第22話
僕らはリングの中にいた。四隅に立てられた柱はロープで長方形を象っている。
リングの中にいるのはシャツ姿になったカインと僕だけだ。服を脱ぐとカインの体は逞しくて、威圧される。一方のカインも僕の体を見て汗を流していた。
「おいアルフ……。その傷どうした?」
「え? ああこれ? その、訓練で避けきれなくてさ」
カインは唾を飲んで「生意気にもそんな訓練してんのかよ……」と舌打ちした。
僕が不思議がってると団長がやって来て言った。
「試合は五分だ。そこで俺にセンスを見せてくれ。ではゴングが鳴ったら開始だ。カイン」
「なんすか?」
「手は抜くな。憲兵を代表してると思って戦え」
「分かってます」
カインは落ち着いて拳に付けたグローブ同士をぶつけた。
団長は頷き、次に僕を見た。
「アルフ」
僕は背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「勝ったら憲兵だと思って根性見せろよ」
「はい!」
「では始め!」
団長の掛け声と共にゴングが鳴らされた。それと同時にカインが出てくる。
カインは踏み込みと同時に僕の顔面目がけて殴りかかった。
「らああっ!」
カインの拳は凄い早さだった。けど――
これなら避けられる……!
フレアの方が何倍も早い。ていうかあっちは見えないし。
僕はカインの拳を体を後ろに反らして避けた。
「なっ――――」
驚きの表情を浮かべるカイン。
団長は「ほう」と呟き顎に手を当てた。
いける―――
僕は続けざまに放たれるカインの攻撃を全て避けた。
パンチも蹴りも僕の目にはよく見える。
いける。いけるぞ!
自信がついてきた僕に団長が叫ぶ。
「避けるのもいいが攻撃しろ! 実戦じゃ相手を倒さない限り戦闘は終わらないぞ!」
「こ、攻撃……。よし……!」
僕はカインの蹴りをバックステップで避けた。
そしてフレアの言う通り隙ができたカインに殴りかかる。
「うわああぁっ!」
当たった。拳に鈍い痛みが走る。
フレアに対しては一度も当たらなかった攻撃がカインの額にヒットしたんだ。
その達成感に僕は喜んだ。
「当たった……。やったーっ! 当たったあーっ! ごふっ!」
喜んでる僕の腹にカインの拳が突き刺さった。
「なに当たったくらいで喜んでるんだよ。お前のパンチなんて全然効かねえっての! 拳は腰で打つんだよッ!」
続けざまに放たれる蹴り。
僕はそれをなんとか体を反らして回避した。
そうだった。フレアの攻撃が強力すぎて僕は避ける訓練ばかりしてたんだ。少しは力もついたけど、一連の動きはまだバラバラで威力が出ない。
「このっ! ちょこまか動きやがってっ!」
それから僕はカインの攻撃を避けながら拳を放った。
でも遅いし威力もないパンチは弾かれたり当たってもそれほど効いていない。
どうする? その時、僕はフレアの助言を思い出していた。
『こっちの攻撃が効かない時は、敵の攻撃を利用すればいいよ』
敵の攻撃を利用……。
よく分からないけどとりあえずやってみるしかない。
「残り一分!」
団長がそう告げる。
早い。本気で戦うとこんなに早く時間が過ぎるんだ。今のままじゃ避けてるだけ。どうにかして良いところを見せないと。
その為には……。
空振りしたカインに僕は体を寄せた。
「どけっ!」
苛立つカイン。僕はカインにだけ聞こえるように呟いた。
「カインってさ」
「ああっ?」
「威張ってるくせに弱いよね。攻撃だってあんまり当たらないし」
これが相当効いたみたいだ。
カインは鬼の形相になって僕を突き押し、思いっきり振りかぶった。
「最弱のくせに俺を舐めるんじゃねえっ!」
今までにない大振りのパンチが振り下ろされる。
ここしかなかった。
「やああぁっ!」
僕は攻撃を避けると同時に歯を食い縛り、カイン目がけてジャンプするように頭突きをした。
頭から足先まで衝撃が走った。
僕の頭は見事に攻撃を仕掛けてきたカインの顔面を捉えた。
カインの足は力をなくし、体重を支えきれなくなる。
ガクリと膝から崩れ、尻餅をついたカインは呆然として僕を見上げていた。
立ち上がろうとするが足が言うこと聞かないようだ。
僕らは互いに息を切らしながら見合った。
攻撃した僕も、喰らったカインもありえないと驚いている。
すると団長が僕へと叫んだ。
「まだ終わってないぞ! 倒せる時に倒せ! それができないと実戦では死ぬぞ!」
「倒せって……。で、でも、もう決着は――――」
それから先を言おうとした時だった。
僕はもの凄い勢いで顔面を殴られた。
ふらついて顔をあげると、そこには今にも倒れそうなカインが立っていた。
「カイン……。なんで……?」
そう言ったところで僕はもう一度殴られ、そしてリングの上で大の字になって伸びた。
カインは足をふらふらさせながらも僕を見下ろした。
そして鋭い眼光で告げる。
「俺は最強になる男だ。こんなところで最弱なんかに負けてたまるかよ……!」
そこでカインも膝を折った。
それと同時に団長の声が響く。
「それまで。結果は後ほど発表する。今回の試験はこれで終了だ。二人共、よく頑張ったな」
その言葉を最後に僕の記憶は途切れた。
僕はただ悔しさを抱いて暗闇に沈む意識に身を委ねた。
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