第9話
落ち込んだウィスプをなんとかなだめて僕らは町の中心部に向った。
そこには商店街があり、人がたくさんいた。商店街の中心には大きな掲示板がある。
そこには公国軍が出すクエストや民間の業者からの仕事が書かれた紙がたくさん貼られている。
「えっと、モンスターの駆除は憲兵じゃないとできないから配達、納品か。今日は結構あるね。どれにする?」
「即日での支払いがいいですね。そしたら今日は晩ご飯が食べられます」
それは僕も同感だった。せめて一日二食は食べたい。できれば三食が理想だ。
ああ……、ちょっと前まで侘びしくてもちゃんとした食事ができてたのになー。
誰のせいだろうと僕は隣に並ぶ二体のモンスターを眺めた。
「一回で大金が稼げるのがいいなー。三億ラリィくらい」
「そうね。邪魔な小国を滅ぼして下さいとかないかしら?」
スケールの大きな二人の会話を聞くと溜息が漏れる。
「そんな物騒なのあるわけないでしょ。それに三億って地区予算並だから。もっと小さく堅実に稼いでいかないと」
僕が真面目に話すと二人はしらけた顔になる。
「うわー。なんかそれ村人っぽい」
「村人らしく小さな価値観ね。そんなことじゃ生まれてから死ぬまで一生村人よ」
「だ、だからって今は今日の晩ご飯分を稼がないと駄目だし……」
僕は自分の金銭感覚を馬鹿にされて少々ダメージを受けていた。
そんな僕を横目にしっかり者のウィスプは腰に手を当てて二人に言った。
「そうですよ。まずは食べる分だけ稼ぎましょう。身の丈を越えたお金は身を滅ぼします。まずはそれぞれの食事代。それと」
ウィスプは自分達の姿を見た。葉っぱで作った服は注目の的だ。
さっきは痴女がいると憲兵に通報されたくらいだった。なんとか逃げたけどこのままじゃ牢に入れられる。
「着る服を手に入れましょう。でないとお嫁にいけません」
「べつにあたしはいかなくていいもん」
「そもそも服を着るっていうのがあまり理解できない行為だわ」
フレアとしずくは葉っぱで作った服を摘まんだ。
ピンク色の世界が広がり、僕は思わず目を逸らす。
それを見てウィスプが人差し指を立てた。
「服を着るってことは人間と一緒に暮らすには絶対に必要なことなんですよ。それに着続けたらなんでか脱ぐと恥ずかしくなります。いずれ分かりますよ」
ウィスプの言葉にフレアとしずくは顔を見合わせてよく分からないといった表情をした。
まったく、それはいつになることやら。
僕らは目についた即日払いの仕事を選んだ。内容はカフェでの配給係だ。
制服支給というフレーズがウィスプの琴線に触れた。
町の中心部にあるカフェ、デイズに向かい、店長の小太りのおじさんに手配書のことを話すと店長は三人を眺めた。
「う~ん……。確かに求人は出したけど三人もいらないかな」
「そこをどうにかお願いします。どうかこの通りです。三人とも可愛いですし、きっとお客さんも喜んでくれますよ」
僕は手を揉みながら頭を下げた。店長は悩みながらも一人一人見ていく。
ウィスプは可愛らしく微笑み、フレアは腕を組んでふんっと横を向き、しずくは腰に手をあててつまらなそうにしている。
「う~ん……。まあ、じゃあとりあえず一日だけ働いてみる?」
「本当ですか? ありがとうございます! ほらみんなも」
僕が促すとウィスプが柔和な笑みを振りまいた。
「至らないところもありますが、どうかよろしくお願いします」
行儀良くお辞儀するウィスプの横でフレアとしずくはしらけていた。
見張り番ということで僕もウェイターをすることになった。
お金は貰えないけど三人がきっちりと稼いでくれたら二日三日は食べ物に困らないだけのお金は得られるはずだ。
「よし」
鏡で白のシャツに黒のズボンをチェックし終えた僕が更衣室から出て少しすると、三人ともメイド服に着替えて出てきた。
フリフリの服は思わず見とれてしまうほど皆似合っていた。
「どうですか? 変じゃないですか?」
恥ずかしそうに顔を赤らめるウィスプ。
「すごく似合ってるよ」
僕が本心でそう言うとウィスプは嬉しそうにはにかんだ。
「なんかこのひらひらくすぐったいんだけど」
フレアはミニスカートの端を摘まんで抗議する。下着が見えてしまい僕は目を逸らした。
「わたしは胸がきついわね」
しずくは窮屈そうな胸元に触れた。ブラウスのボタンが拷問でも受けているみたいに張り詰めた生地を留めている。
服を着れば着るで、また別の問題が出てきそうだ。
そこへ店長がやって来て僕らを見渡した。
「うん。中々じゃないか。さ、店へ出て接客して。やり方は教えた通り。メニューを見せて注文を取ったら厨房に伝えて、あとは出来上がった料理を持って行くだけ。簡単だろう?」
「はい。じゃあ行こっか」
「が、頑張ります!」
張り切るウィスプだが、後ろの二人はまだ服についてぶつくさ言っていた。
僕らが店に出ると通りの客から注目が集まった。
そりゃあそうか。田舎のカフェにこんな綺麗な女の子が三人もいるんだから。
あっという間に店は男性客で埋まり、注文が飛び交った。
「季節のパスタとコーヒーのセットですね。少々お待ち下さい」
ウィスプはてきぱきと仕事をこなす。
さすがだなと思いながら僕が注文を取りに行くと男性客達は眉をひそめた。
「ええー。あっちの女の子達と話たいんだけど」
「あはは……。ここそういう店じゃないんで。で、ご注文は?」
僕は少し苛立ちながら伝票に注文を書いていく。すると隣の席で客が抗議してた。
「なんだよこれ? 俺はコーヒーとトーストのセット頼んだはずだろ? なんでステーキなんて出てくるんだよ。しかも半分食べかけだし」
「えっと、あれだよ。あれ。チップ。それに毒が入ってるかもしれないから味見は必要でしょ? むしろ褒めて欲しいくらいだよ!」
口元をソースで汚したフレアが悪びれもなく客を指差した。
「ちょっ、フレア。お客さんにはちゃんと接客してよ。すいません。こちらの手違いがあったみたいで。もちろんお代は結構です」
僕がそう言うと客の男は憮然としながら舌打ちした。
僕がホッとしてフレアを注意する。
「駄目じゃないか。勝手に注文したら」
「だってお腹空いたんだもん」
「これが終わったら食事に行くから今はちょっと待って――――」
「おい! 魔力で皿なんて飛ばすからスープがこぼれたじゃねえか!」
次は別のテーブルで怒声が張り上げられる。
僕がそっちを向くと腕を組んだしずくが冷たい目で客をあしらっていた。
「わざわざ体力を使うなんて低能のすることだわ。わたしの高級魔力なんて本来人間にはもったいないくらいなのよ。スープがこぼれたらなら舐めなさい」
「それが客に取る態度かよっ!」
客の男は激怒して拳を握り、立ち上がった。
僕は慌てて駆けつけ頭を下げる。
「ごもっともでございます! 今取り替えますから! どうか暴力だけはやめてください」
あなたが死んじゃいますから!
それからも僕は低頭平身でフレアとしずくの犯すミスを謝り続けた。
「すいません。ごめんなさい。許して下さい。お願いですから誰か助けて下さい」
その様子を小太りの中年店長はニコニコしながら見ていた。
そして、
「全員クビね。本当は赤字だけどバイト代は勝手な注文分やクリーニング代に補填させてもらうからなしってことで。じゃあ、二度と来んな」
ボロボロになった店のドアはバタリと閉められた。
風が冷たいね。
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