第13話

 急いで町に戻るとそこは先程までいたレネップとは違う場所のようになっていた。

 遠くから見えた影の正体は鳥型のモンスター、コカトリス。

 それも普段僕らが牧場で見ているものとは少し形状が違う。

 体は大きく、爪は長く、嘴も大きい。更に特徴である四つの目玉が血走っている。

 野生のコカトリスが大群を成してレネップを襲っていた。人々は逃げ惑い、商店は破壊され、食料がついばまれている。

 まるで戦場みたいな光景に僕は唖然とした。

「なんでこんな……。普通、野生のコカトリスが町に来るなんてないのに……。ってなにやってんの!?」

 フレアとしずくは主が逃げ出した屋台から焼いた肉に串を刺した商品を盗んで食べていた。

「だって落ちてたから」

「食べ物は大事にしないといけないわ」

「だからってそんな火事場泥棒みたいなことはダメだって!」

 するとそこを一羽のコカトリスに見つかった。コカトリスは屋台の看板を見て激怒した。

 そこには『ヘルシー美味しいコカトリス!』と書かれている。

 彼の目に同胞達の無念の炎が灯った。

 僕ら目がけて突進するコカトリス。そのサイズは通常の倍以上、酒樽くらいはある。

「ひいぃっ! みんな逃げよう!」

 おののきウィスプの手を取り走り出そうとする僕を尻目に、フレアとしずくは冷静だった。

 串焼きをもぐもぐ食べながら、新たな肉に喜んだ。

「焼き加減は?」

「ウェルダンがいいかしら」

 迫るコカトリス。その鋭い嘴には魔力が込められている。

 人の体くらいは簡単に貫きそうな嘴がしずくの柔肌に当たる。

 その刹那――――

『スカイエッジ』

 しずくの呟きと共に突如として現われた無数の風刃がコカトリスを切り裂いた。

 コカトリスはあっという間に首と足を落とされ、羽毛を剥がれる。肉屋で並んでいる鶏肉が出来上がった。

 そこへフレアが手をかざし、宣言する。

『ヘルフレイム・ウェルダン』

 フレアの手から炎が現われると、それは瞬く間にコカトリスの肉を焼いた。

 さっきまで力強く生きていたコカトリスはたったの二秒で鳥の丸焼きになってしまった。

 茫然とする僕。しずくは腕を組んでニコリと笑った。

「晩ご飯ができたわ♪」

「わーい! おいしそー♪」とフレアもばんざいして喜んだ。

 僕はひきつった笑いを浮かべるしかない。隣のウィスプも複雑そうに笑っていた。

 コカトリスは強いとは言えないモンスターだけど、決して弱くはない。

 群れならこの辺りでも中位に位置するモンスターだ。それをこんな一瞬でお料理にしてしまうなんて……。

「す……、すごいですね……」

「う……、うん……」

 圧倒されるウィスプに僕も同感だった。

 落ち着きを取り戻した僕は町を見渡した。

 そこかしこで暴れるコカトリス。逃げる町民。だけどそれを助ける者はいない。

「憲兵達はなにやってるんだろう?」

 するとそこへ一人の見知った青年が走って来た。

 さっき会ったカインだ。慌てた様子で剣を持って走ってる。

 町の外へ行こうとするカインに僕は声をかけた。

「カイン? 君は憲兵だろ? なんで外に行くんだ?」

「アルフ? 知らないのかよ? 町の外れにサイクロプスが現われたんだ。憲兵隊はそっちに急行しろって命令が出てんだよ!」

 サイクロプスとは一つ目の巨人だ。三階建ての高さを優に越え、その肉体は大きな筋肉に覆われている青い巨人だ。

 いつもは森の深くに住んでいるはずのモンスターがどうして郊外なんかに?

「サイクロプス? じゃ、じゃあここにいるコカトリスの群れはどうするの?」

「あとだよ、あと! サイクロプスなんかが町にやって来てみろ! レネップは滅びるぞ!」

 そう言うとカインは走り去ってしまった。

「そ、そんな…………」

 じゃあサイクロプスを追い払うまで町はコカトリスに襲われたままだって言うの?

 こんなことが続いたら犠牲者が……。

「きゃあああぁぁぁぁっっ!」

 悪い予想は的中し、幼い悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の方向を聞くと小さな少女が二頭のコカトリスによって追い詰められている。

 泣きながら怯える少女にコカトリスは迫っていく。

 突かれたら大の大人でさえ、大けがは免れない。

 助けないと――――

 そう思うと同時に僕は屋台にあった包丁を持って駆けだしていた。

 しかし距離が遠くて間に合わない。コカトリスは少女の肉をついばもうと頭を少し後ろに傾ける。

「くそ!」

 厳しい未来を想像した僕が目を逸らした。

『ショック』

 その言葉と共に小さな魔力の固まりが僕の横を通り抜け、コカトリスに当たった。

 頭に命中したが、少し仰け反る程度だ。コカトリス達はこちらを向いてギロリと睨む。

「ウィスプ! ありがとう!」

 僕は魔法を使ってくれたウィスプに礼を言った。

 ウィスプは戦いやすいように本来の姿、つまり光が浮いた姿になっていた。

「気をつけて下さい! ダメージはほとんど入ってません!」

 かもしれない。だけどそれでも女の子から注意をそらせた。

「早く逃げて! こいつらは僕らでなんとかするから!」

 僕は女の子にそう叫び、持っていた包丁をコカトリスに振るう。しかし素早いコカトリスは僕の遅い攻撃をひらりと避けた。

 体勢を崩した所をもう一頭が襲ってくる。

 けどそこに再びウィスプの『ショック』が当たった。

 コカトリスは鬱陶しそうにしてからぷかぷか浮いているウィスプを睨めつけた。

 その隙に女の子が町の外へと逃げていく。それを見て僕とウィスプはホッとした。

 そこへコカトリスが攻撃してくる。強靱な足を使っての蹴りだ。

 僕はそれをもろに腹へ喰らってしまい、後ろにぶっ飛ばされた。

「ぐわっ!」

「アルフ様っ!」

 心配そうなウィスプにもう一頭のコカトリスが襲いかかる。

 それを見てウィスプは『ショック』を放つけど、強い肉体を持つ野生のコカトリスにとっては取るに足らないダメージだ。

 グルルルと喉を鳴らし怒るコカトリスを見て、ウィスプは遂に逃げ出してしまった。

「うわああん。アルフ様ああああぁぁぁぁぁ! 助けて下さいいいぃぃ!」

 ぷかぷかと浮きながら逃げるウィスプをコカトリスは追いかけ回す。

「ウィスプ! 今行くってわあっ!」

 助けに行きたくてもコカトリスに邪魔をされる。素早く強力な嘴での攻撃。

 当たれば肉が抉られ、骨に穴を開けられるそれを、僕は必死に避け続けた。

「ひいいいいぃっ! ちょっ! やめっ! 暴力反対いぃぃぃ!」

 そんな僕の言葉も受け入れられず、またしてもコカトリスの蹴りが僕の腹を蹴り上げた。

 体が後ろの建物に叩き付けられる。

「がはっ……!」

 息ができない。その上、体が痛くて動かなかった。

 擦れた視界には襲われる町。耳鳴りがする中、悲鳴が聞こえる。

 ああ、また僕はなにもできない。そりゃあそうか。最弱なんだ。

 コカトリスの討伐なんて憲兵クラスでも手こずるんだ。僕にできなくて当然だよね……。

 なぜだか笑えてきた。すると視界に小さな背中が写る。

 フレアだった。金色の瞳で僕へ尋ねる。

「もう一回聞くね? アルフは今のままでいいの?」

 今のまま……。

 なにもできず、誰も助けられず、死ぬまでただ自分を諦めるだけの日々……。

 最弱のアルフ。

 本当にそれでいいのか?

 僕は歯ぎしりした。拳を握ると胸の中が熱くなる。

 そして僕は泣きながら言った。

「……………………………いやだ。僕はもう弱いままの僕を耐えられない……」

 僕の言葉を聞くとフレアは嬉しそうにニコッと笑った。

「そっか。それを言えるならアルフは変われるよ。きっと強くなれるよ」

 フレアがしずくに笑いかける。するとしずくも肩をすくめた。

 次の瞬間、僕の目の前に金色のドラゴンと白銀のグリフォンが現われた。

 あとはもう、圧倒的だった。

 五十羽はいたコカトリスが蹂躙されていく。

 残酷なまでの炎と風が町を襲った敵を全て駆逐した。

 その様子を僕は座ったまましっかりと見ていた。胸の中に悔しさを抱きながら見ていた。

「アルフ様……」

 助けられたウィスプが僕を心配する。僕は悔しさを滲ませながら笑った。

「ごめん。助けられなかった」

「わ、私は別に――――」

「でも次は大丈夫だから。これからは僕はもっと強くなるから」

 僕は立ち上がってウィスプに言った。

「僕はもう一度憲兵の試験を受ける。もし受かったらもう少しはマシな生活ができると思うし」

 僕がそう言うとウィスプは複雑そうに笑い、そして悲しそうに下を向いた。

「そしたらウィスプも我慢せずに欲しいものが買えるよ」

「わ、私は欲しいものなら、もう……」

 恥ずかしそうに俯くウィスプ。そこへ見たことのある人が大型の鳥に乗ってやって来た。

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