電脳ペット2

 そして『安らぎの花篭』は光とともに消えていった。

 どうやら、モコの治療は終わったらしい。

 モコの方はいきなりお花に囲まれたのに驚いたのか、まだちょっとびくびくしていた。


「治療はこれで終わりですわ」


 優紗はにこりとそう言う。

 さすがは回復のエキスパートというべきか、モコのけがはきれいさっぱりとなくなっていた。


「ほぇ~…すごい…」

「ほめていただきありがとうございます」

「いや、お礼を言いたいのはこっちだよ。モコを助けてくれてありがとね、優紗」


 と私が言うと優紗は少し照れた。


「電脳世界のモンスターに言うのもおかしいかもですが…。あとは栄養満点のご飯とゆっくり安静になさってください」

「ご飯…?あるの?」

「はい、ありますわ。電脳ペットの育成キットというべきでしょうか?哺乳類、爬虫類、魚類、昆虫類…それぞれの種類に分かれてそういうものがございますの」

「…おかね、足りるかな」


 まるで本当にペットを飼っているかのような感覚だ。

 でも、ペットにするって決めたからそれくらいの覚悟を持たなきゃ!


「大丈夫ですわ、わたくし念のためと思い育成キットを持ってきてあるので」


 と優紗はそういい私に渡す。


「えっ!?いいの?!」

「構いませんわ」

「あっ、お金…。お金渡すよ!」

「お金も結構です。これはわたくしが好きで行なっていることなので」

「も、もうしわけねぇ…!」


 思わず私は土下座をしながらそう言った。

 モコはきょとんとしながらそんな私を見る。


「ど!?土下座はおやめください!?」


 と優紗が言うので私は頭を上げる。


「さすがに私ばっかり何かしてもらうのは申し訳なさすぎるよ…。こんど、何かお礼がしたい…って言っても私に何ができるかわからないけど」

「気になさらないで?わたくしを頼ってくれた、これがわたくしにとっての報酬ですわ」


 うっ…、優紗…。

 あなたはなんていい子なんだ…。

 天使ってこういう子のことを言うんだなって私は思った。

 

「あら?モコちゃん、どういたしました?」


 と優紗が突然そう言うので私はモコを探す。

 優紗の…正確には『エルフ・ロゼッタ』のスカートのすそを引っ張っていた。


「あっ!モコ!」

「まだ叱らないで上げてください。なにかしたそうですわ」


 と優紗はいう。

 私はちょっと様子を見てみることにした。

 するモコはさきほどの回復技のお陰でまた甲羅草が生えてきたのだろう。

 それを口で取り、優紗に渡した。


「あら、わたくしにくださいますの?」


 モコは甲羅草を咥えながらにぱっと笑う。

 モコなりのお礼なのかもしれない。


「ありがとうございます、モコちゃん」


 優紗は目的を終えたので、「それではごきげんよう」といいマイルームから出て行った。

 本当…いろいろお世話になったなぁ…。

 育成キットまでもらっちゃったし…。

 今度会う機会があったら改めてお礼を言おう。

 そう思っているとお母さんからメッセージが来た。


『叶波、もうすぐお母さん帰ってくるからね』


 という内容だ。

 時計は19時になっていた。

 ああ…、もうそんな時間か。

 思った以上に時間が経っていたようだ。


「もうこんな時間だ…」


 私がマイルームを退室しようとすると、モコが私の服のすそを口でくっとつかむ。

 

「おっとと…。どうしたのモコ?」


 モコはどこ行くの?とでも言いたそうな顔をしていた。


「ああ、ごめんね。お母さん帰って来るまで色々準備があるからいったん離れるね」


 私がそう言うとモコはちょっと寂しそうな顔をする。

 離れるのは心苦しいが、モコは電脳ペット…仮想空間の生き物だ。

 私たちのいる現実世界には連れていくことができない。

  仮想空間と現実。

 これには到底越えられない壁がある。

 私はこの生身の体を仮想空間の中に置いておくことはできない。

 そしてモコも例え現実世界に来れたとしてもその小さな体では耐えることはできないだろう。

 でも、例外はあるんだよなぁ…。

 ホロウさんのいる『あの部屋』と苗場小学校の古いサーバーだ。

 あれは私たちは生身の体でいてもなんらいつもと変わりはなかった。

 あの空間との違いって何だろう?

 私の足りない頭で考えてもわかんないや…。

 難しいこと考えるのはなんだか性に合わない気がする。


「ご飯食べたら戻ってくるから待っててね、モコ」


 私はモコにそう言ってマイルームからログアウトした。


「よしっ、さて…やりますか」


 お母さんたちが帰ってくる前に、できることをする。

 例えば、お風呂掃除だとか外に出てる洗濯物を取り込むとか。

 お母さんたち、きっと疲れているもん。

 少しは楽させてあげたい。

 恥ずかしいからこんなこと、面と向かって言えないんだけど。

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