第21話
そして時間は過ぎ、試験当日。
試験会場である訓練場の中にある広場で少し逞しくなった僕を見た団長は驚いていた。
「随分鍛錬を積んだようだな」
「はい。何度死ぬと思ったか。もう生きてるだけで奇跡だと思います。今じゃ朝起きるたびに神に感謝しています」
この数日で僕は浅い悟りを開いていた。
そんな僕を見て団長はひきつった笑いを浮かべる。
「そ、そうか……。では試験内容を告げる。まずは体力テストだ。ここにあるメニューをこなしてもらう。憲兵が日常的に行ってるトレーニングに少し量を増やしたレベルだ。これをできないようなら毎日の訓練についていくことはできないだろう」
そう言って団長は火が付く前の松明を持ってきた。
「ここに描いてあるルートを松明が燃え尽きるまでに何周できるか。これが最初のテストだ。ちなみに合格者の平均は二十周。せめて十五周はしてもらいたい」
「は、はい!」
「それではスタート位置についてくれ」
ルートは宿舎の周りだ。問題は松明がどれくらい燃え続けるかだけど、できる限り早く走るしかない。
「これに火がついたら開始だ。いいね?」
「はい!」
「では、スタート!」
そう言って団長は魔術で松明に火を付けた。油に引火した火がゆらゆらと揺れている。
それを見た瞬間、僕の体は固まった。
どくんと心臓が跳ねる。
脳裏に過ぎるのはこれまで散々受けた虐待ならぬ訓練ならぬ虐待だ。
松明の炎とフレアの火の玉がかぶって見えた。全身からだらだらと汗が流れる。
またあの地獄の日々が繰り返されるの?
そう思うと足が動かない。
「ん? どうした? スタートだぞ」
団長は不思議そうにしている。そして松明を僕に向けた。
「見えないのか?」
「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃっっ! 死ぬううううぅぅぅぅぅっ!」
火の玉に追われてる。脳がそう判断すると僕は一目散に駆けだした。
逃げるように宿舎の周りを回ると、また火の玉が見える。
「いやああああああああぁぁぁぁぁぁっっ! ごめんなさああああああぁぁぁいっ!」
それから逃げる為にまた走る。そしてまた火の玉が見え、走るを何度も繰り返してた。
ぐるぐるぐるぐる走っている間、僕はずっと絶叫していた。
「火はらめええええええええええええぇぇぇぇっ!」
松明が燃え尽きると、僕はホッとして足を止めた。
どっと疲れが出てその場に倒れ込む。
団長が驚いた顔で僕を見下ろした。
「……四十七周だ。新兵では最高記録だな」
「へ? 僕そんなに走ってました?」
「走っていたというより逃げ惑っていた気がするが、まあそうだな。ランニングにおいては合格だ。ただ、これからはもう少し大人しく走るように。」
「は、はい……。すいません。なんか最近火を見ると細胞が逃げろと叫ぶんです」
「大丈夫か? よければ精神病院を紹介するが」
「いえ。それより次に行きましょう!」
「わ、分かった」
次の試験は筋力トレーニングだ。
「これを持って貰う」
そう言って団長が運ばせたのは水の入った樽だった。
「この樽を持って素早く動く訓練だ。腕の力もそうだが、足腰の筋力も大切だ。まずは持ってみろ」
「は、はい!」
言われたまま樽を持つとなるほど重い。中の水が動くからバランスを取るのも大変だ。
そのまま僕はマス目が描かれた運動場へと移動した。
「樽を持ってそのマス目を素早く移動しろ。ただし、二つ前までにいたマス目へ戻ることは禁じる。どれだけ早く百マス移動できるかを計る。時間の経過はこの石時計で分かる」
そう言って団長は魔力で動く石の時計を持ち出した。十個の石が並び、柱になっている。柱は三本。魔力によって上から下へ、下から上へと落ち、時間が分かる仕組みだ。
「では始め!」
団長の掛け声と共に石時計が動き始める。
それを見ると同時に僕の中でトラウマが蘇った。
もう無理だというのに岩を降らせるしずくから逃げ惑う記憶だ。
「無理無理無理無理っ! 無理だってえぇっ! 死んじゃうよおおぉぉぉっ!」
僕はそう叫びながらマス目をステップで踏んでいく。同じ所にいたら岩が降ってくるからすぐさま別の場所に移動だ。
でなきゃ岩に潰されてミンチにされてしまう。
それを見た団長が口をぽかんと開けていた。
「なんと見苦しい動きだ。だが、早い……ッ!」
「うぎゃああああぁぁぁぁぁっっ! 勘弁してくださいいいぃぃぃぃっ!」
僕はただただバタバタと逃げ回っていた。不規則に動かないと石が降ってくる。
「そこまで! もう百マスだ! 時間は?」
団長が計測していた部下に聞く。
「二十二秒です。これも新記録ですね。新兵ではなく、全憲兵の記録を塗り替えてます」
「ほ、本当か? っておいっ! そこまでと言ってるだろ! 止まれ! 止まらんか!」
それでも止まらない僕が持っている樽を団長が魔力を飛ばして破壊した。
中の水をかぶり、茫然自失の僕は足を止めた。
「もう……、終わりですか?」
「俺がそこまでと言ったらそこまでだ! 命令を聞けない奴は憲兵にしないぞ!」
「す、すいません! それはどうにか! この通りです!」
憲兵になれないと破産する僕は額を地面にこすりつけて土下座した。
そんな僕を見て団長は溜息をつく。
「頭を上げろ。次が最後の試験だ。これで良い結果を残せば入隊を許可しよう」
「ほ、本当ですか?」
「無理だ。諦めろ」
顔を挙げた僕に聞いたことのある声が聞こえてきた。声の方を見るとカインが立っている。
「カイン……。まさか?」
「俺が引導を渡してやるよ。最弱のアルフ。さっさと準備しろ」
そう言ってアルフは僕に古いグローブを投げた。
「カインは新兵の中ではトップの成績を残してる。善戦を期待するぞ」
団長がそう言うと僕らはまた移動した。
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