまで恐怖で震えていた人物とは思えない程の迫力と豹変ぶりである。


「――なに助けに来てるのよっ! 黒巾党ブラック・パースが一掃された今頃になってっ! それで七年前のつぐないになるとでも思ってるのっ!? だとしたら大間違いだわっ! 七年前あのときとちっとも変わってないじゃないっ! 少しは勇気をふりしぼって闘って見なさいよっ! 男らしくっ!」

「……………………」

「――なんとか言いなさいよっ! 黙りこくってないでっ!」

「……………………」

「~~だからイジメたくなるのよっ! あの三人の女子のように~~」

「……………………」

「~~~~~~~~っ!」


 たまりかねたアイは、さらなる怒号を浴びせようと口を開きかけるが、


「――やめなさい、鈴村」


 げんなりとした、だが鋭い口調の声にさえぎられる。

 アイはその声が聞こえた方角に振りむくと、ショートカットの少女が、そこにたたずんでいた。


「……観静、さん……」


 勇吾ユウゴに名を呼ばれた少女は、アイのそばまで来ると、その両手を縛っている結束バンドを解く。


「――どんな形であれ、あの小野寺がアンタを助けに管理局ここまで来たのよ。安全かどうかなんてまったくわからないのに。その勇気だけは認めてあげたらどう」

「そんなのわかったもんじゃないわっ! 第一、なんでアタシが管理局ここにいることを小野寺こいつが知ってるのよっ!」


 両手首をひととおりさすり終えたアイは、勇吾ユウゴを指さしてリンに詰め寄る。


「……お、教えてくれたんです。ヤマトさんが、管理局ここに突入する前に、精神感応テレパシー通話で」


 答えたのは小野寺勇吾ユウゴであった。


「ほら見なさいっ! 小野寺こいつはタケルの尻馬に乗っかってやって来ただけよ。タケルの強さを知ってさえいれば、だれだって管理局ここまで来れるわっ! たとえそれがどんなヘタレでもっ!」

「――ちょっといい加減にしなさいよ、鈴村。過去のことを差し引いても、それは言いす――」

「いいんです、観静さん」


 勇吾ユウゴが、他ならぬ自分に対する弁護をさえぎる。


「――鈴村さんさえ無事なら――元気になってくれるなら、それでいいんです」

「……小野寺……」

「――そう。それはよかったわね。アタシが元気なのがわかって。わかったんなら、さっさと帰りなさいっ! 帰りなさいってばっ!」

「……………………」


 野良犬でも追い払うようなアイの命令に、勇吾ユウゴは無言でしたがった。

 中央端末室のドアへ歩いて行くその足取りはとても重そうであった。


「――あ、待って、小野寺」


 そこへ、リンが呼び止める。


「――これを持って行って」


 そう言って小野寺勇吾ユウゴに手渡したのは、輪ゴムで束ねられた結束バンドであった。


「――黒巾党やつらが持っていたものよ。これで中庭で気絶している黒巾党やつらを縛っておいて。逃がすわけにはいかないから」

「……うん……」

「――いつのまにか中央端末室ここから姿を消した無縫院は、ヤマトタケルが追ってるわ。健在なのはそいつだけ。だから、安心して作業に取りかかって」

「……わかった……」


 うなずいた小野寺勇吾ユウゴは、それを手に中央端末室を後にした。


『……………………』


 リンは無言でそれを見送ったが、アイは見向きすらしなかった。

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