自暴自棄

 数十分経った頃、御神楽さんがパチッと目を覚ます。


「あっ、御神楽さん。よく眠れました?」

「目が覚めましたのね。おはようございます」


 私と優紗は目が覚めた御神楽さんにそう話しかける。

 御神楽さんは「うっ…」と小さく呻いたあと、私達に目を合わせる。

 …だが、そのあとの反応がおかしかった。

 なぜかひどく怯えていたのだ。

 寝起きにもかかわらず、御神楽さんは素早い動きで私達から離れる。


「ど、どうされたんですの?御神楽さん…?」

「近づくな!」


 優紗が御神楽さんに近づこうとすると見たこともないような形相で睨み始めた。

 それに思わず私と優紗は身をすくめてしまう。


「…か」


 その場で崩れ落ちたかと思いきや、何か言葉を発している御神楽さん。


「…か。…いか……けいか…」


 『けいか』と自分の名前を発する御神楽さん。

 いや、でも何か違うような…。


「なぜ、御神楽さんはご自身の名前をつぶやいていらっしゃるのです…?」


 優紗はわけがわからないとでも言いたそうだ。

 この感じはもしかして…。

 御神楽さんは自身の名前を言っているのではない。

 あの人のことを…『恵果さん』のことを呼んでいるのだ。


「いやだよ…おいていかないでよ…。ぼくを…ひとりにしないでよ‼‼‼‼恵果…恵果!!!わああああああああああああああ‼‼‼‼‼」


 御神楽さんは端末に触れていないにもかかわらず、『稲荷・雅』へと姿を変える。

 耳をふさぎたくなるような叫び声の後、私達のいる空間一帯が大きく揺れ始める。

 びりびりとしたオーラでなかなか御神楽さんに近づくことができない。


「ふふふ…。自力ですべて思い出されたのですね…」


 とブルートがいつの間にかこちらにいた。


「あっ、てめぇいつの間に!」


 それに気づいてか、穂村さんもこちらに向かう。


「おい、慧架を押さえつけておけって言っただろう!なんだこの状況は!?」


 と穂村さんは私に事の説明を要求した。


「そ、それがわかんないんです…」


 本当に原因がわからないからそう答えるしかなかった。


「はぁ?」

「目が覚めたと思ったらひどく怯え始めて…。そしたら急にご乱心なされたんですわ」


 と私では説明できなかったことを優紗が説明してくれた。


「おい、吸血鬼!お前やっぱり慧架に何かやったな?!」


 穂村さんはブルートの襟首をつかみそう言った。


「いえ、私は何もしていないですよ」

「嘘つくんじゃねえよ!」

「本当に何もしていませんよ。…いうなれば、記憶を失った部分を一気に思い出して自暴自棄になっている…とでもいう状況ですかね。一種の混乱状態です。…ですが、あまり暴走状態に陥ってしまうとあの方の命にもかかわるかもしれませんねぇ…」

「そ、そんな!」

「なんとかする方法はありませんの?」

「私は敵ですよ?簡単に教えるとでも?…と言いたいところですが、私にはあの方の存在が必要なのでね。致し方ありません、協力いたしましょう」


 私は…いや、たぶんその場にいた全員、ブルートのその言葉に耳を疑った。


「協力する…?今、協力するっつったか?」

「わたくしに聞かれましても…。しかし、信じられませんわね…」

「で、でも協力してもらえるんだったらしてもらった方が…」

「ほら何をぐずぐずしてるんです?」

「あの…本当に協力してくれるんで?」


 私は恐る恐るブルートに聞く。

 さっきまで敵だった人物だ。

 容易に信じることは難しい。

 私のその質問にブルートはふっと鼻で笑う。


「私の目的はだ。それが叶えば皿木の命令などもうどうでもいい」


 

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