『君の声で目が覚めて』

 男女の肉体が繋がった体を持つ燦撥にとって、桑都で生きていく上での大きな問題は衣食住の“衣”であった。研究所では制服が支給されたが、独立してからはそうもいかない。自分たちに合う衣服を作るため、文字通り“血の滲むような”針仕事を続けた結果、いつの間にかふたりの裁縫技術は外に出しても恥ずかしく無いものとなっていた。

 そして、彼らふたりはその技術を活かし、既製品の服では満足できない人々を相手取ったカスタマイズを行う事で家計の足しにしているのだった。


―—――

 

 ノートパソコンのディスプレイが白く瞬き、《#Lightning_38》の表示が映し出される。画面をスクロールする度、まるでショーウィンドウのように切り取られた画像が現れては去っていく。それぞれの画像には、思い思いの洋服に身を包んだ様々な人間たちが映し出されていた。腕が多い人、翼が生えている人。あるいは角が生えている人。一癖も二癖もある彼らをひとつに繋いでいるのは、燦と潑がカスタマイズした衣服とそのオリジナルブランドであった。


「こう見ると…… 私たちも、ずいぶん遠くまで来た気がするね」

「人生、何が役に立つか分からないよ」


 自らの足跡を眺めながら、燦撥のふたりは感慨深げに呟いた。ふたりがこの仕事を始めたのは『家計の足し』という即物的な理由だったが、目に見えるかたちで喜んで貰えるとやはり嬉しい。この情報収集も仕事の内だと、ふたりは様々な自撮り写真に目を細めながらSNSのリンクを巡る。

 その時、燦がふと手を伸ばしてディスプレイの一点を指差した。その先には、SNSのコンセプトとは真逆とも言える、古風な“手紙”のアイコン。それは彼女の指先で『1』の表示をこれ見よがしに瞬かせていた。


「撥、メッセージ来てるよ」

「え、このアカウントに直接? 何だろう、開いてみるね……」


《はじめまして。……いつも、Lightningさまの出品を楽しみにしております……》 


「だって! ありがたいね」

「そうだねぇ。感想かな?」


《……Lightningさまなら…… ………ご依頼をさせていただきたく、ご連絡いたしました……》


「……!」


 『仕事の依頼だ』と、先程まで綻んでいた燦撥の顔に緊張が走る。ふたりの繋がった体の間を、期待と不安の感情が交互に行き来した。生唾を飲み込み、再びメッセージを読み進める。文字列はただの二次元データである筈なのに、ふたりはなぜか重みを感じていた。


《……私の大切な人への、贈り物……》

《……6本指のあの人へ、手袋を送りたい……》


 『6本指のあの人』。ふたりはその文字を確かめるように、その上でカーソルを行き来させた。手袋のカスタマイズとは、ふたりにとってもはじめての依頼内容だ。燦と撥それぞれの4つの瞳が、ディスプレイの向こうの顔も知らぬ依頼者を見定めるように見据えていた。


 沈黙を破り、先に動いたのは撥だった。大きく伸びをするように仰け反り、椅子の背もたれに深く身を沈める。もちろん、体が繋がっている燦も一緒にだ。彼はその体勢のまま、生の思考を吐き出すように言葉を繰り出す。


「……手袋か。うーん、となると、手そのもののサイズ感も詳しく知りたいな。6本指ったって、多いのが親指だったら? 小指だったら? それに、普段使いなのか、気合い入れて使いたいのか……」

「あら、懸念が多いねぇ。あまり乗り気じゃない感じ?」


 燦の挑発めいた言葉を、撥は『まさか』のひと言で跳ね返す。彼は憤る訳でも無く、ましてや呆れる様子すら見せず、その顔には微かな笑みさえ浮かべていた。迷い無く伸ばされた彼の右手がマウスを掴み、返信フォームへとカーソルを滑らせる。


「……どうやって解決するか、考えてたんだ」


 燦も左手をキーボードへ伸ばす。書き込む言葉に迷いは無い。燦の左手と撥の右手が息を合わせ、《あなたの大切な人に喜んでいただけるよう、精一杯協力させていただきます》と、流れるように文章を返信フォームへと打ち込んでいった。

 

 何層もの電波と光を経由した画面の向こう側、依頼者が“大切な先輩”へ抱いている想いそのものは燦撥まで届かない。だが、ふたりはその顔も知らぬ誰かの笑顔を思い浮かべながら、双方向の片思いに足を踏み入れた。

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