第66話

 大きな夢を持った僕だけど、今は未来の目標よりも喫緊の食費だ。

 謹慎の身だから給料も出ない。

 そうなったらフレアとしずくにお肉を食べさせられない。

 そしたら二人は暴れ出す。

 イコール破滅だ。

 僕は力の限り鍬を振るい、なんとか畑の一部を修復した。

 その頃には夜になり、リルはカインの家へと帰る時間になった。

「ではリルはマスターの家に帰ります。さようなら」

「ええー……。一緒にご飯食べればいいのにー」

 フレアはそう言うけどそんなことになったら食費がかさんでしまう。

「こらこら。そんなこと言わない。また明日遊べばいいでしょ?」

「そうですよ」

 僕とウィスプは笑顔でリルを見送った。

「むー。しょうがないなー」

 フレアは口を尖らせて手を振った。

 そして問題の晩ご飯だ。

 僕とウィスプの前にはパンが半分ずつと具の少ない野菜のスープが、フレアとしずくの前にはステーキが並んでいる。

 なんて家庭内格差だ。

「いただきまーす!」

「いただきます」

 二人は美味しそうに肉汁を流す赤身を頬ばった。

 僕とウィスプはごくりと唾を飲む。

 それでもまだ食べられるだけマシだろう。

 不安を抱きながらウィスプに尋ねる。

「あのー、ウィスプさん……。貯金ってまだありますか?」

「あったら私達ももう少しマシなものを食べてます。一応私も家計の足しにしようと内職を始めたんですが、お給料が貰えるのが月末みたいで」

 ウィスプはカレンダーを見た。

 まだ今月は半分ある。カレンダーの下には触るなと書かれた木の箱があった。

 僕は溜息をつきながら味の薄いスープを飲む。

 仕方ない。謹慎中はまたアルバイトでもしよう。

 それでもいつまでもつか。早く謹慎を解いてもらわないと。

 そしてお昼ご飯をしずくのファンから恵んで貰わないと僕らは破産だ。

 きっと冬を越せない。

「ウィスプおかわりー!」

「今度はミディアムレアがいいわ」

 フレアとしずくは空っぽになったお皿を差し出す。

 遠慮など概念ごと破壊せんとする二人にウィスプは暗い笑顔でぼそりと言った。

「……二人共、少し太ったんじゃないですか?」

 その一言が二人を固まらせた。

「ふ、ふふふ太ってないよ! あたしはまだ成長期だから成長だもん!」

「大体人の体がおかしいのよ。ちょっと食べたら体型が変わるんだから。それに脂肪を蓄えることは生き物として当り前のことだわ!」

 二人の額に汗が滲んでいる。

 こういうところは女の子らしい。

 ウィスプは凍った笑顔のまま僕を見た。

「アルフ様は太った女の子と痩せた女の子ならどっちが好きですか?」

「……普段ならあまり気にしないけど、今はガリガリにやせ細った子が好きかな」

「そうですか。ならあと一週間もしたらそんな女の子が三人見られますよ。よかったですねぇ」

 ウィスプはかなり疲れているらしく、さっきから空になったスープを笑いながら掬っている。

 この三日間でフレアとしずくに相当振り回されたらしい。かわいそうに。

 ウィスプは僕と違って『命令』が使えるわけじゃないから大変だっただろう。

 やつれたウィスプの毒舌が相当効いたのか、フレアとしずくは静かになった。

「……や、やっぱりお腹減ってないかも」

「そ、そうね……。お茶の時間にしましょうか……」

 食事が終わるとしずくは紅茶を淹れて読書を始め、フレアは僕に絵本を読んでとせがみ、ウィスプは内職を始めた。

 どうやらリボンをくくる仕事らしい。

 ウィスプの空気があまりにも重いので気にしたフレアがとてとて近づく。

「えっと、あたしも手伝おうか?」

「フレアちゃんがやったら全部引きちぎっちゃでしょう? それに器用じゃないとできないから無理です。あっちで泥団子でも磨いていて下さい」

 邪険に扱われ、フレアはとぼとぼと寂しそうに僕の方へ戻ってきた。

 むすっとしたまま膝の上に乗り、僕を見上げる。

「ねえ……、なんでうちは貧乏なの?」

 やめて。

 直球過ぎる言葉は暴力でしかないよ!

 心に巨大な剣を突き刺された気分だ。

「い、今だけだよ……謹慎が解けたら給料も出るし、昼は食堂で食べられるから」

「じゃあそれはいつになるの?」

 そんな僕が知るわけないじゃないか。

 僕が黙って横を向くと、フレアはしずくの方を向いた。

「ねえ。いつ?」

 しずくは面倒そうに溜息をつき、本を見たまま答えた。

「あなたには分からないでしょうけど、大人の世界は信用が大事なの。そしてこの人はそれを持ってないのよ。なぜだと思う?」

「……ロリコンだから?」

「正解」

「違うよ! 僕は断じてロリコンじゃないって!」

 僕は断固として抗議する。

 あれはどう考えても事故だ。

 だけどしずくは冷めていた。

「じゃああなたは周囲の目がある中、体が小さくて胸が大きい女の子を押し倒した上、その体をまさぐる人間を信頼できるっていうの?」

「うう……。で、でもあれは事故だし……」

「故意かどうかは問題じゃないわ。問題はあれを見て周りがどう思ったかよ。ちなみにわたしは来るべき時が来たかと思ったわ」

「そんな普段は挨拶もする普通の子だったけど実は趣味が少し変わっていてみたいな新聞に載ってそうな感想はやめてよ!」

「入隊早々奇抜なファッションで皆の目を引こうともしてたわね」

 それを聞いてフレアが怪しみながら僕の方へ向き直す。

「……なんでそんなことするの?」

「なんでっ!? フレアが袖ちぎっちゃったからでしょっ!」

 まるでそんなことはしてないとばかりにフレアは不思議そうに首を傾げた。

 もう忘れちゃったの? 

 ドラゴンの脳細胞ってなんて都合が良いんだ。

 フレアは大きな溜息をつくと膝から降り、自分が集めた物を入れる箱を持ってきた。

 中には買ってあげた絵本が数冊、泥団子に虫の抜け殻、木の枝やモンスターの角なんかも入っている。

 きっと暇な時に森や町で拾ったんだろう。

「これ、使っていいから」

「……うん。ありがと……」

 僕はどうしたらいいのか分からないまま箱を受け取った。

「だからもうやっちゃだめだからね?」

 フレアは小首を傾げた。

 僕のせいじゃないのに、こんな顔で見られたら謝るしかないじゃないか……。

「………………はい。ごめんなさい」

 とりあえず明日はなんとしても日雇いのバイトをしよう。

 最強のドラゴンとグリフォンを食べさせていくのも楽じゃない。

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