第18話
説明を受けた翌日。
干し草を編んで作ったシートの上に座り、僕らはウィスプの作ったドーナツを食べていた。
ウィスプが木のコップにハーブティーを注いでくれる。
「大丈夫ですか? 少しお休みになった方が……」
「そうだけど、試験まで時間がないからね。来週までになんとか体力つけとかないと」
そう。僕はまた憲兵の試験を受けられることになったんだ。
前に受けた試験は体力測定、格技、魔力検査、魔物使い適正の四つ。
その内、魔力は生まれついての才能が大きく関与するので向上はないと免除。
魔物使いとしての適正は三つの紋章があることからこれも免除。
つまり残りの二つ。体力測定と格技の試験を合格すれば憲兵になれると団長は言っていた。
千載一遇のチャンスに飛び付いた僕は今こうやって訓練を受けている。
なんだけど……。
僕は荒廃する草原の一部を見てげんなりした。
「あのすいません」僕は手を挙げた。「厳しすぎると思うんですけど」
「どこが?」
「あんなのストレッチみたいなものでしょう?」
フレアとしずくはドーナツを食べながら不思議がる。
「いやいやいや! あれがストレッチっておかしいでしょ? なんでストレッチで一秒ごとに命の危機を感じないといけないの?」
「アルフは大袈裟だなー」
フレアはけらけら笑う。
僕は抗議の意味を込めて自分のお尻を指差した。
「そう言うなら見てよ! 僕のお尻を! もう少しでこんがり焼き上がるとこだったんだから!」
「お尻を見てって、あなたはそんな趣味があるの?」
しずくは眉をひそめて僕を冷たく睨む。
「じゃあ髪でもいいよ! しずくの剣を避ける時に髪型変わってるから! 一歩間違えたら僕の首から上は胴体とバイバイしないといけなかったんだよ!?」
「あ、このドーナツ、中に果物が入ってるー」
「それみんなが好きなアプリカの実です」
「聞いて! ねえ、今大事な話してるよ。命の授業だよ!」
必死に訴える僕を気にせず、フレアはドーナツを頬ばり、しずくはハーブティーを行儀良く飲み、ウィスプはドーナツを勧めた。
どうやら僕の命を大切に扱ってくれる人はここにはいないみたいだ。
まあ人は僕だけなんだけど。
しずくがカップを受け皿に置く。
「泣き言を言うのはいいけれど、それであなたは試験に受かるの? 糞雑魚村人野郎さん」
「そ、それは…………」
確かにしずくの言う通りだ。村人の僕が一週間で憲兵になれるだけの体力と格技技術を手に入れるのは簡単じゃない。
だけどこのままじゃ試験を受ける前に焼かれて刺されて死んでしまう。
「じゃ、続きやろっか」
両手に持ったドーナツを食べ終えたフレアがお尻をぽんぽんと叩いて立ち上がる。
お金が入ったのでフレアとしずくにはそれぞれ服を買い与えている。
フレアは赤いチロルドレスだ。肩が見え、膝上のミニスカートは如何にも動きやすそうでフレアらしい。子供っぽく可愛らしけど、下着が見えてもお構いなしだから少し困ってる。
しずくも青いドレスを着てるけどフレアとは違いロングスカートだ。ただ胸元と背中がぱっくり開いている。本人曰くこれだと窮屈じゃないらしい。とんでもなくセクシーだけど、服を着てくれるだけマシかと認めた。
どちらもよく似合っていて、目のやり場に困る服だった。
まあ僕としては服を着てくれるだけで満足だ。もし草の服で憲兵の施設に入ったらその時点で捕まってしまう。
僕はフレアと二人で対峙していた。格技の訓練だ。
フレアは手をぱんぱんと叩いて余裕の笑みを浮かべる。
「いつでもいいよ。打ってきて」
僕はぎこちなくだけど構え、そして拳を握った。
「い、行くよ……」
僕は踏み込んでフレアの可愛らしい顔を目がけて拳を振るう。罪悪感がないと言えば嘘だけど、それも何度かすると薄れていった。
なぜなら僕の攻撃は当たらないから。
「ぐえっ!」
僕の体は宙に舞い、そして背中から地面に叩き付けられた。
僕の放った拳は伸びきった所をフレアに掴まれ、勢いを利用されて投げられた。
空を見上げる僕にフレアが見下ろす。スカートの中で小さな白い下着が見えてしまった。
紐で括られた面積の狭いパンツだ。普通のは暑いからとギリギリまで布を削っている。動いたせいもあり、日焼けでそこだけ白い小さなお尻に食い込んでいた。
フレアは食い込みを直しながら呆れていた。
「もう服って邪魔だなー。ていうかさー。遅すぎるよー。今のはパンチなの? それともガッツポーズ?」
「パンツです……。いや、パンチです」
僕は顔を赤くして横を向いた。
「ならもっと早く打たないと誰にも当たらないよ?」
僕はなんとか体を起こした。
「自分では早く打ってるつもりなんだけど……」
「今のが? 大丈夫? 夢でも見てたの?」
「……かもしれない」
フレア曰く、僕の体は連動していないらしい。
しっかりとしたパンチを打つには、踏み込み、腰を回し、肩を動かし、拳を放たないといけない。その一連の動作がバラバラだと言う。
それからも僕らの訓練は続いた。
「ぐわっ!」
フレアの蹴りが僕のお腹で炸裂する。
「ほらほら。蹴りが見えたらバックステップだって。外したら体勢が崩れてるからそのあとがチャンスだよ」
「……まず蹴りが見えないんですけど」
その割にはチラチラと見える下着は目に入るけど。
僕は吐き気を我慢しながら腹を押さえる。
冷静に考えれば人間の姿をしてるとはいえ、フレアは最強の肉体を持つ金色のドラゴンだ。
いくら人の姿をして弱体化しているとはいえ、村人の僕が勝てるわけがない。
自分より小さな女の子にボコボコにされるとどうも自信がなくなってしまう。
僕が溜息をついていると心配そうなウィスプがハーブティーを持ってきてくれた。
「大丈夫ですか? フレアちゃんももっと手加減してくれればいいんですけど」
「うん……。でもそれじゃあ多分、意味がないから……」
僕が苦笑してハーブティーを飲むと、口の中が切れていたのか痛みを感じた。
「くうううぅぅぅ……」
「す、すいません! 今冷めたのを――――」
慌てて謝るウィスプを僕は手を広げて制した。
「い、いいよ。ちょっとしみただけだから」
僕は痛みを我慢しながらごくごくとハーブティーを飲んだ。痛いけどフレアの蹴りより数百倍マシだ。
そんな僕を見てウィスプはどこか暗い表情をした。
「あ、あの……。憲兵の試験って、絶対に受からないとダメなんでしょうか?」
「え?」
僕は驚いて聞き返した。
どうしてウィスプがそんなことを言うのかが分からない。
「い、いえ……。だってこんな怪我までしなくても……。私、心配で……」
ウィスプは俯き、スカートの裾をぎゅっと握った。
そうだ。ウィスプは元々戦いが好きじゃないんだ。それに怪我をする僕なんて見慣れないだろうから驚いているんだろう。
僕はなるべく優しく笑った。
「ありがとう。でも、憲兵になるのは僕の夢だから。それに給与も貰えるしね。今のままじゃ困窮するのは目に見えてる。もし天候不順で畑が全滅したら飢え死にだよ」
「で、ですけど…………」
「ねえー、まだー?」
僕らが話してるとフレアがやって来て再開を催促した。
今は先程の蹴りで受けたダメージからの回復を待つ時間だ。まだお腹は痛いけど、動けるくらいまでは回復できた。
「今行くよ。じゃ、ウィスプ。お茶ありがとう」
「は、はい……」
ウィスプが暗く、気の乗らない返事をするのを不思議に思いながら、僕は訓練と言う名の虐待を受けに行った。
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