『春風と共に』
CAST:燦潑
今日は立春。気が早い燦は春物の服を引っ張り出し、様々な色や形を楽しげに組み合わせている。潑は半ば呆れたような顔でその様子を眺めていたが、もちろん彼は冷め切っている訳ではない。代わる代わる春服を手に取る燦のスムーズな振る舞いは、半身が繋がっている潑の同調があってのものだ。
「……でも、さすがに早くない? 立春の後でも雪が降るかもよ」
潑はスマートフォンを手に取り、天気予報アプリの画面を燦の眼前にちらつかせる。だが、彼の言葉は燦の耳を“左から右に”流れていった。今や彼女の頭の中では自らの服装だけでなく、潑との組み合わせ、つまりふたり分のコーディネートをシミュレートしているのだ。脳細胞をフル回転させながら考え込む燦の横で、潑は少し退屈そうに画面へと目を落とした。
「……2月4日は立春だけど、へぇ、西の日でもあるんだってさ。今、TLに流れてきた」
「……ふーん、どうして? ……あ、2と4で“に・し”だからか。へぇ……」
潑の独り言めいた呟きに、燦はやる気の無い声で答えを先取りする。体同士が繋がっている彼らだからこそのやり取りだ。
「あー…… じゃあ、今は南を向いてるから、私が西側だね。うん、私の日だ……」
「いや、北を向いてたら逆になるんじゃ……」
潑の至極真っ当な突っ込みにも、燦はうわの空で頷き返すだけ。彼女が『ああでもない、こうでもない』と取っかえ引っかえした二人分の春服は、今や方角などまるで関係なく部屋中に散らばっていた。
CAST:エノコロ、スミレ
「エノコロさん、今帰りました」
「おかえり。今、ドア開けるね」
チェーンを外したドアを開けると、白い息を吐くスミレの姿がすぐ目に入った。隙間から吹き込む夜の寒風とは裏腹に、彼女の『ただいま』は朗らかな声。機嫌が良いのは良い事だ。
「どうだった? その、同窓会は」
「楽しかったですよ! 久しぶりに会えたから、すごく話し込んじゃった」
余所行きのコートを脱ぎながらも、彼女の土産話は止まらない。それにしても、人造人間であるスミレの同窓生とはどういう人達なのだろうか? それが気になった私は、彼女に同窓会の写真を見せて貰えないか持ち掛けてみた。素直に二つ返事で了承する姿に罪悪感が無くもないが、差し出されたスマートフォンを見ない理由も無かった。
「……へぇ、この人達が……」
「うん。私と一緒にいるこの子はペリカニミムス。で、こっちの写真に写っているのがハルピミムス、ガリミムス、ストルティオミムス……」
彼女が差し出した画面には、静止画でも伝わる程はしゃいでいる複数の人造人間が写っている。よくあるであろう宴会の風景なのだが、私にはひとつどうしても気になる点があった。それを確かめようと写真を見つめていると、スミレは何かを察したように横から口を出してきた。
「あ、さっきの名前はもちろんコードネームですよ? 今は私みたいに別の名前を使ってます」
「いや、そうじゃなくて…… あのさ、この人たち、みんなスミレに似てない? まさか、双子的な……?」
「双子っていうか、同一ロットですね」
「同一ロットか……」
さも当たり前のように答える彼女につられ、私もそういうものかと納得させられてしまった。考えてみれば、人造人間なのだからロット単位で製造されるのは何もおかしくない。
私の脳裏に、スミレそっくりの人造人間がずらりと並んだ光景が浮かぶ。薄ら寒く、そして少し可笑しい奇妙な光景だ。それでも、私の所へ来てくれた彼女は間違いなく『ただ一人のスミレ』なのだろうなと、柄にも無く照れてしまう。
急にしおらしくなった私を見た彼女は、不思議そうに『そんなにコードネームが珍しいのかなぁ』と首を傾げていた。
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