第10話
僕らはカフェを追い出され、再び掲示板の前に立っていた。
いつまでも葉っぱじゃ三人が可愛そうなので、隠しておいた剣を売ったお金で一番安い麻の服を三着買ってあげた。
これで僕の全資産はほぼゼロになった。あとは小屋と土地だけだ。
なのにフレアとしずくはその服も気に入らないらしい。
「こんな服着るなんて屈辱。なんで裸じゃだめなの~?」
「わたしも脱ぎたいわね。胸も蒸れるし。服なんて着るものじゃないわ」
そわそわする二人を横目に僕とウィスプは掲示板を眺める。
「……僕らに接客は無理だ。人と関わらない仕事をしよう」
「……そうですね。なんかちょっと駄目人間っぽいですけど」
それからも僕らはいくつかの仕事をしてみた。ビラ配り。荷物運び。引っ越し。宅配。掃除。
だけどその全てでフレアとしずくが反抗し出す。
ビラを投げ撒き、荷物を壊し、新築の家に傷を付け、宅配の食べ物を食べ、掃除なのにもっと汚くする。
夕日が照らす町外れの道でフレアとしずくのフォローに奔走した僕とウィスプはぐったりとしていた。一方の二人は元気そうだ。
「結構頑張ったのにねー。なんでみんなお金くれないのかな?」
フレアはほっぺたについたクリームを指で取ってぺろっと舐める。
「本当に人って愚かな生き物ね。自分達が弱者だって実感がないのかしら?」
しずくは胸の谷間から盗ってきたらしいクッキーの袋を取り出した。
それを見てさすがの僕も苛立ちを抑えきれなかった。
「二人共、『おすわり』」
僕がそう言うとフレアとしずくはぺたんと正座をした。
むっとして睨む二人の視線を払って僕は言う。
「そもそも、二人には雇われてお金を貰ってるってことが分かってるの?」
「なにそれ?」
「分からないわね」
フレアとしずくは正座したままぽかんとする。
僕は溜息をついた。
「雇われるってことはその人の下に付くってことなんだ。だから言われたことはちゃんとやらないと。だから――」
「分かってないのはあなたの方よ」
しずくは静かに告げた。
「……え?」
「わたし達は不本意にもあなたと主従の契約を結ばされた。だからこうして命令には従ってるわ。でも他の人間とは違う。ろくに魔力も持たない人間の指図を聞く道理はないの」
「か、かもしれないけど今はそんなこと言ってる場合じゃ――」
「あれ? そこにいるのは最弱のアルフじゃねえか」
僕の言葉を遮り、そこに現われたのは二人の青年と同い年くらいの少女だった。大きな鳥が引く車に乗ったまま僕を見下ろしている。
赤い髪を立たせた体つきがしっかりした青年が僕を見て笑った。
「そんなとこで女座らせて何やってんだよ。最弱のくせに」
「カ、カイン……。これは、その……」
どもる僕を見てフレアとしずくが首を傾げる。ウィスプは気まずそうに下を向いた。
「最弱? なにそれ?」とフレアがカインに尋ねる。
するとカインはあざ笑うように僕を見て答えた。
「知らねえのか? こいつ、憲兵に入るんだって言って入隊試験を受けたけど、魔力もないし、格技も弱くてこの地区で最弱の結果を残してはじき出されたんだよ」
「あ、いや……。それは…………」
あたふたする僕を無視してカインはウィスプの方を向いた。
「そりゃあそうだよな。なんたってパートナーがウィスプなんだ。スライムと並ぶ最弱のモンスター。そんなの使役しない方がマシだって」
カインの言葉に連れの二人が笑い声をあげる。
「騎士の素質も魔術師の素質もない。なら魔物使いになるしかないけど捕まえたのがウィスプってな」
カインは挑発するように笑った。
「全てにおいて最弱。だから最弱のアルフって呼ばれてんだ。なのにへらへらしやがってよ。だからそんな奴の言うことなんて聞かなくていいぞ。どうせそいつにはなんもねえんだから」
「ねえ、もう行こうよ」と連れの女がカインに言う。
「そうだな。そこの二人。そいつは早く見切った方がいいぜ。先なんてないから。村の端っこで一生畑耕すしかできないんだ。これだけ言われても言い返してこないしな」
カインはそれだけ言うと手綱を振るってどこかに行ってしまった。
しばらく場が静まりかえる。嫌な空気を変えようと僕は作り笑いを浮かべた。
「あ、あはは……。なんか、ごめんね……」
「不快だわ」しずくが僕を睨んだ。「あの男じゃなく、あれだけのことを言われて何も言い返さないあなたがね」
僕はしずくから視線を切って下を向いた。
「だ、だけど……、本当のことだし……。僕は……最弱で、村人だ…………」
僕がなんとか笑顔を作るのを見て、しずくは溜息をついた。
「ごめんなさい!」
突然ウィスプが頭を下げた。
「パートナーの私が弱いから……。役に立たないウィスプだから、あんなこと……」
「違うよ。僕が弱いからだ。試験だって何一つまともにできなかったし……」
僕とウィスプは互いに暗く沈んだ。情けなくて泣きたくなる。
するとフレアがやって来て僕をまっすぐ見つめた。
「どうでもいいけどさ。あたし、どうせなら強いマスターがいいな」
「で、でも僕は…………、最弱で…………」
「なら強くなればいいじゃん」
僕が顔を上げるとそこにはニコリと無邪気に笑うフレアがいた。
強くなる……? 最弱の僕が?
「け、けど……、畑を耕さないといけないし、足りない分は働かないと……。訓練する時間なんてそんなに取れないよ」
「ふ~ん」
フレアは背を向け、そして振り向いた。
「でもそれじゃ一生最弱だよ? それでいいの?」
「そ、それは………………」
僕は言葉に詰まった。
一生最弱のまま、村の端で畑を耕す人生が脳裏に過ぎる。
それはゾッとする程リアルな未来だった。
僕は口をぎゅっと閉じ、地面を見つめた。だけど、何も言えなかった。
するとウィスプが口を開いた。
「い、いいですよ……。私は……」
僕が顔を上げると寂しそうに微笑むウィスプがいた。
「ま、毎日平和で素敵じゃないですか。食べる分を畑で作って。余ったら売って。お掃除したり、お料理したり。それのどこが悪いんですか? 最弱のなにが駄目なんですか?」
ウィスプはフレアに強い視線を送った。しかしフレアは怯まない。
「そんなの、自分が一番分かってるんじゃないの?」
フレアは僕に透き通るような金色の瞳を向けた。
全てを見透かされている気がして、僕は思わず目を背ける。
それを見てフレアとしずくが溜息をついた。
それがまた僕を情けなくさせる。
でも仕方がないんだ。
だって僕は最弱だから。
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