第30話

フィールドに戻るとカインの怒りは頂点に達していた。

「遅えよ。今お前をどうやってぶっ殺すか考えてるからちょっと待っとけ」

 そこへシーアがやって来る。

「それにしても凄かったよねー。さっきの魔法。気付いたらサーベルタイガーが吹き飛んで、それにバジリスクが巻き込まれてたし。あの炎もそうだけど、きっと魔術師部隊の上級魔法が飛んできたんだよね? 今団長が文句言いに行ってるよ」

「へ、へえー……」

 どうやら凄すぎる事と遭遇すると人はまともな判断ができないらしい。

 帰ってきた団長は憤然としていた。

「魔術師の訓練所に行って抗議したんだが、そんな魔法は使ってないと言われた。だがどう見てもさっきのは魔法だ。やはり魔術師共は信用ならん」

 気まずい僕が目を横に逸らすと、さっき戦ったパーティーのリーダーがやって来た。

「団長! 救護班に頼んでいたモンスターの回復終わりました。再戦お願いします。こんな事故で負けたんじゃ納得できません!」

 真面目そうな彼に団長は頷く。

「そうか。その意気だ。こちらからももうこんなことがないように魔術師部隊にはきつく勧告しておく。もし同じことがあったら……。その時はお前ら、分かってるな?」

「はい! 憲兵は舐められたら終わりです! 全力でぶっつぶします!」

「それでいい!」

 僕は歯をガチガチ鳴らしながら二人の話を聞いていた。

 このままでは僕らのせいで魔術師部隊と魔物使い部隊の抗争が始まってしまう。

 そうなったらどう謝ればいいんだろう?

 その勢いのまま再戦が始まった。

 僕が送り出したのはさっきと同じくフレアだ。

「フレア。分かってるよね?」

「うん。攻撃禁止、でしょ? そしたらまた撫でてくれるんだよね?」

 フレアは後ろで手を組み、機嫌よくはにかむ。

 そう。さっき僕はフレアにみんなを守る為だけに動くよう頼んだのだ。

 その為なら全力を出していいと許可も出した。

 しずくの話を聞いて僕は思った。フレアが本当にしたいことは勝ちたいんじゃない。全

 力を出したいんだ。だからなにもかもを否定するんじゃなくて、やっていいことを明確にした。

「うん。法に触れない程度に」

 房がと頷くとフレアは尻尾を揺らして嬉しそうに微笑んだ。

「よーし♪ 守っちゃうよー!」

 はしゃぐフレアを尻目にメタルゴーレムが前線へと動いた。

「アルフ! 今度は邪魔すんなよ?」

「うん。でも僕らだって憲兵なんだ。やれることはやる」

「チッ! 村人のくせに生意気なんだよっ!」

 カインの感情と同調するみたいにサーベルタイガーと対峙したメタルゴーレムが拳を振り上げる。

 だけど三戦目とあって慣れたのかサーベルタイガーは身を翻して攻撃を避けた。

 ニヤッと笑うサーベルタイガー。

 その後ろで口を開けたバジリスクが隙を見せたゴーレムに魔力の弾を連続して放つ。

「避けろ!」

 カインは言うが、ゴーレムの体勢が整ってない。

 魔力の弾がゴーレムにヒット。

 煙が上がり、そこへサーベルタイガーが追い打ちをかけに行く。魔力を纏った剣がゴーレムを打ち砕かんと振り下ろされた。

 がきんっ! と高い音がした。何かが砕ける音だ。

 ニヤッと笑い、ゴーレムの体を砕いたことを確信するサーベルタイガー。

 しかしその足下に何かが刺さった。それは振り下ろしたサーベルの剣先だった。

 驚く敵。煙が晴れ、彼らが見たものは金色の鱗を腕に纏い、楽しそうに笑うフレアだった。

 フレアが握っていた手を開くと先程までサーベルだったと思われる物がパラパラと落ちた。

 煙が濃くて見えなかったけどフレアはサーベルを防いだんじゃなくて、剣の真ん中を握り潰したらしい。

 普通ならそのまま手が斬られるだろうけど、生憎フレアは普通じゃない。

 僕が唖然としていると、フレアがこっちに手を振った。

「見て見て~! ナイスキャッチじゃない?」

「ちょっとフレア! 前見て! 前!」

 先程からバジリスクが口に大きな魔力を溜めているのを見ていた僕は慌ててフレアに指示を出す。

「前? 向いてるよ?」

 フレアが首を傾げる。

「いやそれは後ろだって! さっき向いてた方が前で、今の前はさっき後ろだったでしょ?」

「ちょっとよく分かんない」

 ああ……。指示出すって難しいなー。

 とか思ってると膨れ上がった魔力がバジリスクの口から放たれる。フレアを容易に呑み込めるサイズの魔力弾だ。

 あんなのが当たったらタダじゃすまない。人なら最悪死んでしまう。

「フレア! 避けて!」

 僕の指示も虚しく、攻撃はフレアの背中にヒットした。

 じゅわじゅわと音を立てて僕が買ってあげた服が燃えていく。

 一方のフレアはと言うと……。

「ああー……。ちょうどそこが痒かったんだよねー」

 無傷だった。

 ていうか気持ちよさげだ。さすが最強のドラゴン。

 ああ、でもまた服を買ってあげないと。お尻が見えちゃってるよ。

 大きな魔力の固まりを止めているのを見て、カインがゴーレムに指示を出す。

「よくやったチビ! そのままそれを受け止めてろ! レム!」

 ゴーレムは武器を失ったサーベルタイガーに突進。

 サーベルタイガーはそれをもろに喰らってしまい、後ろにはじき飛ばされた。

「よし! 次はバジリスクだ!」

「ねえ? これいつまで持ってればいいの?」

 フレアは魔力弾を両手で抱えて困っていた。

 それを見てカインが目を丸くして驚く。

「なんでそんなもん持ってられるんだよ? さっさと捨てろ!」

「そっちが持ってろって言ったんじゃん」

 フレアはえい! と魔力弾を投げる。

 そこにはダメージを受けたサーベルタイガーが……。

「グルワアアアアァァァ!」

 咆哮と共にサーベルタイガーは戦闘不能になった。

「わーい!」

 喜ぶフレアの後頭部にフェアリーの魔法『ウィンドブラスト』が当たる。

「あれ? 誰か呼んだ?」

 けどあまりにも固すぎるフレアの頭は魔法をはじき飛ばし、それがバジリスクにヒットした。

 そこへメタルゴーレムが岩を飛ばし、バジリスクも舌を伸ばしてリタイアだ。

 残った敵はウインドフェアリーだけとなった。

 そこで白旗が揚がる。

「……俺達の負けだ」

 相手のリーダーが負けを認め、これで二勝一敗の勝ち越しとなった。

 もう回復は無理だというので、僕らの勝ちが確定した。

 するとシーアがやって来てニコッと笑う。

「勝ったねぇ。お疲れ~」

 その言葉で僕はようやくこの勝利が現実だと理解する。

「勝った……。や、やった! 勝った! 人生で初めて勝った! 今日はレッドライス炊かなきゃ!」

 初めての勝利に僕が喜んでいるとカインが隣で呆れている。

「お前、マジで村人なんだな。ラッキーで模擬戦勝っただけでそんなに喜ぶなよ。はずいって」

 そう言うカインもどこか嬉しそうだ。これで評価が上がるからだろう。

 もしもこのまま行けばこの隊でトップになってセントラルに呼ばれたり。

 そしたら……。

「えへへ~……」

 僕の妄想はどんどんと膨らむ。

 後ろではウィスプが「おめでとうございます」と複雑そうではあるけど喜んでくれていた。

「ありがとう。あ、そうだ。フレアも褒めてあげないと」

 僕らがフレアの方を向くとそこには一枚の布も身に付けない少女が嬉しそうに立っていた。

 どうやら破れた服を剥ぎ取ったらしい。

「アルフ。勝ったよー。ほら、約束通り体の隅々まで撫でて撫でてー♪」

 そう言ってフレアは僕に抱き付く。

 それを見て周りは凍り付いた。

「てめえ……。そんな趣味があんのか? てかなんで袖ねえんだよ?」しつこいな。

「う、うん……。まあ、そういうのって人それぞれじゃないかな? あ、けどこれからはマーちゃんに近寄らないでね?」

 カインは眉を動かし、シーアがスライムを抱きながら後ろに下がっていく。

「ち、違っ――――」

「もうアルフぅ~。早く帰ってまたみんなでお風呂入ろーよー」

 またしても場の空気は凍り付く。

 そんなことも知らずにフレアはニコニコ笑っていた。

「ご、誤解だからっ! 普段は別々だからっ! やめて! 汚物を見る目はやめてよ!」

 この瞬間、僕のあだ名は村人からロリコン糞野郎に変わった。

 いくら誤解だって言ったってフレアが離してくれなきゃ虚しいだけだ。

 折角の初勝利も後味の悪いものになってしまい、僕はガックリと肩を落とす。

 かくして僕は大事なものを犠牲にして初めての勝利をあげた。

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