第6話
ウィスプは微笑を浮かべ、立ち上がった。
「少しここで待ってて下さいね」
そう言ったウィスプは前を向くとその表情を険しくさせた。
僕がそちらを見ると人の姿に戻ったフレアとしずくがこっちを見ている。
「お二人とも、私がいない間に随分好き勝手してくれたみたいですね?」
「そんなことないよ。ね?」
「そうよ。随分大人しくしていたつもりだわ。と、言うか」しずくは鋭い眼光でウィスプを見据え、「ウィスプとかいう魔物の中でも最下位にいる存在にとやかく言われる筋合いはないのだけど」と言い放った。
格、という話をすればしずくの言う通りお話にならないのは事実だった。
ドラゴンのように最強の肉体があるわけでも、グリフォンのように最強の魔力を操れるわけでもない。ウィスプにできるのは浮くことと、多少魔法でサポートできるくらいだ。
勝ち目は無い。にも関わらずウィスプは水面を撫でるように歩いて進む。
「ダメだ! あの二人は尋常じゃない。異常なほどワガママだし、肉ばっかり食べる人をこき使う史上最低の悪魔だよ!」
僕の言葉にフレアとしずくは眉をぴくぴくと動かしてこちらを睨んだ。
「焼いてやる」
「斬ってあげるわ」
「ひいぃっ!」
怯える僕の前にウィスプの背中が立った。
「させません。私が守ります」
今まで見たことないような頼もしいウィスプに僕は見とれながら、どうして皆裸でも恥ずかしくないのという疑問を抱いていた。
僕の心配もどこ吹く風でフレアは格下のウィスプに舐められてむかっときていた。腕を上に向けて伸ばすと、手の平に巨大な炎の球を作り出す。
どう見てもウィスプじゃ対処できないそれを見て、僕はただあわあわと慌てていた。
「ウィスプのくせにぃ、嘗めないでよ!」
フレアは振りかぶって小さな太陽みたいな炎球を僕らに向って投げつけた。
もう無理だ。僕の人生、終わりだな。と辞世の句を心中詠んでいた僕だけど、前に立つウィスプからは余裕が感じられた。
「そりゃあ普通じゃ勝てないですけど、この地形と!」
ウィスプが両手を前に伸ばすと、足下にあった湖の水が矢のように炎へと放たれ、それが火に当たると水蒸気がもくもくと上がった。
辺りが霧によって真っ白になる。こうなるとさすがのフレア達も視界を失ったらしい。
「この馬鹿ドラゴン。もっと考えて動きなさい」
「だ、だってえ……」
視界を遮られたしずくがフレアを叱る声が聞こえる。
それとほとんど同時に、ウィスプの声がその近くからした。
「女神様から頂いたこれを使えば!」
「きゃっ!」
「な、なにこれー?」
しずくの悲鳴。そしてフレアの不思議がる声が聞こえた。
なにが起こっているのか分からない僕は目を細めて声の方を見つめた。
すると段々霧が晴れてきて、三人の姿が見えてきた。
完全に見えてようやくその変化に僕も気付いた。フレアとしずくの首に首輪がされている。
フレアは白い、しずくには黒い輪だ。
二人はそれを気持ち悪そうに外そうとするが、無理そうだった。
「御することはできるんです!」
ウィスプは格上の二人に対して誇らしげだ。
「なによこれ?」
しずくが珍しく苛立って聞くと、ウィスプがえっへんと中くらいの胸を張って答える。
「女神の首輪です。これを付けられた魔物は主人の言うことを聞かなければなりません」
「なっ? それって……」
フレアは驚いてウィスプを見つめた。
ウィスプは頷いた。
「はい。たった今からあなた達の主人は私になりました。そしてその私も」ウィスプは青い首輪を取り出して自分に付けると僕の方を見て笑った。「アルフ様を主人として誓いを立てます」
「…………え?」
僕は事態の急展開についていけない。ウィスプは微笑んだ。
「つまり、この瞬間アルフ様は金のドラゴンと銀のグリフォンを支配する世界最強の魔物使いとなりました」
「…………………………………………………………WOW」
そんな驚嘆の言葉しか出てこない。
え? フレアとしずくが僕の言うことを聞く? そんなバカな。
ウィスプはともかくあんな凶暴な二人が僕の言うことなんて聞くわけがない。
驚きながら水面に浮く僕を見て、ウィスプがこっちにやって来ると耳打ちした。
「本当に?」と聞くとウィスプは頷いたので、僕はフレアとしずくの方を向いて言った。
「…………おすわり」
するとだ。あの獰猛な二人が裸のままその場でぺたんと正座したのだ。
僕も、そして座った本人達も驚いていた。
「…………嘘でしょ?」
僕らの声は重なった。
「本当ですよ」
ウィスプは嬉しそうに肯定する。そして跪いて僕の手の甲にキスをした。
「さあ、なんなりと仰せ付け下さい。ご主人様♪」
僕はまだ信じられなかったが、首輪の力を実感したフレアとしずくは違ったみたいだ。
「こ、こんなのズルイよ! 虐待だよ! ドメスティックなバイオレンスだよ!」
「そうよ! 力に任せて従わせるなんて横暴だわ!」
「君達がそれを言うのか……」
呆れた僕はようやく周りが見えてきた。酷いものだ。炎と木の槍で散らかっている。
そしてなにより気になってたことがあったので、僕は下を向いて照れながら言った。
「……と、とりあえずみんな、服着よっか……」
僕がそう言ってようやく気付いたのか、ウィスプは顔を真っ赤にして体を抱いた。
「も、申し訳ありません。お見苦しいものを……」
その場でしゃがみ込むウィスプを見て、うんこれが女の子のあるべき姿だよなあとか思っていた僕だけど、視界の端ではフレアとしずくが恥ずかしがるどころか不満げな顔をしていた。
「そんなことまで人間に命令されるなんて屈辱ぅ~」
「ぬかったわ……。まさか女神の首輪なんて……」
まあ魔物に服を着る習慣がないのでこの反応も正しいと言えば正しい。ウィスプも最初は「服ってどうして着るんですか?」と裸で尋ねてきたものだ。
懐かしい記憶と共に、そう言えば服って全部破れたんだっけと現実に引き戻された僕は火の車どころか炎上している家計からどうやって三人の服代を捻出するかに頭を悩ませた。
主人になったからには衣食住の面倒を見ることは僕の責任でもある。
ああ、やっぱり湖に返した方がよかったじゃないかと思っていると、その湖から見たことある光が差して、見たことある女神様が出てきた。
女神様は出てきて早々口を開いた。
「服とかどうでもええねんけど、湖の周りは綺麗にしてな。あと森に引火した火も消火すること。でないと、死ぬより怖い目に遭うで」
それだけ言うと関西弁の女神はまた「ほな、また」と片手を上げて湖に消えていった。
その後、僕らはみんなで大人しく片付けをして、小屋に戻ってから貯金が無くなってることがウィスプにバレて無駄遣いをこっぴどく怒られました。
あんまり最強になった気はしません。
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