呼び声と帰路
ぼくは失っていた記憶を全て思い出した。
こんなことならあの時…。
ああもう、何もかもどうでもいい。
生きていることに意味が見いだせない。
『…ぐらさん!…御神楽さん!』
『…か!…慧架!』
この声は優紗?
次に聞こえたのは炎真の声だ。
なんか勝ち逃げがどうのこうの言っている。
もしかしてランキングマッチのことかな…。
その件に関しては二人には申し訳ないと思う。
だけど、できることならぼくはもうこのまま目覚めずにいたい。
そうすれば、あんな家のことも全てなかったのことにできるから。
恵果と過ごした日々はもう戻らない。
どうせ生きていたって辛いことしかない、ろくでもない人生だ。
生きているだけ無駄だ。
だからどうか、このままでいさせて…お願いだから。
ぼくはそのまま二人の声から意識を離そうとした。
だけど、そこにこんな言葉が聞こえた。
『御神楽さんが苦しい思いをしているなら私も一緒に戦います!だからどうか、起きてください!恵果さんと約束したんでしょう?彼女の分まで生きていくことを。強く生きていくことをここであきらめちゃ、恵果さん…天国で悲しんじゃいますよ?』
これは叶波の声だ。
どうして彼女があの人のことを…恵果のことを…?
「どう…?ミクルちゃん。あなたのことを想ってくれているお友達がまだいるんだよ?」
とぼくに話しかけたのはボロボロの姿になった羽賀雪菜の記憶の残滓だ。
「羽賀…雪菜…?」
「ああ、よかった。ようやく私の方を見てくれた…。叶波ちゃんの言った言葉思い出してみて?あのお姉さん、えっと…恵果さんと約束したことを。あなたの人生、つらいことも多かったけどそのつらかった人生を支えてくれた人がいたでしょ?」
「あの人は…恵果はもういない…」
「そうね、恵果さんはいないわ。でも、ほかにもミクルちゃんを支えてくれる人はいるはずでしょ?」
「でも迷惑かけるわけにはいかない。だったらこのままで…」
「迷惑じゃないはずよ、特に炎真くんは。彼はね、つらいとき色々な人が支えてくれたの。だからこうして今、立ち直れているの」
「そのころはキミは死んでしまったはずなのに、どうしてわかるのさ?」
「あなたたちの見た情報からそれを知ったからよ。炎真くんは今まで誰かに支えられてきた分、今度は自分が支える側になりたいんだと思う。だからね、頼ってあげて欲しいな。そうすればきっと喜ぶと思う」
と羽賀雪菜はぼくに微笑みかけ、そういった。
「…キミら、ホントに相思相愛なんだね。うらやましいよ」
とぼくがそう言うと、羽賀雪菜は顔を真っ赤にする。
「も、もちろん炎真くんだけじゃないよ!桜宮財閥のお嬢様だってあなたを支えたいって言っているわ」
「桜宮財閥のお嬢さん…ああ、優紗ね」
「そう、優紗ちゃん!なんだかミクルちゃんのこと、放っておけないっていう風だったわ。まるでミクルちゃんのお姉さんみたい」
「ちょっと待って?優紗より、ぼくの方が年上だよ?」
「あっ、そうか…。そうだね。そして何より叶波ちゃん!叶波ちゃんはあなたがつらい時も一緒に戦ってくれるって言ってくれているよ?一番頼りになるでしょ!」
あの自分に自信がなさげだった叶波が…ここまで言ってくれるなんて…。
それに少々驚いてしまったぼくがいる。
そんなこと言ってくれたの、恵果以来だな。
ああ、だからか。
ぼくが叶波と一緒にいると、妙に落ち着いていた理由は。
顔も声も似ていないけれど…、根本的なものが似ていたんだ。
優しく、強い心を持っている人だから。
「…あれ?この歌…」
どこかからあの懐かしい歌が聞こえてくる。
恵果との思い出の曲…『Keep Yourself』だ。
結構マイナーな曲なのに…どうやって探し当てたんだろう?
「ほら、みんなミクルちゃんが起きるのを待っているよ?」
みんなの…叶波、炎真、優紗のぼくを呼ぶ声がだんだんと大きくなった。
そして、ぼくの真っ暗だった意識の世界に一筋の光が差す。
「この光をまっすぐに進んでいけば、あなたは目が覚めるわ」
と羽賀雪菜は光指す方を指さし、微笑みながら言った。
ぼくは迷ったけど、その道筋を進むことにした。
でも、心残りがあったから一度足を止めた。
「ねぇ、雪菜」
ぼくは羽賀雪菜の名を呼ぶ。
すると彼女は嬉しそうな顔をする。
ようやく名前を呼んでくれた、そんなことを言いたげな顔をしてた。
「なに?ミクルちゃん」
「ありがとう、ぼくの…最初の友達になってくれて。キミの存在がなければ…ぼくはこうして、笑っていられる生活はできなかった。親代わりだった恵果とは違う、友達と一緒にいることという大切さを教えてくれて…本当にありがとう」
「ミクルちゃん…」
ぼくの言葉を聞いてか、雪菜はボロボロと泣きだした。
ぼくはどうすればいいのか分からずにおどおどする。
「泣かせるつもりはなかったんだけどな…。まずい、炎真にどやされる」
「ううん…傷ついたり、悲しいから泣いてるんじゃないの…。嬉しくてつい泣いちゃった…。そんな風に思ってくれててとっても嬉しい!」
「そっか…よかった。たまにはだけどさ、またこうしてぼくの夢の中に現れたりってできるの?」
「うーん…どうだろう?わからないなぁ…。でも、またこうして話し合いたいな」
「そうだね。今まで話せなかった分、また話したい。ああ、本当キミが生きていれば…」
「過ぎてしまったことだから…それはしょうがないよ」
「雪菜は本当に強い子だね。…本当にありがとう」
「お礼はあの子たちに言ってあげて。あの子たちがこれからのあなたを支える存在となるんだから」
「わかった、そうするよ。…それじゃあ、ぼくはもう行くね」
「うん、気を付けて!バイバイ、ミクルちゃん!」
雪菜は手を振ってぼくを見送った。
ぼくは歩く。
そしてぼくの体は光に包まれたのだ。
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