ふわり、ふわりと夢の中。

 フワフワと心地よい感覚だ。

 どうやらぼくは夢の中にいるという感覚が不思議とわかった。

 泣きつかれて寝ちゃうとか…ぼくは赤ちゃんか?

 あんなにわんわんと泣いたのはいつぶりだろう?

 気を張って、泣かないようにしてたから随分と久しぶりな気がする。

 妙にスッキリしたけど、女の子の前で、しかも年下の前であんなに大泣きするなんて…。

 恥ずかしすぎて合わせる顔がない。

 ぼくははぁ~っと大きくため息をついた。


「そんなに大きなため息ついてどうしたの?悩みごと?」


 とぼくの肩をぽんっと叩きながら、少女の声を耳にした。

 ぼくは思わずその手を払い、こう言った。


「だれだ?」


 振り返り、後ろにいるのは誰かと見てみるとそこにいたのはなんと…羽賀雪菜だった。


「羽賀…雪菜…?なんで?」


 そう言うと羽賀雪菜は少し悲しそうな顔をしたような気がした。

 なんでそんな悲しそうな顔をする?

 でも質問には答えてくれた。


「そう、私は羽賀雪菜。そしてここは夢の中だよ」

「いや、うん…それはわかるよ。質問にちゃんと答えてくれないかな?なんでぼくの夢の中にいる?」

「えっと…私はね、正確に言わせてもらうと羽賀雪菜の記憶の残滓。あなたは今いる場所の記憶の小箱の中身と反応しているのよ」


 …ああ、あれか。

 ぼくはそれを聞いてなんとなくだが納得する。


「だったらなんでこんなタイミングで?」

「あなたがなんでかわかんないけど…とても気を張っている状態だったからか、なかなかリンクすることができなくて…。本当はあなたと記憶のリンクを早めにしておきたかったの」

「その言い方だと、代わりにほかの誰かとリンクしたように聞こえるけど?…炎真とか?キミら、なかなかいい感じだったんでしょ」


 そう聞くと羽賀雪菜は顔を真っ赤にする。


「ち、ちがうよ!炎真くんとはまだリンクできてない。…っていうかあなた、随分印象が変わってしまったのね…。なんというかやさぐれた気がする…」

「キミ、ぼくとどっかで会ったことあるっけ?悪いけど、どういうわけかぼくは記憶の一部が飛んでいてさ、覚えてないんだよ。んで?最初にリンクしたのは誰なの?」

「…清本叶波ちゃんよ」

「何を教えた?」

「あなたを助けてあげてって」

「ぼくを?どうして?助けられるのはキミのはずでしょ。第一、キミの精神データを見つけ出すためにぼくらはこういう目に遭っているんだからさ」


さすがにちょっと言いすぎたか?

ぼくは様子を伺う。

彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。


「巻き込んだことは…申し訳ないと思っているよ。ことの発端は私があの人を拒んでしまったことからだから…」

「あの人…?もしかして皿木のこと?」

「そこはわかっているのね。うん、そうだよ。豊羅さんが私のことが好きでいたのは分かってはいたけど…、やっぱり私が好きなのは炎真くんだから…。そこは譲れなかったの」


と、少し恥ずかしそうにハニカミながら羽賀雪菜は言う。

うわぁ〜、めっちゃ惚気けるじゃん。

これじゃあ皿木は炎真に勝てないわけだね。

それにしてもなんで一瞬ぼくは心がもやっとしてるんだ?


「もう一回きくんだけどさ…。羽賀雪菜、キミはぼくとどこかで会ったことあるん…だよね?炎真がぼくに初めて会った時、ぼくのアバター…『稲荷・雅』はキミのものだったはずだって言ってたし。正直、ぼく自身もいつのまにかこの『稲荷・雅』がアバターになってたから不思議だなって思ってたんだよ。ぼく、ほかのアバター使ってたはずなんだよな…。それがどんなものだったのかは思い出せないままなんだけど」

「うん、そうだよ。私達は会ったことある。友達だったのよ?…と言っても、会ったことあるのはほんの数回だけなんだけどね」

「そう…なんだね。なんか悪いね、何も覚えていなくて」


 ぼくがそう言うと、羽賀雪菜は「ううん」と首を横にふる。


「忘れてしまったのは仕方がないことだよ。あなたはよほど辛い目に遭ってたみたいだし…。私が友達だって言ったはずなのに何も知らないでいた…」

「まあ…それは同じ言葉を使わせてもらうと、仕方のないことだね。ぼくの家、かなり特殊でさ。一般人たちのコミュニティとは隔離されてたし」

「ああ、だからあの時…。ところでなぜあなたは『御神楽慧架』って名乗っているの?」


 と、羽賀雪菜はぼくにそう聞く。


「えっ?何言ってるの?これがぼくの名前だからだけど…?これ以外にどれがぼくの名前だっていうのさ?」


 ぼくがそう言うと羽賀雪菜はひどく驚いた顔をした。

 

「なんでそんなに驚いた顔をしてるの?」

「それ、本気で言ってるの?


…。

 その言葉を聞いた途端、夢の中にいるはずなのにひどく視界がゆがんでいくのを感じた。


「ちがう…ぼくは…ミクルじゃない…そんななまえじゃ…」

「それに、『ケイカ』って名前…ミクルちゃんの大切な人の名前だったはずよ」


 羽賀雪菜からでたその言葉。

 『ケイカ』はぼくの名前じゃない?

 思い出せなかった『あの人』の名前が『ケイカ』…?

 

「あっ…。ああ…あああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 混乱したぼくはただこうやって叫ぶことしかできなかった。


「…ミクルちゃん?ミクルちゃん?!どうしたの?!」


 羽賀雪菜がぼくを呼んでいたような気がしたが、それはぼくの耳に届くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る