一瞬で過ぎ去った嵐の後

 御神楽さんはショックで腰を抜かしたまま。


「あ、あのぅ…御神楽さん…大丈夫…じゃあないですよね…」


 私は御神楽さんの様子を窺うために声をかける。

 

「馬鹿か貴様は!大丈夫なわけないでしょう!慧架様、私皿木のやつに一発食らわせてきます!」

「千染さんこそ、よく考えてみてください?今皿木がどこに行ったのか分からないでしょうに」

 

 優紗がそういうと千染さんはぐぬぬ…と引き下がる。


「悪い!遅くなった!」


 あとから遅れて穂村さんもやってくる。


「…?どういう状況だ?」


 穂村さんはその場にいなかったので状況がイマイチ読み込めていないようだ。

 なので私が先程起きたことを説明する。

 ユグドランドで遊び終わった後帰ろうかという話をしていた時、突然私たちのもとに皿木が現れた。

 なにかを察した御神楽さんはグループチャットにそのことを報告。

 それに一足早く気づいた優紗と千染さんが助けに入る。

 優紗が私達に近づいた目的は何だと聞いたら、皿木は「将来自分の妻になる人物に会いに来た」といい、御神楽さん(正確には御神楽さんのリアルアバター)にキスをし、去っていった。

 そのことを私は穂村さんに伝える。


「…なるほど、そういうことがあったのか」

「焔竜、貴様いったい何をしていたんだ!」

「穂村さんを責める必要はないのではなくて?それほど熱心に修行していたということでしょう?」

「いや、俺も俺でホロウに伝言をもらっていたんだ。それで遅れてしまった」

「伝言…?」

「ああ…まあ、これに関しては後で言う…」


 口をもごつかせながら穂村さんは本当は言いたくないなとでも思っているような顔をしていた。

 こう…いうのが恥ずかしいというのが目に見えてわかる。

 雪菜さん関連のことだろう。


「おい、慧架…だいじょうぶ…なわけないよな…。まあ、なんだとりあえず立とうぜ」


 穂村さんは腰を抜かしている御神楽さんを立ち上がらせようと手を引っ張る。

 御神楽さんの方は穂村さんに促されるがままに立ち上がった。

 そして御神楽さんはゆっくりと伏せていた顔をあげる。

 しかしその顔を見た私たちはギョッとする。

 御神楽さんが大粒の涙を流して静かに泣いていたからだ。

 全く知らない相手に…しかも自分の育ての親を殺した計画に関わっている人に将来の妻だからっていう理由でキスされたら怖いし、気持ち悪いに決まっている。

 

「やっぱり皿木のやつを今からシメてきます!」


 泣いた御神楽さんを見て千染さんがそう言った。


「ですから先ほども言ったでしょう?居場所はわかっているのですか?」


 優紗がそういうと穂村さんが千染さんにこう聞いてくる。


「千染はもともと皿木の場所にいたからわかるんじゃねえのか?」

「悔しいことに、私が皿木と会ったのはこのユグドラシルONLINEの中でなので居場所がわかりません。奴の使っていたルームも捨てアカでしたし」

「そうか…それじゃあ追うこともできねえな…」


 というやり取りをしている中でも御神楽さんは一人静かに泣いていた。


「まあ、さすがに俺らも鬼じゃねえ…泣き止めとは言わない。ため込むのもよくねえしな」


 穂村さんが御神楽さんの肩をポンッとしながらそう言うと御神楽さんは穂村さんの方を振り向き、彼の胸の中で声を出して泣く。

 穂村さんもまさか御神楽さんが自分の胸に飛び込んでくるとは思ってい長ったようでびっくりしている。

 ちなみに千染さんはそんな穂村さんと御神楽さんを見て固まっている。


「ぼくのファーストキス…わけのわかんない奴に奪われた‼‼‼」


 御神楽さん自体もようやく頭の中で物事が追い付いてきたみたいで、さっきの出来事を思い出したかのように「最悪‼‼」だとか「なにあいつ!キモイ‼‼‼無理‼‼‼」と泣きながら愚痴を吐き始めた。

 泣いている御神楽さんを穂村さんはそうかそうかと言いながら背中を撫でていた。

 そんな二人を引き裂くように千染さんが声をあげる。


「穂村炎真!今すぐその場所を変われ!ずるいぞ!」


 二人を本当に引き話そうと、千染さんは穂村さんと御神楽さんのもとへ向かう。


「思いっきり欲望が出てる…」


 思わず私がそうこぼすと優紗も「右に同じくですわ…」と頭が痛いとでも言いたそうな顔をした。




 そんな嵐のような出来事が起きた後。

 さすがに優紗も私と遊園地に行った御神楽さんを咎めることはなかった。


「落ち着いたか?」


 穂村さんは御神楽さんに優しげな声で問いかける。


「うん…勝手に胸借りちゃってわるかったね。驚いたでしょ?」

「いや…こういう感じなのこれで二回目だしな。思ったよりかは驚かなかった」

「二回目…とはどういうことなのでしょうか?」


 という優紗。

 私も気づいていたがそこはあえて聞かないようにしたけど、優紗が聞いてしまったのなら気になってしまってしょうがない。

 御神楽さんは穂村さんに余計なことを言ったな?という視線を向ける。

 それに気づいた穂村さんはやばい!という顔をした。

 そして千染さんはまた嫉妬で体を震わせている。


「貴様…慧架様を泣かしたのか!?」


 今にも穂村さんにつかみかかろうとする千染さん。

 その間に急いで御神楽さんが割って入る。


「違うよ千染、落ち着いて。ぼくは炎真に泣かされてないから。前に…その…ヤなことがあっただけだよ」

「まあ、そういうこった。これに関しては本人も詳細を言うのはきついだろうから気になったとしても、気にしないでもらえねえか?」

「わかりました」

「そう…ですか。それは余計なことをお聞きしましたわ、ごめんなさいまし」

「ありがと…優紗、叶波」


 と御神楽さんは私と優紗にぎゅっとハグをした。


「めずらしいですわね、御神楽さん。わたくしにこういうことをなさるのは」

「あれ?いやだった?」

「少し照れくさいような気も致しますが…ようやくわたくしにも心を開いてくださったのだと思うと嬉しいですわ。…それよりも千染さんの憎悪と言えばいいのか羨望と言えばいいのか分からない視線が痛いほどわたくしと叶波に刺さってくるのですが…」


 

 


 



 



 

 

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