第23話

 目が覚めると僕は僕の小屋で寝ていた。

 毎朝見る天井の染みが見えると状況が理解でき、悔しさが滲んだ。

「あ、気付きましたか?」

 横を向くとウィスプが安堵の表情を浮かべて座っている。

「……えっと。そっか……。負けたんだ……。いて……」

 僕は頬に痛みを感じながら体を起こした。

 カインに殴られた場所がじんじんと痛む。

 ふらふらだったのにすごいパンチだ。僕とは違って精神力が凄まじい。

 溜息をつくとウィスプが心配してくれた。

「今はまだ安静にしておかないといけません。一応魔法は使いましたけど、私の魔力じゃ全快に時間がかかるので……」

「いや、いいよ。しばらくは痛いままで」

 これは自分の弱さの、そして甘さの証明だ。

 今はしっかりこの痛みを噛みしめないといけない。

 僕は俯いて長い息を吐いた。

「そっかー……。ダメだったか……」

「え? なにがですか?」

 ウィスプは不思議そうにする。

 当然だ。試験は僕一人で受けたんだから内容は知らない。

 憲兵になってウィスプに楽をさせたかったのに情けなかった。

「いや、さ……。ごめん。試験……落ちちゃった。またしばらくは節約が続くから、その、ウィスプには苦労をかけるよ……」

「え? え? いや、あのそれは別にいいんですが。えっと、じゃあこれは?」

 そう言ってウィスプは一着の服を僕に見せた。

 それは憲兵だけが切れる革製の制服だった。

 深い茶色にロナ公国の紋章が刺繍されている。

 僕の憧れの服がどうしてここに?

「え? どうしたの? それ」

「さっき憲兵の人が届けてくれました。明日からこれを着て来るようにと」

「え? でも僕はカインに負けたはずしゃ……」

 混乱する僕は制服のポケットに入っていた一枚の手紙を見つけた。それを開いて読んでみる。

『最後の試験は惜しかったがセンスは垣間見れた。だが決定的な甘さがあるのも事実。なのでその甘さを今後の訓練で払拭するように務めよ。―レネップ憲兵隊団長 デリンジャー』

「今後の……訓練? それってつまり……」

「おめでとうございます」

 ウィスプが優しく微笑んでくれた。

 それを見て僕はようやく理解した。

「……え? う、うわああああああぁぁっ! 本当? 僕が憲兵? やったあぁっ!」

「きゃっ!」

 僕はあまりにも嬉しすぎてウィスプを抱きしめてしまった。

 柔らかな感触を胸元で感じるとハッとする。

 我に戻るとゆっくり離れた。

「ご、ごめん……。興奮しすぎた……」

「い、いえ……。私はべつに……」

 僕らは顔を赤くして見つめ合った。体が熱くなってくる。

 ウィスプも嫌がるそぶりはない。

 僕は嬉しくて、それにウィスプが可愛らしくてドキドキしていた。

 僕らは見つめ合い、そして少しずつ近づいていく。

 そこへドアが勢いよく開き、フレアとしずくが現われた。

「あ、アルフおはよー」

「随分寝ていたわね。もう夜よ」

 二人の登場を見てすぐ、僕はウィスプから体を退いた。

「あはは……。あ、試験受かったよ」

「ふ~ん。そうなんだー」

 フレアはどうでもよさそうだ。

「ふ~んって……」

「だってそれがスタートなんでしょ? じゃああんまり喜んでもしょうがないじゃん」

 この子は案外しっかりしてるところがある。

 しずくも頷いて髪を払う。

「そうね。あなたはわたし達のパートナーなのよ。少なくともこの国では最強の魔物使いくらいにはなってもらわないと困るわ。でないと美味しいお肉が食べられないじゃない」

 僕としてはこれがゴールなくらいの嬉しさだけど二人の意識は既に先を向いていた。

 やっぱり生まれながらのエリートは意識が違う。

 だけどそれは僕が見習わなければいけないところだった。

 そうだ。僕は憲兵になるのだけが目標じゃない。

 その更なる先にある将軍を目指しているんだから。

「う、うん。がんばるよ。三人とも協力してくれてありがとう」

 僕がお礼を言うと三人は顔を見合わせニコリと笑った。

「まあこれも成り行きってやつね」

「よーし。なんか受かったみたいだし晩ご飯食べよー。あたしお腹空いたよー」

「あ、もう出来たんで今持ってきますね」

 それからウィスプが作ってくれたご馳走を皆で食べた。

 どれも美味しくて嬉しかった。

 食べてる途中にハンガーに掛けておいた憲兵の服を見つめるとようやく自分の努力が報われたんだと思った。

 頑張って結果が出るなんて初めてだったから、内心では飛び跳ねたいほど喜んだ。

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