第9話 終章
――こうして、二カ月以上前から超常特区内で発生していた連続記憶操作事件は、無事解決した。
この事件を起こした
事件の主犯格であり、
事件の被害者は少なくても一〇〇人を越えるが、さいわい、事件の関係者の一人である観静
この事件による死者は、奇蹟的にも、被害者、加害者、ともに0人であった。だが、加害者である
警察の懸命な捜査にも関わらず、進展らしい進展もなければ、解決らしい解決もできずに終わったと思われていた状況下での、急転直下と言うべき解決劇であった。
その功績は、警察よりも、『ヤマトタケル』という、謎の少年によるところが大きく、警察も重要参考人として、姿を消したその少年の行方を追っている。
とはいえ、重要参考人なら、解決日当日に保護した三人の陸上防衛高等学校の生徒だけで充分に事足りた。
だが、その三人の口から語られたその内容は、超常特区だけでなく、第二日本国全体を震撼させるに充分すぎるものであった。
特に、畏れ多くも、現在の天皇を簒奪し、自身が即位する手段が、
その後、しかるべき機関が調査した結果、観静
小野寺
「――まさか
小柄な女子生徒が、昼休みの陸上防衛高等学校の校舎裏を歩きながら感想を述べる。
後輩の観静
時の人だけにその情報量は膨大で、自分の脳裏ではとても投影処理しきれないほどであった。
「――人は見かけによらぬものという
その隣を歩く大柄な女子生徒が率直に応じる。
「――事件が解決してから六日経つけど、いまだ熱は冷めやまぬようね。ま、無理もないけど」
「ホントよねェ。
「これとくらべると、
「逮捕された翌日には『院』の称号を剥奪されちゃうし、
小柄な少女が言うと、あることに気づき、それを口にする。
「――でも、無縫
「その説ならもうくつがえされたわよ。自分に記憶操作をかけて、事件に関する記憶を隠滅した事実が発覚したからね。記憶復元治療装置で記憶を元に戻された事で。まったく、ムダなあがきを――」
そこまで言って大柄な少女が口の動きを止めたのは、ある光景が視界に入ったからである。
「――あれ? あの
小柄の少女も認めたそれは、見覚えのある三人の女子生徒が、こちらに背を向けて、誰かをイジメている光景だった。
一週間前の放課後で見かけた光景と同じであった。
「――これって――」
「――もしかして……」
二人は立ち止まって顔を見合わせると、三人の女子生徒たちの奥に視線を行き渡らせる。
そこには、糸目の少年が、樹木を背に、三人の女子生徒と向かい合っている姿があった。
「――アンタなに生意気にも
「――そうよ。事件じゃなにひとつ活躍できなかった士族の恥さらしが、よくもまァいけしゃあしゃあと」
「――いったいどういう神経をしているのかしら。人間カメラの前で堂々とあることないことのホラを吹くなんて」
「――それでアタシらがアンタを見直すと思ったら大間違いよ。だれがそんなんでダマされたりするもんですか」
「――ミーハーな平民どもと一緒にしないでちょうだい。観静
三人の女子生徒は、糸目の少年――小野寺
なにも言い返さずに沈黙しているのをいいことに。
「……やはり……」
「……ねェ……」
二人は再び互いの顔を見合わせる。例のイジメっ子三人組である。
「――行きましょう。止めに」
大柄な少女が大股で再び歩き始めるが、
「――待って」
小柄な少女が呼び止める。
「――アタシたちが止めに行くまでもないみたいよ」
そう答えた小柄な少女の視線は、ある方向に固定されたままであった。大柄な少女も、それにつられて、小柄な少女のそれに、自分の視線をそろえる。その先には、自分たちとは別方向から、イジメの現場へ向かっているショートカットの少女の姿があった。
「――あら、観静
大柄な少女が軽いおどろきの声を上げる。
「――彼女ならきっと止めるわ。あの
小柄な少女が期待に膨らませたまなざしで眺めながら言う。
「……前回のようなやり方で?」
大柄な少女は懐疑と不安を調合した口調で尋ねるが、小柄な少女は聞いてなかった。
一直線にイジメの現場へと向かう観静
そして、三人の女子の背後まで観静
「――やめなさいっ!」
叱咤の声が上がった。
だが、それは
「――あら、鈴村」
「
平民である
「……な、なによ、アンタ……」
三人のリーダー格であるウェービーロングの少女が、その迫力に押されて思わずひるむ。
「アンタなにこいつをかばってるのよ。アンタだってこの前までこいつをイジメてたじゃない」
「――そうよ。なんで態度を一八〇度替えたのか知らないけど、アタシたちの邪魔をするなら」
「――鈴村もイジメるっていうの?」
最後のセリフは、三人の少女たちの中から放たれたものではなかった。
背後から聴こえたその声に、身体ごと振り向いた三人の少女たちは、今になってようやく観静
「……あ、アンタ――いえ、あなたは……」
ウェービーロングの少女が、困惑と動揺をむき出しにした表情と口調で言い直す。
「――いいよ。別に、イジメても。これもまた『吉事』としてコレクションにするから。ささ、やってやって」
『……………………』
「――
それを最後まで見届けずに、
「……う、うん。大丈夫……」
「――よかった。なんともなくて」
それを聞いて、
「――安心して、
「……で、でも、僕は……」
「――あらあら。どういう風の吹き回しなの? 鈴村」
二人のそばにいる
「――今まであんなに憎んでいた小野寺をかばうなんて。いったいどんな心境の変化で、イジメる側からそれを守る側に回ったの?」
「そんなの決まってるじゃない。あの時
「……アタシ、嬉しかったわ。とても。やっと、やっと、自分の
「……………………」
「……今までゴメンね、
「……鈴村、さん……」
「……
「……………………」
「……ダメ、かな……。……ダメ、よね……。そんな虫のいい話……」
「――ううん。そんな事ないよ」
「――っ!! それじゃ――」
「――これからもよろしくね、
「……うん、
涙まじりにうなずいた
身体の芯まで届くような温かさに、それは満ちていた。
「――ほら、アタシの言った通りだったでしょ、小野寺。アンタはヘタレじゃないわ。勇気あるオトコよ。それは鈴村だって認めたじゃない。だから、安心しなさい」
「……えっ!? 言ってましたっけ? そんなこと、観静さん……」
(――あっ、いけない――)
(――小野寺の脳内仮想空間でやり取りした事は、それが終わった後、すぐに記憶操作で消去したんだっけ――)
「――観静。もしかして、だれかに記憶操作されたんじゃないのっ!? それって」
「急いで記憶復元治療を施さないとっ!」
「そうですね。でもいつどこでそれを――」
「
「……ええ、わかったわ……」
せっつかれた
「――それにしてもよかったですね。記憶復元治療装置が無事見つかって。僕たちが
「――どう? 二人とも――」
「――アタシは異常ないわ」
「――
「――僕も大丈夫です。記憶操作はされていないみたいです」
「……そう。よかった……」
(――こっちもね――)
それは
あの時、
(――
内心で罪悪感に苛まれながらも、
「――でも、なんであんなことを言ったの? 観静」
不意に
「……あっ、あれはね、きっとだれかと間違えたのよ。以前、似たような
「……………………」
あわてて言いつくろう
「――おっ。ここに雲隠れしておったんか」
「――なんの用なのよ。取り調べなら、アンタの気が済むまでつき合ってあげたでしょ。これ以上は勘弁してほしいわね」
「――いやいや。そないなことやない。お前にあやまりに来たんや」
「……あやまりに?」
「――お前の言うてたことは全部ホンマのことやったんやな。
(――あ、そうか。そう言えば
「――
「……そ、そないなこと言うたって、しゃーないやろ。記憶操作されておったんやから。それに、ワイに記憶操作したのは、
「仕方ないでしょ。あの時点で信じてもらえなかった以上、アンタにこの事を記憶したまま放置しておいていたら、アタシの身に危害が及ぶかもしれなかったからね。アンタの口って綿よりも軽いし、実際、
「……うう、あんまりや……」
「――観静さん。気持ちはわかりますけど、どうか龍堂寺さんを許してあげてくれませんか」
そんな
「――あの事件の後、龍堂寺さんと警察は事後処理と並行して、僕たちや被害者の救済に全力を挙げてくれたのですから」
それも懸命に。
「……小野寺がそこまで言うなら……」
そこまで言われた
「――おおきにィ~、小野寺ァ~。やっぱ持つべき者は
「……アンタ、いつから小野寺と友達になったのよ」
「――たった今からや。男の友情に時間は関係あらへんのや」
「……ホント、調子がいいんだから。中学の時からちっとも変わってないわ……」
「――ま、記憶は変えられても、性格までは変えられないからね。記憶操作は」
そして、そのように結論づける。
「……記憶操作……」
それを聞いて、
「――アタシね。今回の事件を通して、色々と考えた末にわかったことがあるの」
その前置きに、一同が本人に視線を集中させて傾聴する。
「――記憶ってやっぱり命よりも大切なものだってことが……」
「……記憶は自分の過去の情報を記録するだけの脳機能の一つじゃないわ。物心ついてからそれを積み重ねてきたこれまでの自分が、
『……………………』
「――なのに、それを記憶操作でイジるのは、その人を冒涜する以外の何物でもないわ。ましてや、
「……鈴村……」
「……けど、手を出してはいけないとわかっていても、手を出したくなるのもたしかよ。事実、アタシも手を出したくなったわ。強制ではなく、自らの意思で。でも、アタシは思いとどまった。なぜなら、記憶は命よりも大切なものだということを思い出したから――いえ、
「……
「――もしかしたら、一度目の記憶操作で、アタシが
「……………………」
「――だからね、
「うんっ!」
「……でも、できれば観静さんや龍堂寺さんもその中に入れたいんだけど……。いいかな、
「もちろんっ! 二人さえよければ――」
快諾した
「――そら当然やろ。ワイと小野寺はマブ
「……まァ、アンタたちがそこまで言うのなら……」
「――ありがとう。
「――いいのよ、
「――それじゃ、さっそくアタシたちの想い出を作りましょう。さァ、
「…………ヤダ…………」
幼馴染の拒絶に、
「――なに言ってるそばからイヤがってるのよっ!」
「だってイヤなんだもんっ! 闘いなんて、ボク嫌いだし……」
「情けないこと言わないでっ! それでも
「それでもイヤなものはイヤなのっ! 痛いし苦しいし辛いし、全然楽しくないもんっ!」
「それも想い出のうちに入るって言ってるでしょ!
「……で、でも……」
「――それに、首席で卒業しないと、専業主夫になる許可が得られないんでしょ! なら、誰よりも人一倍努力しないと。そのためにも、アタシと一緒に実戦訓練よっ!」
「……………………」
(――やれやれ、そんな事しなくても、
(――メチャクチャになってもいない小野寺の記憶を元に戻そうと奔走する事といい、鈴村ってホント、ムダな努力が好きねェ。まァ、それは専業主夫志望の
ため息まじりの感想を、糸目の男友達に対してつけ加えるのも、忘れずに行った。
「――おしっ! ワイも手伝ったるでっ! 観静っ、お前も加われやっ!」
事情の知らない
「――あきらめなさい、小野寺。これがアンタの選んだ道よ。そして、イヤなことを強要されて不幸ザマァ~ッ。ギャハハハハハッ!」
「ええェ~ッ……」
――そして、四人の少年少女はにぎやかな
「――行っちゃったね」
四人の後輩を見送った小柄な少女が、大柄な少女に言う。
その表情は青空のように澄み切っていた。
「……………………」
それは、無言で見送った大柄な少女も同様であった。
「――今日は暑くなりそうね」
大柄な少女が言うと、ごく自然な動作で空を見上げる。
雲一つない初夏の青空が縦横無尽に広がっている。
記憶操作する余地のない、青一色の空であった。
――完――
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