第33話

 訓練場で模擬戦の準備をしていると、知らない女の子がやって来た。

 ツインテールの子供っぽい可愛らしい子だ。大きな目に派手な色の髪飾りを付け、興味深そうに僕を見ている。

「君がロリコンのアルフ君? あたしミミネ・ミネ。ミミネって呼んで。よろしくね♪」

「はあ……」

 僕が差し出された手に握手を応じるとミミネの後ろからカインとシーアがやって来た。

「という訳だ。お前はクビな。ユーアーファイア。じゃ、そういうことだ。お疲れ」

 カインは至極あっさりと僕の肩をぽんと叩く。

 あまりのことに僕はぽかんとした。

「……は? ってええええええぇぇぇっ!? クビ? なんで? 僕なんかした?」

「村人で袖がなくて性癖がきもいからな」

「そんな理由っ!? 誤解だよ! 僕は至って紳士だよ! 袖も今はあるし!」

「そう言う人に限って変態なんだよねー。ほら、マーちゃんは隠れといてね」

 シーアが笑い、その後ろでマジカルハットをかぶったマジックスライムが怯える。

 そんな……。こんなことで僕の夢が終わっちゃうの?

 絶望する僕の所へ団長がやって来て告げた。

「どうしたアルフ? 一人になるプレッシャーを感じてるのか? ってなんだ!?」

 気付くと僕は泣きながら団長にしがみついてた。

「団長おぉ……! 誤解なんです! 僕は変態なんかじゃありません! そりゃあエッチな本は隠し持ってましたよ? でも中身は至って普通です。セクシーな女の人があんなことをしたりこんなことをしたりするだけなんです! 決してロリコンでもありません! 胸は大きい方がいいかなーって思うことはありますけど、絶対に必要かって言われたらそうじゃないし、というか僕が好きなのは服の間からちらっと見えるうなじとか生足とかそういう――――」

「知るか! なんでお前は泣きながら俺に自分の趣味を告白するんだっ!? いいから離れろ! 俺には可愛い妻と子供がいるんだ!」

「なんでもします。なんでもしますから! 何卒! 何卒どうか恩赦を!」

「やめい! 俺にそんな趣味はない! さっきからなにを言ってるんだ? お前は一人でパーティーを組むというのがそんなに嫌なのか? こんなこと普通はない、光栄なことなんだぞ?」

「…………え? 一人パーティー……?」

 なにその蝋燭の火を一人で見つめるようなすごく寂しそうな響き。

 でも光栄って……。

 僕が離れると団長は疲れたように息を吐いた。

「いいか? 魔物使いは普通一体のモンスターとしか契りを結べない。通常神が許すのが一人につき一体だけだからだ。例外もいるが、複数体と結ぶことは極めて稀と言える。なのにお前は三体ものモンスターとパートナーになっている。これを使わない手はないと言うのが俺の、そして上の考えだ」

「……でもカインはクビって」

 するとカインは頭の後ろを掻いて面倒そうに僕を睨んだ。

「俺らのパーティーからはクビって意味だよ。だから代わりにミミネとカーバンクルを呼んだんだ。つうか元から成績トップの俺と最弱のお前が組めること自体がおかしかったんだよ!」

「幼馴染みの情けで自分が拾ってやるって言ったくせに」

 シーアがイタズラっぽく呟いた。

 それを聞いたカインが血眼になって睨む。

 シーアは「怖い怖い」と肩をすくめた。

 話を飲み込むと僕はホッとした。だけどすぐに別の不安が芽生えてくる。

「そうだったんだ……。でも僕、一人で大丈夫かな……」

 僕は両手の人差し指をとんとんと合わせる。

 すると凄い形相のカインがやってきて胸ぐらを掴んだ。

「俺らはな。戦う為に訓練してんだよ。自信がない奴は邪魔なだけだ。やる気がないなら諦めて出てけ。てめえには畑耕してるのがお似合いだ」

「うう……。でも…………、僕は…………」

 情けない声をあげる僕にカインは更に苛立ち、声を荒げた。

「あのな、俺は昔からお前のそういうところが――――」

「カイン・ネロ・アルバレス。それくらいにしておけ」

 怒るカインに腕を組む団長が静かに告げた。

 カインは歯ぎしりしてから、舌打ちし、僕を押すようにして手をはなした。

「……うっす」

 カインはシーアとミミネに「行くぞ」と言って去って行った。

「大丈夫ですか?」

 心配するウィスプに頷きながらカインの背中を見つめた。

 ずっと見てきた子供の頃と変わらない、強い背中だ。

 見てるとたくさんの文句が聞こえてきそうで、僕は口をぎゅっとつぐんで俯いた。

 そこに団長がやって来る。

「やれやれ。相変わらず他人にも自分にも厳しい奴だな。まあ、だからこそ魔物使いでは本国も一目置く程の実力があるわけだが。だがアルフ。お前もお前だ。俺達憲兵にできないは禁句だ。やれと言われたらやる。そうだろ?」

「は、はい……」

 そうだ。僕は憲兵なんだ。いつまでも村人気分でじゃいられない。

 団長は嘆息して説明を続けた。

「まあいい。これから魔物使い部隊はダライアス山脈の麓へ向かう。どうも最近モンスターが人里に降りてきて暴れることが多くてな。恐らく大型モンスターの縄張りに他が巻き込まれてるというところだろう」

 そう言えばコカトリスの群れが町に来たり、サイクロプスが降りてきたりと最近は物騒なことが多い。

 ダライアス山脈や女神の森の深くには大型モンスターや高ランクモンスターがたくさんいる。

 普段は人が入らないので、そこで異変が起こっても分かりにくかった。

 団長は続ける。

「今回我々は最近麓の村で頻繁に目撃情報のあるマンドラゴラの駆除を行う。マンドラゴラが畑に住み着くと野菜を食べて土の栄養を吸い取るからな。増えない内になんとかしないと被害が広がりこちらの方にも来るかもしれない」

 マンドラゴラとは球根の頭に小さな黒い体と手足を持つ植物系のモンスターだ。

 植物系のモンスターは繁殖能力に長けているので放っておくと大量発生する。

「マンドラゴラは決して弱くはないが、個体の危険度は低い。お前の訓練にはちょうどいいと思ったんだがな。いきなり模擬戦じゃ対応しきれないだろう?」

 たしかにそうだ。

 一体への指示でさえおぼつかない僕がいきなり三体も操れと言われたら頭から煙が出てオーバーヒートしてしまう。

 そもそも僕は戦いに慣れてないし、指示を出すのも苦手だ。

 自分の指示が合っているか、その自信がないからだ。

 だけど上からの命令ならやるしかない。

「そ、そうですね……。……分かりました。やってみます」

「うむ。お前には期待してるんだ。なんせ同時に三体操れれば伝承に出てくる伝説の魔物使いそのものだからな。その内カインも抜いてやるくらいの気持ちでいろ。まぐれが多いが、模擬戦での勝率だってかなりのものなんだからな。ただしウィスプを除くが」

 僕は苦笑しながら頬を掻いた。

 後ろではウィスプがいじけて体育座りをしている。

 頑張ってはいるけど、やっぱり憲兵のレベルは高い。

 モンスターの平均ランクはD。Gランクのウィスプはかなり苦戦していた。

「今回の敵は多い。魔法が得意なキメラを中心に戦略を立てれば討伐数でトップに立てるかもな。そしたら報償が出るぞ。それに一定期間成績優秀なら本国の本隊に合流できる。そうなればお前はマズーロ村の英雄だな」

「英雄……」

 その響きはあまりに心地よくて、でも僕からはあまりにも縁遠かった。

「まあそれが無理でも日頃から精進しろ。できないはやる前に言う言葉じゃない。やってから気付くことだ。いいな?」

「は、はい! 分かりました。やります!」

「その意気だ!」

 団長は僕の背中を強く叩いた。

 それは少し痛かったけど応援してくれるみたいで嬉しかった。

 その後フレアにも同じことをされて壁にめり込むまではね。

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