エピローグ あなたがなりたいものはなんですか?

第65話

 あれから三日経ち、僕は牢からは出された。

 どうやら誤解は晴れたらしい。

 だけどしばらく謹慎だとも言われてしまった。

 出る時看守さんに「もうやるんじゃないぞ」と言われ、反論したかったけど我慢した。

 僕は無実なのに……。まあ出られたならいいや。

 ホッとしたのも束の間。家に帰ると畑が荒らされていた。

 丹精込めて育てていた野菜達が掘り出され、踏み荒らされている。

 愕然とする僕を横目に畑の中ではフレアがリルと追いかけっこをしていた。

「わんこ待てー」

「リルはわんこではありません」

 フレアは僕を見つけると嬉しそうに手を振った。

「あ。アルフおかえりー。どこ行ってたの? 海?」

「なんで海? おつとめだよ」 

 僕は満面の笑顔で二人に『おすわり』を言い渡し、小一時間説教をしたあと、泣きながら畑を耕した。

 畑の横で正座をさせている二人から不平不満が投げられる。

「ちょっと遊んでいただけなのにー。それにリルの方が悪いと思う。足も四つあるから踏んだ数も多いよー」

「リルは追いかけ回されていただけです。訓練場に連れて行かないマスターが悪いと思います」

 マスターってのは多分カインのことだろう。

「反省しないならしばらくそのままだからね」

 汗だくになりながら、破壊された畝を鍬で戻していく。

 せっかく育った野菜も植え直さないといけない。

 少し前は国を救うような活躍をしてたはずなのに。自分は英雄じゃなくて村人なんだと再確認させられる。

 するとウィスプがやってきて木製の水筒をくれた。

「帰って早々すいません。私も手伝いますね」

「うん。僕がいない間どうだった?」

「……あ、あはは…………」

 ウィスプはただ苦笑いを浮かべるだけだ。

 この調子だと小屋の中も酷いことになってそうだ。

 僕がごくごくと水を飲んでいるのを小屋の中で本を読んでいるしずくが窓から眺めている。

「随分早かったわね。もうしばらく会えないかと思ってたわ」

「いや、だってあれは誤解だし。お国もそれを分かってくれたと思うけど……」

 僕は不安ながらもそう答えた。

 再逮捕とかはないはずだと思いたい……。

 するとしずくが本に視線を落とす。

「でもここに書いてあるわよ。この国で小さな女の子を××××したら五年以上の懲役だって」

「ちょっと! 僕は別に××××したわけじゃないって!」

「あれが××××じゃなくてなにが××××なのかしら?」

 しずくが首を傾げる。

「あの、あまり昼間からそういうことを大声で言わない方が……」

 ウィスプが顔を赤くしてフレアとリルを気にする。

 だけど二人は飛んできた蝶々に夢中だ。

 僕はウィスプに尋ねた。

「ていうかリルはうちにいるんだね」

「はい。訓練中は邪魔だからってカインさんが預けに来ました。ちょうど私達もアルフ様がいなくて家にいましたし。それより……」

 ウィスプが耳打ちする。

「早く女神様の元に行かないとだめですよ? なにがあるか分かりませんから」

「うん。でもあそこってどうしたら行けるんだろう? それが分かるまではどうすることもできないし。まあしばらくは大丈夫って言っていたからすぐにどうにかなるってことはないと思うけど……」

 しばらくはなにごともないことを願うしかない。

 それにしても不思議な世界だったなー。

 見たことないものばかりだったし、なんていうか法則自体が違う場所って感じがした。

 また行ってみたい反面、ずっといるのはいやな感じもする。

「あのクソザコさん」

 リルが酷く失礼な言い方で僕を呼ぶ。

 きっとカインの受け入りだろう。

 僕は苦笑いを浮かべた。

「えっと、その言い方はやめてくれるかな。合ってはいるんだろうけど幼馴染みならともかく、歳下の女の子に言われると結構きついから」

「じゃあ最弱さん」

「それも禁止で」

 するとリルは困って悩んだ挙げ句、「ならお兄ちゃんで」と言った。

「それが一番ヤバイかな。リルはまた僕に手錠を掛けたいの? 普通にアルフでいいよ」

「ならアルさんで。マスターから言づてがあります。今再生しますね」

 再生? 

 カインが僕になにか用かな?

 そう言えばカインにさんを付けると解散みたいで言いにくいんだよね。

 するとリルはごほんと咳払いをして目を吊り上げた。

「おい! こら糞雑魚アルフ! てめえがどんなモンスターと契りを結んだとしても俺とレムでぶっ殺す。俺はセントラルに行く。だからてめえも努力してついて来い! そんでもって俺に倒されろ! 分かったな! 分かったら死ね! だそうです」

「……結構似てたよ。にしても酷いなー。頑張ったらいいのか死ねばいいのか分からないよ」

「マスターは次の採用試験を受けることができるそうです。受けられるなら合格するはずだから来月にはセントラルだろうと引っ越しの準備をしています」

「早くない? それにしてもすごい自信だなー。僕の成績じゃ軍の採用試験すら受けさせてもらえないよ」

 訓練所単位で年に数度、セントラルで開催される軍人採用試験に成績優秀者を派遣している。

 行けるのは本当にトップだけ。でもそんな人達も受かるのは十人に一人いれば良い方だ。

 セントラルの軍人というのはまさに国から集められたエリート揃いだし。

 レネップにある訓練場とは桁違いに豪華な施設で最先端の戦術の講座やトレーニングが受けられるらしい。

 軍人採用試験は謂わば登竜門だった。

 僕もいつかはセントラルに行きたい。

 今は無理かもしれない。

 結局僕自身は弱いままだからだ。

 でもたくさん訓練して変わるんだ。

 いつになるかは分からないけど絶対に行こう。

 今の僕は例え最弱だろうと必死になって頑張ればなにかを成せるかもしれないってことを知ってる。

 偶然かもしれないけど実戦で勝ったんだから。

 なにかができれば自信がつく。そうやって一歩一歩進んでいくんだ。

 みんながいれば最弱の僕でも誰かの為になれる。

 いつかセントラルへ。そんな決意を胸に秘めながら僕は鍬を振るった。

 というか誰か手伝ってくれない?

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