『見慣れない血の色』
「……燦、ちょっと……」
慌ただしい朝支度、その最中の事だ。潑は立ち止まって、でもどことなく落ち着かない様子でそう呟いた。明確な言葉にせずとも、何かに違和感を抱いている事ははっきりと伝わってくる。
訝しげに潑の顔を見つめていた私とは対照的に、彼の視線は部屋中をキョロキョロと動き回り定まらない。どうやら、何かを探しているみたい? こういう時はおおかたリモコンかスマホか、あるいは……
「ティッシュ? こっちにあるよ」
「ありがと…… 何か、鼻の様子が変でさ」
潑はようやく少し落ち着けた様子で、軽く鼻を拭った。彼の鼻声の返事が少し可笑しくて、私も思わず顔が綻んだ……
『あっ、あー……』。潑の間の抜けた声が小さく私の耳に入る。彼の方を見やると、その手に握られたティッシュが深紅に色付いていた。呑気に笑っていた私の頭が叩き起こされる様な、見紛う事なき鮮やかな血液の色だ。『鼻血だ』と、潑はやけに落ち着いた様子でそう呟いた。
「ちょっと! 大丈夫なの!?」
「うん、ただの血だから落ち着いて。ちょっと量が多いだけだから……」
潑の鼻から、赤い雫が一筋垂れた。彼は手中の濡れそぼったティッシュで慌ててもう一度鼻孔を押さえると、目で私に『もっとティッシュを』と訴えかけてくる。一方の私はと言えば年甲斐も無く慌てふためき、気が付けば手のひら一杯にティッシュペーパーの束を掴んでいた。
「はい、潑! どう?しっかり押さえてね。あ、でも上向いた方がいいのかな? それとも……」
「落ち着いて。……一旦、ちょっと座ろうか」
潑はティッシュで鼻を押さえながら、目を白黒させている私をなだめてくれた。そうこうしているうちに、白かったティッシュは赤く染まっていく。とりあえず、今は落ち着いて出血が止まるのを待つしか無い。私の鼓動が速まれば、その分彼の方にも血液が流れていってしまうからだ。
幸い、まだ時間に余裕はある。潑がティッシュを交換する頻度も次第に落ち着いてきたが、大事を取って少し休むことにした。大人になってからの鼻血は危険な事が多いと、私はうろ覚えの記憶で潑に忠告しておく。だが、彼は私の心配をよそに『顔を洗うとき、強く擦りすぎたかな』などと呑気に呟いていた。
「はぁ…… 何か違和感があったらすぐ言ってよね」
「うん、燦も色々ありがとう。でも、燦ももう慣れてると思ってた、 こういうのは……」
「それとこれとは勝手が違いすぎるよ」
これは血を見る事に慣れているとか、そういった問題では無いのだ。ただ潑が心配だった、それだけだ。そう潑に伝えると、彼は申し訳なさそうに小さく頷いた。
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