『怪魚の日、そして…』
メアリーはアンドロイドである。彼女は機械と自身をBluetooth接続する事により、その挙動を意のままに操る事ができた。
今、彼女の手元には1台のスマートフォンが握られている。画面に映るSNSのタイムラインが、Bluetoothを介したメアリーの“意思”で勝手にスクロールしていく。彼女は片手に携帯端末、空いた片手にマグカップを持ちながら、(有意義かどうかはともかく)現代的な休憩時間を過ごしていた。
その情報の奔流の中、メアリーの目に留まったのは『#怪魚の日』とタグが付けられた投稿群。画面の向こうにいる人々が、そのタグ上で様々な“怪魚”を思い思いの形で主張していた。
(ふーん、怪魚の日かぁ。甲冑魚の化石に、ペットのアロワナねぇ…… あ、人魚の自撮りもある)
キラキラと輝く自撮り画像を見ながら、メアリーは自身のパートナーを思い出す。『豊は、怪魚の日を知ってるのかな』。妙な好奇心が顔を覗かせるが、すぐに『魚扱いしたら、気を悪くするかもしれない』と理性がブレーキをかける。だが、怪魚といえば彼女以外に相応しい者はいない。『でも、いや、しかし……』。メアリーの葛藤がピークに達した時、彼女の背中をぽんと叩く者があった。
「どうしたの、フリーズした?」
「あ、豊さん……」
慌てて振り向いたメアリーの背後には、その大きな魚半身を揺らしながら佇む豊がいた。自身の勝手な想像のせいでしどろもどろになっているメアリーを落ち着かせ、彼女は言葉を切り出した。
「ねぇ。9月3日、何の日か知ってる?」
予想だにしなかった質問に、魚よりも魚めいて目を泳がせるメアリー。当の豊はきっぱりと、『ドラえもんの誕生日よ』と事もなげに言い放った。
「ドラえもんって、あの?」
「そう。さっきSNSで知ったんだけどね。青くて、ロボットだから、なんだか貴女を思い出しちゃって」
「……光栄ね」
「ええ。こんな私の隣で、一緒に笑ってくれる。不思議な力で夢を叶えてくれる。私にとっての“ドラえもん”は貴女よ、メアリーさん。これからもよろしくね」
豊は目を細めて微笑むと、破れかけたヒレを翻して去って行った。その背中をただ眺める事しかできなかったメアリーは、そこで自身のAIが本当にフリーズしかけている事に気が付いた。
(……ああいう風に言える所が、豊さんなのよね……)
やけに熱くなったスマートフォンを握り、メアリーは小さく溜息をついた。
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