第3話
「ねえ、お腹空いたー」
湖の畔で牙の生えた金髪少女が僕に言う。近くにあった大きめの葉っぱ三枚で最低限の部位だけ隠したあられもない姿だ。お尻だってまる見えだった。
「うん。いやウィスプは? 僕のパートナーはどこに行ったの?」
僕は目のやり場に困りながらも心配して尋ねた。
「女神の世界よ」
銀髪の羽が生えた少女が答える。彼女は長い髪をさらりと揺らした。
一見優雅だけど、彼女もまた大きな胸と股に葉っぱをくっつけただけの格好だ。胸が大きくて葉っぱからは大幅にはみ出している。
またしても目のやり場に困りながら僕は聞いた。
「女神の世界?」
「女神のいる世界よ。わたし達がいる世界とは違う世界。魔力もないし、モンスターもいないわ。なんというか妙な世界だったわね。なんて名前だったかしら。オーサカ……?」
銀髪少女が腕を組んで考えると谷間が強調される。
「ねえ、お腹空いたんだけどー」
「うん。ちょ、ちょっと待っててね。今話してるから」
空気の読めない金髪少女に待てをして、僕は再び銀髪少女に尋ねた。
「えっと、なんでウィスプはその女神の世界に連れていかれたの? あと君達は誰?」
「一つ目の質問。知らないわ。二つ目の質問。あたしの名前はしずく」
「あ。あたしはフレアー」
金髪少女はフレア。銀髪少女はしずくと答えた。名前が分かっただけだった。
「・・・・・・なんか、さっき女神様がドラゴンとかグリフォンとか言ってたけど」
「あたしが金のドラゴンで、」
「わたしが銀のグリフォンよ」
フレア、しずくの順にテンポ良く答えた。
それはなんとなく分かった。フレアには牙と尻尾があるし、しずくには白い羽が生えている。
「・・・・・・で?」
「あたし達はすごいんだよ。あたしは自然界最強の肉体を持つドラゴンの中でも高位種だけが持つ金の鱗を持ってるし、しずくも自然界で最大の魔力を持つグリフォンの中でも高純度の魔力を扱える白銀の翼を持ってるエリートなんだから」
フレアが小ぶりな胸を張って答える。
なるほど。話の真偽は確かかは知らないけど、すごいことは分かった。
「・・・・・・うん。で? で、なに? なんでウィスプが湖に落ちたら君達がやってくるの?」
僕の疑問に大きな胸をたぷたぷ揺らして立ち上がったしずくが面倒そうに答えた。
「あなたが正直者だからでしょう」
「答えになってないよ! 大体なんで人の姿なの?」
「決まってるじゃない。『契り』が結ばれたからよ」
「・・・・・・え?」
僕は呆気にとられていた。
契りとは人と魔物に深い絆が結ばれた時に起こる現象だ。
二人が共に生きることを儀式によって神に誓い、それが認められると成就される。
だけどこんなことが簡単に起こるわけがない。ウィスプとその契りを結んだ時、僕らは十年近く一緒にいた。もはや家族同然の関係だ。
ちなみに魔物の姿の方が人の姿より力を出せるので、さっきまでウィスプは人の姿から戻って訓練をしていた。
そもそも契りは人とモンスターの合意がなければ結ばれないはずだ。
たった今会ったばかりのこの二人と僕にそんな深い絆があるわけがない。
「別に驚くことはないわ。あなた達がパートナーの契りと呼んでいるこの現象は神族が仲介人となって結ばれるものだもの。水たまりの女神が結びたいと思えば結べるものなのよ」
僕はハッとして左右の手の甲を見た。そこには右手に龍の紋章、左手の翼の紋章が浮んでいる。
紋章とはモンスターと契りを結んだ際に浮き出る契約の証だ。
胸には既に精霊の紋章があるけど、一人で三つの紋章を持った人間なんて聞いた事がない。
「そんな・・・・・・、横暴だよ・・・・・・」
「神とはそういうものよ。わたし達もその身で知ったわ」
しずくの言葉にフレアはうんうんと頷いた。
「酷かったよねー。ちょっとイタズラしただけなのにー」
「・・・・・・なにしたの?」
僕は恐る恐る尋ねた。
「べつにー。あたしはちょっと火山を噴火させたり、隕石を降らせただけだよ」
「わたしはそれが熱かったから竜巻を発生させたり洪水で流したりしただけ。むしろ被害者よ」
「天変地異じゃないかっ! なんでそんなことするの!? ていうかこの前の大洪水って二人のせいなのっ? ひどいよ! あれのせいで僕の畑は半分水没したんだから!」
「だって暇だったから」
「だって暑かったから」
二人からはまったく反省の色が見えない。
もしこの話が本当なら、僕はとんでもない子達を抱えてしまったことになる。
どうにかして逃げないと。ウィスプのことは心配だけど、今は自分の身が危険に晒されてる。
「あ、アプリカの実だー」
「あらほんと」
ちょうどタイミング良く、二人が赤い実に気を取られている。
この隙にと僕は少しずつ後退し、近くにあった木まで辿り着いた。
そして二人が赤い実を取ったのと同時に木の裏へ周り、そこからダッシュで逃げた。
金のドラゴンに銀のグリフォン? そんなの僕の手に負えるわけがない。
だって僕は――――
「どこ行くの?」
その声に僕はぞっとした。
フレアの声に振り向いた瞬間、周囲にあった木々がなにか鋭いもので一斉にスパッと斬られる。よく見るとそれはフレアの尻尾だった。
鬱蒼と茂っていた森が僕の周りだけ木が転がった原っぱになる。
「逃がさないわよ」
次にしずくがそう呟いた。
するとフレアによって斬られた木々が空中に浮かび上がる。その木々は突如発生したかまいたちによって木材になったかと思うと僕目がけて飛んできた。
ドスドスと音を立てて木材が地面に突き刺さると、あっという間に僕は木の檻に捕まってしまっていた。
「あ、ああぁ・・・・・・・・・・・・」
僕は声にならない悲鳴をあげ、その場に尻餅をついた。
そんな僕を怪しく光る瞳が笑って見つめている。
「アハハ♪ 逃げちゃダメだよ」
「ウフフ♪ そうよ。だってわたし達パートナーだもの」
僕は空を仰いだ。
「・・・・・・助けて、神様・・・・・・・・・・・・」
湖を見ても水面には揺れの一つも起こらない。
こうして僕は二人のパートナーと出会った。
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