第29話
宿舎の裏にまで連れ出すとフレアは楽しそうにして僕にフラッグを差し出した。
「見て見てー! これ取ったらいいんでしょ?」
その無邪気な顔からは褒めて褒めて♪ という気持ちがよく分かった。
可愛らしい笑顔にも僕は心を鬼にする。
「いやいやいやいや! そうだけどそうじゃないよ! なんであんなことしたの?」
「あんなことって?」
「僕の指示を無視したでしょ?」
そうあの時僕は『指示』をした。
首輪を使っての『命令』じゃない。
「ちょっとよく分かんない」
フレアはとぼけて首を傾げる。
さすがの僕もカチンときた。
「フレア! 『気をつけ!』」
するとフレアはぴしっと背筋を伸ばす。そしてむっとして僕を見返した。
「僕は魔物使いなんだ。モンスターに指示を無視されたら僕がいる意味がないだろ?」
「で、でも……、勝ったよ?」
フレアは少し不安そうに上目遣いをする。
「勝ってもだめ!」
フレアは納得してないようでむーっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。
「ふん! アルフの馬鹿! 村人! ベッドの下に女の子が載った本を隠してるのウィスプに言ってやるから!」
「ごめん! それは勘弁して! ってうわ!」
フレアは足下に炎を放ち、煙を発生させた。
煙が晴れるとそこにフレアの姿はなかった。
まるで異国のアサシンだ。
「フレア? どこ行ったの? まだ話は終わってないよ!」
「ちょっといいかしら?」
すると後ろから声が聞こえた。
「そっちか!」
僕が手を伸ばすと、そこにいたのはしずくだった。
あろうことか僕の手はしずくの大きな胸を鷲掴みにしていた。
これが噂に聞いてた……。
「うわ! ごめん! わざとじゃ――」
「どうでもいいわ。それよりフレアのことだけど」
しずくはなんともなかったように話を続ける。
僕はドキドキしながら手を離し、話を聞いていた。
「あの子はアホだからあなたが怒ること自体は理解できるわ。でも、できることに対して責めるのだけはやめてあげてほしいの」
できることを怒る……?
僕はしずくが言っている意味がいまいち理解できない。
「なにもできないで育ってきた糞雑魚ナメクジのあなたには分からないでしょうけど」
しずくは辛辣な前置きをして話し出した。
「あの子、天才なのよ。全魔物の中で最も強靱な肉体を持つと言われるドラゴン族の中でも百年に一度しか生まれないと言われる金の鱗を持ったドラゴンだもの。身体能力だって同年代じゃずば抜けてたわ。分かるかしら? 他人より強いってことが。あの子にとっては普通にできることでも他の子にはできないの。あの子にとってじゃれてるだけでも他の子からしたら虐殺なのよ。そのせいであの子はしばらく友達ができなかったわ。まあ空気も読めないし、自分勝手だから当然と言えば当然だけれど」
「そ、そうだったんだ……」
僕は知らなかったフレアの過去に触れて戸惑っていた。
しずくは腕を組んだ。胸の谷間が強調される。
「そこで見かねたわたしが相手をしてあげたってわけ。その頃わたしもちょっと窮屈な思いをしてたから息抜きでね。まあ遊びすぎて世界有数の山を崩したり、大河でサーフィンして下流一帯が水没するという不運な事故はあったけど」
それは多分事件だと思うな。
しずくはずいっと体を寄せた。胸が僕に当たってむにゅりと形を変える。
「ちょっ!」
僕が慌てて離れようとするとしずくは真面目な顔をした。
「あの子は普通とは違ってできることを怒られて育ったの。あなたも周りのモンスター同様、そうやってあの子と接する気なの?」
しずくの目は厳しかった。
できることを怒られる。確かにそれは僕にない経験だ。
僕はなにもできなかったから。今もまたそのことで悩んでる。
……そうか。同じなんだ。フレアも自分の能力のことで悩んでた。
なのにパートナーである僕はそれに気付いてあげられなかったんだ。
「それとも――――」
「僕は……、なんの力もない村人だ。だけど! だからこそ分かることもある! 僕は最強の魔物使いになりたい。けどその為にフレアやしずくにやりたくもないことをやらせたいわけじゃないんだ!」
僕がそう告げるとしずくは驚いて目を丸くしてから、大人びた微笑を浮かべた。
「……そう。ならあの子を大人しくする方法を教えてあげるわ」
しずくは耳元で囁いた。
「ほ、本当にそれだけでいいの?」
「言ったでしょ? あの子はアホなのよ。それと」
しずくは自分の胸を指差した。そこには指の形の変わった柔らかな二つの塊があった。
「さっきからあなたの両手がわたしの胸を掴んでるけど、くすぐったいからやめてほしいわ」
「……え? ってうわ! ごめん!」
そうだった。離れようと手で押そうとしてそのままだった。
僕は慌ててしずくから離れた。だけどしずくは平然としている。
「少し待ってなさい」
そう言ってしずくは足下に巨大で複雑な魔方陣を生み出した。
「対象……観測。確保。『テレポゲート』」
しずくが最上級魔法を簡単に発動させると魔方陣はぐるぐると回りだし、強く光った。
魔力による門が生まれ、そこが開かれる。
眩しさに目を閉じていた僕が瞼を開けると、そこにはフレアが立っていた。
「どこに行ってたの?」
しずくの問いに不機嫌そうなフレアが答える。
「……イライラしてたから湖を砂漠にしてた」
こらこら。どうしてこの子達はそんなスケールのことを簡単にやっちゃうの?
僕は注意したいのを我慢して、フレアの元へと近づいた。
僕を見るとフレアは口を尖らせてそっぽを向く。どうやらまだ拗ねているらしい。
僕はそんなフレアの頭に手を乗せ、なで回した。
「ごめんね。フレア。怒ったりして」
なでなで。
「僕も初めてで焦ってたんだ」
なでなで。
「だから少しでも皆の評価を上げようと思ってあんな風なこと言って」
なでなで。
「もっとフレアと話し合うべきだったよね。……許してくれる?」
「うん♪ 許してあげる♪」
フレアは昼寝する子猫みたいに気持ちよさそうな笑みを浮かべた。
うん。ちょろいな。最強のドラゴンがこんなにちょろくて大丈夫か?
僕の不安もよそにフレアは体を擦り寄せる。
「ねえねえ、もっと撫でてー♪」
「あ、うん。これでいい?」
僕はまたフレアを撫でてあげる。
するとフレアはご機嫌になって僕に抱き付いた。尻尾が気持ちよさそうに揺れている。
僕はここだと思い、提案した。
するとフレアは素直に頷く。
「あとでまた撫でてくれるならそれでもいいよー♪」
「撫でます。撫でさせていただきます」
「次はお風呂で全身撫でてね?」
それはちょっとお国が許してくれないかな?
それから少し話し合い。僕らはバトルフィールドへと戻った。
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